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銀河英雄伝説~悪夢編

作者:azuraiiru
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第七話 儀式なんだ、さっさと終わらせよう


帝国暦 486年 2月 24日  オーディン  オストファーレン エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「明日出兵か、忙しかったな、あっという間だった」
「そうですね、あっという間でした」
俺が答えるとアルベルト・クレメンツ准将は感慨深そうに頷いた。まさかなあ、この人が俺の下に来るとは……。世の中、何が起きるか分からんな。

忙しかった、冗談抜きで忙しかった。あの一月十五日の会合の後、帝国は新たな人事を発令しグリンメルスハウゼン提督による出兵を大体的に発表した。もちろん、狙いは自由惑星同盟に報せるためだ。フェザーンが恩着せがましく報せただろう。

こっちも派手に演出した。グリンメルスハウゼンがボンクラだと見破られては堪らない。昇進もただの発令だけじゃない。黒真珠の間で双頭鷲武勲章を皇帝フリードリヒ四世がグリンメルスハウゼンに授与、その上で上級大将に任ずるという式典付きだ。内実を知らない人間が見ればグリンメルスハウゼンは皇帝の信頼厚い武勲赫々たる名将に見えるだろう。

艦隊の陣容も新たにした。元々の連中を連れて行ったら役立たずどもをまとめて処分するつもりかなんて言われかねない。グリンメルスハウゼン提督率いる遠征軍は帝国の精鋭部隊でなければならんのだ。実際かなりの面子が揃ったと思う。

遠征軍総司令官:リヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼン上級大将
参謀長:エーリッヒ・ヴァレンシュタイン中将
副参謀長:アルベルト・クレメンツ准将
参謀:ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン中佐
参謀:フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー中佐
参謀:ブルーノ・フォン・クナップシュタイン中佐
参謀:アルフレット・グリルパルツァー中佐
分艦隊司令官:オスカー・フォン・ロイエンタール少将
分艦隊司令官:ウォルフガング・ミッターマイヤー少将
分艦隊司令官:ナイトハルト・ミュラー少将
分艦隊司令官:ヘルムート・レンネンカンプ少将

ラインハルトを呼ぼうかとも思ったんだけどな、ミュッケンベルガーが嫌がった。皇帝と関わり合いが強い人間はもうたくさんと言うわけらしい。分からないでもない、グリンメルスハウゼンには散々手古摺らされている。トラウマになっているのだろう。だとするとこの先どうなるんだろう、なんか原作とはかなり流れが違うんだけど……。

ミュラーには分艦隊司令官になってもらった。参謀よりも実戦指揮官の方が力を発揮するだろうからな。他にはロイエンタール、ミッターマイヤー、レンネンカンプ、いずれも一線級の指揮官だ。ロイエンタール、ミッターマイヤーを呼んだのはもう直ぐクロプシュトック侯の反乱事件とかが有るからだ。ラインハルトは辺境警備の一少将だしあの事件に巻き込まれないようにこっちに引っ張った。

そして参謀にはベルゲングリューン、ビューロー、クナップシュタイン、グリルパルツァー。これだって悪くない。クナップシュタイン、グリルパルツァーは今の時点では有能な士官だ。若手ではなかなかの有望株が揃ったと思う。

人事発令から艦隊編成、そして訓練、これらを一カ月半で終わらせた。本当に忙しかった。何故そこまで急いだか? おそらくこの遠征に参加する将兵の殆どが疑問に思っているだろう。この艦隊は戦わない、それを知れば更に疑問は深まったに違いない。

この艦隊が遠征から戻った後、帝国は再度遠征を行う。新たな遠征軍の総司令官はミュッケンベルガー元帥だ。帝国は今有利に戦争を進めている。同盟軍の敗戦の傷が癒える前にたたみ掛けたいのだ。だからグリンメルスハウゼンの遠征は出来るだけ早く終わらせたい、その事が準備を急がせている。

そしてこの遠征軍は遠征終了後に解体されミュッケンベルガーの遠征軍に組み込まれる事になっている。だから訓練が必要なのだ。分艦隊司令官はミュッケンベルガーの直率艦隊に組み込まれ参謀は宇宙艦隊司令部に編入される。それなりの人材を集めたのはその為でもある。

ついでに言えば本来なら参謀は作戦、情報、後方支援の分担を決めるのだが今回は無い。宇宙艦隊司令部では作戦参謀だけで十分だと言っているからだ。だから作戦能力の高い人間だけを集めた。情報、後方支援は協力してやってもらおう。もっともそれほど難しくも無いだろう、戦わずに退くのだ。

「それにしても前代未聞の珍事だな、これは」
クレメンツ准将の声は笑みを含んでいる。俺を見る目は悪戯小僧め、そんな感じだ。多分この人にとって俺は士官学校の候補生時代から変わっているようには見えないんだろう。悪戯したのは俺じゃなくフェルナーだけどな。

宇宙艦隊司令部入りはこの人にとっての夢だったようだ。その夢が叶う。忙しいが遣り甲斐のある仕事でもあっただろう。この人と仲の悪かったシュターデンは今回の人事で昇進することなく辺境警備に回された。ミュッケンベルガーをかなり怒らせたらしい。もっとも軍内部では俺との出世競争で負けたのだという噂が有るそうだ。俺はそんなものには興味無いぞ。

分艦隊司令官も参謀達もこの艦隊が戦わずに退く事を知っている。ミュッケンベルガーの遠征軍に組み込まれる事もだ。皆呆れていたな。でもなあ、他に手が無かったんだ。俺が提案したら爺様連中は飛びついたよ。エーレンベルクは“神算鬼謀だ”なんて叫んでた。

まあ確かに原作のアスターテ会戦を利用して撤退ってのはちょっと小細工が過ぎるかとも思うが今の同盟なら確実に勝利を求めて来るはずだ。大軍を出してこちらを叩こうとするから撤退はし易い。何処からも不信は抱かれ無い筈だ。

知らないのはグリンメルスハウゼンだけだ、それに関してはちょっと胸が痛む。でもこれ以上は無理だ、このままいけば何処かでとんでもない敗北を招く。戦死者は何十万、いや百万以上になるだろう。そんな事は許されない筈だ。俺自身とても耐えられない。グリンメルスハウゼンは軍事から身を引くべきなんだ……。



宇宙暦795年 2月 24日  ハイネセン  統合作戦本部  アレックス・キャゼルヌ



「やれやれ、帝国軍がまた出兵してくるか。連中、最近やたらと張り切っているな」
「ヴァンフリート、イゼルローン、勝ち戦が続いていますからね、勢いが有りますよ」
統合作戦本部に有るラウンジで俺はコーヒーを、ヤンは紅茶を飲んでいた。

「敵は一個艦隊、二万隻か。ちょっと中途半端の様な気がするな」
「そうですね、確かに中途半端だと思います」
「しかし無視は出来ない……」
「ええ、相手が相手です。無視は出来ません」

ヤンが憂欝そうな表情で紅茶を飲んでいる。リヒャルト・フォン・グリンメルスハウゼン上級大将か……。
「どういう人物なんだ、良く分からんのだが」
俺が問いかけるとヤンは首を傾げた。
「グリンメルスハウゼン提督ですか? さあ、私も良く分かりません。皇帝の信頼厚い人物のようですが……」
「いや、そうじゃなくて用兵家としてだ、有能なのかな」

ヤンが困ったような表情を見せた。
「武勲は上げていますね、それもかなりのものです」
「老人だと聞いたが……」
「ええ」
「年をとってから急に武勲を上げ出すとか有るのかな? これまでは殆ど名前を聞いた事が無かっただろう」
ヤンが曖昧な表情で頷く。

どうも良く分からない。ヴァンフリート、イゼルローン、どちらもグリンメルスハウゼン提督の率いる艦隊の働きによって同盟軍は敗れた。鮮やか過ぎるという評価も同盟軍からは出ている。戦果から判断すれば宇宙艦隊司令長官、ミュッケンベルガー元帥よりも厄介な相手だろう。シトレ本部長も首を傾げている。

「まぐれとは思えません。参謀に出来る人物が居るのかもしれませんね」
「本人は飾りか」
「ええ、だとすると辻褄は合います」
「しかし今度勝てば元帥だろう、飾り物の元帥か?」
ヤンが“うーん”と呻き声を上げた。

「あるいは帝国軍は勝とうとはしていないのかもしれませんよ」
「勝とうとしていない?」
「ええ、だから遠征軍は二万隻などという中途半端な兵力なのかもしれない」
「……良く分からんな、帝国軍は負けるために出てきたという事か?」
俺が問いかけるとヤンが頷いた。

「中途半端に二万隻という兵力を与えて送り出した。同盟軍が大軍で迎い撃てば遠征軍は敗北するか戦う事無く撤退する……」
「何の意味が有るんだ?」
「さあ、分かりません。ですがどう見ても勝とうとしているようには見えないんですが……」
頭を掻いている、自信が無い時、思うようにいかないときのヤンの癖だ。

「それとも自信過剰になったかな」
「参謀がか?」
「グリンメルスハウゼン提督という可能性も有ります。だから兵力が中途半端なのかもしれない」
自信過剰か、だとすれば帝国に一矢報いるチャンスだろう。二万隻を撃破出来れば戦果としては結構大きい。

「或いは権力争いか……」
「権力争い?」
「ええ、ミュッケンベルガー元帥が邪魔になったグリンメルスハウゼン提督を我々の手で始末しようとしている」
おいおい、紅茶を飲みながら物騒な事を言うんじゃない。俺も一口コーヒーを飲んだ。

「しかし飾り物だろう、そこまでやるか?」
「邪魔になったのは参謀かもしれません。その参謀がグリンメルスハウゼン提督を利用してミュッケンベルガー元帥を追い落とそうとしたとすれば……」
何時の間にかお互いに小声で話していた。ヤンが俺を見ている、分かるだろうという眼だ。

「ミュッケンベルガー元帥は同盟軍を利用して彼らを始末しようと考えた……」
「ええ」
「おどろおどろしい話だな」
「……」

有り得ない話では無いだろう。同盟でもシトレ元帥とロボス大将の競争は熾烈だ。シトレ元帥が圧倒的に有利なだけにロボス大将は必死になっている。シトレ元帥を引き摺り下ろす為ならどんなことでもするに違いない。

「それで、勝てるかな」
「まあ油断しなければ兵力差で勝てるでしょう」
「四個艦隊か……、随分と奮発したな」
「ロボス閣下は負けられませんからね」
さりげない口調だったが厳しい事実だ。ここで負ければロボス大将は間違いなく更迭されるだろう。

だが最善を尽くしているとは言い難いのも事実だ。動員するのは第二、第三、第四、第十一の四個艦隊。精鋭と言える第五、第十、第十二を使おうとしない。ビュコック、ウランフ、ボロディンの三提督が大功を立てると競争相手になりかねないと見ている……。
「今度こそ勝って欲しいよ。負け戦はもうたくさんだ」
「そうですね、自分もそう思います」



帝国暦 486年 4月 12日  オストファーレン  ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン



「そろそろ報告が有ってもおかしくはありませんが……」
「そうですね、そろそろ有ってもおかしくはありません……」
ヴァレンシュタイン参謀長とクレメンツ副参謀長が話している。我々参謀が頷く中、グリンメルスハウゼン提督は指揮官席で居眠りをしていた。なんとも長閑な光景だ。反乱軍が迫っている等とは欠片も思っていないのだろう。

遠征軍はヴァンフリート星系を通過しアスターテ星系に向かっている。偵察部隊を出しているが今のところ反乱軍の動きは分からない。しかしそろそろ何らかの動きが有るだろうという事は皆が分かっている。アスターテはエル・ファシル、ダゴン、ドーリア、パランティアの各星系へと通じているのだ。反乱軍は我々がアスターテに行く前に迎撃したいと思っているはずだ。

おそらくは大軍をもって迎撃してくる。二倍、いや三倍だろうか……。だが旗艦オストファーレンの艦橋には大敵を前にした緊張は無い。寛いでいるわけではないが穏やかな空気が流れている。この艦隊が実際に戦うことは無い。だから提督が居眠りしていても誰も問題にしない。これは儀式のようなものだ、皆そう思っているのだろう。

そんな中で俺とビューローは何処となく居心地の良くない思いをしている。まさかあの時のヴァレンシュタイン少佐がヴァレンシュタイン中将になるとは思わなかった。しかも俺達の直属の上司になるとは……。クレメンツ副参謀長が居てくれるから良いがそうでなければ神経性の胃炎にでもなっていたかもしれない。

この艦隊に配属されて分かった事はグリンメルスハウゼン上級大将は全くのお飾りだという事だ。おそらく宇宙で一番暇な司令官だろう。今も居眠りをしているがその実務の殆どをヴァレンシュタイン中将に任せている。中将が御膳立てをして提督に許可を請う、提督はそれに対して無条件に許可を与える。それがこの艦隊の指揮運営の実情だ。この艦隊の事実上の指揮官はヴァレンシュタイン中将なのだ。

普通ここまで酷ければ何処かでグリンメルスハウゼン提督に対し侮りが出る。だが中将からはそのような姿はまるで見えない。誠実に提督を補佐している。しかし、今回の作戦でワザと撤退するというのも中将が発案したのだと言う。彼は決して誠実なだけの男ではない、そんな彼が我々をどう思っているか、寒気がする……。偵察部隊からの報告が入ったのはそれから程無くしての事だった。


 
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