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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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マザーズロザリオ編
  episode2 はじめてのしゅらば

 一応の俺のホームは、プーカ領の一角に存在している。まあ、ホームといっても仕事場兼倉庫であって実際ここに毎日帰ってきているわけではなく、基本的には仕事が切羽詰まったときに缶詰する為に引き籠るか、行商の為や依頼品の納入の為にアイテムを取りに来るくらいで……今回は、後者だ。

 「んっと、テッチは戦鎚使い(メイサー)だったな? だったらコレか? いや、見たところ巨人型アバターっぽかったから、ちっと重いがこっちにして……いや、タワーシールド装備だと流石にきついか?」
 「あ、あの……」
 「うしっ。とりあえず土妖精(ノーム)の種族特性に合わせてこれでいいか。次はノリだな。んー、見たとこ|金属鎧(アーマー)よりも布鎧系の方がいいか? それならレミの支援付きの奴の作り置きがあったな……道着でいくなら補助効果付く長棍しかねえよな……シウネーさん、ノリって棍とか使える?」
 「あ、それでしたら、大丈夫です、以前格闘系のVRMMOでしましたから、」
 「おっけー、じゃ、これで。シウネーさんのももっといいのあるよな、回復系(ヒーラー)だろ? 水妖精なら確かヨツンヘイムドロップの強烈な支援のが……あったあった、コレコレ。うし、杖はブロッサムがたしか予備を置いてたな。うし、これで全員分だな!」
 「し、シドさん? シドさん、ちょっと!」

 倉庫を漁る俺の肩を、シウネーさんが耐えかねたように叩いた。
 振り向いた俺の目に映ったのは、結構引き攣り気味……初対面のそれとは違った意味合いで驚きを表現した、そんな冷や汗の浮かんだような笑顔。あれ、俺なんか変なことしたか? 一応は最善の装備を選んだつもりだったんだが。

 「あ、あの、ここまでしてもらってなんですけど、その、」
 「ああ、もっと良い装備があるならそっちを使ってくれよ。一応最低限、ってとこだな。試してみて手に合わなかったらすぐ別のを用意するから、」
 「いえ、その……言いにくいんですが、私たちはコンバート組で、その、お金が……そもそも、まだユウキの分の代金さえ払ってないのに、こんな……」

 ああ、そうか。忘れていた。そう取られる可能性もあるよな。

 勿論代金なんて貰うつもりはないが、さすがに女性であってもここまで貢がれては少々気持ち悪いだろう。それも出逢ってまだ一週間少ししか経っていない相手からなのだ。うん、どんどん変態度に磨きがかかっているなあ、俺。一応、自覚はある。

 「あー、それは……」
 「ですから、あまり高価なものは……」

 悩んでいるのは、代金をどうするか、では無い。
 どうやって納得してもらうか、だ。

 思いついたのは、かつて銃と硝煙の世界で教えられたこと。
 大切な仲間達が、諭してくれたこと。

 「…そっちには、そっちの事情があるだろ? ……シウネーさん達は、特に(・・)、な。……それと同じように、こっちにも特別な事情があるんだよ。絶対に譲れない、『特別な事情』が、ね。……だから、」

 柄にもなくいいことを語ろうとした、その時。

 「たっだいまーっ! シドくんっ、今日は帰ってきてるんだねーっ!」

 いい衝撃音を立てて空いたドアから、聞きなれた明るい声が聞こえた。





 「シドくんっ、へっ!?」

 パタパタと羽ばたいた水色の小さな妖精、チビソラが、倉庫の中の様子を見て一瞬目を見開き、

 「し、シドくんがっ、家に女の人を連れ込んでいるーっっっ!!?」
 「お、ちょ、ちがうっっ!!! 待てっ、皆に知らせに行くな、おいっ!?」

 必死に捕まえようとする俺の手を巧みに掻い潜って、ホーム中に響き渡る声を上げた。ポカンとしたシウネーさんを置いて必死に追いかけるが、もう既にその声は皆の耳にしっかりと入っていた。ロビーにでた俺を迎えたのは、

 「い、いや、それは誤解で、その、」

 なまあたたかーい皆の視線だった。
 嫌なことに、ALO組全員集合だ。

 誰からも沈黙を破れない、絶妙に微妙な緊迫感。その静寂を破ったのは。

 「シドさんの、パーティーの皆さんですか? はじめまして、シウネーと言います」

 およそ予想される、最悪のパターンの人物だった。

 這うようにロビーに転がり出た俺の後ろに立ったシウネーさんが、いかにも癒しの妖精然とした微笑みを湛えて穏やかに一礼、顔を上げて皆を見回す。一斉に彼女に集まる視線。その意味が良く分かっていないのか、笑顔のまま困ったように首を傾けるシウネーさん。

 「とっ、年上だっ! 美人だっ! 癒し系だーっ!!!」

 チビソラ、お前はちょっと黙れ。

 「し、シドさん、お、女の人を連れ込むっ、て、そ、そのっ、あの、」

 モモカまでいるじゃねえか、お子様はちょっと早めに落ちたほうがいいんじゃないかな、こんな場面は流石にお子様にはちょっと刺激が強いだろう。てか、なんで明らかに一定の理解を示してんだこの子。芸能界のモラルはどうなってんだコラ。

 「……こういったれでぃーが、好み……」
 「レミ、悪乗りすんなぁっ! てか、悪乗りだよな、素じゃないよなっ!?」
 「ちっさい子じゃダメなんだーっ! 私はストライクゾーン外だーっ!」
 「チビソラ、てめーはちっさい以前の問題だろうが、ミニマム妖精!」

 本気か嘘かジト目を向けるレミ。いや、ウソだよな? ウソだといってくれなんか不安になるだろうその視線は。そしてそのレミの頭上に陣取ったチビソラ、せめてそのセリフは人間形態の状態で言え、手乗りサイズは流石に論外だ。そして今はちょっと黙れ。

 「い、いや、シドさんだって男ですし、良いじゃないッスか。オイラは気にしないッスよ……」

 唯一の男であるファーが一定の理解を示してくれる。そうだ、もっと言ってやってくれ。でも、それも誤解だからな? そしてお前はなぜ一切こっちを見ようとはしない? なにかやましいことでもあるのか? ないならこっちを向け。

 そして。

 『ふむ。安心しました。チビソラ様やレミ様、モモカ様などの魅力的な女性に囲まれてなお何の興味も示そうとなさらない為に、もしかしたら危険な性的趣向があるのかと心配していましたが、杞憂だったようですね。健全な男性らしい振る舞いです』
 「……そっち系(・・・・)……アッー……」

 「やめてくださいブロッサムさん!? レミ、頼むから悪乗りするなあああっ!!!」

 ブロッサムさんのトドメの一撃とレミの追撃に、とうとう俺の声が湿り気を帯びた。

 後にファーが言うには「シドさんがからかわれてあんな悲痛な声をあげたなんて、後にも先にもあの時だけッス」と語り、レミは「……ちょーたのしかった」と呟いたと聞いた。ちなみにそれを聞いて、ちょっとだけ俺は泣いた。





 散々な追求の嵐をなんとか弁明しきって(誤解は微塵も解けた気がしないが)、再びアルヴヘイムへと帰る途中、

 「ふふっ。楽しい人たちでしたね。うらやましいです」

 疲れきって息も絶え絶えに飛ぶ俺に、シウネーさんは笑いかけた。既に俺の精神力(ライフ)はゼロ、そのままアインクラッドまで辿り着けずに墜落してもおかしくないレベルの消耗度だが、おかげさまで代金云々はうやむやになっていた。どう考えても高すぎる代償だとは思うが。

 「……ま、シウネーさん達の仲間と同じくらいには、ですかね」
 「そうですか。……では、最高の仲間達なのですね」

 頷くのもなんかシャクなので無言の返答だけを返すが、それはきちんと肯定だと分かったらしい。ちらりと見やると、その顔は穏やかな静けさを湛えた目元が細まり、まるで子供を見守る様な優しさを宿していた。その視線は、なにやら俺の心の奥底まで見通していそうだ。

 沈黙に若干きまりが悪くなって、無愛想に口を開く。

 「……真面目な話して、いいですか?」
 「ええ、もちろんです」
 「……代金……いや、対価として、約束してください。「絶対にフロアボスを倒して、『剣士の碑』に七人の名前を刻む」……いいえ、それだけじゃない、『思い遺す(・・・・)ことなんて何一つないくらいに、このALOを楽しみ抜くこと』を。約束だから、絶対に守ってくださいよ?」
 「っ!?」

 強調された、「思い遺す」に、シウネーさんの目が見開かれる。きっと俺が……いや、誰も気付いていないと思っていたのだろう。それを問い返そうとした口を、掌を突き出して静止する。驚いた、シウネーさんの視線。

 「……もう一度、繰り返します。そっちにそっちの事情がある様に、俺にも俺の事情があるんです。だからユウキの……『彼女』の為に、俺は全力を尽くします。『彼女』を精一杯楽しませてやることは、俺にとって絶対に、譲れないことなんですよ」

 分かっている。ユウキは、『彼女』じゃない。

 けれどもユウキは、『彼女』と同じ境遇に立って、同じように精一杯頑張っている。その点で、二人は同じだった。そして、あのとき俺は、『彼女』を助けられなかった。彼女の最期を、笑顔にしてやれなかった。ユウキには、絶対に同じ想いをさせない。させたくない。

 絶対に、ユウキの目標を遂げさせてみせる。それが俺の中に未だ残る「『彼女』への償い」なのか、それとも純粋なユウキへの思いなのかは、俺自身には分からないけれど。

 そんな俺の目に、何を見たのか。

 「……分かりました。約束します。……ユウキの最期を、必ず笑顔にする、と」

 シウネーさんは、真剣な目で頷いてくれた。

 
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