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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第十一話 困ったときには原作知識



帝国暦 486年 8月15日  オーディン  グリンメルスハウゼン元帥府  ヴァレリー・リン・フィッツシモンズ



「なかなか決まらんな」
「そうですね、ヴァレンシュタイン大将はどうするつもりでしょう」
「さあどうするのかな、このままではどうにもならんのだが」
そんな顔をしないで下さいよ、クレメンツ少将。

「皆も心配している、年内には出兵せねばならんのだがこのままでは何時出兵できるのか、まるで目処が立たない」
「そうですね」
「取りあえず大将からは兵の訓練だけはしておいてくれと言われているが……」
クレメンツ少将が溜息を吐いた。私も溜息を吐きたい……。

グリンメルスハウゼン元帥府が開府されて約一カ月が経った。忙しかったわ、元帥府の場所の確保、人員の確保、とんでもなく忙しかった。最初に集められたのが佐官級の士官。続いて辺境警備に就いていた士官、主に将官達が続々とグリンメルスハウゼン元帥府に集められた。

集まって来た将官はシュムーデ少将、リンテレン少将、ルーディッゲ少将、ルックナー少将、ケスラー准将、メックリンガー准将、ケンプ准将、アイゼナッハ准将、ルッツ准将、ファーレンハイト准将、ワーレン准将、ビッテンフェルト准将。

佐官級になるとシュタインメッツ、ブラウヒッチ、アルトリンゲン、カルナップ、グリューネマン、ザウケン、バイエルライン、トゥルナイゼン、グローテヴォール、マイフォーハー、ヴァーゲンザイル……。はっきり言って覚えきれない、それほどの数の士官が集められてる。

集めたのは私の上司、宇宙艦隊総参謀長ヴァレンシュタイン大将。大将の作業を手伝ったクレメンツ少将が驚いていた。よくまあこれだけの人材を集めたものだって。その人材リストがインプットされていた大将の頭の中ってどうなっているのだろうと思ってしまう。帝国軍の人事データベースに直結してるんじゃないかしら。クレメンツ少将にそれを言ったら真面目な顔で頷かれた。“私もそう思う”。

グリンメルスハウゼン元帥府には二つの特徴がある。一つは平民、下級貴族出身の士官で構成されている事だ。門閥貴族出身の士官も何人か来たのだけれどヴァレンシュタイン大将が自ら面接して拒否した。理由はどれも同じ、使えない、それだけだった。

もう一つは高級士官が比較的若い事。御蔭で階級があまり高くない士官ばかりが集まっている。ヴァレンシュタイン大将の話では能力の優れた士官を選んだらしい。つまり、上には馬鹿しかいないって事かしら。でもその所為でグリンメルスハウゼン元帥府はまだ半身不随の状態だ。

本来ならグリンメルスハウゼン副司令長官は九個艦隊を編成する権利を持っているのに未だ四個艦隊しか編成できていない。しかもその四個艦隊さえ編成途中なのだ。若い士官が多い所為で分艦隊司令官を務める士官がどうしても足りない。

艦隊司令官はレンネンカンプ、ロイエンタール、ミッターマイヤー、ミュラー中将。そしてその配下に副司令官としてシュムーデ、リンテレン、ルーディッゲ、ルックナーの各少将が配属されている。でもその後が続かない、本来なら各艦隊にあと二名は少将クラスの分艦隊司令官が居るのだけれど……。いや何よりグリンメルスハウゼン元帥の直率艦隊でさえクレメンツ少将が副司令官に決まっているだけだ。どの艦隊も中途半端になっている。

適当に数合わせで選ぶというのも有るんだろうけどヴァレンシュタイン大将は頑としてそれを拒んでいる。ミュッケンベルガー元帥が国内の治安維持に専念するため今後、遠征には出られないらしい。そのためグリンメルスハウゼン元帥配下の艦隊がこれから前線に出る事が多くなる。だから適当な士官を配備して損害が多くなることは避けたいと言っている。

結構頑固なのよね、ヴァレンシュタイン大将は。でも損害を少なくしたいというのは好感が持てる。わりかし部下思いなのよ、この人。性格は悪いし油断は出来ないけどグリンメルスハウゼン元帥が頼りにならないからこの人が全部背負って苦労している。時々可哀想になって抱きしめてあげたいとか頭を撫でてあげたいとか思うんだけど実際にやったら馴れていない猫みたいに嫌がるわよね、それはそれで可愛いんだけど。

「准将達に千隻程率いさせるしかないな」
「はあ」
「それでも足りない、どうすればよいのか……」
「どうすればいいんでしょう」
私と少将は溜息しか出ない。

「一日に一つ、奇跡が起きないとどうにもならないな、年内出兵は無理だろう……」
「そんな……」
「そのくらい深刻だよ、フィッツシモンズ少佐」
「……」

分かっています、クレメンツ少将。ヴァレンシュタイン大将、どうするんです、この事態……。憲兵隊本部なんかに行ってる場合じゃないと思うんですけど……。



帝国暦 486年 8月20日  オーディン  グリンメルスハウゼン元帥府  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



元帥府の一室、事務局長室のTV電話が鳴った。受信ボタンを押すとスクリーンにキスリングが映った。緊張した表情だ、やれやれだな、ようやく起きたか……。
『エーリッヒ、大変な事が起きた』
「と言うと?」
『今夜、ブラウンシュバイク公爵邸で皇帝陛下御臨席による高級士官と貴族達の親睦会が有った』
「……」

俺は黙って頷いた。有難い事にグリンメルスハウゼン元帥府の人間には招待状は来ていない。理由は簡単だ、ブラウンシュバイク公はグリンメルスハウゼン元帥府を敵だと認識している。先日、ブラウンシュバイク公と血縁関係に有る士官が元帥府に入りたいと言って来たが断った。

無能だから役に立たないというのが理由だが真の理由は別にある。あれはこちらへの打診だ、味方にならないかとブラウンシュバイク公が声をかけてきたのだ。連中、必死らしい、翌日にはリッテンハイム侯の血縁者がやってきた。阿呆が、お前らなんかと組めるか!

『パーティの最中に爆発が起きた。多くの貴族、高級士官が犠牲になっている。即死者は十人以上、負傷者は百人を超えている。そのうち半数は助からないだろうな。ブラウンシュバイク公も負傷した、軽傷だがな』
「そうか」

周囲の人間が息を呑むのが分かった。ヴァレリー、クレメンツ、メックリンガー、リューネブルク、ミュラー。他にも兵站統括部から後方支援のために来てもらった人間が二十名ほどいる。皇帝暗殺が謀られた、生死はどうなのか、そう思ったのだろう。安心していい、あのジジイは悪運には恵まれ過ぎる程恵まれている。皇帝にまでなったのだからな。もっともその事が本人にとって幸か不幸かは分からんが……。

『幸い陛下は御気分が優れず御臨席は取り止めになったから大事にはならなかったが……』
ほらな、心配は要らんのだ。誰かがホッと安堵の息を吐いた。まあ今死なれたら内戦まっしぐらだ。吐息ぐらいは吐きたくなるだろう……。

ブラウンシュバイク公も負傷したか、死んでくれればな、リッテンハイム侯に罪を擦り付けて両家の勢威を叩き潰してやれたんだが。そうなればグリンメルスハウゼンもお払い箱だ、俺も御守りから解放されただろう。悪運に恵まれているのは皇帝だけではない様だ。それとも俺が恵まれていないだけか……。いやもう一人恵まれていない奴が居るな。クロプシュトック侯、あんたが一番恵まれていない。俺にも利用されるのだから。

「犯人は誰かな?」
『クロプシュトック侯らしい。彼が忘れ物をして帰った事が判明している。しかも爆発は忘れ物の有った辺りで起きた。それにあの御仁が社交界に現れたのは三十年振りだ、余程に深い恨みが有ったらしいな』
皮肉か、キスリング。お前に冷笑は似合わないぞ。どうやらクロプシュトック侯の事を良く知っているらしいな、調べたか……。

「そうか、有難う、ギュンター。報せてくれて」
『いや、何か有ったら教えてくれと言われていたからな。まさかこんな事を報せる事になるとは思っていなかったが』
「私もだ、こんな悪い報せが来るとは思わなかったよ」
キスリングが微かに笑みを浮かべた。

『卿に頼まれてから一週間と経っていない、偶然かな?』
「偶然だよ、ギュンター。私が心配したのは血迷って暴発する貴族が居るんじゃないかという事だった」
『居たじゃないか』
「確かにね、だが予想とは違った」
キスリング、お前の言う通りだ。偶然じゃないさ、全て予想通りだ。ウィルヘルム・フォン・クロプシュトックの動きは逐一押さえていた……。

キスリングとの通信が終わると皆が話しかけてきたが後にしろと言って遮った。そしてグリンメルスハウゼンを呼び出す、こっちが先だ。老人はいつも朝九時に元帥府に来て夕方五時になると自宅に帰る。最初に執事が出たが直ぐに老人に替わった。

『どうしたのかな、総参謀長』
「今夜、ブラウンシュバイク公爵邸で皇帝御臨席による親睦会が行われた事は御存じでしょうか」
『うむ、聞いておる。招待状が来なかった故行かなんだが』
残念そうな表情だな、老人。

「公爵邸で爆弾テロが有りました。犯人はクロプシュトック侯のようです」
『おお、クロプシュトック侯! なんという事を……』
眼が飛び出しそうになっている。

「幸い陛下は御臨席を取り止めておられました。しかし一つ間違えば大変な事になるところでした」
『おお、御無事か、御無事であられたか』
爺さん、今度は目をショボショボさせているな。うん、まあこういうのは嫌いじゃない。ここからが本番だ。

「直ちに新無憂宮へ、陛下の元に参内をなされるべきかと思います」
『う、御見舞いかな。それなら明日でも良かろう。今夜はもう遅い』
まだ八時にもなっていない! 皇帝が無事だったからと言って怠惰な老人になるな! 腹立たしかったがそれを押さえてもう一度要請した。

「いえ、直ちに参内を。陛下の御命を狙った反逆者は討伐されなければなりません、それは閣下が為されるべきです。そうでなければ陛下の御宸襟を安んじる事は出来ませんぞ」
『おお、そうじゃの』
ようやくやる気を出したか。俺の周囲からも多少のざわめきが聞こえる。

「まだクロプシュトック侯と断定されたわけではありませんが討伐隊の指揮官は決める必要が有ります。帝国軍三長官にも参内していただきましょう。小官より連絡いたします。閣下は新無憂宮へお急ぎ下さい」
『おお、分かった』

通信が切れると皆が期待に満ちた視線を向けてきた。話は後だ、元帥府のメンバーを至急会議室に集めるように指示すると直ぐに帝国軍三長官に連絡を入れた。流石に三長官は違うな、三人ともまだ職場に居たよ。
「ブラウンシュバイク公爵邸での事件、既にご存知かと思いますが」
俺が問い掛けると三人が頷いた。

「グリンメルスハウゼン元帥が間もなく参内し討伐隊の指揮官を願い出る事になっています。帝国軍三長官の御口添えを頂きたいと思います」
『我らにも参内しろと言うのか』
「はい」

不満そうだな、シュタインホフ。爺さんは俺に押し付けて関わり合いたくない、そんなところだろう。今度はエーレンベルクが口を開いた。
『しかし犯人はまだ分かっておるまい。クロプシュトック侯が怪しいとは言われているが……』
怪しいんじゃなくて犯人だよ。

「今回の凶行、ブラウンシュバイク公爵邸で行われました。大勢の貴族に死傷者が出ています。いわばブラウンシュバイク公は顔を潰されたのです。必ずや討伐隊の指揮官を願い出るでしょう」
『……』

「それが許されれば、ブラウンシュバイク公はこのオーディンに大軍を集結させます。それでよろしいですか」
三長官の顔が強張った。ミュッケンベルガーが唸り声をあげている。事務局長室も空気が緊迫した。皆、危険だと分かったのだろう。

『卿はブラウンシュバイク公がクーデターを起こすと思うのか?』
「そうは思いません。しかし威を示そうとして出来る限りの軍を集めたとしてもおかしくは有りません。先走る馬鹿者が出る可能性が有ります」
俺がミュッケンベルガーの問いに答えると三人とも顔を顰めた。馬鹿者に心当たりが有りそうだ。

「それに陛下に万一の事が有れば大軍を擁したブラウンシュバイク公がどう動くか、予断を許しません。帝国は極めて危険な状況に陥ります。彼らに大軍を指揮する機会を与えるべきではありません。それを防ぐためにもこの反逆は軍が討伐するという事を犯人が分かる前に予め決めておくべきです」
スクリーンの三人が顔を見合わせた。

『総参謀長の危惧はもっともと思うがどうかな? 統帥本部総長、司令長官』
『私ももっともだと思う』
『私も同意見だ』
エーレンベルクの問い掛けにシュタインホフ、ミュッケンベルガーが答えた。

『ではこれから参内するとしよう』
『うむ、この際だ、国務尚書にも同行してもらった方が良かろう』
『なるほど、良い案だ。軍だけでなく政府からも口添えが有れば陛下も否とは申されまい』
『確かに、妙案だな』
ミュッケンベルガーの提案にシュタインホフ、エーレンベルクが同意した。流石だな、伊達に歳は取っていない。

「では我らは出撃の準備を整えます」
『うむ、頼むぞ』
「はっ」
俺が敬礼するとスクリーンの三人も敬礼した。ようやくこれで分艦隊司令官の問題も解決するわ……。


 
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