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フィガロの結婚

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6部分:第一幕その六


第一幕その六

「あちこちうろうろして女の子に声をかけてのう」
「いつものことですね」
 ここでも取り合おうとしないスザンナだった。だがバジーリオの話は続く。
「まあそうじゃがな。しかしじゃ」
「しかし?」
「あの小僧の歌は誰にあてたものか」
「お屋敷の女の人全部ではないでしょうか」
「移り気もそこまでいくと見事じゃな」
 半分彼に感心してはいた。
「まあそれでもじゃ。あの小僧はちと過ぎる」
「それは同意します」
「奥方様への目も。ちょっと注意しておくかのう」
「そうあちこちに言うのもよくないと思いますけれど」
 ちくりとバジーリオに嫌味を返した。いい加減腹に据えかねたのだ。その嫌味に。
「どう思いますか?」
「わしは皆が言っていることをそのまま言っているだけじゃがのう」
「何だとっ!?」
 それまで自分の妻の話が出て気が気でなかった伯爵がここで遂に出て来た。
「皆が言っていると!?」
「伯爵!?」
「まさかこんなところで出て来るなんて」
 これにはもうスザンナも弱ってしまった。思わず頭を抱え込んでしまった。
「もう滅茶苦茶だわ」
「ケルビーノめ、怪しいと思っていたら」
「しまった、これは失言だったぞ」
「だから言っていたじゃないですか」
 怒る伯爵に慌てるバジーリオに頭を抱えるスザンナ。最早事態はどうしようもない状況になってしまっていた。
「変なことは言ったら身の破滅だと」
「そんなことははじめて聞いたぞ」
「心の中で言っているんです」
「そうか。しかし困った」
「おのれケルビーノ」
 伯爵は怒ったままである。
「こうなったら容赦はせん。即刻追放だ」
「ううむ、まさかこうなるとは」
「バジーリオさん、責任取って下さいね」
「責任と言われても」
 元々軽い気持ちだったのでそこまで覚悟はない。その間に伯爵はさらに怒り出す。
「ロジーナへの色目だけは許さん。私の愛する妻にはな」
「勝手なことを仰るな」
「それは同感です」 
 二人はこっそり伯爵にとって身も蓋もないことを言いはする。
「けれどこのままじゃ」
「うむ。困ったのう」
「昨日のことだった」
 怒り続ける伯爵はまた言った。
「御前の従妹の部屋が閉まっていた」
「はい」
 バジーリオはとりあえず伯爵の怒っている話を聞く。
「妙に思って戸を叩くと慌ててバルバリーナが出て来た。変に思い」
「変に思い?」
「部屋の中を探し回った」
 伯爵はここで椅子に顔をやる。
「そしてテーブル掛けを静かに持ち上げると」
「どうされました?」
「あの小僧がいたのじゃ」
 言葉と共に勢いのまま椅子の上着を剥ぎ取ると。
「ここにもいたか!」
「なっ!?」
「何でこんなに悪いことが次々に」
 スザンナは今度は右手で額に手をやった。
「起こるのかしら」
「流石にこれはわしも考えなかったのう」
 バジーリオも言葉がない。
「よくもまあこんなことが起こるものじゃ」
「どうも」
 ケルビーノは椅子の中で小さくなっていた。
「お邪魔しています」
「お邪魔ではないわっ」
 流石に呆れて先程までの怒りはない伯爵だった。
「こんなことばかりではないか、御前は」
「気のせいです」
「気のせいではないっ」
 結局怒りは元に戻った。
 
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