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ローエングリン

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21部分:第三幕その六


第三幕その六

「この耳で聞きました」
「確かにです」
「そう、確かにです」
 彼もまた言う。
「妻は偽りの者達の言葉に惑わされ聞いてきました。確かに惑わされました」
「この忌まわしい伯爵と」
「伯爵夫人によって」
「ですが私は約束を果たさねばなりません。だからこそ」
「名乗られるのですね」
「そうです」
 今はっきりと言うのだった。
「ここで。私の名を」
「貴方の御名を」
「そして私の出自を」
 それも語るというのである。
「今ここで」
「それでは騎士殿」
「今からここで」
「そうです。宜しいですね」
 また一同に対して問うてきた。
「今ここで名乗っても。陛下」
「うむ」
 王は沈痛であったが王者の威厳で以ってそれに応えた。
「わかった。では騎士殿」
「はい」
「名乗られよ」
「わかりました」
 王の言葉に対して一礼する。いよいよであった。
 場が緊張していく。そしてその中で。騎士は厳かに語りはじめるのだった。
「皆さんの近付き得ない遥かな場所」
 まずはこう言うのだった。
「遥かな場所にモンサルヴァートという城があります」
「モンサルヴァート」
「確かあの」
 何人かはこれで気付いたようだ。だがそれよりも先に彼の言葉は続くのだった。
「その只中に明るい殿堂がありますがそこはこの世では全く知られていない貴い殿堂なのです」
「神聖な場所なのか」
「それでは」
「霊験あらたかな祝福の杯が置かれています」
 さらに語っていく。
「天使達が地上にもたらしてくれたその杯はこの世で最も純潔な者達によって護られています。その杯の名こそグラール」
「グラール・・・・・・」
「それではやはり」
「間違いない」
 やはりここでも何人か気付くのだった。だが騎士は今は答えない。
「至福にして至純な信仰がそこにありその守護を得られる者は聖杯の加護により神の力を与えられどの様な邪悪な企みも効かず暗い死の影さえ逃げていきます」
「まさに神の御力だ」
「うむ」
「その通りだ」
「さて」
 騎士はここで一旦言葉を区切ってからまた述べた。
「聖杯グラールにより遠方に遣わされ徳の正しさを護る騎士に任じられた者もまたその身分を知られない限りは力を授けられています」
「それではこの方は」
「まさか」
 さらに何人かが気付いた。彼が誰なのか気付く者は多くなっていく。
「この様に聖杯の祝福は気高いものでありながら一度秘密が打ち明けられれば騎士はその力を忽ちのうちに失ってしまうのです」
 騎士はまた言うのだった。
「ですからどなたも騎士の素性を疑ってはならないのです。誰なのか知られればそれだけで去らねばならないのですから。そう」
 そして言葉を続ける。
「私は今こそ禁じられた問いに答えましょう」
 場をさらなる緊張が包み込む。
「わたしは聖杯によりこのブラバント、皆様の御前に遣わされた者、モンサルヴァートの主パルジファルの息子にして」
「!?間違いない」
「この方は」
「聖杯を守護する騎士の一人、ローエングリンです」
 遂に名乗ったのだった。それが彼の名であった。白鳥の騎士ローエングリン、彼の名であった。
 
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