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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第十話 どうして俺を頼るんだ


帝国暦 489年 4月30日  オーディン  宇宙艦隊司令部 エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



ミュラー艦隊の人事考課を見ているが調子が出ない。嫌な事は忘れて気分を切り替えて、と行きたいところだが嫌な事というのは悪霊みたいなもんでとりついたら離れないんだな、これが。あの後も酷かった、いやあの後の方が酷かった。祟りというか呪いというか、俺にとってグリンメルスハウゼンはまさに祟り神だった……。



帝国暦 486年 7月 5日  オーディン  新無憂宮  黒真珠の間  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「帝国軍中将、エーリッヒ・ヴァレンシュタイン殿」
控室に居る俺を式部官が呼ぶ声が聞こえた。しょうがないな、行くか。
「閣下、お先に」
「おお、気を付けてな」
「はっ、有難うございます」

グリンメルスハウゼンが俺を気遣ってくれた。でもなあ、気を付けてって言われても……。ここで迷子になるなんてわけがないだろう。まあ転んだら皆の笑い者か、それは有るかもしれんな。気付かれないように溜息を吐きながら控室を後にした。

大勢の文官、武官、貴族が並ぶ中、皇帝フリードリヒ四世を目指して歩く。俺ってどう見ても前途洋々なエリート中のエリートだよな。二十一歳で大将に昇進して宇宙艦隊総参謀長に就任。おまけに二つ目の双頭鷲武勲章を授与される……。大体この年で二つ目の双頭鷲武勲章なんて有り得ないだろう。

……いらない。勲章なんていらないし総参謀長にもなりたくない、昇進もしなくて良い。だから俺をグリンメルスハウゼンから解放してくれ。退役だって構わない、出世なんて興味無いんだ、俺は。大体何で俺がグリンメルスハウゼン元帥府の事務局長なんだ、どう見てもイジメだろう。あのクソ爺ども“他に人がいない”、“艦隊はましになったのだから良いだろう”なんて言って全部俺に押し付けやがった……。

あー、何時の間にか着いたか。膝を着いて頭を下げたけど馬鹿馬鹿しくてやってられないよな。
「今度の武勲、まことに見事であった」
生気の無い抑揚の無い声だ。本当は見事だなんて思っていないだろう、そう感じさせる声だよ。俺のモチベーションは急降下爆撃機だ。下がりっぱなしだし誰かの頭を爆撃してやりたい。
「恐れ入ります」
「その武勲を賞しそちを帝国軍大将に任じ双頭鷲武勲章を授ける。立つが良い」

立ち上がると皇帝フリードリヒ四世が俺の胸に勲章を付けた。名誉なんだろうけど少しも嬉しくない。お前が余計な事をしなければ俺はこんな苦労をしなくても済んだんだ。睨みつけたくなるのを必死に我慢した。……不公平だよな、皇帝とかって何してもOKなんだから。俺も皇帝になりたい……。美女を侍らせて仕事はみんな下に押し付ける。男のロマンだな。絶対出来ないけど……。今度転生するならフリードリヒ四世になりたい。

勲章の授与は終わったが未だグリンメルスハウゼンの元帥杖授与式が有るから帰る事は出来ない。参列者に割り込んで式典に参加しなければならないのだ。割り込む場所を見つけるのはそれほど難しい事では無い。参列者は階級順に並んでいる、新任の大将の俺は大将の一番最後に並べばいい。

もっとも並んで直ぐにウンザリした。傍に居るのはクライストとヴァルテンベルク、第五次イゼルローン要塞攻防戦の味方殺しコンビだった。二人とも厭な目で俺を見ている。俺の所為で閑職に回されたと思っているのだろうしまさか三年で歯牙にもかけなかった中尉が大将に昇進するのは理不尽だとも思っているのだろう。自業自得だろう、馬鹿共が。

この二人が最後尾に居たのは何となく分かる。軍事参議官になって三年、おそらくは何の音沙汰も無いはずだ。本来は皇帝の諮問機関として軍事参議会が有るんだが開かれた事なんて無いだろうし……。普通ならなんかの役職に着いてる。どう見ても飼い殺し、左遷だよ。

大体イゼルローン要塞司令官、駐留艦隊司令官というのは大将が任じられるんだが大将としては上がりのポストだ。異動になる時は上級大将に昇進する。最前線勤務を四年から五年は務めるのだから容易なことではない。大きな戦闘も一回は有るだろうし小競り合いは頻繁にあるだろう。昇進は妥当と言える。それなのにこの二人は昇進していない。なかなか前の方には行き辛いだろうな。だからと言って俺を睨むのは筋違いだ。こっちだって酷い目に有っているんだから。

「グリンメルスハウゼン子爵、リヒャルト殿」
式部官の声が黒真珠の間に響いた。控室から出てきたグリンメルスハウゼンがよたよたしながら歩いて来る。大丈夫かな、老人。頼むから転ぶなよ。彼方此方からクスクス笑い声がした、クライストとヴァルテンベルクも笑っている。

笑うんじゃない! この老人のために俺がどれだけ苦労していると思っている! お前らなんかに笑われてたまるか! 思いっ切り咳払いをして笑っているクライストとヴァルテンベルクを睨みつけてやった。二人が沈黙したのを見て次に馬鹿貴族共を睨みつける。文句あんのか? この馬鹿共が!ブリュンヒルトの主砲で吹き飛ばしてやろうか。俺は最高に機嫌が悪いんだ!

戦艦ブリュンヒルトは皇帝陛下よりグリンメルスハウゼン元帥に下賜された。どっかの誰かがオストファーレンは宇宙艦隊副司令長官の乗艦には相応しくないとか言ったらしい。何と言っても相当に古い艦だからな。老人は有難くも純白の貴婦人を授かったわけだ。どうせなら本当に人間の女なら良かったのに……。

爺さんはブリュンヒルトを貰って大喜びだけどな、俺は全然嬉しくない。宇宙空間であんな真っ白な艦を旗艦にするなんて何考えてるんだか、目立ってしょうが無いだろう。有視界戦闘になる可能性を考えれば灰色か黒、或いは同盟の様にダークグリーンに塗るのが妥当なんだ、それなのに……。色を塗り替えましょうって言ったんだけどグリンメルスハウゼンは白のままで良いとか言うし……。

俺の苦労など何も分かってくれない。あんたを司令官に担ぐだけでハンデを負っているんだ。その上に真っ白な旗艦? どう見ても苛めとしか思えないだろう。誰かが俺を苛めて喜んでいる、俺が苦しむのを見て喜んでいるんだ。

あんな真っ白い艦なんて貰って喜ぶのはラインハルトみたいな天才か何も戦場の事を知らない阿呆だけだ。オストファーレンの方がグリンメルスハウゼン老人にはぴったりなのに……。あの古ぼけてカビ臭いオストファーレン……。

元帥府をどうするかな、皆グリンメルスハウゼンが無能だって事は分かっている。誰も幕下には入ろうとしないだろう。ミュラー達は元帥府に入ると言ってくれたけど俺の方から断った。元帥府に入るメリットは元帥の政治力、影響力を当てにできるという事だ。残念だがグリンメルスハウゼンにはそれは無い。多分、貧乏籤を引くだけだ。一生の問題だからな、無理をして俺に付き合う事は無いさ。大体爺さんが何時まで生きているかも分からないんだから。

俺と老人の二人だけでもいい……。一応ヴァレリーもメンバーに入るのかな、だとすると三人か。形だけの元帥府だ、元帥府に使う建物も小さいもので良いだろう。出征の準備は宇宙艦隊司令部の参謀にやらせれば良いし問題はない筈だ。問題なのは正規艦隊司令官だな。一応ミュッケンベルガーは九個艦隊をグリンメルスハウゼンの指揮下に置いていいと言ってくれているんだけど……。

今の所正規艦隊司令官にするのはミュラー、ロイエンタール、ミッターマイヤー、レンネンカンプの四人だけだ。問題は後五人をどうするかだ。ワーレン、ルッツ、ケンプ、ビッテンフェルト、ケスラー、メックリンガー、シュタインメッツ、ファーレンハイト、アイゼナッハ……。
一杯候補者いるんだけど皆階級が低いんだ、准将とか大佐だ。取りあえずは該当者無しで空席かな。訳の分からん人間を司令官にしても仕方ないし……。

ミュラー達に元帥府に来るなと言ったのも一つはそれが有る。分艦隊司令官に任命する人間が居ない。彼らに艦隊編成を手伝ってくれと言われても……。ちょっと狡いかもしれないが彼らに頑張って貰うしかない。俺は爺さんの面倒を見るだけで手一杯だ。

つらつら考えていたら何時の間にか元帥杖の授与は終わっていた。ワルキューレは汝の勇気を愛せりが流れる中をグリンメルスハウゼン老人がよたよたと歩いて来る、今度は嬉し涙を流しながらだ。頭が痛いよ、何だってこんな式典をやるのか……。この後は翠玉(すいぎょく)の間で祝勝パーティだったな。あれ、嫌いなんだよな、益々頭が痛くなってきた。今日は最悪の一日になりそうだ……。



ちょっと早めに行った所為だろう、翠玉(すいぎょく)の間にはまだそれほど人は居なかった。中央にダンス用のホール、少し離れた場所に料理を置いたテーブル、壁際には歓談用のテーブルが配置されている。俺は適当な歓談用テーブルの所に行った。適当と言うのは他に人が居ないという事だ。

皆俺と話したがらないんだよ、一緒に居たがらない。このパーティ、出席者は黒真珠の間に出席できる人間だけだ。つまり爵位を持った貴族、政府閣僚、高級官僚、軍人なら将官以上の階級に有る者だ。年は若いし平民出身の高級軍人とは誰も話したがらない。ということでいつも俺の居るテーブルには理由が有って他者と関わりたくない人間とかが数人いるだけだ。当然だが話しなんてしない。

ノイケルン宮内尚書の挨拶でパーティが始まった。皇帝陛下は御疲れとかで出てこないしグリンメルスハウゼンも同様だ。主役二人が欠席ってどういうパーティだ? 普通こういうのは敵を撃破した名将とその労をねぎらう皇帝の麗しいシーンに皆が喜ぶってものだろう。それなのに……、遣る意味が有るのか? 俺にはさっぱり分からん。

「ヴァレンシュタイン大将」
リューネブルクが声をかけて近付いてきたのはパーティが始まって三十分も経った頃だった。牛肉とパプリカを煮込んだグラーシュとカトフェルサラダが美味い。

「グリンメルスハウゼン元帥が元帥府を開くそうですな、閣下が事務局長とか。他には一体どなたが来るのです? 先ずミュラー提督は当然として……」
「誰も来ませんよ。ミュラー中将達は私の方から断りました」
「……」

そんな困惑するなよ。
「私とフィッツシモンズ少佐と元帥閣下だけです」
「……それはまた、……困りましたなあ」
リューネブルクが笑い出した。おいおい、勝手に俺のカトフェルサラダを食べるんじゃない。何がいけますな、だ。困ってるんじゃなかったのか。

「実は小官もそちらの元帥府の御世話になろうかと思っていたのですよ」
「……」
「どうもオフレッサー閣下の所は居辛いのですな。理由はお分かりでしょう?」
リューネブルクが俺の顔を覗き込んだ。まあね、例の一件でミュッケンベルガーに叱責されたと聞いている。元凶としては居辛いだろうな。

「如何です、責任を取って小官を引き取って頂けませんか」
「……」
「悪い買い物ではないと思いますが」
良い悪いじゃないんだ、元々買う気が無いんだよ、リューネブルク君。それに俺はお前さんを助けただけだ。責任なんて欠片も無い。問題は君がオフレッサーに嫌われた事だ。責任転嫁はいけないな。

「三人でお茶を飲むより四人でお茶を飲んだ方が楽しいと思いますよ」
なるほど、それは有るな。あの老人の茶飲み相手を俺とヴァレリーの二人だけで務めるのは結構きついかもしれない。ついでに出征中はこいつに元帥府の留守番をやらせるか。番犬代わりには使えるだろう。

「その御茶会には我々も入れて頂きたいですな」
声のした方を見るとロイエンタール、ミッターマイヤー、レンネンカンプ、ミュラー、クレメンツが居た。何でだ? ウチの元帥府は政治力とかまるで期待できないんだぞ。ミュラー、お前にも言ったよな……。



帝国暦 486年 7月 5日  オーディン  新無憂宮  翠玉(すいぎょく)の間  オスカー・フォン・ロイエンタール



「ウチの御茶会に参加してもメリットは何もないですよ。政治力とか影響力はまるで期待できませんから。貧乏籤を引くのが関の山です。止めた方が良いですね」
にべもない言葉だ。総参謀長の答えに皆が苦笑を浮かべた。

「いや、それなのですが総参謀長。我々は既に貧乏籤を引いてしまったようで……」
「いまさらお茶会に参加しても失うものは無いのですな」
ミッターマイヤーと俺が答えると総参謀長は訝しげな表情をした。

「ナイトハルト、卿も同様らしいがどういう事かな?」
総参謀長の問いかけにミュラー中将が肩を竦めた。
「上手く行かないんだ。我々は皆上層部に伝手が無いんでね、正規艦隊司令官にしてもらったのは有難いんだが分艦隊司令官、司令部要員の選抜さえ上手く行かない」
総参謀長が我々の顔を困ったように見ている。

「クレメンツ教官に士官学校の教え子から適任者を紹介してもらおうと思ったのだが教官にも無理だと言われて……」
ミュラー中将が視線を向けるとクレメンツ少将が首を横に振った。
「私が推薦できるのはほんの数人だ、しかも果たして来るかどうか……。元帥府に所属してない正規艦隊では消耗品扱いされると敬遠されるかもしれん」
総参謀長は我々の顔を見渡してから溜息を吐いた。

「それでグリンメルスハウゼン元帥の元帥府に入りたいと? 他の元帥府はどうなのです? どうせなら帝国軍三長官の元帥府の方が色々と便宜を図ってもらえると思いますが……」
「それも駄目なんだ。他の元帥府は貴族達の力が強くてね、我々は歓迎されない。年が若いからやっかまれている節も有る」

ミュラー中将の言葉に総参謀長はまた溜息を吐いた。しかも今度の方が溜息は大きい。しかし現実に我々は非常に困難な状況にある。正規艦隊司令官とはいえ階級は中将、しかも後ろ盾が無いとなれば何かと軽視されがちだ。そこに嫉妬が入ればさらにややこしくなる。

「それで皆で相談してね、やっぱりグリンメルスハウゼン元帥府に入るのが良いだろうと。宜しく頼むよ」
ミュラー中将がニコニコと頼むとリューネブルク中将が嬉しそうに後を続けた。
「楽しくなりそうですな、総参謀長閣下。あまり周囲の受けは良くありませんが実力は有ります。いかにもグリンメルスハウゼン元帥府に相応しい顔ぶれでは有りませんか」
総参謀長が三度目の溜息を吐いた。



帝国暦 486年 7月 5日  オーディン  新無憂宮  翠玉(すいぎょく)の間  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



何が楽しいんだ? 俺は全然楽しくないし嬉しくない。また俺に負担がかかるじゃないか。皆で俺を苛める、どう見てもそうとしか思えない。さっきまで美味しかったカトフェルサラダも全然美味しいとは感じられない。何でこうなる? オーディンの馬鹿野郎、お前なんか大っ嫌いだ。

皆が俺を見ている、期待に溢れた視線だ、断られるとは思っていないんだろう。まあ実力は有るし頼りになるのも確かだ。それに一緒に戦ったんだから困っているのを知らぬ振りは出来ないか。受け入れるしかないな……。つまり彼らの艦隊編成を手伝う、いや俺が責任を持つという事になる。頭が痛いよ、なんでこんな事になるのか……。

「分かりました、歓迎します」
俺が答えると皆が嬉しそうな表情を浮かべた。良いよな、気楽で……。しようがないな、あの連中を呼ぶか。元帥府も大きな建物が必要だ、物件を探しに行かないと。俺、過労死しそうだ……。



 
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