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至誠一貫

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第一部
第四章 ~魏郡太守篇~
  四十一 ~至誠一貫~

 翌朝。
 執務室に入ってすぐに、兵がやって来た。

「土方様。徐庶と名乗る少女が、面会を求めて来ています」
「そうか。ここに通してくれ」
「は? この部屋に、ですか?」
「そうだ。何か問題があるか?」
「い、いえ。では、お連れします」

 慌てて出ていく兵と入れ違いに、風が入ってきた。

「お兄さん、何かありましたか?」
「うむ。仕官希望の者が来たので、通すように申し渡した」
「お兄さんが直に、という事は、見所のある人材なのでしょうねー」
「それは、風も共に確かめると良い」

 人を見る眼は、私よりも確かな風だ。
 それに、仕官となれば、共に働く仲間となる。
 先に顔合わせしておくのは、何ら不都合はなかろう。

「それでお兄さん。今度は、どんな女の子なのですか?」
「……風。私はまだ、何も言ってはおらぬぞ?」
「いえいえ。お兄さんはモテモテですからねー。油断ならないのです」
「私は、そんな下心で仲間を募ったりはせぬ」
「勿論、お兄さんがそんな事をするとは思いませんけどね。でもでも、風みたいに、女の子から好きになってしまう場合はどうしようもないのですよ」
「……ならば、先に申しておく。仕官を望んできた者は、確かに少女だ」
「むー。やっぱり、風の言った通りではありませんか」
「だが、才は確かだ。人物は、風が得意とする鑑定をしてみせよ」
「わかりました。ただし、風は容赦しませんけどねー」

 そして、徐庶が姿を見せた。

「拝謁を賜り、恐悦至極にございます。姓は徐、名は庶、字は元直と申します」

 礼に適った、見事な挨拶だった。

「魏郡太守、土方歳三だ」
「風は軍師を務める程立ですよー」

 そして、予告通り、風の質問責めが始まる。



 問答は、一刻ほども続いた。

「どうだ、風?」
「お兄さんが見込んだだけの事はありますねー。風も驚きました」

 兵の動かし方から、外交、内政、多岐に渡る問いかけにも、徐庶は的確に答えを返した。
 常識の中から、最適の答えを導こうとするその姿勢は、派手さはないが堅実な性格を物語っている。

「徐庶、私からも良いか?」
「はい、どうぞ」
「お前は、この魏郡で何を為そうとするか?」

 徐庶は頷くと、

「ご承知の通り、私は水鏡女学院で学びました。勿論、兵法だけではありません。農業、商業、外交……いろんな書物に触れ、身に付けてきたつもりです」

 それは、風との問答に集約されていた通りだろう。

「でも、一人で全てに通じる……それは到底無理だと悟りました」
「ふむ。それで?」
「わたしは、仁愛を第一に考えています。それも、いろんな形があるでしょうけど。叶うなら、庶人の為に、学んだ事を活かせたら、と」
「すると、軍師ではなく、文官が所望、と申すのだな?」
「はい」

 軍師としても、恐らくは一流のものがあるに違いない。
 ……だが、私には既に、稟、風がいる。
 やや立ち位置は異なるが、元皓(田豊)や嵐(沮授)もいる。
 多くて困る存在ではないのであろうが、より文官に特化した人材が必要なのも事実。
 そう考えると、徐庶はまさに打ってつけの存在とも言える。
 そう思い、風を見た。

「どうか?」
「風は問題ありませんねー。大掃除はまだまだ終わってませんし、人手は必要ですから」

 能力については、今更という訳だな。

「ならば、決まりだな。徐庶、これからの働き、期待させて貰おう」

 私の言葉に、徐庶が喜色満面となった。

「ありがとうございます! 以後、私の事は愛里、とお呼び下さい」
「真名を預けると言うのか?」
「はい!」
「そうか。私は真名がない、好きに呼ぶが良い」
「それなら、風も真名でいいですよ? 宜しくですよ、愛里ちゃん」
「はい、こちらこそ。歳三さんに風さん」

 こうして、新たな人材を得る事になった。
 他の皆とも真名を交換し合い、ささやかな歓迎の酒宴を開いた。


 それから、一週間が過ぎた。
 一部の官吏は、逃げ出すように魏郡を後にしたが、調べてみると不正に蓄財していたり、何らかの後ろめたい事を抱えている者ばかり。
 尤も、積極的に不正に手を染めていた者ばかりではなく、上司や周囲に強いられた者も少なからずいた。
 そうした者は、不正に得た分を返納の上、再度同じ過ちは犯さぬという誓紙を入れさせ、元の地位に戻した。
 全てを罰するのは困難を伴い、第一行政そのものが麻痺してしまう。
 それならば、性根を入れ替えると誓う者は、今一度機会を与えても良かろう。
 それに、官吏と言えども、全てを没個性化させてしまうのは好ましくない。
 多少癖があろうとも、能力のある人物ならば活かすべき。
 ……皆と話し合い、得た結論だ。
 若干の混乱は残ってはいたが、概ね、ギョウ県については落ち着きが戻ったようだ。



「歳三さん、次はこれを」

 ドサリと、竹簡が積まれた。

「愛里。先程よりも、増えたようだが?」
「ええ。とにかく、少し前まで怠慢な行政でしたからね。新規事業が加われば、こうなりますよ」
「……うむ」

 愛里は、予想以上に優秀であった。
 元皓らと手分けしながら、予算の無駄排除と効率化を進めている最中である。
 人気取りや点数稼ぎだけの仕分けではなく、的確に問題点を指摘しするので、相手の官吏も黙らざるを得ない。
 尤も、指摘だけでなく、どうすればより改善が見込めるか、その点を忘れずに添えるので、結果として改善する場合が圧倒的に多いのだが。
 それを見て、若手の官吏が奮起した結果が、目の前の山という訳だ。

「それにしても……。あの変態共、貯め込んでいたよね」
「うん。それだけ、多くの庶人が泣かされてきたって事だけどね……」

 嵐と元皓の二人も、多少は余裕が出てきたのだろう。
 ……私の方は、一向にその気配がないが。

「愛里」
「何ですか、歳三さん?」
「これでは落款が追いつかぬ。至急の案件とそれ以外を、分けてはくれぬか?」
「あ、申し訳ありません」

 愛里は、山の片方を指し示す。

「申し上げ忘れていました。此方が、至急の分です」

 よく見ると、積み方に一定の決まりがあるようで、山はいくつかに分けられている。

「……では、これは?」
「はい。明日までに、落款をいただきたい分です」
「…………」
「それで、順に三日以内、一週間以内です。……あの、どうかなさいましたか?」

 首を傾げる愛里。

「……いや、何でもない」

 今更、職務を放棄するつもりも厭うつもりもない。
 ……が、これはまた、凄まじい量だ。
 まぁ、ゆるりと片付けるとしよう。
 一度に気張っても、先は長いのだからな。



「うりゃりゃりゃーっ!」
「踏み込みが甘いぞ、鈴々!」
「五月蠅いのだ!」

 昼食を済ませた私は、槍を交える音に中庭へと出てみた。
 ほう、彩(張コウ)と鈴々が鍛錬の最中か。

「おや、ご主人様もおいででしたか」

 そこに、愛紗も姿を見せる。

「隣、宜しいですか?」
「ああ」
「失礼します」

 並んで腰掛け、鍛錬を見守る。

「ご主人様。この二人の勝負、どう思われますか?」
「うむ」

 鈴々の手並みは、無論承知している。
 小さな身体からは想像もつかぬ程、重い一撃を繰り出す。
 そして、何よりも俊敏な動きを見せる。
 ……ただ、攻撃が性格故か、やや直線的なきらいがあるようにも思える。
 彩は、確とその腕を見た事はまだない。
 少なくとも、今は鈴々相手に、余裕があるようだが。

「実力はまだわからぬが、恐らく彩の勝ち、と見た」
「根拠は何ですか?」
「経験の差だな。鈴々と彩を比べると、潜り抜けた修羅場の数が違うであろう」
「……はい。それに、鈴々はまだまだ子供、素直なのは良いのですが」

 愛紗も、鈴々の欠点には気がついているのだろう。

「まるで、本当の姉妹のようだな。愛紗と鈴々は」
「ええ。楼桑村での誓いもありますが……何故か、放ってはおけないのです」

 実際、関羽と張飛は何の血縁もないにも関わらず、最後までその仲は良かったと聞く。
 それが、この世界でも作用しているのやも知れぬな。

「勝負あったな」
「うにゃー、また負けたのだ……」

 彩の槍が、鈴々の喉元を捉えていた。

「まだまだ、修行が足りんな。それでは、私には勝てんぞ?」
「よし、ならまた今度、勝負なのだ」
「おや、殿に愛紗。見ておいででしたか」
「あ、お兄ちゃんなのだ!」

 二人が、私に気付き、近寄ってきた。

「彩。腕前は初めて見るが、なかなか見事なものだ」
「ははは、私は根っからの武人。鈴々には悪いが、後れを取るつもりはありませぬぞ」
「うー、悔しいのだ。愛紗、相手になって欲しいのだ!」
「ふふ、良かろう」

 愛紗は得物を手に、立ち上がった。

「ところで殿。折り入ってお話が」

 汗を拭っていた彩が、私を見た。

「何か?」
「疾風(徐晃)とも話していたのですが、牙門旗は如何なさるおつもりか?」
「牙門旗?」
「然様。郡太守は確かに兵権はない。だが、自衛の戦力を持つ事は禁止されておらぬ故、我らも当然、官軍となります」
「うむ」
「となれば、正規軍として牙門旗があって然るべきかと。意匠も含め、殿のご意向を伺いたい」

 旗印か。
 確かに、共和国でも旗は作っていた。
 敵味方に存在を誇示する役目もあり、その旗を倒したり奪う事は、合戦の勝利を意味する。
 彩に指摘されるまで失念していたが、用意せねばならぬな。

「そうだな。急ぎ、作らせるとしよう」
「意匠はどうなさる? 一般的には、姓を記すのが習わしだが、殿は姓が変わっておいでだ」
「……いや、私に考えがある。夜、皆を集めてくれぬか?」
「承知した。では、夜に」

 月は『董』、華琳は『曹』、睡蓮は『孫』。
 皆、姓が一文字だからこそ、牙門旗としての見栄えがする。
 ……『土方』では、目立つだけで違和感が拭えぬ。
 だが、家紋、という訳にも行かぬであろう。
 そもそも、家紋の習慣のない地では、あまり意味がない。

「あ、歳三様。探しましたよ」
「稟か。如何致した?」
「郡の巡検が終わりましたので、そのご報告にと」
「わかった」

 ともあれ、政務を片付けるか。



 そして、夜。

「皆、相済まぬ。各々が多忙であろうが」
「いえ、牙門旗の事、ずっと気がかりでしたから。彩と、今日にも申し上げようかと話していたところです」

 と、疾風。

「主。既に案をお持ちと、彩より聞きましたが?」
「その通りだ、星。その前に、皆の分も作らねばならぬが、意匠の案があるか?」
「私は不要だ。韓馥殿の許で作った物がある」
「おいらもだね。昼行灯の形見でもあるし、このままでいいよ」

 彩と嵐は、本人がそれで良いのなら無理強いする事もあるまい。

「風は、日輪が登る意匠がいいですねー」
「ほう? 拘りがあるのか?」
「はいー。まだ、お兄さんには話してませんでしたが、お兄さんにお仕えする前の日、夢で見たのですよ。風が、日輪を支えているというものでしたが」

 確か、史実の程昱はそれで改名をしたのであったな。
 この世界では風もまた、そうするつもりなのであろうか?

「本当は、お仕えする相手を見つけた後で、風は名を変える予定だったのですけどねー。でも、それはもういいのです」
「何故だ?」
「お兄さんは、風達に共に歩む、と仰いましたよね? それなのに、支える、というのはおかしいかと思いまして」
「わかった。では、その線で決めるが良い。他の者は?」

 星は蝶をあしらった意匠を希望したが、愛紗らは特に希望はないようだ。

「それよりも、歳三さんご自身のを、お聞かせ下さい」
「そうですね。何と言っても、歳三様の牙門旗は、そのまま私達の旗印でもありますから」
「僕も見たいですね。太守様の意匠を」

 皆、同意とばかりに頷く。

「良かろう」

 流石に竹に、という訳にはいかぬので、紙に認めた物を取りだし、卓上に広げた。
 墨一色なので、色合いは指定するしかないが、大凡の想像がつけば良い。

「赤字に金色で『誠』の字を染め抜く。……染めるのが難しければ、刺繍でも良かろう」
「お兄ちゃん、この模様は何なのだ?」
「うむ。これは『だんだら』と言う。いくつも段を作る意匠だ」
「しかし、派手ですねー」
「そうですね。これは、どこからでも目につきます」
「牙門旗自体、己の存在を誇示する役割があるのであろう? ならば、地味な意匠にするよりは派手な方が良かろう」
「ですが、主。この『誠』は、何でござる? 主の名に、一文字たりとも含まれておりませぬぞ」

 星の指摘は、尤もだ。

「……この字は、『至誠一貫』を意味する」
「至誠一貫……ですか?」

 彩と星は、首を傾げる。

「孟子の言葉ですね」

 流石は稟、即座に言い当てた。

「至誠にして動かざる者いまだこれあらざるなり、でしたねー」

 風が続けた。

「で、一体どんな意味なのだ?」
「鈴々! お前はもっと勉強しろ!」
「まぁまぁ、愛紗さん。落ち着いて下さい」

 愛紗の剣幕に、愛里が慌てて取りなす。
 ……つくづく、賑やかな事だ。

「真心をもって一生を生きていく、って意味さ。そうだろ、旦那?」
「嵐の申す通りだ。これは、我が生き様……そう捉えて貰いたい」

 これ以外の意味もあるのだが、それを皆に言うつもりはない。

「簡単なようで、難しい決心です。でも、太守様が仰るなら、説得力があります」
「確かに、殿らしいな」
「ああ。それでこそ、主です」
「では歳三殿。これで決めさせていただきます」

 ふっ、またあの旗の下で戦う事になるとは思わなかった。
 だが、我が旗と言えば、これ以外には考えられぬからな。



 数日後。

「歳三殿、如何ですか?」
「良い出来映えだ……本当に、良い」

 出来上がった牙門旗が、城門に立てられた。
 『誠』の文字が、日の光に反射して煌めいている。

「改めて、我が軍の船出だ。皆、頼む」
「御意!」

 牙門旗の前で、皆と共に、誓いを新たにした。 
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