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東方小噺

作者:七織
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天の少女の厄払い

 
前書き
ひっそりと更新。
かなり時間が空いて反省。

超理論あります。
 
六月六日に出たお題
『比那名居 天子と鍵山 雛がしんみりする話』を書きます。 

 

 不幸。
 それは誰もが嫌い足を遠退けるもの。
 運に見放されるというモノは大凡、人がどうにかできるものであない。
 人は何かを望むのなら手を伸ばすしかない。
 積み上げるものが努力であり、その土台が才能だろう。

 幸せとは何かと問われれば、それは欲求の形だろう。
 パズル、或いは山と言ってもいいかも知れない。

 それは誰かを守ることかもしれない。
 長年の夢を叶えることかもしれない。
 それを探し求める行為の可能性もある。

 人によって様々な、時には歪で歪んだ形の、その人にしか理解できない一つの画。
 一つ一つ欠片を積み上げ嵌め、完成の形を思い描く。
 どんな形か想像できる。何を嵌めればいいのかが理解できる。
 その『形』が正確であれば、『理解』が深ければ道は短くなる。
 理解の『深さ』が『努力』であり、『仕方』が『才能』であるとするならば『運』とはそれを得るための『機会』であり『幸せ』への近道。
 ならばこそ『不』平等な『幸』せとはそれを得る事が出来ない『不運』。

 誰もが持つものを持てない。
 誰もが得られるものを得られない。
 それを手にする機会さえ奪われる。

 努力を嘲笑われ、不才に泣き、廻り会うことすら出来ない。
 初めからパーツが足りない。人が足掻いてどうにかなるものでない。
 だからこそ誰もが忌み嫌う。
 


 鍵山雛はそんな不幸を起こす厄を纏う神だ。
 彼女の周りではどんな存在であろうと不幸に見舞われる。
 例外は唯一、彼女自身だけ。
 厄神様と、そう彼女は呼ばれている。人や妖怪、果ては神さえも犯す不幸。
 それを厄として身に集め、その不平等を引き受けるから。
 傾ききった彼女の天秤に捌け口を無い。絶えず彼女の周りに漂っている。本来見ることさえできずその偏りが人の目に見えるほどに。

 彼女に近づくものはいない。
 高きが低きに流れるように偏りは均衡を求める。偏りきったそれを受け止めたくないから。
 彼女はいつも一人だ。
 そしてそれを彼女自身甘んじて受け止めている。例外であろうとただ偏りの先が自分を向かぬだけ。その天秤を、厄を操ることなどできない。
 それは彼女が望まれ、そして受け入れたあり方。
 人が決めた厄を、あると信じられた偏りの受付先。
 身代わりとして水に流す飾り雛。外に流すことなど初めから与えられていない。
 
 語ろうと近づけば不幸を撒き散らし、生まれ(在り方)の変更は死を意味する。
 抗えぬ理不尽さを不幸と問うならば、彼女自身が不幸かのしれない。
 抗えぬと嘆く不平等を不幸と言うならば、あるがまま受け入れた彼女は幸福なのだろう。

 迷い人がいれば道を教え、不幸を知れば厄を集め、嫌われながらも救われる存在にただ黙って微笑を返す。
 他と触れ合えぬそこに感じ取る差異はない。
 万人が彼女の救う対象であり、彼女を厭う存在だ。
 優しい孤独の神。それが彼女だ。





 そんな彼女は最近、ある人間を見た。
 桃のついた帽子を被った、蒼い髪が綺麗な少女だ。
 どこかつまらなそうな顔で歩く少女は真っ直ぐに彼女の元に向かっていた。
 鍵山雛がいるのは妖怪の山。更に踏み入った場所には天狗もいる。縄張り意識の強い彼らは無許可で立ち入るものには手荒い歓迎をする。

 少女はそのままでは彼らの所に行くだろう。それは分かりきった未来で、少女にとっての不幸。
 だから彼女はふわりと空に飛び上がって少女の前に出た。訝しげな顔をする少女にここから先は天狗の住処だと。山の上には力の強い神もいる。引き返せと。

 それがどうしたとばかりに少女は鼻で笑った。子供だから理解できなかったのだろう。
 巫女や魔法使いでもあるまいし弱いただの人間では危険が多すぎる。
 再度彼女は言った。
 帰ってきたのは不機嫌そうで、どこか鼻にかけた自慢げな声。人間ではなく私は天人だ。そう、少女は告げた。

 天人とはその名の通り天に住む人のことだ。主に修行を積んだ人間、その中でも一部の者がなれるもの。
 人よりも遥かに力も強く体は頑強。寿命も比べ物になるものではない。
 帽子についている桃も恐らく天界のものなのだろう。桃源郷、その名に刻まれるほど桃という存在は神聖な面を持つ。

 中国では仙人の食べ物として喰らえば不老になる妙薬として。日本でも同様にこの世のものではない、あの世の食物として挙げられることがある。
 死の境とされた河の水面を渡る桃を食べ老夫婦が若返る話などは有名だろう。
 最も、近頃では桃から子が生まれる話に改稿されたと聞くが。

 少女の言葉にその姿を見直せばなるほどと彼女は唸った。
 風に揺れる長い髪は天に広がる空の如き深く優しい燃えるような蒼。
 瞳は夕焼けの如き淡い朱。
 服は静かにた揺らう雲の純白、裾には空にかかる虹の7色の装飾だ。
 これほど天を表す服も珍しいだろう。少女によく似合っている。
 最も、その傲慢な態度は天人の常なのか。初めて天人にあった彼女には判断ができなかった。

 だが天人であろうと危険なものは危険。早く帰れと告げる彼女に少女は不思議そうな顔で一歩近づいた。
 そして呟くのだ。
 何故気質が見えるのかと。緋想の剣は持っていないはず。
 気質。聞かぬその言葉を繰り返した彼女にそうだと少女は返し、さらに一歩。どうやら少女の興味は完全に移ったようだ。

 三歩目を出した少女に対し彼女は後ろへ一歩。四歩目には二歩目を。
 何故下がる、いや、逃げるのか。
 五歩目を出しながらそう聞く少女に彼女は厄が映るから。そう答え三歩目を出した。
 下がりながら彼女は言う。
 自分は厄を纏い溜め込む厄神だと。
 近づくものは例外なく不幸に見舞われるのだと。

 何のその程度。もはや小走り程度の早さで歩き始めた少女は鼻で笑う。多少の不幸などモノにせぬ。
 それは違う、あなたでも無理だ。
 器用に後ろ走りを続ける彼女は否定する。
 馬鹿にするのかと怒りを浮かべる少女に彼女は説くのだ。
 不幸とは絶対量ではない。その人その人に合わせた偏りなのだと。

 例えば十円を無くしたとする。
 その日その日で食うに困る貧乏にならば大層な不幸だが、大金持ちならば鼻にもかけぬ。それは不幸とは呼ばぬ。
 不幸とは人に合った尺度がある。天秤が大きければそれだけ傾かせるのには力がいる。
 その傾きこそが不幸の度合い。自分が身に纏う厄は人に確かな不幸を、運の偏りを生む。
 その人の能力が高く優秀であればあるほど、その不幸は大きくなる。
 
 決してあなたを侮っているわけではないのだ。それだけの自信を持つのだ、確かに力は、才はあるのだろう。
 ならばその身に落ちる不幸もそれだけ陰湿で侮り難いものだ。
 人は皆、不幸を嫌う。取り返しのつかなくなってからでは遅い。
 だからどうか、近寄らないで欲しい。

 後ろ向きで躊躇わぬ全力疾走という、どこに目がついているの不思議な走りをする彼女に、これまた躊躇わぬ全力疾走で木の根を飛び越えた少女が笑う。
 何だ、その程度か。ならば来い。この現状を壊すなら、この終わらぬ空虚な暇を潰してくれるのならば願ったもの。変わらぬ日々ほど不幸なものはない。
 何かをなし得るにはいつか壁にぶつかるものだ。そしてその壁はぶつかった数だけ、ぶつかろうとする者の能力だけ頑固で高いもの。その苦労さえも楽しんでこそであろう

。安楽に身を委ね続けた先にあるのは終わらぬ停滞。死に似た無限の生。永遠の死など御免だ。

 若い、なんと若い。失うを知らない若さ故の蛮勇。
 失おうと取り返しのつく、無限に近い生を持つもの者の言葉。
 何度となくその力で乗り越えてきた、乗り越えることが出来た壁のみを乗り越えてきた者から出る言葉。

 後ろに迫った木の枝を背面跳びをしながら避け、彼女は思った。
 ならば少し、不幸を知ってもらおうと。
 離れているとはいえ自分と近く、そしてこれだけ話したのだ。多少の厄は移った。

 ターザンの如く蔓に捕まって宙を舞う少女に対し、彼女は回転しながら木の幹を蹴って三角飛びをする。 
 それを追おうと大きく木を蹴って勢いを付けようとした少女の握る蔓が切れる。これもまた一種の厄だ。
 少女が勢いよく近くの大石へ真正面から叩きつけられる。
 逃げていく彼女の背に、最後に少女の声が届いた。お決まりのごとく雄叫びを上げていたから舌でも噛んだたのだろう。
 痛むのか少し抑揚がおかしいながら、その言葉は酷くはっきりと聞こえた。とっくに認めていたはずの彼女の胸に、僅かにシコリを残した。


 近寄るな、ではなく近寄らないで欲しいと願ったな。皆不幸を嫌うと、その事で排斥でもされたか。拒絶されたのが恐ろしいか。仕方がないと、そう諦め納得したのだなお

前。取り返しがつかなくのが恐ろしいのは、一体何のためだか考えてみるがいい。











 幻想郷には貨幣文化がある。それは人が生きている以上当然のこと。そして人と関わりがある神や妖怪もその輪に入っている。
 いくら妖怪や神といった人で無しと言えど食欲知識欲といった人が持つような欲求はある。その欲求を満たす為には経済の輪に加わる他ない。
 人に忌み嫌われる彼女といえどそれは同じ。厄を身代わりとされる雛人形を作り、里へ売りにゆくことがしばしば。
 無論、人が彼女のその手に触れ銭を落とすことはない。無人の販売所を設けそこで売っている。
 厄神の怒りを買うのも怖いのだろう。無人といえど盗みが起こることもない。
 
 そんな雛人形を川辺でチクチクと作っていたある日、地面が揺れた。
 針で指を突き刺し心の中で涙目になりながら、表面は無表情で何が起きたのかと彼女は見回す。
 答えはすぐに出た。
 遠くから声がした。
 少し前に会った天人の少女だった。彼女に向かってドヤ顔で全力疾走していた。
 無限の回転の力を込めた針を少女の額に撃ち込み、悶絶している相手を見ながらふわりと彼女は距離を取る。
 川を挟み対岸に。巨石の上で足を揃え少女を見やる。
 
 何用だ愚か者。
 そう問うた彼女に少女は馬鹿にしたような憎たらしい顔で笑う。
 暇だった。だから少し異変を貰いに来た。
 愚かな少女に彼女は僅かな怒りを込め睨む。
 異変ではなく不幸、不幸は自ら望むものではない。望まれざる不運故の、逆らえぬ道理。望むものではない。先日の折、貴様にも舞い降りたはず。

 逃げ口上だと少女は嘲笑う。
 不幸などなかった、ただ少しばかり鬼と喧嘩して負けただけだと。最高位の妖怪を示しながら不幸ではなく、あれは楽しかった。
 次は潰すと少女は言う。
 自らの力で逃れられるのと諦め、仕方がないと諦観するから不幸だと皆のたまうのだ。逆らえぬ力であれば楽だな、足掻かずともいい理由だ。天に押し付ければいいのだ。逃げだ。

 どこまでも透明な瞳で、どこまでも驕りに満ちた言葉を吐く少女。
 何故だかその言葉が彼女の心にささくれを作り、酷く苛立つ。
 懐からひとつ人形を取り出し、彼女は川へと放る。
 クルクルと。川に流され廻り無力に流れ、そして岩にぶつかり渦に沈んだ。
 
 これが厄だ。不幸というものだ。人が寄り代に押し付けてまで避けることを望むモノだ。そう願わざるをえないものだ。
 どれだけ足掻こうと逃れられぬ大河のうねり。長い歴史の果てに知った届かぬ領域。
 寄り代を立て慰めるよりほかないものだ。貴様が語るものではない。私がどうにか出来るものでもない。

 天人は修験の先の者。それに語るか厄神。それは足掻いた者だけが言える言葉だ。貴様が言えることではなかろう。
 カカカと嗤う少女は言った。
 鍵山雛、山に鍵かけられた雛人形、それが貴様を繋ぐ鎖かとただ嗤う言葉が彼女の心に手をいれる。
 愚者は経験から学び賢者は過去から学ぶと言う。だが過去しか知らぬ者は賢者などではない。
 本の文字しか知らぬ者の言葉に誰が耳を傾ける。そんなものなら本で事足りる。

 私を正したくば己の言葉で語れ、自らの意思で自らの思いを込めて説得しろと少女は言う。
 そらまた逃げた。
 抗えぬから仕方なし。それは現状を望まぬが故の言葉だろう。他者に触れえぬ己が身が恨めしいか。
 いっそ自らも不幸にのまれれば言い訳できたろうな。不幸だと。

 額から針を生やす少女が川べりに近づくのを見て彼女は思った。どれだけ言っても無駄だと。
 ならば体で教えよう。望んだとおり不幸を与えて。そしてこの苛立ちも晴らそう。
 ふわりと彼女は宙を舞い、川を越え少女の元へ。微かに目を見開いた少女の手を取る。
 厄が動くのを感じながら、丁度いい度合いで彼女は少女を突き放し離れる。

 これから貴様には不幸が待ち受ける。抗えぬ波がその身を打つだろう。それでもなお再び私の前に姿を現し不幸が逃げだというのなら認めよう。
 


 厄を身に纏い帰っていく少女の背中を見て、何故だか彼女は小ささを感じた。
 そしてふと思い出し、気づいた。
 自分の心を揺らしたあの眼は澄んでいたのではない。
 その言葉に覚えた感情は苛立ちではない。

 少女の瞳は空虚だった。
 あの言葉はそうであって欲しいと、自らも信じられぬが故の願う言葉に聞こえた。


 空の心と体。
 心を揺らしたのは憐憫の情だった。




 





 


 くるり。くるり。時は巡る。
 廻るとは巡り戻ること。春は夏秋冬と巡りまた春へ。後ろを向いた目はまた前を見据える。
 ならば時は廻るのではなく流れるのだろう。川を下る雛人形のように、逆らえぬ流れに身を乗せ下っていく。
 逆流はない。一度起きた事は二度となくせない。
 後悔しても嘆いても、過去に手は入れられない。

 若さ故の過ち。過信の驕り。無知の罰。
 それを理解できた時に初めてその意味を知る。
 空の器には何が満ちるのだろう。

 しとしとと雨露が天から降り注ぐ。雲はない。日は差し暖かな風が吹く。
 狐の嫁入りと呼ばれるそれは雫を輝かせ清浄な空気を山に漂わせた。
 蒼い天が泣くが如く、冷たく暖かい涙を降らせていた。
 静寂に包まれた山で彼女は竿を握って樹木の下にいた。大木に覆われた川辺の石の上、雨宿りをして空を見上げ、木の葉を叩く音に耳を澄ませていた。
 足元に広がる川の水は若葉を薄めたような透明さを残したササ濁り。雨音が音を消し姿を曇らせる釣りの好機。
 何も考えず、涼しい山の空気を感じながら機を待つそれは彼女の好きな時間だった。

 適度に何匹か釣った所で気配がした。
 酷く朧げで儚い、厄の気配。
 あの少女がいた。

 雨の中、傘も差さずに彼女へと向かっていた。手には見慣れぬ剣を握り、帽子を深く被りその顔は見えなかった。
 濡れてもなおその輝きを失わぬ蒼い髪は頬に張り付き、その顔には雨の雫がぽたりぽたりと滴れ、流れていた。
 まるで泣いているようだ。
 彼女はそう思った。

 ああ、空の少女が泣いているから天が泣いているのか。ふとそう納得した。
 人を外に出さず閉じ込め、一体少女は何を隠したかったのだろう。
 少女が見せぬ狐は一体、何なのだろう。

 木樹の傘に覆われる手前で少女は止まった。
 黙って見やる彼女に向かい、彼女はポツリと言った。
 鬼に敗れ地を取られた。巫女に敗れ隙間の大妖に敗れた。
 言葉が途切れる。だが彼女は何も言わない。鬼に敗れた程度、前にも聞いた。
 ならば恐らく、これは彼女の語りたきことではない。この続きがあると。
 
 その予想は正しく、少女は続きを語り始めた。
 争いに天界のものである緋想の剣を持ち出した。そのことで父様に叱られた。何一つ許されず認められず、周りも私を嘲笑った。
 私の家は真っ当な天人ではない。修行など収めてなどない。ただこの地の要石を警護した神官だ。幻想郷一帯の地震を担った名居守に仕えていたからお零れを貰っただけ。
 不良天人。皆そう呼ぶ。
 物心ついた頃に、気づけば天人になっていた私を、物心ついた頃からそう呼ぶ。蔑まぬ者など一人だけ。
 父様は天人たらんと自らを律し、そして他を気にする。
 安寧を貪り身を委ね、名を気にするのだ。
 
 ああ、と彼女は理解した。少女の言わんとすることが、少女の身に起こったことが分かった。
 叱られたのだろう。いや、“それ”を叱りと呼んでいいのだろうか。
 子の罪は親の罪禍。親の罪は子の咎。
 地の妖怪と関わり天の宝具を持ち出した少女の親は、他への示しを為さねばならなかっただろう。
 至らぬのなら、叱ろう。
 足りぬなら教えよう。
 だが性根を、天の道理を理解せぬ少女を守ればそれは親として積を問われ共に軽んじられる。

 名を気にするならば、天人足らんとあろうとした親に恐らく少女は切られたのだろう。
 あの娘は阿呆だ。道理を理解できぬ狂人だ。叱って分かるものではない。赤子と同じ。罰する相手ではなく憐れむ者だと、そうされたのだろう。
 少女がこの場にいるのもそうだ。天に閉じ込められず、雨とともに自由に地に降り、そして緋想の剣と思わしき物を持っている。叱られてそんな事があろうか。
 少女は堪えただろう。
 蔑む周囲を嘲笑い、心で泣き、そして彼女の前に現れた。
 
 かつて少女が言っていた言葉はきっと、そんな自分の現状への憤りだったのだろう。
 望まぬままに天へと登り、変えられぬ生まれに蔑まれる。
 そんな現状を諦めたくなかったのだろう。動けば変わるのだと、そう信じたかったのだろう。
 変えられぬ不幸を誰よりも知り見てきた彼女に、少女はそうだと言って欲しかったのだろう。
 拙い論を並べ、勝ち誇りたかったのだ。

 彼女が望んだ不幸とは、そんな状況を壊すものを望んでいたのだろう。
 自らの足場を崩し戻れぬ何かを。

 ならば何故泣くのか。
 それはきっと、見たくなかったものを見たから。

 子は帰る場所があるのが当然だと信じるものだ。そして親は最後には自らを愛してくれると。
 それは余りにも当然に心に染み付き、改めて見返す思いではない。少女はそれを、心の底を崩された。
 自らが望んだ不幸で崩した。
 不幸というものを見誤り、そして己の幼さを知ったのだろう。

 ふいに彼女は少女を酷く哀れに、そして悲しく思った。
 この結末を彼女は知っていた。あの驕りを消せればと望んだことなのに、その終わりを見せられ心は揺れていた。
 慰めようと思えど何を言えばいい。その不幸はきっと己が与えたもの。
 そして彼女の手ではその頭を撫でることも、濡れた頬を拭うことも許されぬ。

 そこでは濡れる、樹の下に来いと声をかけるが反応はない。
 服が汚れぬようにと敷いていた古新聞から尻を離し、少女は立ち上がる。

 私が邪魔なら去ろう。雫を拭う布も置いていく。
 そう話す彼女に少女はお前はどうするのだと問う。
 彼女は抑揚もなく、ただの事実を告げるように少女へ言った。
 濡れることはかまわぬ。私が居てはこれぬだろう。気にするな直ぐに消える。当然のことだ。

 答えは返ってこない。
 彼女は黙って自分の荷物を片付けていく。竿を仕舞い魚を入れた桶を持ち、少女のために持ってきていた柔らかな布を近くの枝に掛ける。
 気に食わない。
 小さな呟きが聞こえた。
 彼女が振り返った先、少女が剣を構えていた。

 何故当たり前と自分の場所を空け渡す。悔しくはないのか、悲しくはないのか。定めと受け入れず変えようと思わぬのか。
 仕方なきことはある。それをお前も知ったろう。否、知っていただろう。
 そう返し、去ろうとする彼女に少女は駆けた。

 剣をかぶり、宙を舞い、一息に彼女に、厄を纏う神に斬りかかった。
 そしてその剣は神を切り裂く寸前で止まった。
 彼女の目の前、面を上げた少女の瞳。そこには悲しみでなく、憤りでなく、確かな意志を湛えていた。
 かつてのように不敵に。
 空虚さ故の深淵でなく、確固たる思いの深い色を宿していた。

 厄が移る。
 そう思い後ずさろうとした彼女はふと、厄が動かぬことに気づいた。動かないどころではなく斬られている。
 目の前にある剣が、少女が、ほのかに輝いていた。
 驚く彼女に少女は得意げに告げる。
 これは天の宝、天人にしか扱えぬ緋想の剣。万物に宿る気たる気質を集め天の気と顕現させ切り裂く刃。必ずや相手の弱点を付ける。思った通り厄とやらも例外でないらしいな。
 
 厄という存在はどうにも為らぬと思っていた。
 だから彼女は、その言葉が、起きた事が信じられなかった。
 確かに厄は切り裂かれた。量が減るわけでもなく、厄が払われたわけでもない。ただ切られ退けられただけ。
 だがそれでも、これだけ近くに来られたのに、手の届く場所にいるのに、厄が移らぬことが、不幸を移さないでいられることが彼女には嬉しかった。
 
 鍵山雛よ、無理だと言っていたな。だがこうして今、変えられると見せた。見せて見せた。ならばこそ、私の事も変えられぬと決まったわけではない。
 悲しいこともあったが、地上の者とも知り合えた。変わらず私に接する目付け役もいる。寧ろ気楽になったほどだ。好きに動いていいと、なったのだ。

 まだ悲しみがあるのだろう。振り払えてきれていないのだろう。
 だがそれでも、その少女の言葉には誤魔化しではない確かな力があった。
 ただ不幸なのだと決めつけず諦めない少女の瞳が彼女を見つめていた。

 ふと、彼女は少女の頭を撫でたいと思った。
 彼女が少女に悲しさを覚えたのは同じだと思ったからだ。変えられぬ定めに嘆き、誰からも必要とされない。
 一人である事を知らずの内に形作られたその姿が自分に重なったからだ。
 だが、それは杞憂だった。そして変えられぬと決めていた彼女の思いもまた、今少女に切り裂かれた。
 自らの力を、意思を自慢するように憎たらしげに見る少女の頭を、よくやったと撫でてやりたかった。
 気づけば彼女は布を取り、少女の頭を拭いていた。
 その手で、少女に触れていた。


 天の気。天気。
 しとしとと降っていた雨はいつしかぱらぱらと、その勢いを弱めていた。
 そんな空を眺めながら、自らの頭を撫で水気を取る手を不思議そうに見る少女を見ながら、彼女はふと思った。
 少女を取り巻く気質の光。それは極光と呼ばれる太陽からの光が起こす発光現象。
 違うもののはずなのに、空にかかる虹の様だと。
 天を表す少女にふさわしい、この雨の空に合った気質だと。


 見上げた先、蒼い空には綺麗な七色の虹がかかっていた。
 この時が続けばいい。
 天を映した髪に触れながら、優しく微笑んだ彼女はそう思った。
 
 

 
後書き
会話文無しを一回書きたかった。
これが会話文無しに当てはまるのか不明。

有り得ないと思っていた組み合わせ。
書いてみたら有りになっている自分の心。
あると思います。この二人が好きになった。

笑う門には福きたる。
性根が運ぶ、運も人の背負う気質の一つだと見るならば、厄もまたそう見れるやもしれぬ。
ならば緋想の剣で切れてもよくね?
というか切るから。

そんな俺理論。私が書いていて面白ければいいのだ。 
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