| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第十三話 馬鹿な科学者だったんです

帝国暦 486年 10月 20日  オーディン  グリンメルスハウゼン元帥府  アルベルト・クレメンツ



事務局長室には総参謀長とフィッツシモンズ少佐が居た。他の人間はもう帰ったらしい。夜八時過ぎ、今度の遠征でグリンメルスハウゼン元帥府から出撃する艦隊が直率艦隊だけになったせいで事務方の業務が軽減された。その所為で早く帰れるようになったようだ。

「これは兵站統括部第三局第一課に送れば宜しいのでしょうか」
「いえ、これは第二課ですね。ヴィーレンシュタインから先がイゼルローン方面として第一課の扱いとなります」
少佐に仕事を手伝わせているらしい。多分教育を兼ねているのだろう。近付いて声をかけた。

「まだお仕事ですか?」
「いえ、もう直ぐ終わりますが」
「では待たせて貰って宜しいでしょうか、少しお話ししたい事が有るのですが……」
ヴァレンシュタイン総参謀長はちょっと考えるそぶりを見せたが“十五分ほど待って欲しい”と言って作業に戻った。

待ち時間は十五分かからなかった。十分ほどで作業は終わり総参謀長がこちらを見た。
「それで、話とは」
「私は失礼したいと思いますが」
「いや、少佐も居て欲しい。話を聞いて欲しいのだ」
俺の言葉に少佐が戸惑った様な表情で総参謀長を見たが彼が頷くとそのまま席に座った。

「先日、クライスト、ヴァルテンベルク両大将が遠征に加わるとの話が有った時の事です。小官は不在でしたので詳しくは知らないのですがミュラー中将が両大将は閣下を怨んでいると言ったそうです。理由を尋ねた同僚達にも影響が大きすぎる、一つ間違うと内乱になりかねないと言って話さなかったとか。何が有ったのか、教えて頂けませんか」
「……」

「興味本位で訊いているのではありません。ミュラー中将の言う事が事実なら閣下は、艦隊は非常に危険です。元帥閣下はあの通り、当てには出来ません。少しでも閣下の傍に居て力になる人間が必要だと思っての事です」
「ナイトハルトも余計な事を……」
苦笑を浮かべる総参謀長を“閣下!”と言って窘めた。冗談事にされてはたまらない。だが総参謀長は益々苦笑を深めた。

「お話しいただけませんか?」
俺の問いかけに総参謀長はフィッツシモンズ少佐を見た。
「どうします? 聞けば同盟には帰れなくなりますが」
「……」
どういう事だ? 訝しむ俺に総参謀長が笑いかけた。

「少佐は正確には亡命者じゃありません、捕虜なんです。女性の捕虜は危険ですからね、亡命者という形で私が預かりました」
「預かった?」
「ええ、リューネブルク中将から預かったのです」
驚いて少佐を見た。少佐は困ったような表情をしている。

「どうします? 退席した方が良いと思いますが……」
「……いえ、小官も聞かせて頂きます」
「帰れなくなりますよ?」
「ええ、それも良いかと最近思えてきました。同盟に戻っても所詮はオペレーターで終わりですし……。今の仕事の方がやりがいが有ります」
少佐の言葉に総参謀長は感心しないと言った様に溜息を吐いた。

「話してみますか……、でも条件が有ります」
「と言いますと」
「私を閣下とか総参謀長と呼ぶのは止めて貰えませんか、クレメンツ教官」
「それは」
「もうウンザリですよ。二十歳そこそこの若造に総参謀長なんて何を考えているのか。老人達はこっちに荷物を丸投げして知らぬ振りです。いい加減にして欲しいですよ、私は尻拭いばかりさせられている」
吐き捨てる様な口調だった、かなり鬱憤が溜まっている。

「しかし軍は上意下達です。そうでなければ機能しません。その為には……」
「分かっています。今だけで良いんです」
「……今だけだぞ」
「ええ」
嬉しそうな表情と口調だった。少佐がそんなヴァレンシュタインを見て苦笑を浮かべている。困った奴だ、総参謀長の職に有るのに駄々っ子の様な事をする。

「少佐、お水を用意して貰えますか、結構長くなると思います。少佐とクレメンツ教官の分も」
「分かりました」
フィッツシモンズ少佐が三人分のグラスを用意した。ヴァレンシュタインが一口水を飲む。それを待ってから声をかけた。

「それで、何が有った」
「……第五次イゼルローン要塞攻防戦は要塞主砲、トール・ハンマーによる味方殺しで終了しました」
「……」
「反乱軍は撃退しましたが味方をも要塞主砲の巻き添えにした責任を問われクライスト、ヴァルテンベルク両大将は職を解かれ閑職に回された、そう思われていますがそれは真実ではありません」
「……」

「イゼルローン要塞は何としても守らなければならないんです。あれを守るためなら味方殺しなど許容範囲ですよ。昇進は無理でも閑職に回される事は無かった。いやほとぼりが冷めたころに昇進させていたでしょう」
「まさか……」
俺が呟くとヴァレンシュタインが冷笑を浮かべた。

「そうでなければ次に反乱軍が並行追撃作戦を実行した時、帝国軍は要塞主砲を撃つ事を躊躇いかねません。それがきっかけで要塞が落ちかねないんです。その方が味方殺しよりも被害が大きい、そうではありませんか?」
「確かにそうだが……」

「反乱軍が第六次イゼルローン要塞攻防戦でミサイル艇による攻撃を選んだのも並行追撃作戦は有効だが最終的には味方殺しを実行されればイゼルローン要塞を落せないと判断したからです」
となると更迭の理由は何だ?

「あの時、私はイゼルローン要塞に居ました」
「イゼルローンに? しかし卿はイゼルローン要塞勤務になった事は無いだろう。あの当時は兵站統括部に居た筈だが……」
俺の言葉にヴァレンシュタインが頷いた。

「ええ、そうです。ですがあの時は補給状況の査察でイゼルローン要塞に居たのですよ。そして補給物資の状況をもっともよく知る士官として作戦会議に参加しクライスト、ヴァルテンベルク両大将に反乱軍が並行追撃作戦を行う危険性が有ると進言したのです」
「まさか……」
フィッツシモンズ少佐と顔を見合わせた。少佐は驚愕を顔に浮かべている。私も同様だろう。

「本当です、しかし受け入れられなかった。実戦経験の無い後方支援の若い中尉の意見等誰もが無視しました。あそこで行われたのは当てこすりと嫌味、皮肉の応酬です。それが彼らの作戦会議でした。呆れましたよ、あまりの馬鹿馬鹿しさに。最前線で戦うという事の意味が分かっているのかと疑問に思いました。そしてあの事件が起きた」
「味方殺し……」
少佐が呟くとヴァレンシュタインが“そうです”と頷いた。

「全てが終わった後、クライスト、ヴァルテンベルク両大将は味方殺しは不可抗力だったという戦闘詳報を統帥本部に出しました。彼らが怖れたのは事前に並行追撃作戦の危険性が指摘されたという事、それを無視したため惨劇が起きたという事が中央に伝わる事です。軍上層部に知られたならとんでもない事になる。幸いあの戦いではオーディンからの援軍は有りませんでした。二人とも揉み消す事は難しくないと考えたのでしょう」
ヴァレンシュタインがまた冷笑を浮かべた。

「しかし卿が居るだろう」
ヴァレンシュタインが声を上げて笑い出した。
「今の私じゃありません、無名の兵站統括部の新米士官ですよ。しかもまだ十八歳、子供です。誰も相手にしない、そう思ったとしてもおかしくは有りません」
「なるほど」
まして実戦経験が無いとなれば猶更だろう。笑い声が止んだ、また水を飲んでいる。

「あの二人から戦闘詳報を受け取った統帥本部は当然ですが内容を確認したと思います。味方殺しが起きている、日頃不和にもかかわらず要塞司令部、駐留艦隊司令部は不可抗力を主張している。戦闘詳報は信用して良い、そう判断したのだと思います」
つまりあの二人は軍上層部を欺いたのだ。その事が露見したという事か。いやそれだけでは無いな、他に何かが有る。そうでなければ内乱という言葉をミュラーが口にする筈が無い。

「それで、卿は如何したのだ?」
「兵站統括部から補給物資の確認、要塞防壁の破損状況、修理状況、戦闘詳報を報告しろとの命令が来ました。ただ兵站統括部の主目的は補給物資と要塞防壁だったようです、戦闘詳報はおまけですね」
「報告したのだな」
肩を竦める仕草をした。

「ええ、戦闘詳報には並行追撃作戦のことを書きました。危険性を指摘した事、無視された事。そして味方殺しが起きた事。今後のイゼルローン要塞防衛に関しては並行追撃作戦の事を常に考慮する必要があると記述しました。ハードウェア、ソフトウェアの観点から防ぐ手段の検討が必要であると……」
「……つまり真実が明るみになった……」
ヴァレンシュタインが頷いた。

「二重に失敗でした」
「二重?」
問い返すとヴァレンシュタインが頷いた。
「あんな事を書くべきでは無かったんです。あれがどれほど危険な内容を含んでいるか、ちょっと考えれば分かる事でした。それを書いてしまった。多分初めて書く戦闘詳報に舞い上がっていたんでしょう。自分が何を作りだしたか分からない科学者と一緒ですよ、出来上がったものは人類を滅ぼしかねない核兵器だった……」
口調が苦い。

「もう一つの過ちは?」
「提出する時期が遅れた事です。あの二人は早い段階で戦闘詳報を統帥本部に出しました。だが私は遅れました。補給物資の確認、損害状況の確認で遅れたんです。私が兵站統括部に報告書を提出し、その報告書が統帥本部に届けられた時には統帥本部はあの味方殺しは不可抗力だったと判断し公表した後でした」

溜息を吐く音がした。フィッツシモンズ少佐が首を横に振っている。
「統帥本部は混乱しただろうな」
「パニックになったでしょうね。おそらくイゼルローン要塞に問い合わせ事実関係を確認したはずです」
「真実を知って激怒しただろう、上層部というのは嘘を吐かれるのを、騙されるのを何よりも嫌がる」
「でしょうね」
今度は俺が溜息を吐いた。

「それで卿の作成した戦闘詳報はどうなった?」
「握り潰されました」
「馬鹿な、戦闘詳報を握り潰したのか?」
「ええ、そうです」
ヴァレンシュタインは水を飲みながら事もなげに肯定した。有り得ない、また溜息が出た。

「あの戦闘詳報が公になればイゼルローン要塞の防衛体制の見直しという事になります。具体的には要塞司令官と駐留艦隊司令官の兼任です。この要塞司令官と駐留艦隊司令官の兼任案ですがこれまでにも何度か提案され却下されてきました」
「高級士官の司令官職が一つ減る事になるからな」
最前線の司令官職、軍人にとってこれほどの役職は有るまい。それが一つ減ればどれだけの影響が有るか……。

「却下した人間には現在の帝国軍三長官も入っています。となれば味方殺しの一件、最終的な責任は帝国軍三長官にも及ぶでしょう」
「なるほど、ミュラーが沈黙した理由はそれか……」
ヴァレンシュタインが頷いた。現時点でもその一件が公になれば帝国軍三長官は失脚するだろう。そうなれば誰がブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯を抑えるのか、帝国は内乱に突入しかねない……。まさに核兵器並みの爆弾だと言えるだろう。それをヴァレンシュタインは作ってしまった。

「帝国軍三長官が激怒したのもそれが大きいでしょう。クライスト、ヴァルテンベルクの両大将が私の意見を真摯に受け止めていればあの惨劇は防げたはずです。そうなれば最前線の司令官職の兼任案の却下は間違いでは無かったと主張する根拠になったんです。それをあの二人は潰してしまった、それどころか三長官の責任問題にまで発展させてしまったんです」
「なるほど」
あの二人が隠蔽しようとしたのも当然だ、そして三長官が激怒したのも当然だろう……。

「帝国軍三長官は本当ならあの二人を軍法会議にかけたかったでしょう。しかしそれをやれば自分達も危うくなる、だからあの戦闘詳報を握り潰した、そうする事で自らの保身を図ったんです。そしてあの二人をオーディンに戻し昇進させずに閑職に回した。しかしそれが精一杯だったのだと思います。それ以上やれば自分達に撥ね返ってくる危険性が有った」
「……だろうな」

「あの二人もそれは分かっている、だから大人しくしている。今の帝国軍三長官が居なくなるのを待っているんです。新しい三長官の下でなら再起は可能だと考えているのだと思います。言ってみればお互いに急所を握り合っているようなものですよ。潰すことも出来なければ放す事も出来ない、互いに握り合う事でしか安心できない……」
疲れる話だ、一口水を飲んだ。

「今、三長官達は怯えていると思います。あの二人とブラウンシュバイク公が接触した。あの秘密がブラウンシュバイク公に漏れればどうなるか……」
「クライスト、ヴァルテンベルクの両大将が漏らす事は無いだろう、漏らせば自分達も失脚する」
俺の言葉にフィッツシモンズ少佐も頷いた。

「ええ、でも怯えているはずです。そしてそれはクライスト、ヴァルテンベルクにも言えます」
「どういう事だ?」
「私はあの二人の急所を握っているんです。何時でも握り潰せる。でもあの二人はそれを防ぐ術を持ちません」
「……」

「まああの二人を潰すときは帝国軍三長官も潰す事になりますからそんな事はしません。でも怯えているはずです」
つまり三長官もヴァレンシュタインに対して怯えているという事になる。卿はそれを理解しているのか。

「今度の戦いがどういうものになるかは分かりません。ですがあの二人は必ず私に恩を着せようとするか私の急所を見つけ握りに来るはずです。勝つ事よりもそちらを重視するでしょう。酷い戦いになりそうですよ」
ヴァレンシュタインが憂欝そうな表情をしている。

「しかし、あの二人にとっても今度の戦いは正念場だろう。失敗は出来ない筈だ。となれば勝つために協力するのではないかな」
気休めでは無かった。だがヴァレンシュタインは苦笑を浮かべている。まるでお前は何も分かっていない、そう言いたげな苦笑だ。

「馬鹿な平民出身の若造の所為で三年間干されたんですよ。あれが無ければ上級大将に昇進しそれなりの役職に就いていたはずです。今頃は次期帝国軍三長官の候補者として名前が挙がっていたかもしれない。その全てを馬鹿な若造に奪われた」
「……」

「そしてその若造はたった三年で大将に昇進し総参謀長にまでなっている。納得できますか? 先日の元帥杖授与式で彼らに遭遇しましたが厭な目でこちらを見ましたよ。勝つために彼らが私の指示で戦うなどと考えていると足元を掬われますね」
また溜息が出た。確かに分かっていなかったようだ。気が付けば時間は夜九時を過ぎていた……。




 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧