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星の輝き

作者:霊亀
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第15局

― アメリカ ―

「ああ、今度の週末は駄目なんだよママ。国際アマチュア囲碁カップの予選がいよいよ大詰めでね。」

 がっしりとした体格の三十代ほどに見える男性が、マンションの自室で碁盤を前に電話で話をしていた。
ゆったりとしたアメリカならではの広いリビング。
向かいのデスクの上にはパソコンもある。
ネット碁のサイトを開いていたようだ。

「そう、国際大会の、アメリカ代表を決める予選なんだ。去年はいい所まで行って負けてしまったけどね。」

「参加は五十ヶ国くらいかな。ひとつの国で代表一名。アメリカの囲碁人口も結構増えてきてるからね。なかなか大変さ。」
「うん、そりゃそうさ、やっぱりアジアはとても強いよ。日本に中国に韓国に…。アメリカやヨーロッパ勢はいまひとつだね。」
「でも、インターネットによって世界の碁のレベルは飛躍的に上がっているよ。いつでも強い相手と練習できるからね。」
「逆に日本は今弱くなってるって噂だ、ハハ。」

 どうやら、母親との電話中のようだった。
アメリカの国内大会でトップを競うといえば、アマチュアでもそれなりのレベルだ。
 その時、パソコンの画面上で、対局申し込みの窓が開いた。

「おっと、言ってるそばから、ボクに対局の申し込みが入ってる。じゃあね、ママ。体に気をつけて。」
 そう言って電話を切り、パソコンに向き合う男性。

「JPN…、日本の…、初めて見る名だな。sai」





― オランダ ―

「師匠、指導碁打ってもらいにきましたぁ。」
 某大学の助手をしている中年の男性。
彼が開いている囲碁教室の扉が開かれ、十代半ばの少年が元気よく入ってきた。
教室の中では、同じくらいの年代の少年少女五人が対局を楽しんでいた。

「シー。」
 一人あぶれていた少女が、少年の言葉をさえぎる。

「師匠はインターネットで対局中よ。結構強い相手みたいで、ずっと真剣に張り付いてるわ。」
 指導している先生は、奥でネット碁の対戦中のようだ。

「そうか、それじゃしかたないな、ザンネン。」
「私たちじゃ師匠の練習相手にならないもの。」
「去年の国際アマチュア囲碁カップのオランダ代表だもん。すごいよ師匠は。」
「なにがすごいって、去年は六位よ六位!今年こそアジアの一角を崩せるかもしれないわ。」
 少年少女たちは、対局をしながら師匠の話で盛り上がっていた。

「師匠、本業のほうは大丈夫なのかな?こんな教室を開いちゃうくらい囲碁に情熱傾けちゃって…。」
「そうね、教授の助手なんてクビになるかも。」
「おいおい。」

 その時、師匠がパソコンの前で立ち上がった。
呆然とした様子でパソコンの画面を眺めたまま。
 それに気がついた少年が声をかけた。

「師匠?」
「そうか!プロだ、プロなんだ!」
 師匠と呼ばれた男性は、何かに気がついたように声を上げた。

「アハハ!そうだそうだ。インターネットは顔も名もわからないから、アジアのプロが時々おふざけでアマチュアに混じって打つというのを聞いたことがある。」

「プロ?」
「負けたんですか?」
「大敗だよ。あまりの強さにボクの心臓は破裂しそうだった。ヒドイよ。」
 男性は苦笑しながら少年たちに答えた。

「あ、リストから名前が消えた。」
「どこの国の人なんですか?日本?」
「ほんとにプロなのかな。」

―初めて見る名だった…。ネット仲間に聞いても誰も知るまいな、この……、saiが何者か…。




― 日本 ―

 和谷は、自室のパソコンでネット碁を打っていた。
和谷義高、院生として囲碁を学んでいる、この春中学二年にあがる少年だ。
パソコンの画面を前に、マウスを握る手は苦しげだった。

―…こいつ、強い。なんだよ、この強さ。クソッ、もう無理か…。
 局面はまだ中盤だったが、和谷は投了した。

 院生はアマチュアとはいえプロの予備軍。
その上位クラスともなれば、アマチュアではトップレベルの腕となる。
したがって、形勢判断が早く、かつ正確になり、また相手の力量も読み取れる。
 和谷は相手の力量を知り、これ以上は無理だと判断した。
力のない者ほどこうした判断ができず、もう勝てない碁をいつまでも打ち続けることとなる。
 さすがは院生の実力といえた。

「saiか…、いったい誰だ?」
 

 対局相手だったsaiは、次の相手と打ち始めていた。
自然とその対局を眺めていた和谷だったが、いつしか身を乗り出して真剣に注目していた。

「相手も強い…。少なくとも俺よりは上か…。ネット碁でここまでの対局なんてそうは見ないんだけどな…。」

 対局はsaiが優勢のまま続き、終盤で相手が投了した。
「こいつも強いな。伊角さんくらいはあるか?でも、伊角さんはネット碁やってないっていってたしな…。まあ、強い面子が増えるのはありがたいって言えばありがたいんだけど…、akaか…。」






 その後も、saiは頻繁にネット碁に現れた。
基本的に相手を選ばないようで、様々な相手と打っていた。
そして、いずれの相手にも勝っていた。

 突然現れた、無敗の打ち手。
ネット碁の中でも次第に注目を浴びていき、日に日に観戦者の数は増えていく。
観戦者が増えるに連れ、saiへの対局申し込みも増え、自然とsaiとの対局は難しくなっていった。

 当初、その強さから、プロだろうと噂されていたsai。
だが、プロにしてはあまりにネット碁に現れる頻度が高い。
素人相手にここまで頻繁にプロが打つのは不自然だった。
 
 対局相手とのチャットはすべて拒否するsai。
謎の打ち手の正体を探ろうとするものも増えていくが、手がかりがない状態ではお手上げだった。

 そんな中、そのsaiと定期的に対局を行っている対局者が二名いた。
akaとasu。
 気がついたらsaiとの対局が始まっていることが多く、どうやらタイミングを合わせているものと推測された。
 saiには及ばないものの、かなりの実力者たちだった。
自然とこの二名も注目を集めていくこととなった。
 
 

 
後書き
 第14局、違和感を感じた方も多かったようなので、少し述べさせていただきます。
結論から言うと、「囲碁界の子供は子供ではない」と、私も思っています。
ヒカルの碁の1巻を思い出してください。ヒカルの冗談に本気で怒ったアキラの台詞、とても子供の、小学6年生の台詞とは思えません。ですが、そこまで不自然でしたか?また、院生で言えば、越智がヒカルたちの1歳年下(この作品に当てはめると今年小学6年になります)ですが、彼も大人顔負けの台詞をはきます。
 漫画だからといわれてしまえばそれまでですが、実体験としても、囲碁の強い子供は受け答えがしっかりした、精神年齢の高い子供が多いと感じます。論理性の高い囲碁で脳が鍛えられている影響でしょうか?全国少年少女囲碁大会の優勝メンバーともなれば、大人顔負けの受け答えをします。
 そういうわけで、私はあかりのキャラを設定しています。ヒカルやsaiと毎日のように6年間付き合っていたわけですから。子供は女の子の方が精神年齢が高くなりがちという点を考慮して、アキラと同程度の精神年齢はあるという設定です。もちろん、性格的に普段は子供っぽい面もまだまだありますけど、惚れた相手のためなら女性はたくましくなるのです。
 あくまで私の個人的な解釈ですので、温かく見守っていただけたらと思っています。

誤字修正 形成判断 → 形勢判断
 
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