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エターナルトラベラー

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第九十三話

翌日。

軽く朝食を…いや、昼食を済ませ、箱庭を出る。

凛が持ち込んだ貨幣の内、10年前以前の年号がプリントされた硬貨で今朝の朝刊をコンビニで購入する。

聖杯戦争中なのだ。どんなに隠蔽しようとも隠しきれないそれは虚言として大衆紙に載るだろう。ただ、そこから真実が想像できるかはこの聖杯戦争を知らなければ分からない事だ。

「ハイアット・ホテルの倒壊だって。事故原因は調査中って書いてあるけど、これって…」

「十中八九マスターを狙ったマスターの仕業でしょうね。どんな宝具を使ったのかは分からないけど、綺麗にぶっ壊してくれたものだわ」

なるほど。ビル一つ壊しておいてあくまで事故として処理できるレベルの戦いだったと言う事か。

「奇跡的に死傷者はほぼゼロ。行方不明者はおそらくマスターとその関係者だけでしょうね」

「なるほどね」

「私が気になっているのは寧ろこっちね」

「この幼児失踪事件か?」

「ええ、思い出したの。私はこの時、この事件を追っていた。その時に怪異に出会ったわ。あれは間違いなく聖杯戦争関係だったわね。つまり…」

「マスターかサーヴァントが幼児を誘拐していると言う事か」

「ええ。そして誘拐された幼児は誰も帰ってこなかった。そう、コトネも…」

おそらく助けられなかった誰かが居たのだろう。それが彼女に小さなシコリを残しているようだ。

自分の知っている過去に干渉する。

それがもたらす葛藤を俺は知っている。多少違うが物語に介入するイレギュラーとしての関わりが自分に何をもたらしてきたのかも。

しかし、俺は彼女達の行動を尊重しよう。経験者の言では関わらずに放っておけと言うだろう。大体にして既知の物語からの逸脱は悪い方へと向かうのだから。

しかし、これは彼女達が考え、行動するべき事。俺がするのはその手助けだけだ。

「イリヤ、どうするか決めた?関わるか、関わらないかの選択は早い方がいい。これは年長者からの教訓だ。後手に回ると事態を好転させる事は難しくなる」

「まだ、わからないわ…どうしたら良いかなんて。…わたしだって理屈では分かってる。あのお母様はわたしのお母様じゃないって事くらい。…でも」

「イリヤスフィール…そうね。お互いこの聖杯戦争で肉親を失っているのよね」

「リンもなの?」

「ええ。お父様はマスターとして聖杯戦争へ参加した。お母様は聖杯戦争に巻き込まれて精神に多大なショックを受けてしまったの。…私の存在を忘れるくらいに…」

聖杯戦争は基本は殺し合いだ。そこで行使される陰謀術数の数々はそれは普通の人なら目をつぶりたくなるような物ばかりだろう。

「今なら助けられるチャンスも有るわね」

「ええ、有るわ。でも、それは難しい事だし、ただの自分のエゴよ。此処で何をしたって私達の居た未来は変わらない…でも」

「そう、でも、違った未来をわたしは見てみたい」

「イリヤスフィール…そうね、私も見てみたいわ」

どうやらようやく行動指針が決まったようだ。

「そうか。だが、難しいよ。死ぬ運命を覆すのは特に。何をどうすればいいか良く考えなければならない」

「そうね…お父様を生き残らせる。お母様を関わらないようにさせる。単純なようで難しいわ…あとコトネの事も…」

凛の望みは親しかった者の救済か。いや、それはイリヤもだ。

「イリヤは?」

「わたしは…過去のわたしをあの城から連れ出してキリツグに会わせてあげたい。本当はわたしもお母様を助けたい。だけど、それは不可能かな…」

「どうして?」

「お母様は今回の聖杯戦争の器なの。サーヴァントの魂を回収するたびに、お母様は本来の聖杯としての機能を取り戻すに連れて人間としての機能を失っていく。わたしでも四騎が限界だったもの。お母様じゃ二騎が限界でしょうね」

「つまり、サーヴァントの脱落はイリヤのお母さんの命を削るって事か」

イリヤと同じだが、イリヤよりもなお脆い。

「サーヴァントの脱落無しで聖杯戦争を止める事は不可能よ。先ずは剣を取り上げないと話し合いのテーブルにすら付く事は出来ないんだから」

「…分かってるわ」

ふむ…

アイリスフィールの救済、それがイリヤの願いだが、それはとても難しい。だが…

「最後まで自我が残っていれば助ける事は出来るかもしれない」

「え?どういう事、チャンピオン」

がっと詰め寄るイリヤ。

「俺の能力は物質の時間を操る事が出来る。それなら、人間としての機能が停止する前まで戻せるかもしれない…って、どうした?」

「…きいてない」

「え?」

「聞いてないって言ったの。チャンピオンの能力は因果操作じゃなかったの?」

「え?言ってなかったっけ」

「言って無いっ!」

プクリと頬を膨らませるイリヤ。凛が因果操作と驚いているが、今はどうでもよい事か。

だが、前にそれで城の修復をしたはずなのだが…

「とは言ってもね、イリヤ。可能性の問題だ。出来ると言う保障は無いし、間に合うという保証も無い。終わったものを戻す事は難しい」

「そうね。…でも可能性があるだけで今は十分だわ」

希望は絶望を深くするだけかもしれない。だが、精一杯イリヤの望みには協力してやろう。そう思った。

さて、方針をどうするか、そんな事を考えていた時、大気を振るわせる魔術による信号が教会の方から打ち上げられた。

魔術師だけに分かる暗号であり、監督役がいるはずの教会となれば、聖杯戦争関係の物だろう。

「それをどうするの?リン」

イリヤが凛に問い掛けた。

凛は手にした宝石に魔力を通すと、それが小鳥のような形に変化し、即席の使い魔を作り出したようだ。

「もちろん教会の偵察に向かわせるのよ。おそらく他の聖杯戦争参加者も自身では訪れないはず。だったら一匹くらい混ざっても問題ないわよ」

「…問題ないのかもしれないが、それは遠坂の家では使いやすい部類の使い魔なのか?」

「そりゃそうよ。宝石魔術がうちの専売だもの」

「だったら凛の父親だって使うだろう。自分以外に同じ魔術を使っているものが居たら彼はどう思うだろうな?」

「うっ…」

着眼点は良いのだが、凛は何処か抜けている。

「はぁ…リンはお惚けさんね。チャンピオン、お願い」

「なっ!ちょっとうっかりしただけでしょーがっ!」

吠える凛には取り合わず、サーチャーを冬木の教会へと飛ばし、他の使い魔からは気付かれないように細心の注意を払って教会へと忍び込ませる。

「なにそれ、…SFに出てくる空中映写機みたいじゃない」

この際凛の感想はどうでも良いだろう。

集まった小さな使い魔たちを前に、監督役である神父が説法するような口ぶりで外法を働いたキャスターを全マスターを持ってこれを討伐しろとルール変更として伝える。

報酬は前回の聖杯戦争で使い切れずに残った令呪。それを一画くれるらしい。

「令呪の受け渡し…それもあんなに…」

驚く凛だがそれも仕方ないだろう。

令呪での命令は三回しか出来ないが、とても大きな力となってサーヴァントを援護する。それが一角増えるとなると…なるほど、かなり上等な餌だろう。

「それじゃ、今日は別行動しましょう。私は私で少し調べたい事があるわ」

「それはいいが、今、凛は魔力殺しを所持しているのか?今は聖杯戦争中だろう。魔術師がこの冬木市に居ると言う事は聖杯戦争参加者だと間違われてしまわないか?」

「うっ…そうね。確かに今の私は魔力殺しを持っていないわ。でも、そんな物普段から付ける様な物好きはいないわよっ」

まぁ、その点ではイリヤも同様だ。

「発見されたら運がなかったと諦めるか…それともサーヴァントをつけるかしないと危ないんじゃないか?」

「あら。チャンピオンが私に付いてくれるとでも言うの?でもそれはお断りするわ。あなたはイリヤスフィールに付いてなさい」

「当然、俺はイリヤに付こう。だが、誰かを凛に付けることくらい出来る。まぁ、デメリットも多く存在するがリスクカットには仕方ない」

「は?」

飲み込めない凛を余所に俺は影分身をする。

ボワンと現れたのはソラだ。

「あなたは…」

アインツベルンの城で俺と分かれて戦っていた事を思い出したのだろう。驚きはしたが、納得したような表情だ。

「あなたもチャンピオンね」

「そうだね。チャンピオンのサーヴァントではある」

「悪いソラ、凛に付いて行ってくれないか」

「まぁアオの頼みだからね、しょうがないか」

とそう言うとソラは分かたれたまま霊体化し姿を消した。

「霊体化も出来るのね」

まぁ、本来の影分身では無く、今のそれは所謂分霊という扱いになるだろうか。

「それじゃ行ってくるわ。待ち合わせは衛宮邸にしましょう」

そう言うと、凛は霊体化したソラを連れて離れて行った。

「俺達はどうする?」

「わたし達はわたし達でキャスターの動向を追いましょう。きっとキャスターを追ってマスター達が動くだろうし、どうするかはその時に決めるわ」

まだ何をどうしたらいいのかは分からない。しかし、分からないからといって行動しない訳にはいかなかった。

確かめなければ行けないのはアインツベルンの居城。

俺達が出てきた後、アイリスフィールたちが居城として使っているか否かだ。

冬木市市街地から外延部へ向かうとその人通りは少なくなる。そこまではバスで移動し、人目を避けた後、飛行魔法を行使してイリヤを担いで飛翔して向かう。

アインツベルン所有の森の外延に付く頃にはすっかり日も落ちて辺りは真っ暗だった。

「お母様達はここに居るわね。森の結界に誰かの魔力が混ざってる。」

イリヤには分かるらしい俺達が出た時との差異。

なるほど、聖杯戦争の為だけに用意した居城だ。使わないはずは無いか。

「結界の弱いところと、わたしがアインツベルンのホムンクルスだと言う事で、多少の事なら気付かれずに入れるだろうけれど…」

「イリヤっ!」

どうしようかと思案していた時、サーヴァントの気配がして急いで隠れて距離を取った。

相手に気が付かれない様に盗み見ると、現れたのはへんてこなローブを着たギョロ目の長身の男性。

そいつは数名の子供を引き連れてやってきた。おそらく催眠系の暗示で従えているのだろう。子供達に自由意志は感じられなかった。

「キャスターね」

だろうな。他の五騎は確認済み。アサシンならば気配遮断スキルで目標に気付かれずに近付いた後に暗殺と言う戦法を取るだろう。

キャスターは子供を引き連れ、森の結界など歯牙にもかけずに進んで行く。

「戻るわよ、チャンピオン。ここまで大っぴらにされたら流石にお母様も侵入者を警戒するはず。入り込む事は難しいわ」

「だろうな」

同意すると俺はイリヤを抱えて空へと駆け上がると冬木市の方へと飛び去った。

対魔力の高いセイバーは基本的にキャスターに対して一方的にその武を示せる。余程の事が無い限りセイバーは負けないだろう。

あの子供を何に使うのか、それは写輪眼で見ずとも碌な事ではなかっただろうが、彼らには既に何かが巣食っていた事は見て取れた。

おそらく生きては帰れまい。その事をイリヤは気が付いていたのか…気が付いてなければ良い。

これで確認していないのはアサシンのみだが、アサシンの確認はその特性上難しいだろう。

夜の空を飛び、衛宮邸へと戻るのだった。
朝食を食べた俺達はソラを凛達につけるとイリヤが散歩に行くと言うので俺は護衛にまわる。

未音川の堤防にある遊歩道を歩く。朝の日差しは気持ちよいが、吹きすさぶ風は冷たい。

遊歩道から未音川を見下ろせば、この寒い季節にピチめの半そでプリントシャツとジーンズだけと言ういでたちで川の水をくみ上げる巨漢の男が見える。

明らかに不審者だろう。

ああ言う輩には近づかないに限る。と言うか、あいつから感じるサーヴァントの気配。これはまずいと霊体化して気配を遮断しているためにしゃべれない俺は霊ラインを通じて警告しようとしたのだが、イリヤはトトトと土手を降り、その巨漢の男の所へと走り寄って言った。

イリヤもなんとなくアレがサーヴァントだと分かっているだろうに、聖杯戦争は夜にやるものと言う戯言をまだ守っていたのか…

「こんな所で何やってるの?」

「それが余にも分からぬのだ。余と一緒に居る坊主が持って帰って来いと言う。余もズボンが欲しかったゆえ承諾したのだが…ふむ、一体何に使うのだろうな」

「わたしに聞かれても分からないわ」

「そうだよなぁ…どれ、余は行く事としよう。ではな小娘」

そう言うとライダーはぐりぐりとイリヤの頭をその大きな腕で撫ぜると川を上流に向かって歩いていく。

「何するんだろう」

と言ったイリヤも特にする事が無いと彼の後を追った。

足の長さが違う為に離されるイリヤだが、ライダーがまた川の水を汲む頃には追いついた。

しかし、入れ替わりにライダーはまた先に行く。

今度は少し離されたために駆け足で追いつくと、まだライダーは水を汲む前だった。

「なんだ、まだ余に付いて来ていたのか」

「特に目的があるわけじゃないもの。あなたが何してるのか気になっただけ」

「とは言っても、余自身も何のためにしているのかは分からぬのだし、着いて来ても分からぬと思うぞ」

「別にいいのよ。散歩だから」

「そうか」

ライダーは更に川を遡る。

しかし、次第に足場が悪くなりイリヤではなかなか付いていけなくなってしまう。そんな時、巨漢の男が振り返りむんずとイリヤの襟首を掴むとその逞しい肩上へと乗せた。

「きゃっ」

「どうせ付いてくるのであろう?ならば、余の肩に乗るが良い。レディをエスコートしてやろう」

「あら、中々紳士なのね」

「可愛い娘ゆえに特別だ」

そう言うとライダーはペースを上げる。徒歩ではなくその巨漢に見合わぬ速度で駆ける。

「わっ!はやいはやいっ!」

「わははははっ!これでも余は騎馬にて世界を蹂躙した征服王ゆえな。地を駆けるのは得意中の得意よっ」

定期的にイリヤを下ろしては川の水を汲むライダー。

大きな排水溝を跨ぐとき、イリヤの視線が過ぎ去った排水溝へと向いた。

「どうした、小娘?」

「ううん、なんかあそこが一番嫌な感じだった」

「嫌な感じ?どういう事だ?」

「うまく説明できないけど、何か嫌な感じだったの」

うん、意味が分かりません。実体化して視ればおそらく何か分かるのかもしれないが、今は霊体。干渉能力は著しく低い。しかしそのお陰で気配遮断スキルをフル活用してライダーの目を誤魔化してイリヤについていっているのだから仕方ない。

「此処が最後だな」

「結局水を汲んでいただけね」

「まぁそうだなぁ」

やる事の終わったライダーは踵を返す。

「余はこれから帰路に着く。街までは送って行ってやるがどうする?」

「そうね、それじゃお願いするわ」

「あい分かった。それではどうぞレディ」

「お願いするわ、ジェントルマン」

肩を落としたライダーに自分から乗り込んだイリヤ。…まだ付いて行く気ですか。

冬木市新都へと二人は歩いて行く。

逞しい巨漢の男が麗しの少女を肩に乗せている光景はかなり鮮烈なようで、道行く人が振り返るが二人は気にした様子も無い。

「ちと小腹が空いたのう…どれ、何か食っていくとするか」

いやいやいや…なにが小腹が空いた、だっ!サーヴァントは基本食べなくても生きていけますからっ!

「あら、奢ってくれるのかしら?」

「よかろう。まぁあまり高いものは今の余の財力では厳しいがな」

「そう、それじゃあそこにしましょう」

目ざとくイリヤが見つけたのはヴァイキング形式のレストランだ。お一人様3500円と手ごろながら時間無制限と銘打っている。

「ふむ、アレくらいなら大丈夫だな。では()こうか」

財布の中身を確認したライダーがそう宣言する。

マントがあればバサリと靡いていただろう風に右手を上げると、イリヤをエスコートして店へと入るイリヤとライダー。

料金は先払いで払い、ライダーは逞しい二本の腕に盆を取り、大量の食料を持って行く。席に着いた頃には目の前が見えないのではないかと言うくらい高々と盛られていた。

イリヤはといえば、スパゲッティナポリタン一皿とデザートのプリンと、値段に見合わないチョイスではあったが、その分はライダーが食べる分で二人で考えたらプラスになるだろう。店側が心のそこで涙しているのを幻視してしまうほどだ。

「ふむ、中々にうまいな。なるほど、食は日々進化していると言う事か。うむ、これだけでもこの時代に呼ばれた甲斐はあったと言うものだっ」

「そう?まぁ不味くは無いけれど、そう美味しい物では無いわね」

「そうか?余が生きていた時代の王族が食していたものよりも美味しいとは思うのだが」

「そうなの?それはまた貧相な食事だったのでしょうね」

「そう言うてやるな。料理人も日々努力して余に食事を出していたのだ。それに遠征中など干し肉が食えればよいと言う時も多々有った物よ。そのひもじさを知っていればこそ、戦争に勝った時の美酒はまた格別なのだ」

「ふーん。大変なのね」

ガツガツと頬張るライダーはお世辞にも行儀が良いとは言えないが、その快活さは寧ろ心地よい雰囲気をかもし出していた。

食事が済み、店を出たライダーは、どうやら拠点に戻るようだ。

イリヤに別れを言い、その豪腕でイリヤの頭を撫ぜた後踵を帰した。

「ではな、小娘。次に会った時はそなたのボディガードを紹介してもらえると嬉しい」

「あら、気が付いてたのね」

「これだけ長時間一緒に居れば流石に分かると言うもの。お主らに戦う意思が無かったようだしな。だが、聖杯を求めて戦う敵であれば容赦はせぬ」

それだけ言うとライダーはドスドスと音が聞こえそうな足取りで歩き去った。

「バレてたみたいね。さすが征服王と言う事なのかしら?」

さて、どうだろうか。だが、戦わずに去ってくれた事はお互いに行幸だろう。

「それじゃ、帰りましょうかチャンピオン」

帰ってくることの無い虚空に呟いた後イリヤもまた踵を返し帰路に着いた。




聖杯戦争は始まりの御三家には優先的に令呪が与えられる。

今回の場合、遠坂は私のお父様だし、アインツベルンはセイバーの話では士郎の父親であったはずだ。イリヤスフィールやチャンピオンの話ではセイバーはイリヤスフィールの母親に付き従っていたようだが、おそらくはフェイク。

分かっている情報で一番憂慮しなければいけないのは私のお父様を殺したあの兄弟子だ。しかし、彼の所在はまだ知れない。遠坂の家に留まってお父様を欺きながら手伝っているのかもしれないし、袂を分かれたのかもしれない。

私の記憶ではまだこの時点ではお父様は死んでは居ない。最後のあの私の頭を撫でてくれた最初で最後のあの手を私は忘れていないのだから。

となると、残りで確実に参加が分かっているのは間桐だ。

どうして今までこんな簡単な事も思いつかなかったのか。いや、私自身忘れたかったからなのかもしれない。

この聖杯戦争の後に、雁夜おじさんが家を訪ねて来たことが一度も無い事に違和感を感じるべきだったのだ。

おそらく間桐のマスターは彼だ。そしてこの戦争で死ぬ。

間桐の屋敷を使い魔に監視させればよろよろと歩いていく成人男性の姿が見えた。

それは既に限界を超えて魔術を行使したかのようにダメージを受け、実際体の機能も幾つも失っているのだろう。黒かった髪は何かの魔術の後遺症か白く染まっている。

そう言えば桜の髪も青く染まっていた。昔は私と同じくカラスの羽のような黒い髪だったと言うのに。

間桐邸から出た雁夜おじさんはズルズルと体を引きずりながら夜の街へと消えていく。おそらく他のマスターを求めて戦いに行ったのだろう。

しかし、どうして魔術師ではなかったはずの彼が聖杯戦争になんか参加したのか。それだけが私には分からない。

幼かった私でもなんとなく彼が魔術を厭い、嫌っていた事は感じていたと言うのに。

使い魔との共有を切り、私は夜の街を歩く。

新都を歩き回れば、淀んだ魔力がそこかしこに感じられ、気持ち悪い。

その中を私はキャスターの手がかりを求めて歩いていた。

暗い路地の裏へと続く隙間からは一層強い淀みを感じ、ぶっちゃけ近付きたくない。しかし、行かない訳にもいくまい。

そんな事を考えていると、その暗がりに入り込もうとしている少女が居た。

紅いコートを着たツインテールの少女だ。歳の頃は6・7才と言ったところか。

「って、アレ私だ…」

魔術師として魔力を感じられるのなら、自分の力を過信してあのような埒外の怪異の存在する所に自ら足を向けるなど二流のする事。余りにも馬鹿な行動に自分である事を否定したいくらいだ。

当時の私は居なくなったコトネを探して新都を探索していたのだ。

何かおぞましい物を見つけ、気を失った私が再び気が付いた時はお母様に抱きかかえられていた。泣きながら神に感謝している母親の顔を今でも覚えている。

なるほど、私はこれから無謀な行動に出るのか。いや、現在進行形か…

誰かが助けてくれるはず、と言うのは楽観視すぎる。

選択の数だけ世界は分岐するのだ。助けなんて来ないという世界だって有るだろう。

「本当、勇気と責任感だけはあったのよね、私…」

勇気と無謀を履き違えていたけれどと一人ごちて私は彼女を追って裏路地へと入った。

濃密になる死の香り。

追って入った裏路地で私はその子の肩を掴む。

「うわっひゃぁっ!?」

そんな眉根を寄せてしまいそうになる品の無い絶叫が聞こえる口を私は素早く自分の手の平で覆う。

「黙って」

うーうー唸るその子に小さく耳打ちする。

「あなたではあの影に居る物には敵わない。分かっているわよね?」

その問い掛けで彼女は私が魔術師であると悟ったようだし、自身の窮地も理解した。

自分よりも高レベルの魔術師が敵わないと言っている何かなのだ。駆け出しの自分では到底敵うまい。

しかし彼女には行かねばならない理由があったのだ。自分の友達のコトネを探す。その為に家を抜け出してこんな所までやってきたのだから、止れといわれても敵わないと言われても頷けない。

しかし、抵抗する彼女の声を聞いて路地裏の何かは此方に気が付いてしまった。

ヌチョリと粘性の音を立てながらその何かはその奥から這い出してくる。

そのフォルムはタコのような、イカのような触手を持ち、ヒトデのようなボディをしたナニカだった。

「ひっ…」

と、そのナニカをみて少女が悲鳴を上げた。

「これはまた趣味の悪い…」

這い出てきたナニカは食事中だったのか、口と思われるところから何かがはみ出ていた。

足だ。あれは人間の足だ。

「っ…ぁ…」

高次元の何かがうごめいている。魔術師ですら隙を見せたら殺されてしまいそうなナニカははっきりと此方をターゲットに定めたようだ。

「ごめんなさい、チャンピオン。あいつ何とかしてくれないかしら」

私に彼女に対する命令権は無い。だからこれはお願いだ。

虚空から現れた彼女は私達を守るように眼前に顕現し、何か手を複雑に動かすと息を吸い込んだ。

『火遁・豪火球の術』

ボウと大きな火の玉が噴出され、その何かを焼き尽くし、終息した。攻撃を終えたチャンピオンは振り返る。

『プロテクション』

終わったかな。そう思った次の瞬間、チャンピオンは振り返ると防御魔術を展開し、私達を何かの脅威から守ってくれた。

「なっ!?」

何が起こったのかと振り返れば大量の蜂のような蟲が大量に此方へと押し寄せている。

幸いチャンピオンの防御魔術を抜けるほどの脅威では無いが、何者かに襲われている事だけは確かだった。

誰だと目を凝らせばフードを深く被った男性がやっとの事で立っていると言う感じをかもし出しながら此方を睨みつけていた。

な…雁夜おじさん!?

「その子を置いていけ…」

その子と言うのは私が抱えているこの子だ。

「え、わたし?」

まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのだろうと言うのがその言葉から窺える。

「さあ凛ちゃん、こっちに来るんだ」

「え、わたしの事を知っている?あなたは誰なの?」

「雁夜だよ、凛ちゃん」

その言葉でフードを取る男性は、やはり記憶にある雁夜おじさんとはあまりにも別人だった。

「うそよ。雁夜おじさんはそんな白髪じゃないわ」

「おじさんにも色々有ったんだよ」

この蟲達はこの子を攻撃から除外するように言われているだろうが、バリアを解除した途端彼女以外に牙をむくだろう。

彼がそこまで細かくこの蟲達を操っているとは思えない。

「チャンピオン、一端此処は引くわ。私達を連れて逃げてっ」

「しょうがないか。しっかり掴ってなさいね」

チャンピオンは私達の所まで寄ると、片手で私達を引っつかみ、背中に翅を生やしてビルの隙間を縫うように飛翔して人気の無いところを目指す。

「わっわわっ!ちょっとっ!わたし今空を飛んでいるっ!?」

空を自在に飛行する魔術は現代では殆ど不可能だ。おとぎ話に出てくる魔女は現代では存在しない。そんな常識を打ち破る現象に彼女は興奮して先ほどの恐怖すら忘れているようだった。

まぁ私も同じ魔術師だから分からなくも無い。

人気の無い夜の公園を見つけ、着地する。

咄嗟の事で私達の掴りがあまくずり落ちそうになったからだ。

しかし、再度空へと舞い上がる事は出来なかった。なぜなら目の前に黒い甲冑に身を包んだ騎士が現れたから。

理性を感じさせないその雰囲気からみてあれはバーサーカーのサーヴァントだろう。

私達と言う荷物がなければチャンピオンなら軽々と逃げられるのだろうが、私達という足手まといの所為で出来そうに無い。

「これは厄介な相手が出てきたものね…」

そう言いつつも私達を守る位置でいつの間にか現れた斧を構えるチャンピオン。

『ロードカートリッジ』

ガシュッと薬きょうが排出され、魔力がチャージされる。

一体どういう理屈なのか、彼女たちチャンピオンは銃弾の弾のようなものに魔力を蓄積、解放する事が出来るらしい。

私が宝石に魔力を蓄積させているような物だろうが、彼女達のソレを見ると凄く戦闘向きな能力だ。なぜなら自身より大きな魔力をストックして操る事が出来るのだからサーヴァントには持って来いだろう。

いや、違うか。おそらくあの能力は生前から有った物だろうけれど、それでも彼女達本来の魔力量はおそらく現代魔術師とは一線を隔す量だったに違いない。なぜなら彼女達が私から見ればあれほど大量の魔力を補給しても大した技を使えないのだから。

『ハーケンフォーム』

それにあの武器も中々にナゾだ。宝具ではないそうだが、意思を持ち、さまざまな援護を持ち主にもたらしている。

チャンピオンの斧が形を変え、魔力で出来た刃が出てきて大鎌の形へと変化した。

バーサーカーは鉄棒をその怪力で引きちぎると、それが侵食されるように葉脈のようなものが取り付きその鉄棒が黒く染まった。

それが武器だと言わんばかりにバーサーカーは構えると、一気に地面を蹴った。

「■■■■■■■■■■■------っ」

「はっ!」

駆け出したバーサーカーをチャンピオンも迎え撃つ。

鉄棒は鉄棒とは思えない強度を備え、チャンピオンが振るう大鎌と打ち合っても引けを取らない。

「ねぇ、あの二人はサーヴァントよね。と言う事はお姉さんは聖杯戦争の参加者?」

小さいながらも魔道の家の子。現状は理解したみたいね。

「いいえ、私は今回の聖杯戦争の参加者じゃないわ」

「え?ちがうの?」

「ええ、違う。でもあの黒いのは聖杯が呼び寄せたサーヴァントね」

「じゃああのお姉さんは?」

「彼女もサーヴァントよ。彼女の事は答えられないわ。だから聞いてはダメよ」

「サーヴァント同士の戦い…」

彼女が何を考えたのかは想像に難くない。神話の世界の戦いが目の前で繰り広げられているのだ。

キィンキィンと剣戟の音が闇夜に響く。

打ち合わされたそれらは火花を散らし、彼らの振り下ろす武器は一種の閃光のように走る。

ザザーッと距離を開けたチャンピオンは敵が間合いに入ってないのにその鎌を振り上げた。

『ハーケンセイバー』

一瞬、彼女が持つ大鎌に付いた宝石に字が浮かんだ気がした。

「ハーケン…セイバーっ!」

ブオンと振り下ろすとその魔力刃は回転しながら射出され、バーサーカーを襲った。

「鎌を飛ばしたわっ!」

小さな私が騒ぐ。

「■■■■■■■------っ」

バーサーカーは鉄棒を横一文字に振るいその刃を受け止めるが、回転し続けるそれは止まる事はなくバーサーカーを押していく。

「■■■■■■■■■■■------っ」

気合を入れた雄たけび。渾身の力で押し切ると、軌道を変えられたその刃は虚空へ向かって消えていった。

やっとの思いで窮地を脱したバーサーカーだが、チャンピオンは既に次の攻撃に出ていたらしい。

いつの間にか彼女はバーサーカーに接近し、再び現れている魔力刃を振りかぶり、バーサーカーの首を刈り落とさんとしていた。

しかし敵もその名を歴史に刻んだ英雄だ。一筋縄にはいかない。

素早く地面に伏せるようにそのみを縮こませ、チャンピオンの振るう凶刃を回避する。

そのままバーサーカーはチャンピオンの足を狙うように鉄棒を振るうが、空振った大鎌をそのまま地面に突き刺すと地面を蹴って体制を崩し、くるりと回るように回避するとお互いに距離を取った。

チャンピオンは後ろに下がりながら鎌を二回振るい、先ほどの回転する刃を打ち出してけん制していた。

バーサーカーは一本目は回避したが、回避の先を狙うように放たれた二発目は回避できずその手に持った鉄棒で弾いていた。

『ロードカートリッジ』

チャンピオンは着地する前にカートリッジを一本ロードし着地と同時に左手を前に突き出した。

『トライデントスマッシャー』

突如チャンピオンの手前に現れる魔法陣。

「トライデントスマッシャーーーーっ!」

再度引いた左手を突き出すと、その魔法陣から金色の閃光が三叉の槍のように伸び飛ばした刃を弾いたばかりのバーサーカーに襲い掛かる。

「■■■■■■■■■■■------っ」

バーサーカーは絶叫を上げ、霞となって消えていった。

「殺したの?」

「いいえ、一瞬速く実体化を解いただけね。バーサーカーのクラスは大量に魔力を消費する。マスターの限界の方が早かったみたい」

「そうなの?」

と答える私だが、私のそれを裏付けるかのように公園の入り口で人が倒れるような音がした。

「どうするの?」

いつの間にか私の側まで来ていたチャンピオンがそう問い掛けてきた。

「魔力切れでまともに動ける状態じゃないでしょう。話を聞いてみましょう」

そう答えると私は警戒しつつも雁夜おじさんへと近づいた。

トトトと小さな私も付いてくる。

うずくまる彼は全身が引きつったかのような死相を呈し、魔力の枯渇で息も絶え絶えだった。

私は彼に重量軽減の魔術を掛け、公園のベンチへと運び込んだ。

「本当にこの人は雁夜おじさんなのかしら…たしかに似てるけど、ここまで来ると全くの別人みたい…」

小さな私がベンチに横たえられた彼を見て言った。

改めて肉眼で見れば、魔術の後遺症で体はボロボロ。これでは生きられて後一ヶ月も保てば良い方じゃないか。

おそらく聖杯戦争に参加する為に急造で魔術回路を拡張した反動と言った所だろうか。

間桐の家は代を重ねる事で魔術回路を失っていき、慎二には終に備わらなかった。であるならば、一世代前ですらサーヴァントを維持できるほどの魔術回路は無いはずなのだ。

しかし、それを覆したなにかの秘術により雁夜おじさんはマスターになったし、聖杯を欲してその身を削っている。

そこまでして聖杯に願う望みがあるというのだろうか…

「凛っ!」

突然、公園の入り口から大声で私を呼ぶ声が聞こえた。

「お母様っ!?」

ドキっとして視線を上げた私だが、なるほど、私を呼んだわけではなかったのか。

小さな私を呼んだ女性は隣に武装をしたまま立つチャンピオンが何者か分かっているはずだろうにその恐怖に負けじと小さな私へと駆け寄ると彼女を自分の後ろに隠す。

そんな顔で睨まれるのは傷つくなぁ。

しかし同時にこの人はまだ私を忘れていない。そう感じて心の中で涙する。

「迎えが来たみたいね。帰りなさい、小さな魔術師さん」

「でもわたし、まだコトネを見つけていないっ!」

「小さくても魔術師の貴女なら分かるでしょう?その子はもう生きていないわ」

「っ……!」

「あなたも、その子が心配なら速く連れて此処から去りなさい。今回は運が良かっただけ。次はおそらく死ぬわ」

聖杯戦争に未熟な魔術師なぞどうして生きていられよう。いや、熟練の魔術師すら生き残れない戦争なのだ。

「あなたも、魔術師の妻なら分かるでしょう?何に呼び出されても信用してはダメ。絶対に家から出てはダメよ」

「あなたは…」

何かを言いかけた彼女はしかしその言葉を飲み込むと、まだどうにかコトネの捜索に向かおうとする小さな私を引きずって公園を出て行った。

まぁ、これが精一杯ね。お母様がなぜあんな事になったのかは私には分からない。何故、来るなと言われていた冬木に単身で出向いたのか。

今の忠告で思いとどまってくれれば、もしかしたら…

「っ…う…ぁ…」

「凛」

チャンピオンが私を呼ぶ。どうやら雁夜おじさんが気付いたようだ。

霞む眼でどうにか辺りを確認する雁夜おじさん。

「葵…さん?」

彼は私を見て誰かと勘違いしているようだった。

「っ……君はっ」

しかし、一瞬で見間違いと判断した彼は咄嗟に身構えるが、魔力が枯渇していて身構える事すら出来ずに崩れ落ちる。

「ぐあっ……」

「落ち着きなさい。私達はあなたに危害を加えるつもりは無いわ」

「……あの子を…凛ちゃんをどうした…」

「あなたは気絶していたから分からないかもしれないけれど、母親が見つけて引き取って行ったわよ」

「…本当に?証拠は?」

「そんな物は有りはしないわ。信じてもらう他無いわね。けれど、私があの子を助けたのは偶然で、あの子を害したとしても私に何のメリットも無いじゃない」

「だが、そいつはサーヴァントだろう。君は聖杯戦争の参加者だ。だったら…」

だったらなんだと言うのか。さっきの魔術師見習いが遠坂の子だと知っているはずだとでも?

「残念ながら、私はマスターでも聖杯戦争の参加者でも無い。この子は私のボディーガード。突然襲われてきたから私を守ってくれただけよ」

「そんな馬鹿な事が有るわけ…」

「聖杯戦争のルールは知ってる。けれど、だったら何であなたは生きているのかしら?気絶したマスターを前に手を出さないマスターがいる?」

「それは…そうだけれど…」

ようやく彼も落ち着きを取り戻してきたようだ。

「私はあなたに今の所敵対するものじゃないわ」

「じゃあ何が目的なんだ」

「そうね…それは私自身も今の所あやふやで、何をどうしたいのか分からないわ…」

私の言葉をどう解釈していいのか分からない雁夜おじさん。

まぁ、確かに我ながら意味不明だったわ。

「私の事はいいの。少しあなたに聞きたい事が有るのだけれど、いいかしら?」

「聞きたい事?」

なんだ?と聞き入れる体勢を作った雁夜おじさん。

「そんな体になってまで聖杯に叶えてもらいたい願いって?」

「それは…」

少し言い辛そうにしているが、心の内を誰かに聞いて欲しかったのか、独白のように彼は語り出す。

「俺自身は聖杯なんて必要ないんだ」

「だったら何故聖杯戦争に何か参加しているのよ」

「交換条件なんだ、聖杯を渡す事が彼女をあの暗い闇から救い出すことが出来る最後のチャンスなんだ」

雁夜おじさんの独白は続く。時折相槌を入れて慎重にかれの話を聞きだした。

聞きだした後、私は頭が煮えくりかえりそうになってしまった。

「落ち着きなさい、凛」

「大丈夫、落ち着いているわ。ありがとうチャンピオン」

落ち着けるわけが無い。

だって、桜が…私の妹の桜がそんな事になっていたなんてっ!蟲に犯される責め苦によって精神まで苛んでいただなんてっ!

私が頑張れば、そう思って必死に魔術を習ってきた。私が痛い思いをした分だけ桜は幸せでいると。

でもそんな事はあるはずはなかったのだ。

お父様は何故間桐なんかに桜を養子に出したのか。…いや、それは魔術師として冷静に考えれば分かる。

私も桜も魔術師として優秀すぎたのだ。魔術は一子相伝が基本。魔術を覚えない桜では、その才能の所為で寄って来る魔に太刀打ちできない。

だが、遠坂の魔術は教えられない。だから後継者が途絶えた間桐で自分を守る術を身につけて欲しかったのだろう。そこには確かに親の愛情を感じる。

しかし…しかしだ。その結果はどうだ?

彼女は人間としての尊厳を踏みにじられ、泣くことすら止めてしまった。

私の世界の彼女はすでに抜け殻なのだろう。ああ、今思い返してみれば分かる。あれは人間を模倣していた人形だったのだと…

確かに優秀な魔術師でもあの間桐の老人には敵わないのかもしれない。しかし、サーヴァントを手に入れた後でも従っていると言う事は彼も間桐の当主には逆らえない傀儡と言う事なのだろう。そこに自由意志を見せているが、間桐の当主が切ると思えば潰える存在。

そんな彼を哀れに思う考えすら私には到底出来るはずが無い。だって、彼は桜を助けようとしているのだから。

だったら哀れみは侮蔑だ。

「そう、あなたの戦う理由は桜ちゃんと言う女の子なのね。だったら彼女が助かるのなら聖杯戦争に参加する理由は無いのかしら?」

「いや、それでも俺は時臣を許せない。おれは絶対にあいつを殺す。桜ちゃんを不幸に陥れた彼を俺は許さない」

「矛盾しているわ。桜ちゃんの幸せはあなたと居る事では無いのよ。父親を殺されて幸せになれる子供は居ない」

「え?…あっ…う?いや、そんなはずは無いはずだ…そんなはずは…」

なるほど。雁夜おじさんは既にそんなことも考えられなくなっているのか。それほどまでにお父様が憎かったのか…

自問自答する雁夜おじさんに背を向け、私は公園を出る。

霊体化したチャンピオンが付いてきて、最後には訳の分からない事を呟く雁夜おじさんだけが残された。

過去に来て、知りたくない事実を知ってしまった。

知ってしまったのならば私はどうするのだろう…

そう自問自答しながら私は衛宮邸へと帰路に着いた。



「何っ!?八騎目のサーヴァントだと?」

その男は地下室のような所で時代遅れの蓄音機のような物から流れてくるそれに返事をしていた。

その部屋には男の他には人はおらず、会話の相手は何処か遠く離れたところに居ると言う事だろう。どうやらそれは魔術で動く電話のような物では無いだろうか。

『はい。バーサーカーのマスターに付けていたアサシンからの報告ではバーサーカーと互角の技量で打ち合い、最後は大型魔術による砲撃で仕留めようとしたようです。どうやらバーサーカーは直撃の瞬間に実体化を解いていたようですが…』

「クラスは名乗ってなかったのかね?」

『チャンピオン…と』

「チャンピオン?イレギュラークラスか…いや、問題はそこでは無い。八騎目だとしてもそこにサーヴァントとマスターが居るのなら彼らは聖杯を手にする権利が発生したと言う事になる」

『然り。どうしますかね、時臣くん』

先ほどの声とは違う男の声が蓄音機から流れる。

「他に何か情報は無いのか?」

それに対して今度は若い男の声で答が返ってきた。

『今回の聖杯戦争で呼ばれたサーヴァントでは無いような事を言っていました。それとそのマスターも聖杯を望んでいないような口ぶりでした』

「そんな物が信じられるものか。実際聖杯戦争の開始されているこの冬木にサーヴァントを引き連れてやって来ているのだぞ?大体今回呼ばれたサーヴァントでは無いなどと…いや、まさか…言峰さん、貴方は前回の聖杯戦争も監督された。前回の呼び出されてサーヴァントでチャンピオンなどと言うサーヴァントはおられましたか?」

『いや、居なかったと記憶している』

『どういう事ですか、師よ』

「いや、今回ではないのなら前回か前前回から現界を保っているサーヴァントなら確かに居てもおかしくは無いと思ったのだが…いや、忘れてくれ。そもそもサーヴァントの維持には莫大な魔力が必要だ。それを60年いやそれ以上維持するのは難しい」

実質的に不可能だろうと時臣と言われた男性は言っている。

「それで、言峰さん。教会としてはそのイレギュラーサーヴァントをどうするので?」

『そうだな。今回の事は他のマスターに通達した方が良いだろう。キャスター討伐と同様に追加令呪を与える事で早期の排除をと思っておりますが…いかがでしょうか』

「それも已む無しでしょう。外来の魔術師は愚か、正規の参加者以外に聖杯が掻っ攫われては笑い話にもなりはしない…」

『ではそのように。明朝他のマスターには連絡しましょう』

「それが宜しいでしょう。…それにしても…今回の聖杯戦争は不測の事態が起きすぎる」

『ですが、イレギュラーとの戦闘で他のサーヴァントが傷ついてくれれば事態は好転いたしましょう』

「そうだと良いのだがね…」

煮え切らない言葉を残し、通信は遮断された。

「くそっ…」

ダンっと時臣はテーブルを叩く。思えば最初から予想外の事ばかりだった。

確かに最強の英霊を招きよせた自信はある。しかし、それがまさかアーチャーのクラス…それも高ランクの単独行動スキルを持っているあたりから自分の磐石が崩れて行っているようでならない。

しかも、呼び寄せたサーヴァントの我が強すぎる。時臣の言う事なんて聞きはしない。

時臣は背もたれに背を預けクールダウンすると、陰鬱な気持ちを抱えたまま事態の推移を見守るのだった。まだ動く時ではないと言い訳をして。 
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