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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第二幕その十四


第二幕その十四

「あのですね」
「はい、何か」
「その歌は御見事です」
 とりあえずザックスを褒めはする。
「ですが真夜中にその歌はないでしょう?」
「私がここで歌ったとしても書記さんに関係があるのですか?」
 しかしザックスはしれっとしてベックメッサーに対して言い返すのだった。
「何か。そもそもこの靴はですね」
「私の靴ですよね」
「そうです。それができないと困るのは」
「ならお家の中でお仕事をされては?」
 正論で攻めることにしたベックメッサーだった。
「せめて」
「夜なべは辛いものでして」
 しかしそれにはいそうですかと聞くつもりは最初からないザックスだった。
「せめて元気に仕事をする為にです」
「その為に?」
「こうして新鮮な空気と楽しい歌」
 こう言うのである。
「それが必要なんですよ」
「だからだというのですか?」
「はい、ですから」
 ここでも自分のペースで言うザックスだった。
「聴いて下さい、是非」
「お断りしたいのですが」
「まあまあ。第三節もできましたから」
 言いながらこれ見よがしに糸に蝋を塗ってそれから歌うのだった。
「イエールムイエールム!」
「だからその歌はですな」
「ハラハロヘ!」
 ベックメッサーを無視して歌いはじめる。
「オ、ホ、トララライ!オ!へ!」
「ワルキューレになったつもりか」
 ベックメッサーはいい加減うんざりとしていた。
「そんなに叫んで。こんな歌は私の歌ではない」
「はい、わしの歌です」
「それはわかっております」
 すぐにむっとして言い返すベックメッサーだった。
「こんな歌は」
「さて」
 その間にもザックスは歌い続ける。
「楽園を追放された」
「また私ね」
 エヴァはまた言った。その楽園を追放された最初の女と自分の名前が同じだからだ。だからわかることであった。彼女にとっては癪なことに。
「私の嘆きを聞くのだ。この苦しみと悩みを」
「嘆き?苦しみと悩みを」
「靴屋の作った芸術品を人々は足で踏む」
「それは当然では?」
 歌の意味がわからないベックメッサーは話を聞いても首を捻るだけだった。
「靴なら」
「同じ仕事を課せられた天使が私を慰めてたまには楽園に呼んで下さらないと」
 ベックメッサーの今の言葉には構わずまた歌うのだった。
「靴屋の仕事を辞めてしまいたくなる」
「それはそれで困るのだが。あんたの靴はまあそれなりに」
「だが天国に置いて下されば世界はわしの足元にある」
 ここでもベックメッサーに構わない。
「ハンス=ザックスは安心して靴屋で詩人でいるだろう」
「おや、窓が」
 ザックスが自分に構わないので周囲を見ているとここでポーグナーの家の二階の窓が開いた。ベックメッサーもそれを見るのだった。
「開いたな」
「もう聴いていられないわ」
 エヴァは自分に向けられている歌だとわかっていたので苦しい顔で言った。
「これ以上はもう」
「こうなっては」
 ヴァルターはその彼女を見てまた剣に手をあてるのだった。
「最早」
「それはお止め下さい」
 それはまた止めるエヴァだった。
「それだけは」
「あの靴屋にではない」
 見ればヴァルターは彼は見ていなかった。
 
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