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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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最終話 新たな伝説

帝国暦 490年  8月 10日   ハイネセン  ホテル・ユーフォニア  ナイトハルト・ミュラー



「貧乏籤を引いたね、ナイトハルト」
ホテル・ユーフォニアのラウンジでエーリッヒが気遣うように話しかけてきた。
「仕方ないさ、誰かがやらないとな」
「まあそうだけど、誰もがやりたがる仕事じゃない」
「そうだな」

貧乏籤、エーリッヒの言う通りだろうな、ハイネセンに残れとは……。一個艦隊でバーラト星系の治安を維持する。決して楽な仕事では無いだろう。労多くして功少なし、まさに貧乏籤だ、気が重い。エーリッヒだけじゃない、皆に気の毒そうな顔をされた。

「ローエングラム公がフェザーンに遷都すればハイネセンと帝都の間はかなり近くなる。それにガンダルヴァ星系にはルッツ提督も居る。あまり孤独感は感じずに済むだろう。何か有れば私も力になるよ。エル・ファシル公爵領にも協力させる」

「ヤン提督に? 協力してくれるかな。ペテンにかけた、いやこれからかける卿に」
エーリッヒが肩を竦めた。
「あそこはウチと関係が深いんだ、それに旧同盟領の混乱など望んでいない。巻き込まれたくないだろうからね、多少の無理なら聞いて貰えるよ。それにヤン提督も帝国との協調関係が重要だという事は十分に分かっているはずだ。協力してくれるさ」
「そうだな」

そう、一人じゃないんだ。それほど落ち込む事は無いさ。それに何と言っても宇宙一の根性悪、ロクデナシ、ペテン師のエーリッヒが付いている。宇宙最強の護符だろうな。正規艦隊二個艦隊分くらいの力は有るだろう。いや三個艦隊分か……。

エーリッヒがクスッと笑った。
「意外に異動は早いかもしれないよ」
「そうかな」
「心配する人が居るだろうからね」
「心配?」
俺が問い掛けるとエーリッヒが頷いた。

「辺境、エル・ファシル、ハイネセン、ガンダルヴァ……。分かるだろう?」
「それは……」
絶句した。そんな俺を見てエーリッヒが頷く。もう笑っていない。
「自由惑星同盟という外の敵が消えた以上、次に起きるのは内部での争いだろう。卿をハイネセンに置いておくのは危険だと思う人間が出るかもしれない。何かと理由を付けてフェザーンに呼び戻す事をローエングラム公に進言するだろうね……」

溜息が出た、何時の間にか帝国内部の権力争いに巻き込まれている。
「溜息を吐くな、卿が誠実で信頼できる人物だというのは皆が分かっている。狙いは卿じゃない、私だろう。卿はハイネセンの治安維持に力を尽くせばいいさ」
「そうだな」
本当にそうかな。

「ただ自分がどういう状況に有るかは理解しておいた方が良い、そう思ったから言ったんだ」
「分かっているよ、卿が親切心から教えてくれたという事は」
本心からそう思った。多分、俺を巻き込んだ事を後悔しているのだろう。教えてくれたのも心配すればこそだ。

「帰りにはウルヴァシーに立ち寄る事になる。その時ルッツ提督にも話しておくよ。彼にとっても他人事じゃ無い筈だ。それにハイネセンの御土産も渡さなくてはいけないからね」
「そうか、宜しく頼む」
動くのは誰かな、まるで心当たりが無い。これでは無防備で敵中に居る様なものだ。ルッツ提督も同様だろう。

「ウチはオーディンにもフェザーンにも事務所を構えている。何か有れば直ぐ知らせるよ」
「……」
「安心しろ、ローエングラム公の周囲にはアントンもギュンターも居る。卿を陥れる様な事はしないさ」
「ああ、分かっている」
俺の事を陥れようとはしないかもしれない。しかしエーリッヒの事はどうだろう……。

「卿も気を付けろよ」
「もちろんだ、気を付けるよ」
「エーリッヒ、アントンとギュンターの事だが……」
エーリッヒが手を上げて俺の言葉を封じた。笑みを浮かべている。

「心配無い、考え過ぎだ」
「そうかな」
「そうだとも。今度はフェザーンで皆で会えるさ」
「そうだな」
そうだな、そうであって欲しいよ……。何時からこんなややこしい事になったのか……。



帝国暦 490年  9月 15日   フェザーン星域  マーナガルム  エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



この艦に乗るのは久しぶりだなと通路を歩きながらそう思った。艦を取り替えたのは四月の半ばだから丁度半年か。半年ぶりにマーナガルムに乗ったわけだ。艦橋ではラインハルトが俺を待っていた。ローエングラム公ラインハルトか、もう直ぐ皇帝ラインハルトだな。原作よりちょっと遅いが安定感はこっちのが上だろう。

「閣下、そろそろフェザーンです。私はここでお別れさせていただきます」
「うむ、卿のおかげで宇宙の統一もスムーズに進んだ。礼を言う」
「有難うございます、恐縮です」
「卿には何も報いていないな」
「イゼルローン回廊の全面開放をしていただきました。それだけで十分です」
「そうか……」

ちょっと困ったような表情だな。まあ俺は軍人じゃないから昇進とかは意味が無い。そういう面ではラインハルトにとっては扱いが難しい存在ではあるな。気にしなくて良いんだ、半分くらいは趣味で助けたようなもんだからな。しんどい事もかなりあったが終わってみれば結構楽しかった。

「次に会えるのはオーディンだな、戴冠式か」
「はい、戴冠式を楽しみにしております」
「私もだ、皆が驚くであろうな」
「はい」
まあ俺くらいだろうな、祝いの品に星系を選ぶのは。形だけとはいえ、新王朝の門出に相応しい贈り物だろう。

ラインハルトが上機嫌に笑みを浮かべている。皇帝ラインハルトの誕生か……、それを目の前で見られる、最高だろうな。もしかすると俺がラインハルトを助けたのはそれを見たかったからかもしれない。ラインハルトにとっても戴冠式は最良の一日だろう、キルヒアイスも傍に居るのだから……。

「エル・ファシルだがヤン・ウェンリーが公爵に立候補したそうだ。彼の当選は間違いないだろうと言われているがそうなれば私は彼を臣下に持てるという事になるな」
「そういう事になりますね、閣下は以前からヤン提督を旗下に招きたいと望んでおいででした。いささか形は変わりますが望みが叶う事になります」

今頃ヤンはブウブウ文句を言っているだろう。そしてユリアンが宥めているに違いない。ヤンの周囲には人が集まっているはずだ。レベロ、ホアン、シトレ、キャゼルヌ……。ヤンには頼まれれば嫌とは言えないところが有るからな。狙い通りだ。

ラインハルトが含み笑いをしている。
「仕組んだな、黒姫」
「ハテサテ、何のことやら……」
拙いな、何処かの悪徳商人みたいなノリになっている。

「卿がレベロ議長やヤン・ウェンリーと会っているのは知っていた。卿の事だ、何か考えが有るのだろうと思っていたが……」
ラインハルトの含み笑いが益々大きくなった。いかん、今度はラインハルトが悪代官になっている。ここは真面目に答えるか。

「形は整えても中身が襤褸では意味が有りません。そう思いましたので多少の段取りを付けさせていただきました」
「中身が襤褸か……、確かにそうだな。せっかくのエル・ファシル公爵、形だけでは意味が無い」
「御理解頂けまして幸いです」

ラインハルトもエル・ファシル公爵には十分に期待している。ヤンならその期待に応えられるはずだ。出来れば長期政権になって欲しいものだ。
「戴冠式にはエル・ファシル公爵にも参列して貰おうと思うが」
「当然の事だと思います、帝国第一位の貴族なのですから」
新公爵の最初の仕事は戴冠式への参列か、形式は大事だからな、嫌とは言わせない。

「公爵の隣には卿が並ぶ事になるな」
げっ、それは勘弁して欲しい。ヤンに睨まれそうだ。ラインハルトはニヤニヤしている。この野郎、嫌がらせだな。
「卿の功績は皆の知るところ、当然であろう」
「……承知しました」
しょうがないな、ヤンの愚痴でも聞いてやるか。まあそれも悪くない。

「卿にはこれからも協力してもらう事になるだろう。新帝国の統治が上手く軌道に乗るかどうかは卿とヤン・ウェンリーの力に負うところが少なくないと私は見ている」
「分かっております、協力を惜しむ様な事は致しません」
「うむ」
これからだってことだ。俺もヤンもラインハルトもこれからが本当の戦いだ。長く終わりの無い繁栄を築く道、それを歩いて行く事になるだろう……。


マーナガルムからユリシーズに戻りフェザーンには連絡艇で軌道エレベーターまで送って貰った。護衛には十人程の兵士が付いてきてくれたが彼らの指揮を執ったのは何とゾンバルト准将だった。軌道エレベーターの下では黒姫一家の人間が出迎えに来ていたがゾンバルトはそこまで送ってくれた。

別れ際に俺と共にガンダルヴァで戦った事は一生忘れないと言っていた。まあ最後の戦いだし、あれだけ厳しい戦いは奴も初めてだろうからな。修羅場を共に切り抜けた、そんな思いは有る。俺も忘れることは無いだろう。妙な気分だ、ゾンバルトにそんな気持ちを持つとは……。奴にとってこの遠征がプラスになってくれたのなら良いんだが……。

生きているのだからプラスになったと思うべきなのだろうな……。最後にゾンバルトはオーディンに戻ったら兵站統括への異動願いを出すと言っていた。うん、これも悪くない。でも汚職にだけは手を出すんじゃないぞ、ラインハルトはそういうのを嫌うからな……。



帝国暦 490年  9月 15日   フェザーン  カルステン・キア



ようやく親っさんが帰って来たぜ。フェザーンの軌道エレベーターの前には大勢の黒姫一家の人間が出迎えに来ている。オーディンからも辺境からもだ。総勢で五十名以上は居るだろう。俺達はオーディンで別れてから半年以上会っていないが爺さんなんかは親っさんが辺境を発ってからだから一年以上を会っていない事になる。

それにしても親っさんもとんでもない事をするよ。金髪の代わりにガンダルヴァで反乱軍と戦うなんて……、危ない事はしないと言っていたのに一体何を考えてるのか……。それでも勝っちまうんだからな、文句も言えねえ。……ヤン・ウェンリーよりも強いとなると親っさんってもしかすると宇宙最強かな。恰好いいな、宇宙最強の海賊か。

それにしても金髪がとうとう宇宙統一、銀河帝国の皇帝かよ、あのケチがねえ……。大丈夫なのかな、俺達は皆心配してるんだが……。まあ偉くなれば少しは人間にゆとりが出るかな、そうであって欲しいもんだが。皇帝になっても顔面真っ赤にしてプルプル震えたりするんじゃないぞ、みっともないから。

軌道エレベーターから親っさんが降りてきた。帝国軍の兵士と挨拶をしている、多分護衛だろう。俺達が親っさんに近付くと護衛の連中は去って行った。
「御苦労様です!」
「お帰りなさいませ!」
俺達が口々に挨拶すると親っさんが柔らかく微笑んだ。

「有難う、随分と長い間留守にしました、迷惑をかけましたね」
いつもの親っさんだよ、全然変わってねえ。嬉しくて涙が出そうになった、俺だけじゃねえ、ウルマンもルーデルも目を赤くしている。

「アンシュッツ副頭領、何か問題は有りますか」
「いいえ、親っさんの手を煩わせるほどのものは有りません」
常に俺達には厳しい副頭領もニコニコして答えている。親っさんが“結構”と言って頷いた。

「テオドラ、ボルテック弁務官との調整はどうなっています?」
「それについては幾つか御相談しなければならない事が……」
「分かりました、事務所で聞きましょう」
親っさんが歩きだした。俺達は親っさんを囲み、周りを警戒しながら歩く。

「アンシュッツ副頭領」
「はい」
「エル・ファシルに事務所を出しましょう。あそこはこれからどんどん大きくなります。人を選んでください」
「分かりました。ハイネセンは如何しますか?」
「少し様子を見ましょう。未だハイネセンは安定していませんから」

おいおい、もう仕事かよ。少し休んだ方が良いんじゃないの? そう思ったけど親っさんは他にも爺さんを呼んで話をしたり、スウィトナー事務所長を呼んで指示を出している。 

「親っさん、少し休んだ方が……」
最後まで言えなかった、親っさんが笑い出したんだ。
「そんな暇はありませんよ、キア。戦争が無くなり国境が無くなった。この宇宙の隅々まで自由に船を動かせる時代になったんです。船を動かし物を動かす、それによって宇宙の経済を活性化させる。それが出来るだけの力を私達黒姫一家は持っているんです。そうでしょう、テオドラ」
「はい! その通りですわ、黒姫一家になら出来ます」
スゲエ、なんか熱気で圧倒されそうだ。

「ローエングラム公は理解していますよ、公はイゼルローン回廊の全面開放を決断しました」
おいおい、本当か、彼方此方で唸り声が聞えた。
「公は船を動かしやすくしたんです。これからは旧同盟領から沢山の交易船が辺境を目指してやって来るでしょう」
「……」

「負けられませんよ、私達の手でこの宇宙に黄金時代を作りだすんです。辺境だけじゃない、この宇宙全てを豊かにする……」
親っさんが俺達を見た。吸い込まれそうな眼だ、黒く輝いている。付いて行きますよ、親っさん。俺達は何処までも頭領である親っさんに付いていく、そしてこの宇宙に黄金時代を作りだす。新しい黒姫の伝説だぜ。

親っさんがクスッと笑った。
「さあ、行きましょうか」
「はい!」



 
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