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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百六十話  名簿



宇宙暦 798年 6月 15日  ハイネセン  最高評議会ビル ジョアン・レベロ



「それで、何の用だ?」
「少し待ってくれ、レベロ。もう直ぐアイランズが来る、彼が君達を呼んでくれと言っているんだ」
トリューニヒトの言葉にホアンと顔を見合わせた。アイランズの用件か、となると地球教かな。そう言えば何かを見つけたと言っていたが何らかの進展が有ったという事か……。

「長くなりそうかな?」
「かもしれない、ソファーに座って待とう」
「だそうだ、ホアン」
「なるほど、待たせてもらおうか」
三人でソファーに座りアイランズ国防委員長を待つ。急いでいるはずだ、それほど待つ必要は無いだろう、とりとめのない話で時間を潰した。最近話題になっている映画の話だ。

アイランズがトリューニヒトの執務室に入って来たのは十分程経ってからだった。どうやら走ってきたらしい、少し息が切れている。
「遅くなりました、申し訳ありません」
「構わない、座ってくれ、何が有った」
トリューニヒトの言葉に
「いささか厄介な事が判明したかもしれません」
と答えながらアイランズが座った。厄介な事? トリューニヒト、ホアンと顔を見合わせた。二人も厳しい表情をしている。

「地球教団の押収物から名簿と思われるものを発見しました」
「名簿? 地球教の信徒を記したものか? それなら大手柄だが」
地球教団がどれほどの信徒を抱えていたのか、はっきりした事が分からずにいる。それが分かったのかと思ったがアイランズが首を横に振った。

「そう思ったのですがどうも違うようです、レベロ委員長」
違う? 信徒の名簿ではないのか? では何の名簿だ? トリューニヒトもホアンも訝しげな表情をしている。気が抜けたのかもしれない、二人の表情に先程までの厳しさはない。

「確かに捕殺した信徒の名前も有りました。その所為で最初は信徒の一覧だと思ったのですが地球教とは全く関係の無い人間、それと行方不明の人間の名前も有ったのです。いやどちらかといえば教団とは関係ない人間の名前の方が多かったのですよ……」
「間違いないのかね、それは」
トリューニヒトが問い掛けるとアイランズが頷いた。

「間違いありません、議長。憲兵隊が何度も確認したのです。地球教との関係も無ければサイオキシン麻薬の反応も有りませんでした。どう見ても地球教とは無関係としか判断できない」
「分からんな、何の名簿だ、それは。たまたまそこに有っただけ、意味の無い名簿なのか?」
ホアンの発言にアイランズが首を横に振った。

「違うと思います」
「と言うと?」
「調べて行くうちにその名簿には共通点が有る事が分かったのです」
共通点か、アイランズはその共通点を問題視している……。

「共通点と言うと?」
「その全員がある企業グループに所属していた、或いは所属していた過去が有ったのですよ、ホアン委員長」
トリューニヒト、ホアンと顔を見合わせた。二人ともまた厳しい表情をしている。今度はトリューニヒトがホアンに代わってアイランズに問いかけた。

「ある企業グループと言ったな? 一体何処かね?」
「それが、フレアスターグループなのです」
フレアスターグループ? 同盟でもかなり大きな企業グループだ。兵器、家電、金融、化学、物流、様々な分野に進出している。トリューニヒトが私を見ている、気持ちは分かる、例の件が見えてきたのかもしれない。

「偶然だと思うかね」
トリューニヒトの問い掛けにアイランズは首を横に振った。
「その名簿に名前の載っている人間ですが殆どが独居者、或いはここ数年の間に結婚しています」
「……」

少しの間、沈黙が落ちた。アイランズが我々に順に見回した。
「私はその名簿は信者の名簿では無く信者の候補者の一覧だった可能性が有ると思っているのです」
「……」
誰かが唾を飲む音が聞こえた。ホアンか、トリューニヒトか……。

「サイオキシン麻薬を投与すれば当然ですがその人格、行動に変化が生じます。それを知られぬためには……」
「家族との接点の無い人間を選ぶのがベストか……」
「はい」
トリューニヒトが私とホアンを見た。

「どう思う? アイランズ委員長の考えは?」
「有り得るだろうな」
私が答えるとホアンが頷いた。それを見てトリューニヒトも頷く。独居者を中心に信徒を増やしたか、事実なら上手い手を考えたものだ。

「真実が知りたいな、真実が……。もしそれが本当に候補者のリストなら誰がそれを用意したのかという疑問が出る。一企業ならともかくグループとなると……」
「グループ内でもそれなりの影響力を有している人物という事になるな。個人情報を調べたうえで選別したのだ」
トリューニヒトと私の遣り取りに残りの二人も頷いた。

「例の協力者の末裔かな? レベロ、君はどう思う?」
「可能性は有るだろう。フェザーンを作った人間の末裔が地球教に協力していても不思議ではない」
トリューニヒトが頷きながらアイランズに視線を向けた。厳しい表情をしている。

「名簿の作成者を追ってくれ、必ず見つけ出すんだ」
「分かりました。念のため捕殺した教団信徒に他の企業グループとの繋がりが無いか、憲兵隊が今確認しております」
「そうだな、一つだけとは限らんか」
なるほど、可能性は有るだろう。候補者の名簿は一つだけだったとは限らない、他の名簿は破棄された可能性も有る。

「それと行方不明の人間ですが或いは既に信徒になっており地下に潜っているとも考えられます。放置すればテロ活動を行う危険性も有るでしょう。憲兵隊に行方を追わせています」
「うむ」
こちらも可能性は有る。本拠地は叩いたがまだまだ安心は出来ない、しかしほんの僅かだが地球とフェザーンの繋がりが見えてきたようだ……。



帝国暦 489年 6月 16日  オーディン ウルリッヒ・ケスラー



ドアを開けて店の中に入るともわっとした煙草の匂いが鼻を突いた。店の中は光の乏しさと煙で決して視界が良好とは言えない。ビリヤードをしている客は決して多くは無い、テーブルも幾つかは空いている。だが店の中の煙草の煙は決して弱くはない、軍服に付くだろう。ここに来た翌日は必ず軍服を替える事になる。

マスターに視線を向けると向こうもさりげなくこちらに視線を向けてきた。微かに目礼して頷く、どうやら相手は先に来ているようだ。そのままゆっくりと奥へと向かう。突き当りのドアを開ければ緩やかな曲線を描く螺旋階段が有る。一階はプールバーだが二階はシングルスバーだ。そして地下一階が物置でその下は何もない事になっている。

ドアを開けて螺旋階段に出た。おそらくプールバーの人間は私が二階のシングルスバーに向かったと思っているだろう。だが私は階段を上らずに下に降りた。地下一階の物置部屋、ドアには電子キーが付いている。この電子キーの暗証番号を知っているのは一部の人間だけだ。或る組織に所属する者、皇帝の闇の左手と言われる人間達……。

電子キーの暗証番号は月に一度、陛下の指示を受け私が変更する。変更の手続きを行うのはプールバーのマスター、当然だが彼も我々の組織の一人……。いや、二階のシングルスバーの責任者も組織の一員だ。そしてこの建物自体、皇帝の闇の左手が持つ施設の一つだ。

暗証番号を押しキーを解除してから中に入る。そして真っ直ぐに歩き突き当りのドアを開けるとまた階段だ。但し今度は螺旋階段ではない、下に降りるだけの一方通行の階段だ。その階段をゆっくりと降りる。この建物には無い筈の地下二階が顔を表す。

地下二階、行き止まりだ、その下は何も無い。鉄製の重厚なドアが有るが鍵は何一つ付いていない。万一、部外者がここまで来てもその不用心さに使用していない部屋だと思うだろう。だが部屋の中では外に人が居るのを知っているはずだ。あの地下一階の電子キーを解除した時点で地下二階にも通知がいく事になっている。いやその前にプールバーのマスターは私が下に向かった事を知らせているはずだ。

重く頑丈なドアを開け中に入る。部屋の中では四人掛けのテーブルにキスリングが腰かけて私を待っていた。
「待たせたかな?」
「いいえ、私も五分ほど前に来たところです。コーヒーが出来るまでもう少しかかるでしょう。冬なら堪えがたいところです」
「そうだな」

テーブルの上のコーヒーメーカーから微かにコーヒーの香りが漂う。帝国製のものではない、フェザーン製のものだ。民生品では帝国はフェザーン、自由惑星同盟に及ばない。情けない話だ。

キスリングの正面に腰を下ろした。それを待ちかねたようにキスリングが口を開いた。
「厄介な連中です」
「……」
「ワーレン提督が旗艦サラマンドルで襲われました。幸い同乗していた広域捜査局の人間が取り押えましたが……」

「その話は聞いている。確かに厄介な連中だな、何時の間に艦隊に乗り込んだのか……」
まして乗り込んだのが旗艦サラマンドルだ。艦隊司令官達は皆が地球教に対して言い様の無い薄気味悪さを感じている。

「取り押さえる際、広域捜査局の人間が一名死亡しました」
「死亡?」
驚いて私が問い返すとキスリングは頷いた。
「ナイフで足を切られたようです。毒が塗ってあったのですな。気付いた時には手遅れだったとか。フェルナー准将から聞きました」

「その話は聞いてないな、宇宙艦隊では一言もそんな話は出ていないが……」
キスリングが首を横に振った。
「広域捜査局がその件を伏せて報告しました」
「伏せた?」
今度は頷いた。フェルナーが伏せたのではない、広域捜査局が伏せた。どういうことだ?

「ワーレン提督の暗殺は未然に阻止出来た以上、地球討伐に関しては問題無し、敢えて報告には及ばない、そういう事です」
「馬鹿な、何を考えている。広域捜査局はヴァレンシュタイン司令長官に隠し事をする気か!」
キスリングが無表情に私を見ている。卿はそれを見過ごすというのか、何を考えている、キスリング。

「地球教の件では既に広域捜査局、憲兵隊からかなりの死傷者が出ています。これ以上は司令長官に負担をかけたくないと……」
溜息が出た。
「隠し通せると思っているのか、卿らは。確かにこの問題の責任者は司令長官だ。予想外に死傷者が出ているのも事実、だからと言って……」
最後まで話せなかった。

「地球への潜入捜査は反対するヴァレンシュタイン司令長官をアンスバッハ、フェルナー両准将が強引に説得する形で行われました。結果は司令長官の危惧が当たりました。捜査員は地球教の手先となって帰ってきた。事態が動いたとはいえその事でヴァレンシュタイン司令長官が苦しんでいるのは事実です」
「……」

「その事で広域捜査局が司令長官から責められた事は有りません。そしてワーレン提督の護衛は司令長官からの依頼でした。この件で死者が出たとなれば如何思われるか……、どれほど苦しまれるか……」
「……已むを得まい、頂点に立つ苦しみとはそういう事だ」
泣く事は許されない、その苦しみを他者と分かち合うことも出来ない。頂点に立つ者の苦しみとはそういうものだ。だからこそ頂点に立つ者は周囲から尊崇される。

「彼らもそれは分かっております」
「……」
「だから、せめて何らかの成果が出るまで待って欲しいと言っているのです。失態を隠す為ではありません、司令長官の負担を少しでも軽くしたい、それだけなのです」
だから卿は見過ごすというのか……。

「報告はするのだな」
「はい」
「成果が出なくても?」
「必ず」
「……分かった、私も待とう」
キスリングが頭を下げた。困った奴らだ。

「キスリング少将、私も卿に伝える事が有る」
「はっ」
「先日、陛下より御言葉が有った。今回の地球教の一件、陛下は酷く御心を痛めておいでだ」
「……」

「陛下からの御指図を伝える、謹め」
「はっ、謹んで承ります」
キスリングが姿勢を正した。
「地球教、フェザーン、いずれもゴールデンバウム王朝が生み出した汚点である。ヴァレンシュタイン司令長官に協力しこれを必ず抹殺せよ、決してその存続を許してはならぬとの仰せだ」
「はっ」

「そして今一つの御指図を伝える。ヴァレンシュタイン司令長官を護れとの仰せであった。良いな」
「はっ、必ずや御意に従いまする」
「うむ、広域捜査局とも連携し必ずその任を果たせ」
「はっ」

結局コーヒーを飲むことなく話は終わった……。





 
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