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ニュルンベルグのマイスタージンガー

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第一幕その二十


第一幕その二十

「一度出た判定を覆すのはどうかと思いますが?」
「私の希望するところが規則に逆うのは申し訳ありませんが」
 ザックスは自分でもそれは言った。
「しかしです。規則には書いてあります」
「何と?」
「記録係は愛憎に捉われることなく判断すべきと」
 ザックスが今度出したのはこのことだった。
「彼が求婚者の席に座った時にその歌が好ましくなかったからと」
「私の歌をそれで」
 ヴァルターもそれを聞いて顔を顰めさせた。
「まさか」
「そうした個人的な主観で判定を下されたのではないのですか?」
「お待ち下さい、ザックスさん」
「今の御言葉は」 
 マイスター達は今のザックスの言葉に目を顰めさせた。
「言い過ぎでは?」
「それはベックメッサーさんへの中傷ですぞ」
「そうです」
 ベックメッサーもまた不機嫌な顔でザックスに言ってきた。
「私は少なくともマイスターの信義に乗っ取っていますよ」
「そうです。ベックメッサーさんはそんな方ではありませんよ」
「その通りです」
「まあお待ち下さい」
 ここでポーグナーが一同を制止する。
「言い争いは何も生みません」
「私はそれよりもです」
 ベックメッサーはザックスに対して勿体ぶった様子を見せつつ言ってきた。
「靴のことで」
「靴ですか」
「そうです。私の行きつけの靴屋さんは」
 言うまでもなくザックスのことである。
「どうも履き心地が悪くて困ります」
「おや、それは失礼」
「詩句や韻、芝居だとか茶番だとかそういうものはいいのです。ですが靴はです」
「靴はですか」
「そうです。明日までにちゃんとしておいて下さいよ」
「それは御心配なく」
 ザックスもこれは自分の本職なのではっきりと答える。
「ですが馬子の靴の底には格言を書き入れますが博識の書記さんには」
「何か?」
「靴の底に何か書かないでおくというのも礼儀に適うことではないでしょう」
 こう言うのだった。
「私のったない歌心からは貴方様に相応しい格言も今のところ浮かんできませんが」
「ふむ」
「それで」
「騎士殿の歌を聴いた後なら何かよいものが思いつけそうです」
 こう言うのである。
「ですから騎士殿には妨げなく歌ってもらいましょう」
「それでは」
 ヴァルターはザックスの言葉を聞いて興奮して思わず立った。
「是非。私も」
「ですから結果は出たではないですか」
「そうです」
「その通りです」
 言うのはベックメッサーだけではなかった。
「終わりにしましょう」
「もう」
「さあ騎士殿」
 それでもザックスはヴァルターに歌わせようとする。
「お歌い下さい」
「あのですね」
 ベックメッサーがたまりかねた口調でザックスに反論する。
「黒板にどれだけ間違いがあります?連結のはじまりに語り得ぬ言葉に粘着綴音に悪い韻」
 次々と並べ立てていく。
「あいまい語に間違った場所の韻、それにつぎはぎに意味の取り違え、あと不明瞭な言葉に韻の不揃い、他には不用意の誤り。まだありますぞ」
「そうです、あまりにも酷い」
「何処がマイスターの歌ですか?」
 ポーグナー以外のマイスター達もベックメッサーに続く。
 
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