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SAO─戦士達の物語

作者:鳩麦
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キャリバー編
  百二十九話 おんぶとだっこ

 
前書き
はい!どうもです!!

と言うわけで珍しく連続更新w

では、どうぞ!! 

 
戦闘が終わってから少しして、トールが消えた広間は、ガランとしたものだった。
去り際に、トールは援護してくれた礼にときっちり報酬を置いて行ってくれた。
《雷鎚ミョルニル》文字通り伝説級(レジェンダリィ)の、バトルメイスだ。
スリュムからも大量のドロップアイテムが表れて消えたので、まぁここにくるまでに随分とお宝を手に入れたと言えよう。

「……ふー……」
さて、そんなこんなで消えたアイテム群を眺めてから、キリトは小さく息を付いて、クラインに歩み寄った。

「よっ。伝説級武器ゲット、おめでとう」
「だな。滅多にでねぇんだ。大事にしろよ?」
「……おれ、ハンマー系のスキルビタイチ上げてねェし」
軽く泣き笑いしたような顔で言ったクラインに、リョウとキリトはなるたけ明るい微笑みで返す。

「んじゃあ、リズに上げれば喜ぶぞきっと」
「いやいや、けどアイツ溶かしてインゴットにすっかもしんねぇぞ?」
「ちょっと!いくらアタシでもそんな勿体ない事しないっての!!」
リョウの苦笑交じりの呟きりリズが反論したが、不意にその隣でヒョウセツが真顔で言った。

「しかし……レジェンダリィウェポンは溶かすと大量の最上級(オリハルコン)インゴットになると聞いた事が有ります」
「あ、それ私も聞いた事有る」
「え?それホント?」
「揺れてんじゃねぇか」
マジ顔で反応したリズにリョウが苦笑する横で、クラインがそれをしっかと抱きしめながら喚いた。

「あ、あのなァ!まだやるなんて言ってねェぞ!!」
そんな声に、全員が朗らかに笑う……と、その時だった。

ズ、ンッ!!

と重々しい音を立てて、地面が揺れた。

「っ!?」
「なっ……!」
即座にその揺れは大きくなり……一気に部屋全体が揺れる。

「きゃぁぁぁぁっ!!?」
「な、何!?何々!!?」
シリカが悲鳴を上げ、アイリがパニクったような、何処か楽しんでいるような声で周囲を見回す横で、シノンが尻尾をS字に曲げながら言った。

「動いてる……いえ、浮いてる……!?」
「そうみたいね……まだ終わりじゃないってわけ……!」
アウィンのそんな一言でリョウとキリトは気が付いた。そうだ。ウルズはこう言ったのだ。「城に忍び込んで、エクスキャリバーを台座から引き抜け」と。「スリュムを倒してくれ」と言ったのではない以上、つまりクエストはまだ続いて居ると言う事で……

「スグ!メダリオンは!?」
「さ、最後の光が点滅してる!!」
「ユイッ!どっちだ!?」
「玉座の後ろに新たに通路が生成されています!おじさん!」
「「ッ!!」」
キリトとリョウが其々に聞いて其々の答えを聞く。内容を理解するや否や二人は返事も返さずに走り出し、メンバーがそれに続いた。
軽く家レベルの大きさが有る玉座の後ろ側に回り込むと、この城にポップした中ではアイスドワーフしか通れないだろこれは。と言いたくなるような小さな穴がぽっかりと開いて居た。

躊躇わずに其処に飛び込み、狭い通路を一列で進む。

「って言うか……仮にこのまま城が浮いたとして、スリュムはもういないのに誰がアルヴヘイムに侵攻するんだ?」
「スィアチってのが居るんだよ。鷲に姿変える巨人でな。元々此奴がスリュムヘイムの主で、ついでに言うと世界樹の上にあるっつー黄金のリンゴ狙ってる張本人だ。要は元々スリュムはサブ。本ボスはスィアチってわけだ。当の本人が何処で何してんのか知らねぇけど……」
「クエストです。現在ヨツンヘイムで行われているスロータークエストを依頼しているのが、《大公スィアチ》と言うNPCのようです」
リョウの言葉にユイが即座に付け足した。
しかしまぁ此処まで徹底しているとなると、やはりカーディナルシステムのシナリオの行きつく先は世界樹侵攻とアルン高原占拠で間違いなさそうな感じだ。まぁだからと言って今更降参するつもりは無い。
エクスキャリバー云々以前にアルンが壊されるのは困るし、そもそも我らが友人たるトンキーとミコにそれでは顔向けが出来ない。

いや、まぁもらえる物ならもらう事もやぶさかではないが……

さて、殆ど落下するような勢いで全員が下方向に延びる階段を駆けくだると、やがて視界の先に明るい出口が見えた。

転がるようにその部屋に飛び込む。
其処は、八角形の部屋だった。13人のメンバーが半円になって中央に有る“それ”を取り囲む。

中央に有ったのは、五十センチ程の氷の立方体だ。其処に微細な毛細管のように、木の根がその中に閉じ込められ、それがやがて寄り集まって、太いそれが絡み合う巨大な根になっていた。
しかしそれは、やがて一か所で綺麗に断ち切られている。刀身を半ばで埋め込む形で根に突き刺さり……否、根を切り裂いて氷の台座に垂直に刺さって居るそれは、黄金に輝く一本の剣だった。
刀身に微細なルーン文字が刻まれ、柄頭には虹色に輝く宝玉がはめ込まれたそれは、間違いなく今回の目的。《聖剣エクスキャリバー》だ。

これと同じ剣を、かつてキリトとリョウ、アスナは見ていた。
ALOの真実が明らかになり、SAO事件が本当の意味で終わったあの日、コマンド一つで作り出せたそれ。それが、今は目の前に、しかし全く違う形で有る。

《最強の剣》。剣士ならば、誰でも憧れるフレーズだ。
しかしあの日この剣を手にした時、キリトはある種の嫌悪感すら覚えた。その時から、ずっと心の何処かで引っ掛かっていたその嫌な感覚が、今、ようやく拭い去られようとしている。
成り行きとは言え、プレイヤーとして、正しい過程を踏んだ上で、この剣の前に今自分は立っているのだ。
きっと、あの時より、この剣を握るに足る人物には近付いた。

『そう、思いたいよな』
内心で苦笑すると、リョウが後ろからキリトを促す。背を押されて、一歩踏み出し、剣の柄に手を掛けようとして……不意に思い立った。

「……なぁ、兄貴」
「ん?」
「これ、二人で抜かないか?」
「あぁ?」
リョウは怪訝そうにキリトを見る。確かにリョウはこのメンバーの中で一番の筋力値を持っているが、実際に剣を使うのは自分だ。本来なら、此処は自分が抜くべきなのだろう。それは、キリトにも分かってはいた。

しかし自分があの時あぁ感じたように、リョウもまた、一人のゲームプレイヤーとして、あの時同じ違和感を覚えたのではないだろうか?何となく、そんな事を思ったのだ。
無論、確信は無い、無いが……頭を掻いて「いや、その……」と口ごもるキリトにニヤリと笑って「んじゃ、お言葉に甘えますかね」とリョウが言った事で、それは確信に変わった。

「さて、そんじゃいくぜ?」
「おう。何時でもどうぞ?」
二人で柄を握って、互いにニヤリと笑い合う。
彼等の後ろでは仲間たちが期待した視線でその様子を見ていた。

「「せぇ、のっ!!」」
そろって掛け声に続けて、大きく、そして爽快な破砕音と共に、ついに最強の剣はその刃を抜き放たれた。

手の中に収まった重々しい(まぁリョウにしてみるとそうでもないのだが)剣を抱いて、二人は顔を見合わせる。一瞬溜めて、歓声をあげようとした──その時だった。

「うおっ!?」
「なっ!?」
突如、抜き放った台座で綺麗に断ち切られていた根っこが、凄まじい勢いで伸び始めたのだ。
と同時に、天井の更に上から、滅茶苦茶な轟音が近づいてくるのが分かる。透明な氷を見上げると、リョウ達が降りて来たらせん階段を粉砕しながら、やはり木の根っこが一気に伸びて来ていた。エクスキャリバーが抜き去られた事で、世界樹が息を吹き返したのだ。

そうして、世界樹の巨大な根と、台座から延びる細い根が絡まり、繋がり……融合した。

突如、これまでの揺れとは比較にならないそれが、巨城全体を覆った

「おわっ……こ、壊れ……!?」
クラインが言うと、全員が互いに体をホールドし合い始める。ヒョウセツが焦ったような声で言った。

「し、城そのものが崩壊を始めています!」
氷が透明であるために見える外を見渡すと、確かに彼女の言う通り、城が次々に巨大な氷塊に変わり、崩壊し始めていた。

「駄目です!スリュムヘイムが崩壊します!!パパ、脱出を!!」
「脱出……ったって、何処からどうやって!!?」
そう、此処に降りて来る為に使用した下りの螺旋階段は、先程の現象のお陰で見事に粉々になってしまったのだ。出入り口を塞がれた以上、最早この部屋から逃げる手立ては無い。

「根っこに飛ぶのは……」
「あはは……む、無理かな……」
「俺だけでも……行けるか怪しいわなぁ……」
相変わらず冷静なシノンの言葉に、リョウとサチが言った。ちなみにサチは苦笑してこそいるが、顔が引きつっている。怖いの見え見えだ。
揺れが強すぎて立てない上に、一番下の根っこまででも少なくとも十メートルは有る。いくらなんでもきついだろう。

「ちょっと世界樹ぅ!!そりゃいくらなんでも薄情じゃないのぉ!!?」
「そうだそうだー!恩人だよー!!?」
リズとアイリがそんな事を怒鳴ったが、まぁ木を相手にそんなことを言っても無駄である。

「よ、よし!こうなりゃクラインさんのオリンピック級超絶ハイジャンプを見せるっきゃねぇな!!」
そう言うと、クラインは直径六メートルの床を一気に走りだし……

「あ、バカよせ!!」
リョウが止めるのと同時に、一気に垂直にジャンプした。
記録は……三メートル五十と言ったところか。六メートル程度しか助走していない事を考えると流石に筋力も重視しているだけあって立派だが……しかし流石に天井までは届かず、地面に向けて一直線に落下し、ズシーン!と盛大な音を立てて着地した。
途端にそのショックのせいで──少なくとも十二人全員が後々までそう信じている──周囲の壁が一気にヒビを立て……城の最下部。あのとんがっている部分が、本体の城から、分離した。

「く、クラインさんの……バカーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!↑」
珍しく他人を本気で罵倒したシリカの裏返った声を尾に引きながら十三人+一人+一匹は無限の自由落下を始める。

さて、こんな所で行き成りなんだが、読者諸君、現在までに一番この状況に反応しそうな人物がこの揺れと落下に反応していないのにお気づきだろうか?
そう、この中で一番の高所恐怖症である、アウィンである。

別に、彼女は今回に限って恐怖症が抜けたわけではない。寧ろ逆。根っこが伸び始めてからずっと、恐ろしくて一言も発する事が出来なかっただけだ。
しかも、直立不動のままで。
しかし、唯城が揺れるだけならまだよかった。それはまだ固定された地面が有ったからだ。しかし今、その寄るべき足場が落下する超高速下降エレベーターに変わった為に……彼女はついに、限界に達っした。

「…………」
「あ、アウィン?」
この状況でなら真っ先に悲鳴を上げそうなアウィンの異変に初めにに気が付いたのはサチだった。この落下の中直立不動で動かない彼女に声を掛けるも、彼女は全く一切答えを返さない。不審に思って見てみると……

「え、あ、アウィン!!?」
「…………」
アウィンは白目を向いて、完全に停止していた。恐らくアバターが残っているだけで、自動ログアウトしているだろう。
そして都合の悪い事に……

「…………」
「っ!」
グラリ、と彼女の体が後ろに倒れる。しかも都合の悪い事に彼女が居るのは氷の端っこ。倒れた先に、地面が無い!

「っ、駄目っ!!」
「!?サチ!?」
反射的に、サチは走り出していた。死亡すればデスペナルティが付く。それに目の前で落ちそうになっているアウィンの姿を見たと言うだけで最早彼女が走り出すには十分な理由だった。落下する足場の上を器用には知ってアウィンのアバターの手を掴み、落ちようとする勢いを利用して遠心力で体を回して彼女の体を内側に投げる。

「よ、よかった……」
「サチ!!」
「え?」
ほっと息を付いて、アスナの悲鳴じみた声で気が付いた。遠心力で彼女の体を戻すと言う事は……

「あ、わ……」
自分がその外側への遠心力を受けると言う事なのだ。

「サ……!」
アスナが手を伸ばした直後、サチはバランスを崩して足場から消えた。

「しまっ……!」
「サチ!」
「サチさん!!」
「ッ!!」
キリトや他のメンバーが一斉に声を上げ、下を覗き込もうと足場の端に寄る……よりも早く、一つの人影が飛び出した。

「馬鹿がっ!!」
それは何のためらいもなく氷の足場から飛び出すと、下に向けて突き技のソードスキルを放ち加速。後ろから聞こえる自分の名を呼ぶ声にも構わず落下していく黒いローブの少女に一気に接近すると……その体をしっかりと抱え込んだ。

「……?」
「オイ馬鹿、何落ちてんだお前は」
「!!?!?!!?」
恐怖からか眼をしっかりと閉じていた彼女がうっすらと目を開けると、目の前にリョウの顔が現れており、彼女は声も出さないほどに一度驚く。

「り、りりりり、りょう!!?な、なんで、どうして!!?」
「どうしてもこうしてもあるか馬鹿!!ったく物の見事に落ちてくれやがって死にてぇのかってんだ……まぁいいや、良いからちゃんと掴まってろ!」
「え、え!?」
混乱の抜けないらしいサチは答えに困ったようにパニクるが、リョウはその様子に苛立ったように更に怒鳴る。

「掴まってろっつの!!何処でも良いから服掴む!捕まる!!はよしろ、振りおとすぞ!!」
「っ、は、はいっ!!」
と、サチは少しだけ冷静になって考える。思わず思いっきりリョウの体を掴んだが、これはつまり抱きついて……

「~~~~~っ!!(ボフンッ!)」
「行くぞっ!!」
意識した途端に顔が真っ赤になったサチには目もくれず、リョウは今度は真横に向けて突き技のソードスキルを発射した。

────

横に向けて突き技のソードスキルを発射したのは、無論進路を横に変えるためだ。
現在リョウとサチは直径一キロにも及ぶグレートボイドの真上に居る。このまま落ちれば穴の中に落ちて、二人ともマップの設定されていない範囲外に出るのでその時点で死亡確定だ。なので穴に落ちる訳にはいかないのだが、かといって地面に落ちる訳にもいかない。地面に落ちたらその時点で体丸ごと砕け散ってアウトだ。寧ろ落下の衝撃が体に残るので、そちらの方がよっぽど達が悪い。

よって、リョウが選んだ落下地点は……

「サチ!衝撃注意だ!ぜってぇ振りおとされんなよ!!」
「っ、う、うんっ!!」
リョウの声を聞いてサチが先程までより強く彼にしがみつく。ちなみに余計に顔が赤くなった。

直後、ガスッ!!と音がして、冷裂がグレートボイドの“壁面”に突き刺さった。

「ぐっ、おっ……!!!」
「んんん……!!」
槍部分が地面に直撃してもリョウの筋力値が冷裂が真横の状態であることを強制し、そのまま地面であり壁面である場所に冷裂が深々と突き刺さる。大量の土と岩が削れる耳障りな音が数秒続いて……徐々に落下スピードが落ちる。

「ぬぐぉぉ……!」
「んんっ……!」
冷裂にしがみつくのに必死な様子のリョウと、リョウにしがみつくのに必死なサチの落下はやがて止まり……

「……ふぅ、止まったか……」
「す、すごいね……」
そして完全に、二人の落下は停止した、地上から恐らく下に30M程度。その場所に、二人は宙ぶらりんの状態では有るが、確かにまだ生きていた。

「さて、と……さっさと脱出しねぇと……サチ、動けるか?」
「え?あ、うん。何とか……」
「んじゃあ俺の後ろに回れ。んで俺におぶさる感じになれ、出来るか?」
あっけらかんとしたリョウの言葉に、サチはまたしても真っ赤になって(と言うか先程から殆どずっと顔が赤いのだが)聞き返す。

「ふぇっ!?お、おぶさるの!?」
「おう。何か問題あるか?」
「え、えと、いや、その、な、無いけど……」
「なら早くしろ、何時までもそのままじゃ辛いだろうが」
さて、問題ないとは言ったが、サチの頭の中は現在進行形でどうしよう大変だ状態である。
おぶさる。と言う事はつまり、相手の首に腕を回すと言う事だ。普通この歳の男女がそんな事をする状況と言ったら大抵は正面に回って……

「~~~~~っ!?」
と、其処まで考えて頭をぶんぶん振ると、サチはとにかくリョウの指示に従う事にした。リョウの体にしがみつきながら慎重に移動を始める。が、時折また想像が頭の中に沸いてそれを振り払う。

さて、人間誰しも、考え事などしながら行動をすれば大抵は上手く行かない物だ。ましていちいちそれを振り払う方に頭を使っていたらそれは当然な訳で……その例に違わず、サチは手を滑らせた。

「あっ……!!」
リョウの体を掴んでいた腕がずり落ち、一気に彼女はバランスを崩す。即座に体が落下を始め、地の底に……

「っと!」
落ちる前に、リョウがサチの“手”を掴んでいた。

「……あ、」
手、と思った時には、リョウの苛立ったような声が響いて居た。

「……何してんだバカ。お前マジで落ちてぇんじゃねぇだろうな?」
「ご、ごめん……」
「……はぁ……ったく、ほれ」
「わ……」
腕一本で宙ぶらりんのまま悲しそうに謝ったサチに溜息を吐くと、リョウはそのままサチの体を片腕でゆっくり持ち上げ、彼の肩のすぐ近くまで持ち上げた。

「や、やっぱり力持ちだね……リョウ」
「別に?お前の場合軽いしな」
「えっ?」
「装備が」
「あぅ……」
少し期待したように顔を上げたサチは、次の一言でまた顔を俯かせて意気消沈する。

「ほれ、沈んでないでさっさと掴まれ」
「うん……」
促され、リョウの首に腕をまわしてサチはリョウにおぶさる形になる。と、途端に先程の妄想が頭に浮かんで、またしても顔が赤くなった。

「さてと……」
そんな彼女の事を露ほどにも気にせず、リョウは片手で冷裂に捕まると、アイテムストレージを操作。中からダガーを二本取り出すと、壁に突き刺す。

「おっし、上るぞ!」
「え、あ、う、うん……」
と、言うが早いがリョウは二本のダガーの柄を掴み、冷裂をストレージに収納すると……

「おりゃりゃりゃりゃ!!」
「わっ!」
サチが予想しているよりも遥かに速いスピードで、壁面をザクザクと登り始めた。
こう言った登り方をする際一番難しいのは自らの自重を引き上げる重さが有るかだが、リアルと違って筋力値が高いほど体重が重くなると言う事の無いこの世界では、それも特に問題にならない。とくに、この男にとっては。

「は、はやいよ……」
「速い方が良いだろ?」
「それはそうだけど……」
少し予想の上を行きすぎて驚いたように言ったサチに、リョウは乗りよく言った。すると、級にそう言えば彼がそう言う人物であった事を思い出して、サチは諦めたように息を吐く。

「…………」
不意に……全身に伝わる温かさが、ヨツンヘイムの寒さを溶かすように、自分に染み込んで来ているのが分かった。
何故か、等言うまでもない。リョウの背中にしがみついているからだ。

「…………っ」
その優しい人間のぬくもりが、サチの中に温かい記憶と悲しい記憶を同時に呼び起こす。
自分と共に笑い合い、今を生きる人々と、自分の前から永久に姿を消した、何人もの友人達の姿が……

「う……」
急激に、背中の寒さが強さを増した気がして、サチは震えた。今しがみついている背中が、唐突に、自分の手の中から消えてしまうような不安が、根拠もないのに胸の奥底からわき上がる。

その寒さと怖さを和らげたくて、サチはより強く涼人の体にしがみつく。

「……ん?どうした?」
「…………ねぇ、リョウ……」
リョウの問いに返された小さなサチの声は、何処か震えていて、消え入りそうな儚さを含んでいて、同時に、堪えようのない恐怖がにじんでいた。

「……リョウは……居なくなったり、しないよね……?」
「…………」
その問いに、リョウの手が止まった。
本当は、そんな事を聞いてしまう事は、よい事ではないと分かっていた。
それは、リョウを縛りつけようとする言葉だ。誰よりも自由奔走なこの青年を、他人の意思で何処か一カ所に縛り付ける事等、だれも望んではいないし、サチだって嫌だ。

けれど、湧き上がった不安が消えなくて、その不安を消す方法が欲しくて、ついついそんな事を聞いてしまう。
よりどころが欲しいだけの、弱い自分が、表面に湧き出してくる。

「…………」
「…………」
互いに黙りこむ時間が過ぎて……リョウは、不意に、上昇を再開しながら、言った。

「……分かんねぇ」
「…………」
「俺も、人間だからな……この先がどうなるか何て知らねぇし……何時か、もしかしたら、お前の前から消えなきゃならない。そんな時が、来るのかもしれねェ」
「……うん」
分かってはいた。
リョウは、普段は器用なくせに、こういう話になると、何処か器用さに欠ける事が有る。きっと、彼なりによく考えて、自分に真摯に向き合う為に、出してくれた答えなのだろう。
それは、ある意味慰めてもらうよりも、サチにとっては嬉しかった。他人に優しいばかりでは無い、リョウらしい言葉だ。

「…………ただ、よ」
「え……?」
と、不意にリョウの言葉が再開されて、サチは思わず聞き返す。

「……そん時は、ちゃんと、俺もお前も納得できるようにすっから……ま、そん時は、話聞いてくれ」
「……わかった。そうする」
「おう……さて、そんじゃ、出るぞ!」
「え?わ……」
そんな事を話している内に、既に穴の出口は目の前になっていた。

「よっ……と」
「わぷ……」
穴から這い出すと、サチが先ず先にリョウの背中から降りる。続けてリョウが這いだし……仰向けに倒れ込んだ。

「っだぁぁぁぁぁ、疲れた……」
「わ、ご、ごめんね?私のせいで……」
「全くだ。次はもうちょい考えてやれよ」
「はい……」
俯くように座り込むと、リョウはくっくっ。と笑った。

「しかし……氷塊の落下は端っこまではこねぇのな。落下物でダメージ受けねぇようになってんのか……彼奴等どうしたかな……」
「うん、心配だね……」
「まぁ一応アルンの危機は救われたんだろうが……ん?」
「?どうしたの?リョウ……え?」
と、不意に天頂を見て、険しい顔をしたリョウに習って、サチが上を見ると、其処に、非常に嫌な予感のする光景が有った。

世界樹の根の育つスピードが、以上に早まっていた。太い根が凄まじい勢いで天頂から、此方に向けて轟音を立てて迫って来ていて……
と、サチはウルズに見せられた光景を思い出した。確か、あの映像では世界樹の根はグレートボイドまで、と言うかその周囲にまで伸びていて……

「やっべぇぞこりゃぁ、サチ!!」
「え!?ひゃぁっ!?」
「もっかいちゃんと掴まってろ!!」
引きつったような顔で言って立ち上がるや否や、リョウは全速力で走りだした。サチの足と背の後ろに腕をまわした……所謂“お姫様抱っこ”で抱えあげて。

「り、りり、りりり、りょりょ、りょう!?リョウ!!こ、これ、これ!!」
「喋んな!舌噛むぞ!良いからつかまれって!!」
言ってる内に、世界樹の根は凄まじいスピードで地表に迫って来る。バキバキと言う音がリョウの背後でしているのがその証拠だ。

「つ、つつつ、捕まるって、どこ、どこ、何処に!?」
「首!!」
「~~~~~~~~っ!!!!」
最早どうにでもなれとサチは顔を林檎のようにまっ赤にしてリョウの首にしがみつき、目をきつく瞑った。

「うぉぉぉぉぉ!!!?」
「っ~~~~!!」
その間にも凄まじいスピードで根っこは迫る。ついに地表にその根を下ろした世界樹は、案の定それをグレートボイド……だった巨大な湖の周囲に向けて伸ばし始め、リョウの背を追いかけるようにそれらは迫る。

「うおっ!とっ!よっ、ほっ、のあっ、の、ぉぉぉぉ!!!!?」
直撃コースで迫ってきた木の根を躱し、追い越したそれの上に飛び乗って二発目を躱す。次から次へと迫る木の根をまるで猿の如く飛び跳ねながら少女を抱えてリョウは逃げまくり、木の根を躱し、蹴り、跳び超えを繰り返す。
それが遂に四十回を数えたころ、ようやく木の根の成長は止まった。

「おしっ!!っとぉぉぉ!!?」
「え!?」
と、それと同時に今までリョウが上を走っていた木の根の成長も止まり、足場が消えても勢いを止める事の出来なかったリョウはそのまま空中に飛び出す。

「う、ぉ……!!」
「わぁ……!!」
其処で、リョウと、彼が抱えたままのサチは見た。
遠く、遥か壁のあるこの地底世界の彼方までの全てが、信じられない程の緑に覆われている事に。

既に拭き流れる風は冬の冷たい木枯らしではなく、春のそよ風。
天空のただの水晶だったものが凄まじい白光を発し、世界を照らす。
大地の氷は全て溶け、地面には新芽が芽吹き、凍っていた小川は流れ、各所に有った人型邪神の砦は緑に覆われあっという間に廃墟と化す。

「凄い……!!」
「あぁ……!おわっ!?」
「わ、きゃぁ!?」
二人がそろって感嘆の声を上げ、直後、リョウは地面に背中から着地した。

「いでで……」
「り、りょう!大丈夫!?」
「お、おう、感動しすぎて体制崩しちまったわ」
ははは。と笑うリョウに、サチの顔からも自然と笑みがこぼれる。
緑は戻り、霜の巨人族は去った。ヨツンヘイムは、救われたのだ。

リョウはニッと少年のように快活な笑みを浮かべると、光り輝く天頂に向けて大声で叫んだ。

「Yeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeah!!!!!」




イベントクエスト 《女王の請願》 クエストクリア!!!
 
 

 
後書き
と言うわけで、クエストクリア!

後はクエスト後の事後処理でキャリバー編は終わりとなります。

そしてそのあと、ついに皆さんお待ちかね!(?)MR編に突入いたします!

僕自身非常に書きたかった場面なので、全力投球で書かせていただこうと思います!
あ、ちなみにダンジョン募集はまだまだ募集中です!詳しくは僕の活動報告を見ていただければと思います!

ではっ!! 
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