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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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マザーズロザリオ編
  episode1 辻試合の舞台作り


 「ふぅ……」

 背もたれにギシリともたれかかって、俺は一つ大きく伸びをした。

 結構な時間……仕事に勝るとも劣らないくらいホロキーボードを叩いたせいで、脳がプスプスとオーバーヒートの煙を上げているのを感じていた。まあ、リアルでやるよりはマシだが、それでも疲れるものは疲れるのだ。

 ――― 強い人を、探したいんだ。フロアボスを、攻略するために。

 彼女の申し出に対して、俺はあまり回転のいいとは言えない頭を絞って作戦を立て、そのための下準備をこれ以上なく全力を注ぎ込んだ。目の前に開かれるたくさんのウィンドウは、いずれも掲示板……ALOでの書き込みを扱うそれを表示している。

 それらに一様に表示されているのは。

 『求む、挑戦者!
  午後三時、二十四層主街区北の大木の元にて待つ!
  腕に覚えのある方来られたし!』

 彼女のことを告げる記事。

 それを巧妙に広め、幾つかのIPアドレスを使って、大きなイベントの様に盛り上げる。一応俺もマスゴミ様の端くれ、出来事を大袈裟に書けと言われればこれくらいはできる。結果、その企画は一個人……それもコンバートしたてのプレイヤーの企画の書き込みとは思えないほどの盛り上がりを見せていた。

 「どうかねぇ……」

 その意味するところは、実にシンプル。

 強いプレイヤーを探すなら、実際に戦ってみればいい。納得いく相手と出会うまで挑戦を受け続ければ、目に叶う相手も出てくるだろう。

 このALOは「無条件に異種族間PKアリ」というなかなかにハードなタイトルだけあって、荒くれ者も多い。これだけ生意気なことを掻き込めば、きっとあっという間にアルヴヘイム中へと広まるだろう。俺の煽りの書き込みもあって、かなり「俺がシメてやる!」「おれも行くぜ!」「いっちょへこましてやろう!」という声が上がっている。半分はネット弁慶としても、半数が実際にデュエルへと向かうだけで結構な人数になろう。

 「さ、ここからが本番だな……」

 初対面の、闇妖精の少女に、想いを馳せる。
 そして、微かに香る、『彼女』の気配を感じる。

 チビソラは無理矢理にレミ達に預けてそのまま狩りに出てもらっている為、今現在このギルドホームにいるのは俺一人だ。窓の外にアインクラッドが浮かんでいくのをちらりと眺め、席を立つ。

 時刻は、二時四十五分。
 そろそろ行くか。

 舞台は、整えた。後は、ユウキの剣の腕を信じるだけだ。

 「……ま、アレなら少々の奴が来ても心配無いだろうがな」

 少しだけ苦笑した後、俺はホームを出て、懐かしい鉄の城へと飛翔していった。




 「やあああっっ!!!」

 黒曜石の様な特徴的な輝きを放つ剣が自在に煌き、その力が凄まじい衝撃を発して空気を振わせた。ユウキの放ったオリジナルソードスキル、《マザーズ・ロザリオ》。美しい十字を描いて繰り出された連続突きは、大木を次々と穿ってその上の枝葉を大きく揺らしていた。

 まさに、圧倒的。

 「うおお……すげえ……!」
 「な、何連撃だった、今の……!?」
 「十一連撃ですよ。あれが、彼女の操るOSS(オリジナルソードスキル)です」

 その圧倒的な力に、集まった群衆の中から溜め息の様なざわめきが漏れる。その声に応えたのは、横に控えた、シウネー。そう言えば確か、「初日くらいはユウキについていく」と言っていたな。シウネーの言葉に振り返ったユウキが、大きな笑みとともに幼い声を張り上げる。

 「決闘の賞品は、このOSSの秘伝書だよ! さあ、勝負!」

 元気のよいユウキの声は、集まった腕自慢共の声に呑みこまれる。「俺だ!」「いや俺が先に、」「バカ言うな、俺が、」「ふざけんな、OSSは俺のもんだ!」等々、様々な怒号が響きだす。その予想外の超反応にシウネーとユウキがビクリと首を竦めるのを見て、俺はやれやれと首を振った。

 OSSの秘伝書は、一つの技に対して一つしか作ることが出来ない。つまりはもし最初の挑戦者がユウキを負かしてしまえば、恐らく現在最高の連撃数……確か今までの最高数であるユージーンの《ヴォルカニック・ブレイサー》の八連撃だから、それを三回も上回る手数をもつOSS、《マザーズ・ロザリオ》はそのプレイヤーのものとなり、後の者には挑戦権が無くなってしまう。

 要するに奴らは、「ユウキが早々と負けてしまう」ことを心配している訳だ。
 ……まったく、取り越し苦労なことに。

 「とりあえず五十音順にしたらどうだ? 早々と負けたら、また新しいOSSを作って貰え」

 ぼそりと、しかし怒号の中でも響く絶妙な声量で言った。こういった人心操作や群集心理の操作は、割と得意だ。誰が言ったかを悟らせず、全体に影響を与える。この辺は、実家の叔父叔母達と絡むせいかもしれない。というか、あの人達のそれは駆け引きを超えてもう催眠術の域だ。

 「よし、それでいいだろう!」「恨みっこなしだぜ!?」「俺、俺「サ」だぞ!」

 それに連中が同意して順番を確認しだす中、ちらりと二人をみやった。ユウキの顔に「ゴメン、ありがと!」の色を、シウネーの顔には「すみません、お手数掛けて」の色が見えた。どうやらそろそろシウネーさんも俺を許してくれる気になったらしい。やれやれだ。

 「んじゃあ、最初は俺だ! 勝負!」

 三人の目線だけの会話は、威勢のいい声に遮られた。
 
 最初の相手は、なかなかの業物(わざもの)らしい斧を構えた、金属鎧の大柄な火妖精(サラマンダー)。頷き、細身の片手剣を構える、ユウキ。緊張の中で交わされる、デュエルのやりとり。笑顔と、その中によぎる緊張、そして、隠せない高揚感。

 表示される、デュエルの表示。
 徐々に静まりっていくざわめきと、反対に高まっていく緊張感。

 (さあ、見せて貰うぜ。……お前の、力を、な)

 デュエルと同時に宙を舞った二人……いや、ユウキを、俺は瞬きもせずに見つめ続けた。





 ユウキの操る片手用直剣と、同色のアーマーは、市場ではかなりのレートで取引される古代級武具(エンシェントウェポン)。そして羽織った上着と赤いカチューシャは、高レベル『裁縫師』であるブロッサムが、最高級の素材を用いて作った高級品の製作級アイテム。どれもこれも、この日のために俺が用意したものだった。

 ――― そ、そんな、悪いよ!

 そう言って遠慮するユウキに「ボス攻略ならこれくらいは最低限だ」と昨日押しつけて装備させたばかりだったので少々不安だったが、それもまた、取り越し苦労だったらしい。そもそもコンバートしたてというだけで舐められるだろうに、自分の武器にも慣れていないとなるとどうにもならないかと思ったが、彼女はそれを一日で完璧に使いこなしていた。

 「くっ、うおおっ!!!」
 「やああっ!!!」

 必死に繰り出される土妖精(ノーム)のランスを鋭く剣先で弾き、同時に懐に飛び込んでの連撃。オリジナルでこそないものの激しいエフェクトフラッシュを纏って繰り出されたソードスキルが、男の既に赤く染まっていたHPゲージをゼロにした。

 と、同時に。

 「うおお!すげえ!」「何人目だよ!?」「やべえよ、はええ!!!」

 周囲の観客から、大きな歓声が上がった。

 (こいつは、予想外だな……)

 その歓声に、俺は少しだけ鼻白む。最初の方こそ驚愕やざわめきしか生じなかったが、その数が二十を超えたあたりからそれは反転、その凄まじい剣技を褒め称える歓声へと変わっていった。それを、それだけのことを為すほどの剣の美しさが、ユウキの戦いには、あった。

 (……ま、納得だが、な)

 「ありがとー! ありがとー!」
 「……ははっ、参ったな、完敗だ。ありがとう」
 「うんっ、ありがとうね!」

 元気よく周囲の観客に手を振り、シウネーが蘇生させた対戦相手と握手をかわすユウキ。
 彼女は本当に楽しそうだったが、俺は正直、頭を悩ませていた。

 (こりゃ、想像以上だね……嬉しい誤算か、はてさて……)

 ユウキの強さに対して、相手が、弱すぎた。

 一応俺も、かつてのクセのせいか日常的にある程度はアルヴヘイムの情報を収集している。当然毎月の統一デュエル大会の上位者達の名前くらいは押さえているのだが、今回はそういった名のある実力者は来ていないようだった。

 「他に、今日はもう挑戦者はいない? ボクはまだまだいけるよー!」

 ユウキの声を聞きながら、必死に考える。

 これでは、「強い奴を見つける」というユウキ達の目的は果たせないし、「あの誰々が負けた」という更なる広告の役目も出来ない。一応全員返り討ちでそこそこの話題にはなるだろうが、ホットな話題としては若干インパクトに欠ける感は否めない。

 ふむ。

 (……しゃーない)

 一息ついて、俺は一歩前に出た。
 なかなかに気の進まない手だが、仕方ない。

 挑戦者を募る様に見回すユウキの笑顔が、歩み出た俺へと向く。
 それに真正面から向き合い、俺は……心中を隠して……ふてぶてしく笑った。

 「次は……いや、今日の最後の相手は、俺だ。手合わせ願うぜ」

 高々と、告げた。

 
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