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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第三幕その二十九


第三幕その二十九

「受け取りたくはありません」
「えっ!?」
「それは何故」
 マイスタージンガー達だけでなく民衆も彼の今の言葉には大いに驚いた。
「どうしてですか?」
「マイスタージンガーになられないなどと」
「私は愛だけで充分です」
 じっと自分の側にいるエヴァを見詰めて言うのだった。
「愛だけで」
「いえ」
 しかしその彼に対してザックスは優しい声で告げるのだった。
「それはなりません」
「ならないとは」
「マイスタージンガーの芸術は讃えられるべきものなのです」
 このことをヴァルターに話すのだった。
「高く讃えられる彼等のいさおしは貴方にも豊かに恵みとなるのです」
「私の」
「そうです」
 こう彼に語るのだった。
「貴方の御先祖がどの様な方であっても」
「はい」
「貴方の紋章や剣や槍が詩人にしたのではありません」
 そういったものではないと話す。
「一人のマイスタージンガーが貴方を高めそれにより今日最高の栄誉を得られたのです」
「それによりですか」
「そう、感謝の心もてそれを考えて下さい」
 ザックスは穏やかな言葉でヴァルターに教えていた。
「これ程の勝利をもたらす芸術がどうして価値なきものであるのか」
「価値ですか」
「そうです。私達の師匠はこの芸術を彼等の特性に従って育て感性によって保護し純正に保ってきたものです」
 そうだというのである。
「宮廷や諸侯にもてはやされた昔の様に貴族的ではないですが」
「民衆のものだというのだな」
 ベックメッサーにはわかった。
「マイスタージンガーの芸術は。そう言いたいのか」
「この芸術は幾多の年月の苦しみにも耐えドイツ的にまた真実に生き続けた」
「それをしてきたのがわし等か」
 またベックメッサーは呟いた。
「それを護ってきたのが」
「全てが現代に於いては逼迫してこれ以上上手くはありませんでしたが」
 こうは言ってもだった。
「御覧の通り高き誉れを維持したのです。何をこれ以上マイスタージンガー達に望むのか」
「これ以上をですか」
「そうです。見るのです」
 今度は見よと言う。
「様々な禍が私達を脅かしています。ドイツ国民も国が瓦解し外国の力に屈する時」
「その時は」
「諸侯は何れも民意を解せず外国の詰まらぬがらくたをドイツの国土に植え付けます」
「そんなことは駄目だ」
「そうだ」
 皆それを聞いて口々に言う。
「そんなことになったら我々は終りだ」
「何にもならない」
「まことにドイツ的なものがドイツのマイスタージンガー達の名誉の中に生きなければ誰もそれを知らなくなってしまうのです」
「だからなのですね」
「そうです」
 またヴァルターに対して答える。
「ですから私は申し上げます」
「それは一体?」
「何ですか?」
「貴方達のドイツのマイスタージンガーを讃えるべきなのです」
 これがザックスの主張であった。それは当然ながらベックメッサーも聞いている。
「そうすれば気高い精神を維持できます。貴方達がマイスタージンガー達の働きに敬意を捧げて下さればこの神聖ローマ帝国が靄の如く消え去っても」
「そうなろうとも」
「聖なるドイツの芸術が我々の手に残るでしょう」
「では私は」
「御願いします」
 ヴァルターのその両手に自分の両手を置いてのザックスの言葉であった。
「どうか。ここは」
「わかりました。それでは」
「ザックスさん」
 エヴァはここでまた冠を出してきていた。ポーグナーから手渡されたその冠はヴァルターと同じ絹で作られた花の冠であった。それを出して来たのだ。
「どうかこれを」
「有り難う。それでは」
「では騎士殿」
「はい」
 ヴァルターもまたポーグナーに応える。そうしてその首に黄金の首飾りをかけるのだった。そのうえで二人はザックスに確かめられた。
「貴方達のドイツのマイスタージンガー達を敬愛し。そうして気高い精神を保つべき」
「そう。マイスタージンガーの働きに敬意を捧げてくれれば」
 民衆達も言うのだった。マイスタージンガー達も。何時しかマイスタージンガー達はザックスを自分達の中心に置いていた。
「神聖ローマ帝国が消え去っても聖なるドイツの芸術が我等の手に残る」
「書記さん」
 彼等の声の中でポーグナーに案内されて彼等のところに戻ってきたベックメッサーがザックスの前に来た。
「貴方もまた」
「ええ。そうですね」
 ベックメッサーも今は穏やかな笑顔だった。そうしてお互い同時に手を差し出し合い。
 そのうえで手を握り合うのだった。彼もまたマイスタージンガーであった。
「万歳!ハンス=ザックス万歳!」
「ニュルンベルグのマイスタージンガー万歳!」
 皆がそのザックスを讃える。祭は歓喜の声の中で栄光に包まれるのだった。


ニュルンベルグのマイスタージンガー   完


               2009・4・27
 
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