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カーボンフェイス

作者:やまちょ
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第二章 グヴェン雑貨店AM:3:00

かちり、かちり。



 店主のグヴェン・ドーが妙な物音で目を覚ましたのは深夜の3時ごろだった。すっかり眠り込んでいたわけではなかったが、昨日吸ったドラッグのせいで彼は夢とうつつの境目をまどろんでいたのだ。60を超え、年々夜尿も増えるようになったグヴェンは慣れた手つきで二段ベットから滑り降りた。トイレは一階にしかない。この店を30年前に建てた時、やはり無理してでも2回にもトイレを設置しておくべきだった、部屋に散らばる骨董品などに気をつけながら彼はゆっくりと灯りを探した。つま先を床に這わせ、何も踏むものがないか注意深く確認しながらスイッチに向かい前進してゆく。まるで地雷原を歩く兵士のようだった。そしてもちろん、彼にとって地雷を踏む方が彼のコレクションを踏みつぶすよりいくらかましだったからだ。
グヴェン雑貨店は一階は主に日用品、そして生活スペースである二階はグヴェン個人が集めてきた骨董品や民芸品のコレクションで溢れていた。その量はとっくに部屋の収納スペースを超えて二段ベットの一段目を完全に占拠していたのだ。



かちり、かちり。



ようやく明かりをともし、体勢を立て直したグヴェンは椅子の肘掛とクッションのあいだに挟まっている眼鏡を見つけ、ティッシュでレンズを拭いた。眼鏡をかけ、薄目を開けながらグヴェンは廊下に出る。年を取ると、この下へ降りる階段さえも満足に降りれなくなってくる、私はあと何回あの二階に上がり、陳列してある素晴らしい品の数々を撫でてやることができるだろうか、グヴェンはそう思いながら階段を下っていった。グヴェンは関節炎を患っており、歳の割に体を動かすのが不自由だった。一段一段階段を下りるたびに、グヴェン自身の関節が軋み、音をたてているようだった。


かちり、かちり。


 待てよ、これはなんの音だ?グヴェンは階段の途中で立ち止まり、手すりに体重を預けながら耳を澄ました。階段を降りる音ではない、自分の身体がきしむ音でもない。思えば私はこの音で目が覚めたのではなかったか?グヴェンは最近夢を見なくなっていた。もちろん、まったく見ないということはない。だが、彼自身、そんな虚構の夢に身をゆだねるのであれば、むしろ現実を生きたいと考えるタイプではあった。

頭にかかった思考のモヤがゆっくりと晴れてゆく。
グヴェンがまず始めに疑ったのは強盗だった。この雑貨店はちょうど裏路地の真横に面している。問題ごとはしょっちゅうだ。その度にグヴェンはお爺様の代からあるマスケット銃で威嚇してやったものだが、しかし、今回はどうもそれとは違う。音はグヴェン雑貨店の外から聞こえていた。そう、ちょうどそれは彼の雑貨店の真横、裏路地の方からだった。


かちり、かちり。


 まるで何かの留め具を外しているかのような音だ、金属音のようだ。音がどんどん大きくなってきている、ちょうど今、店の真正面、少し横ぐらいだろうか。
グヴェンは物音を立てないようにゆっくりと一階にある台所を通過していった。錆びついた流し台の上に昨日食べかけのラザニアがそのまま放置されている、昨日はマーケットに行く気分にもならず売り物の缶詰を開けたのだった。もともと遅めの夕食にと用意したのだが、駆け込みの客に対応していたため、そのまま食べるのをすっかり忘れてしまっていた。

グヴェンは震える手で陳列棚の奥に隠したマスケット銃を取り出した。17世紀後半に作られたフリントロック式の年代物だ。スラリと伸びた銃身はしっかりとした木材で作られており、アジアでいうところの「ヒナワ」というモデルの銃によく似ていた。精巧に塗られたニスにより古来からの艶やかさは失われていなかった、グヴェンの丁寧な保存のおかげともいえるだろう。震える手が棚に当たり、並べられた木苺のジャムやブレスレットなんかがせわしく音を立てる。私は、私のコレクション達を守ってみせる。私の女房と子供が出て行ったのは私のコレクションを彼女が触ろうとしたことを強く叱責したからだ。女房と子供が去り、私の元には再びコレクションだけが残った。満ち足りた日々だ、もう二度と伴侶は持つまい、彼はそう心に決めていた。


どさり。


 入り口の近くに何かが置かれた音がした。グヴェンは確信した。不法投棄だ。最近家の前に見知らぬゴミを捨てて行く輩がいると、グヴェンこないだ近くのバーで耳にしたことがある。なんともけしからん奴がいるものだと思ってはいたがよもや自分の店にも、彼は奮い立ちマスケット銃を強く握りしめ、ガラス張りのドア越しに外を覗いた。

確かに、人影があった。ドアの前に立つ男が何かを店先に置いていったのは間違いない。表には街灯もないため、その男の顔こそよく見えないが、発砲の理由にはそれだけで十分だ。かねがね、グヴェンはこのお気に入りのマスケット銃をぶっ放してみたいと思っていたのだ。埃を被らせておくなんてもったいない、この細い銃口から鉛玉をぶっ放せば人はどんな風に爆ぜるんだろうか。いやいや、一度では死なないかもしれない、そうなるともう一丁、どこかから仕入れてこないといけないな、なんてことをよく店先で空想したものだった。
なに、仮にうっかり殺してしまってもまたツーカーの保安官に金を握らせ揉み消してもらえばよい。法律のことはよく知らないが確か、敷地内の進入禁止とかいう罪になるはずだ。ドアの前に立ち、彼はバスケット銃を構え叫んだ。


「いいいいぃぃぃ!店を間違えたようだな小僧ォ!貴様の腹を裂いて、貴様自身の腸で首をしめてやる!」
瞬間、グヴェンは息をのんだ。炭の顔、それ以外に形容のしようがなかった。焼け焦げて無残にただれた顔、焼き切られ落ち窪んだ鼻や口-----------店先に立つその男の顔を見た途端、グヴェンはさっきまで自分の中に巣くっていた興奮などすっかり忘れてしまっていた。顔全体が炭化しているのだろうか、硬質化した表面のわずかにひび割れた隙間から赤い身の部分が見えるのがなんとも痛ましい。考えたくもないが顔全体があかぎれたりするときっとこういうことを言うのだろう。唇のないそのおぞましい口からは行き場を失ったよだれがダラダラと滴り落ちている。瞼のないその目はギョロギョロたえず動き回りまる様子はまるで昔読んだコミックの化け物だ。

確かに目があった。むき出しになった眼球は確かに彼を捉えていた。瞼がないから、瞬きができないのだ。血走った双眼はグヴェンの持つマスケット銃の震える銃口に向いているようだ。


「お前は…なんだその顔は!何の冗談だぁぁあぁ!」
グヴェンは叫んでいた、威嚇のためではない。正気を保つため、気を失わないために声を出していた。彼の声で店の商品が震えて音を立てる。彼はカウンターの隅に置かれた通話機を手に取り、保安官事務所に連絡を取ろうした。が、ダイヤルに手をかけたところで彼の手はぴたりと止まった。ドアとは反対側の壁に一枚の鏡がかかっているのだが、ちょうどそこから男の姿が見えたのだ。ドアの向こうの男が動いた。相変わらず視線はこちらのままだが何かポケットから探しているように見える。


かちり、かちり。


あの音だ。彼を起こし、何度も何度も聞こえた音。

男の手元に鈍く光る物があるのをグヴェンは見逃さなかった。鏡越しではあるがはっきりと目に留まった。あの光りはたまにグヴェンの雑貨屋に買取依頼で持ってこられる銀細工の様だ、彼は直感的にそう感じた。


かちり、かちっ。


その音で彼が我に返り、再びその指の先端がダイヤルに触れようとしたその瞬間、ドアの前の男の足元が勢いよく燃え上がった。ただの炎ではない。ドス黒く不純物を含んでるかのような汚い炎だった。グヴェンは音にもならないようなか細い悲鳴を漏らし、勢いよくドアの前から飛び退った。どくんどくんと高鳴る心臓は今にも口内から飛び出してしまうかのような勢いだった。彼はマスケット銃を両手で抱きしめ一目散に店の奥へ、自室へと走り去った。去り際に鏡に目をやると、男はじっとこちらを見つめていた。熱でゆらゆらと揺れる空気を通すと、男の顔は歪み、笑っているように見えた。





 その5分後、グヴェンは小便を漏らしながら朝までマスケット銃を抱いたまま自室の床で震えていた。踏み砕かれた自分のコレクションや、店先に放置された昨日の客の男のことに気が付くのは、日が昇ってからのことだった。
 
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