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魔法少女リリカルなのはStrikerS ~賢者の槍を持ちし者~

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Chapter23「つながる歯車」

 
前書き
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風呂から上がり、スーパー銭湯を出て暫くしてキャロのケリュケイオンとシャマルのクラールヴィントが反応を示す。

「リインちゃん!」

「エリアスキャン!……ロストロギア反応キャッチ!」

穏やかな時間が一気に緊迫した空気へと変わる。緩めていたネクタイをきつく直し、ルドガーは気持ちをリラックスモードから仕事モードへと切り替える。

「お仕事だね……皆、頑張ってきて」

「フェイト、エリオ、キャロ……気を付けてな」

「うん!」

「「はい!」」

エイミィとアルフの言葉に3人が答える。

「先にコテージに戻ってるね」

「皆しっかりね!」

「「「「はい!」」」」

アリサの激励に、新人達は元気良く返事をした。

「ティアナ、シャマル先生とリイン、はやて隊長はオプッティクハイドに」

「はいっ!」

作成が決まる。件のロストロギア反応がある地点の上空から決界を張り、対象を閉じ込め安全に確保し封印するという最も効率的なモノだ。

「じゃあ皆気を付けて---」
「!待ってください。付近に転位反応……魔力反応もキャッチ!」

いざ作成開始の号令をなのはが掛けよとした時、リインが新たに現れた反応を全員に知らせる。

「あっ……」

「どうしたん?」

「えっと…反応消失しちゃいました」

言いにくそうにリインが話す。この妙な現象に皆難しい表情になっている。

「念の為反応が消失したポイントを確認した方がいいよね、これって」

「うん……地球に魔力を持った生物は生息してないし、転送反応もありで魔力反応が直ぐ消えるのもおかしいよ」

現段階で消失した反応に害があるか判断するには材料が少ないが、かといって放置する訳にもいかない。なのはとフェイトが対応を考えているとシグナムが話しに加わってきた。

「件のポイントには私が行こう。お前達は先にロストロギア反応のあるポイントに向かえ。何かあっても幸い2つのポイントは位置的に近い……互いに状況も確認しやすい」

「頼めるか、シグナム?」

「勿論です、八神部隊長」

「なら俺も行こう。魔法は使えないが荒事にはなれているし、何かあっても足手まといにはならないよ」

「頼む、クルスニク」

そう言ってシグナムの隣に立つルドガー。リインからポイントの情報を端末に受け取る。

「ルドガー、シグナム、気を付けてな」

「はい」

「ああ」

はやての声に返事をし、ルドガーはフォワード達を見る。

「頑張れよ新人達、日頃の訓練の成果を隊長達に見せてやれ」

「「「「はい!」」」」

ルドガーの言葉に元気よく返事をするフォワード達。これだけ勢いがあれば心配はない。それからルドガーはシグナムと共に魔力反応が消失したポイントへ急行した。


------------------------

はやて達本隊と分かれて早数分。ルドガーとシグナムは魔力反応が探知、消失したポイントである建設中断中の市民球場のゲート前に立っている。

「建設中断してる球場か…いかにも何か待ってそうな感じだな」

しかも今の時間帯は夜で、こういう人気がない無人施設は特に人が近寄りがたい雰囲気を持っているモノだ。しかしフェンスの一部が破られていたり、ガラスが割られているところを見ると、人が球場内に入っているような痕跡が幾つか見受けられる。大方肝試しや遊び半分で入った者の仕業だろう。
現に壁やシャッターにスプレーやペンキで落書き等が書かれている。

「予定通り建設が進んでいれば今頃、社会人野球チームが仕事でたまったストレスを一球一球に込めて発散させてたろうにな」

「今から4年前になるがここが建設中断になったのは、当時建設作業を受け持っていた企業が別件で廃材を建築物に使用していた事が判明して、そこから芋づる式に次々と不正が発覚し、その企業が建築中の建物は全て建設中止になったのだ……ここも建設中断となってはいるが、この様子を見れば建設再開はなさそうだ」

「……壊すのも税金かかるしな」

作る事で金が掛かる上、作るの失敗しましたから壊します、ですので壊すお金を下さいと要求されて必ず金が出る訳ではない。この社会の常識は世界が違えとやはり変わる事はない。

「世間話はここまでだ……始めるぞ」

話しに区切りをつけシグナムはバリアジャケットを身に纏い、炎を纏った愛剣レヴァンティンを夜空に突き刺すように翳し決界を球場を囲うように展開、シグナムが先頭で球場のゲートから場内に侵入する。薄暗い廊下をシグナムが魔力光で照らし、2人の存在に驚いたネズミが壁に空いた穴へと逃げこむ。

「目標地点に到着したな……何か変わったところはあるか?」

「……いや。人っ子1人見当たらない」

「反応があった場所は間違いなくここだ。何かがこの場に転移してきたのは間違いない」

ルドガー達は球場内を歩き何か手掛かりになるモノが残っていないか探りだす。しかし早々に見つかるはずもなく、代わり目に入るのは通路に捨てある雑誌や空き缶といったゴミ、中には食べ残しがそのままベンチに放置され、それが腐り大量のハエやウジムシがたかっているおぞましい光景を目にしてしまい不愉快な気分になる。その最中シグナムは片膝を着け、地面に触れる。
その彼女の動作の意味が分からないルドガーはシグナムに話しかける。

「何してるんだ?」

「ああ、私が今いるこの場が転移して来た何かが降り立った場所のようでな、残留している魔力から手掛かりが見つからないか探っているのだ」

「成る程……それで何かわかったのか?」

少しの間を置きシグナムは首を横に振る。何もわからなかったようだ。

「残留魔力が薄くては転移してきたモノをトレースする事は難しい」

「地道に足で探すしかないワケか」

「そういう事だ……厄介事を起こすモノでなければ良いのだがな」

「まぁ厄介事引き起こすモノが正体なら早めに---」

ルドガーの言葉は最後まで続かなかった。突如2人が立っていた場所に高速で何かが降ってきたのだ。その気配を察したルドガーとシグナムはすかさず跳躍し距離を取ると自身の得物を構え、舞う粉塵に目をやり警戒する。

「……終わらすに限るな」

「気を抜くなよ。厄介事なのは間違いない」

粉塵の中から1つの人影が現れ、力なく垂らした両腕をルドガー達の前に立った。
目の前にいる者の正体は間違いなく人間だろう。
だが相手は獣の顔ような模様が入った顔全体を覆い隠した仮面を被り、足下まである黒いフードを身に纏っている。これでは相手の正体を掴む事はできない。

「何なんだお前?」

「……私が誰であろうとお前達には関係のない事だ」

仮面の人物から発せられた声は男の者だった。両腕のフードの中から鉄鞭と呼ばれる打撃武器を2本出し両腕をだらりと下げる。

「何だと?」

仮面の男の発言にシグナムは怪訝な表情になる。ルドガーの質問に対して全く答えになっていない事を口にしたからだ。そんなシグナムを相手にせず仮面の男は腰を低くし鉄鞭を交差させる。

「……関係ないと……」

仮面の男が消える。驚いている間もなくルドガーは背後からプレッシャーが迫って来ている事に気付く。振り返った先には仮面の男が目と鼻の先に立ち鉄鞭を振るう光景。

「言ったはずだが?」

だが標的はルドガーではない。狙いはシグナムだった。シグナムはその一撃をレヴァンティンで受け止めるが、シグナムが思っていた以上の力が鉄鞭に込められていたのかシグナムは球場の外側に位置する壁に弾き飛ばされる。壁の崩れる音を耳にしながらルドガーはカストールを仮面の男に振りかざす。
仮面の男はカストールを鉄鞭で受け止め押し返し鉄鞭を広げるように振るいルドガーは右に動き間合いの広い一撃を避ける。

「てあぁぁぁ!」

弾き飛ばされたシグナムが勇ましい声を上げ一直線に面の男に迫りレヴァンティンを上段から振り下ろす。この一撃をアスファルトが受ければ地割れをおこす程の威力を持っており、ただ受け止めただけではその威力を防ぐ事はできない。だが仮面の男はあっさりそれを左手の鉄鞭で受け止められる。
一旦後ろへ退きレヴァンティンを構え直すと仮面の男の鉄鞭に攻撃を加える。

「ぐあっ!」

シグナムの一撃を受け止め、受け止めていた鉄鞭の力を緩めバランスの崩れたシグナムを回し蹴りで蹴り飛ばし、グランドに落ちるシグナム。

「シグナム!」

彼女の身を案じグランドに向け叫ぶルドガー。
だが、仮面の男はそれを良しとはしない。右手の鉄鞭を突き出しルドガー右肩を狙う。
寸でのとこで身をひねってかわす。左手の鉄鞭が隙を見せた背中めがけて振られた。
しかしそれを、ルドガーは右手のカストールを背に回して受け止める。

「とらせるかよ!」

鉄鞭の重い衝撃を上手く流し右足に力を入れ軽く飛び、宙で仮面の男に向き直り左手のカストールを回転させ突き立てる。

「轟臥衝!」

「ぐっ」

鉄鞭を交差させ受け止めたが轟臥衝の衝撃を受け止めきれず仮面の男は初めて怯む姿を見せる。
後ろによろけながら体勢を整え、後ろへと飛びルドガーもそれを追った。空中で幾度か互いの得物と足技でぶつかり合い距離を取りグランドに降りる。

「クルスニク、大丈夫か?」

脇腹を押さえたシグナムがルドガーの下へ駆け寄る。当たり前のように走っているが、あれだけの威力の蹴りを真ともに受けたのだ。アバラの一本は確実に折れているはず……それでも苦しむ事なく走る事のできるシグナムは流石だろう。

「それはこっちのセリフだ。派手に吹っ飛んでたろ?」

「ベルカの騎士たる私があの程度でやられる程ヤワではない」

「はは……」

ボロボロな姿だがこの凛々しさ全開な台詞を聞いてしまうと呆れを越して尊敬すら抱いてしまう。

「二度目ない……力を合わせるぞクルスニク」

「ああ!」

戦闘再開。
シグナムが斬り込み、仮面の男と激しい乱舞を演じる。横殴りに迫ってくる鉄鞭をレヴァンティンで今度こそ受け止め、弾き返し横一閃。上に飛びかわすがフードの端を僅かに斬り裂かれる。
後ろに滑るように砂埃を立て着地し、シグナムの追撃に備える仮面の男。だがそこでカストールから双銃クランズオートに切り替えたルドガーによる銃撃が襲う。
トリガーを引き弾幕を張り続ける。休ませる暇を与えない銃撃を仮面の男は2本の鉄鞭で難なく捌き続ける。この程度の銃撃……ルドガーの銃撃にそ対してそんな感想を抱いた仮面の男は捌く事から余裕があるため攻めに転じようとルドガーの下へ駆けようとする。

「……!?」

そこで止むことなく放たれていた銃撃が前触れもなく止まり、虚を衝かれ動きが一瞬鈍る。
その瞬間紫のバインドが仮面の男を両腕事体を拘束、完全に身動きが取れなくなる。仮面の奧の瞳に動揺が走る。

「レヴァンティン!」

《Schlange forn!》

バインドを行使したのはシグナムだった。宙に立つ彼女は連結刃となったレヴァンティンを巧みに操り仮面の男を縛り上げ自身がいる場所より高く宙に放り投げる。地上に降りレヴァンティンを元の剣に戻し鞘に収めカートリッジをロード。レヴァンティンに多量の魔力が蓄積されていく。

「集え!」

炎を纏ったレヴァンティンを鞘から抜刀……燃え盛る剣を片手で天に掲げる。
反対側に立つルドガーも同じようにカストールを天に掲げ、レヴァンティンと同じくカストールにも炎が纏われていた。

「冥府をも照らす鮮明なる紅蓮の炎よ!」

バインドで拘束された仮面の男が徐々に地上へ落ちてくる。2人は腰を深く落とし自身の剣を下段に構える。シグナムはレヴァンティンを右腰に、ルドガーはカストールをそれぞれ左右に固定し時が来るまで目を閉じ静かに待つ………そして、その時が訪れると同時に地を蹴り面の男めがけ一直線に飛ぶ。

「我ら二騎に勝利への道を示せ!」

「うおぉぉぉ!」

2つの紅い閃光が冥府を焼き尽くさんと轟々と迫る。


「「炎牙・冥封斬光刃!!」」


対角線上に仮面の男はルドガーとシグナムに斬り裂かれた。
強烈な光が×印に輝き、爆音が球場内を支配する。光が収まりグランドには仮面の男を挟んで技を発動させる前に立っていた場所にルドガーとシグナムが互いに入れ替わって立っている。

「……上出来だったぞ」

「いやいや、特上出来だよ」

2人の圧倒的かつ華麗な連携---共鳴秘奥義の前に仮面の男はついに倒れる。
その直ぐ横には粉々に砕けた仮面の破片が散乱していた。

「2人掛かりですまないな……だがこれも仕事でな……悪く思わないでくれ」

横たわる仮面の男にゆっくり歩み寄るシグナム。

「まずはその顔を見せてもらうぞ」

返事なと返ってくるはずもないが、律儀にフードの中を見る事を告げる。
シグナムは左手でフードを剥がそうと手を伸ばす。

「……油断大敵って言葉、知ってる?」

「っ!?」

ふとそんな声が耳に入る。それは横たわる男から高めの声で、フードが被さっていない口元から発せられる。ニヤリと歪むその口元を見て警戒を強めるシグナム。相手が妙な動きをする前にバインドで拘束し、はやて達に応援を要請する。この後の対応を冷静にまとめるシグナム。

その時、シグナムに向けルドガーが叫ぶ。

「後ろだシグナム!!」

「なっ!?」

ルドガーの警告で後ろを確認しようと首を動かすが、彼女の意識はそこで刈り取られる。
意識を失ったシグナムが力なく地面に崩れた時、ルドガーはその者の素顔を目にした。

そして驚愕する。

目の前にいるのは間違いなくルドガー達がさっきまで戦っていた仮面の男だ。
雰囲気でわかる。今は面もフードも身に付けていない為、その容姿をはっきりと目にする事が出来る。ルドガーと同じ銀髪でセミロングの髪。翠色の瞳。黒いワイシャツにショートパンツ、サスペンダーとルドガーと身体的な特徴や服装が似ている。

だが……

「女?」

そう。
仮面の男は女性……少女だったのだ。どこぞの漫画であるような展開にルドガーは目を思わず丸くしてしまう。しかし、直ぐにはっとなり間合いを詰め少女に斬り掛かり、シグナムの傍から追い払う。

「……よかった」

首に手をやり脈を確かめ安堵する。どうやら首に強い衝撃を与えられた事で気絶しているだけのようだ。

「やっとコレで2人っきりだね」

シグナムを腕に抱えるルドガーに声が掛けられる。その声の主をルドガーは殺気を込めて睨む。

「っ!」

「恐いなぁ……そんなに睨まないでください。興奮しちゃいます」

銀髪の少女は無邪気な笑顔をルドガーに向ける。その笑顔を見てルドガーは静かに怒りに震える。

「でもやっぱり強いですよね……流石は私のお兄様ですね」

「お兄様?」

まるで生き別れた家族に初めて出会ったかのように感動を表わにする少女。
そこでおかしな単語が耳入り口ずさむ。

「あっ……しまった。これまだ言ったら駄目だったんだ……」

表情がコロコロ変わる。慌てたり涙目になったり笑ったりと、普通なら可愛いらしい仕草なのだろうが、ルドガーは今まで感じた事のない気持ち悪さを銀髪の少女から感じ初めていた。

「あっ自己紹介がまだでしたね!私エルツーって言います。よろしくお願いします、ルドガーお兄様!」

「俺の名前を?」

自分の名前をルドガーはこのエルツーという少女に教えた記憶はないし、この少女と遭遇してからシグナムがルドガーという名で彼を呼ぶ事はない事から、この少女がルドガーの名前を知っている事に謎が生まれる。

「それも秘密です。こうして顔を晒のも本当は駄目だっんですけど…まぁこうなっては仕方ないですよね?」

「俺に聞くなよ」

「えー…想像していた人と違って冷たいんですね、お兄様って」

「うっ」

冷静にツッコンだつもりだったがそれがこの少女からしたら残念だったようで、お兄様呼ばわりされているせいでどうも調子が狂ってしまう。

「まぁいいですよ……とりあえず、第二ラウンドと行きますよ」

少女は転がっていた鉄鞭を手にすると、握りを捻った。鉄鞭の表層はぼろぼろと崩れ落ち、その中から細身の剣身が姿を現す。

「俺や兄さんと同じ双剣使い……!」

「フフ、お兄様と同じです……本当なら同じ土俵で戦ってもらいたいですけど……」

双剣を逆手に持ち、駆ける。金属同士がぶつかり合う音が絶え間なく響く。同じ武器、同じ構え。
まるでヴィクトルやユリウスと戦っているような錯覚を覚える。エルツーが右手の剣を上段から振り下ろし、ルドガーは斜めに左手のカストールを振り上げ受け止め、エルツーの胸を右足で蹴飛ばす。

「あぐっ……よ、容赦ないですね……けど、私が見たいお兄様の姿は別にあります」

「………」

むくっとゆっくり立ち上がり、双剣を地面に突き立てる。エルツーは笑顔のまま腰元からある物を取り出した。そして、それを見たルドガーは再び驚愕した。

「それは…!?」

驚くルドガーを見て気分を良くしたのかエルツーは子供のようにニッコリ笑い、胸元で両手で突き出すようにそれを翳す。

「いいでしょ、これ?」

彼女の手にある物は歯車をあしらった碧の懐中時計……クルスニクの末裔の中でも希少な骸殻能力者が生まれ持ってくる物だ。

「まさか…お前は…!」

「私が何者かなんて考えている時間なんてありませんよ……お兄様!」

こちらに駆けるエルツーの姿が輝くと共に姿が変わる。

「純粋な骸殻の力を見せてもらいます!」

ルドガーの頬をエルツーの双剣が掠め、血が飛び散る。

(これは間違いない…骸殻!……それもハーフレベルの能力者!)

繰り出される骸殻の力でいびつな形へ変貌した双剣をカストールで捌きながらエルツーの容姿を改めて見直す。顔と露出した生足は骸殻の力特有の暗く変色した肌に黄色のタトゥーが所々入り、上半身の漆黒の装甲部には青い紋様が入り、手首から歯車のような物が生えている。

「いくらお兄様が強くても、その姿のままでは十中八九苦戦は免れない……腕の一本くらいはモグ自信はありますよ!」

相手の目的はルドガーに骸殻を使わせること。骸殻に変身すればこの少女の動きを制する事は今よりも簡単だろうが、わざわざ敵の策に乗る必要はない。骸殻に変身せずハーフ骸殻能力者相手にルドガーはほぼ互角の戦いを演じる。そのルドガーの実力にエルツーは“最強の骸殻能力者”という存在がどれほどのモノか肌で感じ舌を巻く。

「やめろ、それ以上骸殻を使うな。時歪の因子化が進行するぞ!」

躊躇なく骸殻の力を存分に使うエルツーにルドガーは、かつての自分と同じく彼女が骸殻のデメリットを知らずに戦っているのではと考える。だとしたら敵とはいえ見過ごせないため忠告する。

「それっ!嫌ですよ。こんなに心踊る戦いなのにっ、途中で終わるだなんて……不完全燃焼すぎ…ですっ!」

(コイツ……リスクを知って……!)

リスクを知ってここまで骸殻を使っているという事はもはや言葉で戦いを止めさせる事は不可能。シグナムとは別のベクトルの根っからの戦闘狂なのだこのエルツーという少女は。

「九那射!」

距離を取ったルドガーへ無数の黄色い球体を召喚し、一斉にルドガーに襲い掛かからせる。

「フッ、セイ!ハッ!」

ルドガーの弾幕を弾き返していたエルツー以上の剣速で九那射をカストールで捌き、グランドを駆ける。駆けながらカストールをブーメランのようにエルツーへ投げつける。
だがこれはあっさり躱され、決定打にならない。

「エイミングヒート!」

2丁のクランズオートから火炎弾が2つ放たれ、九那射の一部に当たり誘爆。爆煙の中から相殺できなかった九那射が再びルドガーを襲う。

「嘘…一発も当たらないどころか擦りもしないなんて」

「当たらなければ、どうという事はない!」

魔導師は回避不可の攻撃や、砲撃級の攻撃が迫ってきたとしても防御魔法で完全に防ぐ事も出来ればダメージを軽減するという選択肢もあるが、ルドガーは違う。
リンカーコアがないルドガーは魔法は使えないのは当然であり、魔導師や騎士のように防御魔法を張る事もできない。だがルドガーは足りない防御力をその卓越した身体能力と実戦で培った危機感知能力で補い、これまで魔法を使う相手と対等に戦っていたのだ。

自分の攻撃が当たらない事でエルツーは自分の力にもどかしさを次第に感じはじめてきていた。

「これならっ!」

九那射の軌道が突如ルドガーから変わり、ルドガーに全く影響のない明後日の方角へ飛んでいく。
何を狙っているのかと考えていると、九那射の向かう方角を見てエルツーの狙いが何のか理解する。

「お兄様は綺麗に避けれても、オネンネしてる方は一発も避けれないですよねー?」

「ちぃ!」

九那射の新たな標的はグランドに横たわるシグナムだった。無邪気な顔にそぐわない姑息な手口に舌打ちを打たずにはいられない。

「行きなさい!」

九那射がシグナムにとどめをささんと迫る。瞬間歩法を使えばギリギリ間に合う距離だが、安全策を取るとノーマルの瞬間歩法ではやはり心保たない。敵の策に乗りたくはないが手段を選んでいる余裕はない。ルドガーは自分の金の懐中時計を手に取る。
爆音と同時に砂埃がグランドに舞う。シグナムが横たわっていた場所に無数の九那射が直撃し、爆発が起きたのだ。

「あちゃー… 間に合わせてくれるって信じてたんですけど……過大評価だったんでしょうか?」

期待はずれ。エルツーがルドガーに対してそんな感想を抱く。彼女を差し向けた者からルドガーは最強の骸殻能力者だという事を伝えられていただけにエルツーの落胆っぷりは相当な物のようだ。
だがまだ終わってはいなかった。

「きゃ!?」

爆煙の中から凄まじい速度の槍がエルツー目がけて投擲され、双剣で防ぐがその衝撃に耐えきれず地面に転がる。

「調子に乗るなよ……はあっ!」

「うっ!?」

ギリギリでハーフ骸殻に変身し、九那射からシグナムを守ったルドガーは投げつけた槍が戻ってくると、エルツーの元まで飛び、膝をつく彼女に態勢を整える余裕を与える事なく槍を叩きつけ、受け止めるエルツーを横から回し蹴りで蹴り飛ばす。

「え、へへ……それが見たかったんですよ、私は……いいえ…私達は!」

槍と双剣。骸殻の力を帯びた得物が何度も激しくぶつかり合い火花を散らす。

「魔神剣・双牙!」

「絶影!」

槍で衝撃波を打ち消し、エルツーの頭上に瞬間移動し槍を突き立てる。

「このっ!」

「くっ」

女性の力とは思えない剣圧で弾き飛ばされる。

「どうしました!?もっと本気でやってくださいよ!」

観戦席に降りたルドガーに追撃の為、まるでミサイルを思い浮かべさせるような速度で突撃する。
足に力を入れ、ルドガーも同じ速度でこれを迎え撃つ。
空中、グランド、観戦席、壁……戦う場所を変えながら武器をぶつけ合う。2人の骸殻能力者の戦いの余波により球場内はまるで銃撃戦でも行われたかと思わせるほどに荒んでいる。

「アハハ!いいです!いいですよお兄様!やっぱり貴方は最高です!」

「頭から血流しながら言うセリフか!気色悪い!」

血が流れている事など気にもせず、それどころか本当に兄に遊んでもらっているかのように楽しそうにエルツーは双剣をルドガーに向け、振るう。その姿を間近で見せ付けられているルドガーは骸殻の装甲部腰とはいえ鳥肌が立っているのを自覚する。

「それでもこれが私なんです……戦いが好きで、好きでたまらない……戦いの中でしか欲求が満たされない最低な人間です!」

ルドガーの槍を蹴り、バク宙で距離を取って宙で静止する。双剣を胸元で交差させそのまま夜空に突き刺すように掲げる。

「その中でもお兄様は魔導師を含め私が戦ってきた方の中で一番でした。何せ……」

首を動かし前髪を翻したエルツー。その彼女の表情はこれまでの無邪気な子供らしいモノと違っていた。目は飛び出ているかのように大きく見開らかれ、口を三日月のように開き、頭から流れてきて上唇に付着した血を舌で舐め取る。

「私と遊んだ人はみー~んな壊れちゃいましたからぁぁ!」

もう陽気な彼女の姿は何処にもなかった。目は肉食獣のように獰猛なモノに変わりただ狂気的に笑い続ける。ルドガーには彼女が笑っている理由がわからない。理解したくもない。人を殺す事に喜びを覚える人間の心などルドガーには到底理解できるはずもない。

「だから簡単に壊れないお兄様と戦うのは楽しいんですよ!アハハハハハハハハハハハハハハハヒャハハハハハハハハハハハハ、アハッ!やばいですよ、ねぇ!?最高にトンじゃってますよ!」

交差させた双剣に青い稲妻状のエネルギーが収束され、エルツーの瞳には深い欲望が際限なく募っていく。

(まずい……俺だけならマター・デストラクトであれくらいの攻撃なら打ち消せるが……)

背後の観戦席を横目で見て頭で考えた策を捨てる。この状況であれだけのエネルギーとマター・デストラクトがぶつかり合えば、そこから発生する凄まじいエネルギーでこの建築中で、ろくに災害対策の補強すら施していない球場などひとたまりもない。

「見せてください!味わせてください!貴方の力を!貴方の血を!」

「!!」

この状況を打開する方法を探すルドガーはある事を思い出した。
それはかつてカナンの地を出現させて直ぐ、時空を司る大精霊クロノスと一戦交えた後のこと。


------------------------

『確かに少々面倒だ。ならば……』

『ぐはっ!』

クロノスに伸されるルドガー。クロノスはルドガーに止めをささんと精霊術を唱えようとする。

『クルスニクの鍵だけでも!』

『させるか!』

ルドガーを守る為、骸殻に変身したユリウスがクロノスへ突進し、リーゼ港の海に落ちる直前にクロノスと共に姿を消す。

------------------------

(空間転移……!)

あの時、ユリウスが行使した術に対してミラはそのような名称を口にしていた。
ルドガーと同じエレンピオス人のユリウスは霊力野が退化している事でジュード達リーゼ・マクシア人のように黒匣無しでは精霊術は使えない。しかし骸殻能力者は骸殻が大精霊クロノスの力の一部である事から限定的ではあるが骸殻使用中だけ精霊術のようなモノが行使できる。

(やれるかどうかはわからないが、やるしかない!)

この状況を打開するにはもう空間転移以外方法はない。
成功するかはわからない。しかしやる以外他ない。

(骸殻は人の欲望に、意志に反応する力……なら今の俺にできないはずがない)

ルドガーにはシグナムを守り抜くという“意思”と生き残る“意志”がある。
やれないはずはない……。

そう。

できるできないではなく、やるかやらないかだ。

「よし」

空間転移を使用する準備でシグナムを抱えようと彼女の前まで動く。
時間はもうあまり残されてはいない。

「な、なんやこれ?」

「っ!?」

それは目の前の選手専用ゲートから聞こえた。ここで聞こえるはずのない女性の声。

(ま、まさか……)

聞き間違いだ……何かの間違いだ。自分にそう言い聞かせる。だがその願いは無慈悲にも崩れさる。

「シグナム!?どういう事やこれ!」

「はやて…!?」

間違いなくルドガーの目の前には球場に来る前に、本命の任務に分かれた八神はやてがこの状況を見て戸惑っている。

「って、ルドガーのその格好、まさか骸殻!?」

「「ルドガー(君・さん)!?」」

「くっ!」

幸が薄い……エルにかつて言われたを自分でも自覚してはいたが、ここまで来ると死神にでも取り憑かれているか、神様の奇跡さえも打ち消してしまう右手でも装備しているのではと疑ってしまう。

「どうしてここに来た、お前達!?」

「こっちの任務が終わって、ルドガー達に連絡が全くとれへんから心配になって来たんや!そしたらこれって……説明してほしいのはこっちや!」

「くそっ!」

空を見上げる……もう一刻の猶予もない。これだけの人数を空間転移で飛ばす事は可能だが、今のルドガーでは骨の折れる作業。エルツーの攻撃が放たれる前にはやて達を転移させる自信は流石にない。

「十牙!天衝閃!」

青い稲妻を帯びた十字形の巨大な斬撃が、ルドガー達の生を止めようと迫る。
もう空間転移をする時間も余裕もない。

そして……

世界は光に呑まれる。

「アハハハハハハハハ!!良いです!!実に良いですよ!!」

光が支配する球場の中、狂気に満ちた笑い声が響き渡る。

「私勝っちゃった?アッハ!お兄様に勝っちゃった!?アッーハッハッハッハッハハッハ!!」

エルツーは自らの技で巻き起こる暴風に髪を攫われている事など気に留める事なく笑い続ける。

「アッハッハッハッハッハッハッハッハ!これで私は正真正銘本物の私ぐはっ!?」

変化はいつも突然だ。エルツーが放った十字形の衝撃波が金色の衝撃波で掻き消され、エルツーはグランドに落ちる。

「な、何が…!」

エルツーは目の前に立つ存在を見て驚きかずいられなかった。彼女の目の前にはルドガーがいる。
しかしその姿は先程のモノと大きく違っていた。

「スリークォーター……!」

ルドガーの骸殻はハーフから顔一部分以外の全身を装甲で覆うスリークォーター骸殻に変化を遂げていた。装甲が一部入った顔から見える形相と、彼の纏う威圧的な雰囲気に彼の正体を知る者は最強の骸殻能力者の力の一端を垣間見た事に打震え、正体を知らない者はハーフ骸殻以上に人外な姿のスリークォーター骸殻に目を奪われていた。

「楽しませてくれますね、お兄様は……本当にぃ!!」

闘争本能が赴くままに、自分の欲望を満たす為、最強の骸殻能力者を越えた最強の骸殻能力者に戦いを挑む。

「答えろ!お前はクルスニクの末裔なのか?」

「だったら!?私がクルスニクの末裔だと答えたらどうなるんです!?お兄様がもっと戦いにやる気を出してくださるんですか!? 違うでしょ!?」

「ああそうかよ……なら、ふんじばった後にじっくり聞かせてもらう!」

両手で槍を突き立てるように構え、虚空から生み出した光の槍を何本もエルツーへ向けて放つ。

「ふっ!てやっ!はっ!」

「きゃあっ!!」

もろに光の槍を受けるエルツー。

「うおりゃぁぁぁ!」

槍を投擲するように持ち、一気に接近する。

「うおおおおおっ!」

エルツーは双剣で槍がヒットするのをギリギリで防ぐがその勢いを消し去る事はできない。


「マター・デストラクト!」


世界さえ呑み込む巨大な賢者の槍がエルツーの双剣を跡形なく消滅させ、凄まじい衝撃でエルツーは反対側の壁に激突。

同時に骸殻が解除される。

「うぅ……っ!?」

「動くな。この槍には非殺傷設定なんて優しい機能は施されてはいない。当たればただではなすまないぞ」

カストール、クランズオート、クランズウェイトは六課技術スタッフが技術の粋を集め、デバイスでもない武器に非殺傷設定を施す事に成功、見事実用化に至っている。しかし、骸殻ばかりは精霊の力という魔導の世界では未知の領域のため非殺傷設定を施す事は流石に不可能だった。

「は、はは……結局私は越えられなかったって事ですね……」

「越えられなかった?」

向けられた槍等見えていないと言うかのように、背中を預けていた壁から力なく立ち上がり力なく笑う。

「私はお兄様にも負け、“私自身”にも負けたって事です…よっ!」

「うっ!?」

地面の砂をルドガーの目元めがけて蹴り、ルドガーの視界を一時的に奪ったエルツーはバク宙で距離を取り、黒い歯車を組み合わせた物体を取り出し、握り潰し粉々にする。
そして彼女の表情を見たルドガーは、その翠色の瞳から流れる涙を見て驚くと共に、自らに憤りを覚えていた。それは大切な人を、愛する人を悲しませた事に対しての、不甲斐ない自分への憤り……自分を女性にしたような容姿を持つエルツーに何故このような感情を抱いているのか自分自身を理解ができない。そんなルドガーを余所に状況は移り変わって行く。

「あ、ああ……アアアアアア!!」

胸を抑えながら苦悶の咆哮をあげるエルツーの全身は黒く渦々しく変色をとげ、それは内部からエルツーを侵食しようとする。時歪の因子化……一族の力を限度以上に使用した者の成れの果て。
エルツーが骸殻能力者で力を使い続ければいつかは起こっていた事……だがルドガーはエルツーの時歪の因子化に違和感を覚えていた。

「ひっ!?」

「な、なんや……いったい何が起こってるんや!?」

時歪の因子化を目の当たりにしたスバルが、肌が因子化によって黒ずんでゆくエルツーを見て小さい悲鳴を漏らし、魔導師として数々の戦いを経験したはやて達ですら状況が全く把握できずいる。
咆哮を上げ苦しみ続け、やがてエルツーは完全に時歪の因子化し消滅する。彼女の持っていた碧色の懐中時計も、彼女と共に消滅した。


“さよなら……お兄様……そしてまた戦いましょう……”


「……嫌だよ」

夜空を見上げながら、消滅する直前にエルツーが口にした事へ正直な感想を冷め口調で話す。
冷たい奴だと罵られてもこんな戦いは二度とごめんである。戦いが終わりようやく一息つける……骸殻を解こうとしようとしたが……

「……ルドガー」

ルドガーの背中にはやてが話し掛ける。

「ルドガー、何が起こったか説明してや」

「…………」

どう説明するか悩み所だ。当事者であるルドガー自身ですら何故こうなったか正直わかっていない。槍を収め、スリークォーター骸殻の姿のままはやて達の間を歩いて抜ける。目の前で歩く存在が自分達がよく知る人物だとわかっていても、ハーフ骸殻以上の人外な容姿と力を持ったスリークォーター骸殻の放つ異様なオーラに少なからず畏縮してしまう。

「悪い……俺にもわからないんだ……上手く説明できない」

「はぁ?お前この期に及んで何寝呆けた事言ってやがんだ!」

骸殻を解除したルドガーの発言に納得がいかないヴィータが怒鳴り散らし、その声ではっとなる六課メンバー。

「さっきの奴の格好はお前と同じ骸殻なんだろ?わからないワケねーだろうがっ!」

「………」

ルドガーにヴィータがグラーフアイゼンを突き着ける。話さなければ潰す。

本気の殺意……自分を睨む彼女の瞳は確かにそう告げている。
ルドガーはその瞳から逃げずに真っ直ぐ見据える。

「はぁ~……もうええわ。とりあえず今は何も聞かずおいたる」

「オイ、はやて!」

「ええんよ。そのかわり話しがまとまったらちゃんと話してくれるか?」

ルドガーとはやては真っ直ぐ見つめ合う。はやての目を見たルドガーはこんなにも彼女は自分を信じてくれている事に嬉しさを覚えると共に、そんなはやての気持ちを裏切っている自分に怒りを覚える。

「ごめん……必ず話すよ」

「うん、わかった。待っとるよ」

それだけを言い残しルドガーははやて達を残しグランドを後にする。残された者達は今の会話で広がった気まずさで何も言えないでいた。

「はやて……これでよかったの?」

「ルドガー君にも事情があるにせよ、やっぱり何が起こったのか説明くらいは……」

「わかっとる……あの女の子が何者なんか、どうしてルドガーと同じ骸殻を使ってるのかホントだと全
部きかなあかん……せやけど肝心なルドガー自身があの様子やとホンマにわかっとらん。混乱しとるのは案外ルドガーなのかもしれんな」

今回の事件は謎が多い。
聖王教会からの依頼で管理外世界である地球で対象ロストロギアの回収。そしてそれを見計らったかのように現れた謎の襲撃者の少女。二つの事件の関連性を疑わない方が逆におかしい。
近い内にはやては自分が知りたいルドガーの全てを知る日が近い事を何となく感じていた。


決してかみ合う事のない2つの歯車が今、新たなる時を紡ぐ。


 
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