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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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マザーズロザリオ編
  episode1 『魂』の再会

 
前書き
 2013/9/21 追記
 今章『マザーズロザリオ編』は、原作様の第七巻を読んでいることを前提に作っております。そのため原作で描かれている部分はすべて飛ばしており、その隙間を埋めるような形でこの物語は進んでいくので、気になる方は横に原作を置いて、照らし合わせつつ読んでいただければ幸いです。 

 
 俗説によると、世の中には同じ姿の人間……いわゆるドッペルゲンガーという奴が三人いるらしい。勿論、俺はそんなもん眉唾だと思っていた。まあ、「人の代わりなんて誰にも出来ない」と気取っていたわけではないが、流石に同じ人間なんている訳ないだろう、と。

 だが、それは。
 そんな、考えは。

 『彼女』を一目見て、一瞬で吹き飛んだ。

 「んーっ。困ったねー」

 艶やかな髪を靡かせた、美しい闇妖精(インプ)の少女の、その姿を見て。





 「んーっ、困ったねー」

 弾むような元気のいい声に、俺は弾かれた様に振り向いた。
 その声が、俺の脳の奥深い部分……いや、『魂』とでもいうべき部分に、強く響いたからだ。

 誤解のない様に断っておくが、別にこの声が俺のよく知っている「彼女の声」と同じだったわけではない。だからそれは、俺の脳細胞に刻まれた記憶から呼び覚ました訳ではなかった。だからそれは、記憶ではない、それ以外の「何か」が反応した、ということになるのだろう。

 その「何か」というものをなんと呼ぶのかは無知な俺は知らないが……やはり自分では最もしっくりと当てはまるのは、『魂』だと思う。……が、それはひとまず置いておき、とりあえずはなんとも言いようのない直感が、俺を理屈では無く超反応させた。

 「やっぱりさー、」

 振り向いた先にいたのは、一人の小柄な闇妖精の少女。

 正確に言えば、振り向いた先には無数の妖精たちの行き交う雑踏があったのだが、その中で彼女は、まるで……そう、まるで光を纏ったかのように、景色から浮き上がる様に鮮明に俺の視界へと飛び込んできた。

 闇妖精独特の、抜けるような白磁の肌。会話によって目まぐるしく変化する豊かな表情に、可愛らしいえくぼの浮かぶ頬。「困っている」という口調の割に足取りは弾む様に軽く、この『アルヴヘイム・オンライン』を心から楽しんでいることが、俺にはそれだけで見てとれる。

 「っ、き、君っ!!!」

 俺は思わず、声をかけていた。
 咄嗟に伸びた手が、その肩を掴もうと空を掻く。

 そして、一瞬遅れて、現在の俺の状況を認識した。

 ポカンとした表情の闇妖精の少女……ちなみに横で話していた水妖精(ウンディーネ)の女性は明らかに顔が引きつっている。そして雑踏の中でも結構に通った俺の声は周囲の雑踏を鎮めるほどに響き、周囲からの痛い視線が山ほど突き刺さっている。

 やべえ。

 「え、あ、その、すまん、ちょっと、あ、」

 思わず狼狽する。正直俺はこんな「VRMMOの街中で女の子に声をかける」なんて大胆な真似をするキャラとは対極に位置する性格なので、こんな場面の経験など皆無だ。どうするか。一端逃げるべきか、それとも思い切ってナンパを装ってどこかへ行くか。いや、俺は何を言っているんだ。

 必死に考える俺は恐らく、向こうから見れば相当にテンパって見えたのだろう。
 そんな目を回す俺の様子を見て、闇妖精の少女がクスリと笑って。

 「どうしたの? ボク達に、何か用かな?」

 笑顔で返答を返してくれた。
 その言葉は、声は、「彼女」とは違ったけど。

 その温かさは、俺に紛れもない「彼女」の温もりを思い出させてくれた。





 心配そうな顔をする水妖精の女性に向かって「大丈夫大丈夫!」とにっこりと笑って少女は俺についてきた。俺は下の『アルヴヘイム』を主な活動の場とする為あまり来ないとはいえ、一応この『アインクラッド』にも行きつけの店くらいはある。

 十二層の《圏内》村のNPCショップ、『ファスト・ブレイカー』。

 看板娘のNPC少女の笑顔のせいか一時期はちょっとしたブームになった店だが、次層が解放されて一月もすれば皆の興味は移っていき、今では閑古鳥が鳴く様な小さな喫茶店。だが俺は、ここで食べる軽めの食事が、今でも好きだった。

 「はじめまして、だよね? ボクはユウキ。よろしくね!」
 「…シウネーと言います。はじめまして」
 「俺は、シド。よ、よろしく」

 元気よく挨拶する闇妖精の少女……ユウキに、未だに俺を警戒する水妖精の女性……シウネー。
 そりゃあ警戒もするよな。どう見てもナンパだし。

 しかし俺は、こういう時どうやって誤魔化すかを咄嗟に考えつくほどに、経験豊富ではない。まあ嘘をつくのは苦手ではないが、それでもこんな……初対面の女性二人に対して芸達者な嘘を付けるほどの達人というわけではない。仕方なく、正直に答える。それがどうしようもなく、ナンパの常套手段としても。

 「あー……ホントに芸が無くて申し訳ないんだが……そっちの、ユウキ? が、ちょっと俺の知り合いに似ててな。ここにいるとは思わなかったから、思わず話しかけちまったんだ……って言っても、信じて貰えねえよなぁ……」

 信じられるわけねーだろ、と、自分で自分に心中でツッコミを入れる。情けなさに喋る声が、だんだんと小さくなる。完全に言い訳をする小学生だ。俺の小柄な音楽妖精(プーカ)の外見と相まって、さぞや弱弱しく見えることだろう。

 だが、「あたりめーだアホ」の言葉は無かった。代わりに。

 「へ? ウソなの?」

 ユウキの目が、キョトン、と開かれて、首が可愛らしく傾く。

 「い、いや、ホントにホントなんだが……」
 「そっかー。ボクに似てるの? ここにいるとは思わなかった、って言うことは、ALOをプレイしている人じゃないの? リアルとか、他のVRMMOとかの知り合い?」
 「……似てる、っていうか、雰囲気がな。随分前に他のVRMMOで会ってきりだったから、懐かしくてさ。……いや、ホントにすみません。すごく仲良かったんで、思わず話しかけてしまって」

 最後の謝りは、横の目元に憂いを湛えた水色の女性……シウネーにだ。
 彼女も困ったように額に手を当てて、

 「いえ。そういった事情があれば。でも、正直突然街のど真ん中で初対面の女性に声をかけるなんて、『そういう意味』に取られても仕方ないというのはご存じですよね?」
 「……全く以てその通りです。非マナー行為で、スミマセン」

 とりあえず形式的な非難に、俺の方は形式では無い本気の謝罪を告げ、頭を下げる。

 「シウネーは固いんだよー。ボクだって子供じゃないんだし、大丈夫だよー」
 「子供そのものじゃないの。ユウキは無警戒過ぎるのよ」

 だが、当事者のユウキはあまり気にしていないようで、シウネーを軽くからかうように口を窄める。その仕草はまさに子供そのもので、それをみて苦笑するシウネーの気持ちも分かるような気もする。そのころころと変わる表情が、心地いい。

 と。

 「そうだ! せっかくだからさ、この人にしない?」
 「ちょっと、ユウキ!?」
 「いい機会じゃん、聞いてみようよ! ねえねえ、えーっと、シドはさ、ALO歴長いの?」
 「あ、ああ。そこそこには」

 ユウキが、ぱっと表情を変えて、俺に訪ねてきた。

 その表情にシウネーが露骨に驚いた表情をしたのを見るに……いや、彼女の表情を見るまでも無く、『彼女』が俺に頼みごとをする時とそっくりの空気を纏ったその顔から容易に予想できる。どうやら何か……厄介なことに巻き込まれるのかもしれない。

 だが。

 「あのさ、ちょっと今、困っててさ。頼み事があるんだ」
 「いいぜ。力になるよ」

 俺は、二つ返事でその申し出を受けた。

 理由は簡単。
 俺はかつてのあの世界で、『彼女』に振り回されるのが、割と好きだったからだった。

 
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