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機動6課副部隊長の憂鬱な日々

作者:hyuki
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外伝
外伝1:フェイト編
  第6話:被験体


ゲオルグ達B分隊のメンバーは、研究員たちが取り残されているという
区画の入り口までたどり着いた。
入り口はやはり巨大なゲートで固く閉ざされていた。
ゲオルグは内心で無理かなとは思いつつもゲートの脇にあるパネルに手をかけた。

「あれ?」

思わず間抜けな声を上げたゲオルグは呆けた表情でパネルを見た。

「稼働してる・・・。ここは電源が生きてるんだ」

「ゲオルグ。 早くゲートを開けないと」

フェイトの言葉に押されるようにゲオルグがパネルを操作すると、
重々しい動作音とともにゲートがゆっくりと左右に分かれるように開いて行く。
じっとそのさまを見ていたゲオルグは、すぐに違和感を覚えた。
ゲートの奥から漂ってくる匂いがこれまでとは違うのである。
最初は空気の循環が止まっていたせいかと思ったゲオルグだが、すぐにその考えが
間違っていることに気がついた。

(生臭い・・・なんだこれ?)

ゲートが開いて行くに従ってその匂いは強くなっていく。
あまりの匂いにゲオルグだけでなくフェイトや他の分隊員たちも
眉根にしわを寄せ、あるものは自分の鼻を押さえ、またあるものはその匂いに
むせていた。

ゲオルグは匂いの正体を探ろうとゲートの奥に目を凝らす。
だが、明かり一つ灯っていない真っ暗な空間に何かを見出すことはできなかった。

「ねえ、ゲオルグ。 そのパネルで照明の制御はできないの?」

フェイトの声にゲオルグはハッとし、慌ててパネルを操作する。
一瞬の間をおいて、ゲートの奥の方から順番に照明が灯っていく。
そして、時を同じくしてゲートが完全に開きその動作を止める。

再び訪れた静寂の中で何かの液体が滴り落ちる音が奥から小さく、だがはっきりと
聞こえてくる。

(配管でも壊れてるのかな?)

ゲオルグの脳は状況から見て最も可能性の高いの解を提示する。
だがゲートの奥にある照明が完全に灯り、その解が間違っていることを
ゲオルグは思い知った。

そこにあったのは暗い赤色のペンキの缶を投げつけたかのようにところどころが
赤く塗装された壁と天井と床であった。
天井からは赤い液体が滴り落ち、床ではねてピチャリと音を立てる。

「これって・・・ひょっとして・・・血・・・?」

「うん、たぶん」

おずおずと尋ねてくるフェイトに小さく返答すると、ゲオルグはゆっくりとした
足取りでゲートを抜けて真っ赤に染まった空間へと足を踏み入れる。
ぬるぬるとした床の感触に顔をしかめながら進むゲオルグは、通路の片隅に
こんもりとした山のようになった布を見つける。

(あれは?)

その布は血で真っ赤に染まっていたが、端の方がわずかに染まっておらず
もとの色であろう白い色が妙に浮いて見えた。
ゲオルグはその山に向けて足を動かす。
そばまできて中を見ようと布の端に手をかけたとき、背後から声が響いた。

「分隊長! それはめくってはいけません!」

だが、ゲオルグの手は何かに操られるかのように布切れをめくっていく。
そして布切れの下にあるものを見た瞬間、ゲオルグの目は驚愕に見開かれる。

(これは・・・死体・・・なのか?)

それは何かによってずたずたに引き裂かれた人間であったであろうモノ。
ゲオルグがめくった布はよく見れば引き裂かれた白衣のようにも見える。

(うっ・・・)

ゲオルグは白衣だった血まみれの布切れから手を離すと、その場に膝をついて
へたりこむ。
そして催すままに胃の中のモノをすべて吐き出した。

『A01よりシャングリラ。 研究区画に侵入。 研究員の遺体を発見。
 何かに引き裂かれているようにズタズタにされてる。指示を乞う』

ヒルベルトからの通信がゲオルグの耳朶を打つが、内容は全く頭に入ってこない。
背後からひたひたと歩み寄ってくる足音がしたかと思うと自分の背中に
手があてられるのを感じた。

「大丈夫ですか? また、エライもん見ちゃいましたね」

そう言ってゲオルグの背中をさするのは、ルッツであった。
しばらくそうしていると、ゲオルグはようやく吐き気がおさまってきたのか、
ゆっくりと立ちあがる。

「すいません。 ちょっとびっくりしてしまって・・・。 行きましょう」

「・・・平気ですか?」

ルッツが心配そうに見つめるが、ゲオルグは小さく頷くと通路の奥へと足を向ける。
見れば通路のあちこちに先ほどと同じような遺体がところどころにあった。
ゲオルグはできるだけそれらを見ないようにしながらゆっくりと足を進める。

「これは・・・全滅でしょうか?」

「わかりません。 捜索もせずに希望を捨てるわけにはいきません。
 分隊を2つに分けてこの区画をくまなく捜索します。
 1隊は私が指揮しますので、もう1隊はルッツ曹長に指揮をお願いします。
 僕の方は区画の奥へと進みますので、ルッツ曹長は各所の捜索を」

ゲオルグとルッツは戦力の割り振りを決めてそれぞれの人員を自分の周りに集める。
区画の奥へと進むゲオルグの隊はフェイトやクリーグ以下10名である。

「僕たちはこれから区画の奥へと進み、生存している研究員の捜索を行います。
 研究員が死亡した原因が判っていませんので、十分注意して進みましょう」

ゲオルグの訓示に全員が頷く。
ゲオルグを先頭に通路を奥へと進んでいくと、やがて通路は突き当たる。
行き止まりにある小さな扉に向けて歩を進めようとした時、ゲオルグの耳に
周囲の警戒に当たっていた分隊員の悲鳴が届く。

「分隊長! 後方に魔力反応です。 推定Sランク!」

「後方ですか!? 総員戦闘準備」

分隊員たちの了解という声を聞きながら、ゲオルグはフェイトに話しかける。

「フェイトさん。 もし戦闘になったら僕とフェイトさんで前に出るからね」

「うん、わかってる。 まかせて」

フェイトは真剣な表情で頷く。
通路の突き当たりを背に迎撃態勢を整えると、轟音とともに通路の壁面が
突き破られた。

「B01よりシャングリラ。 アンノウンと接触!」

ゲオルグはシャングリラに向けて通報すると、戦闘に備えて身構える。
壁面の崩壊による土煙が晴れてくると、巨大な犬のようにも見える
猛獣の姿が現れる。

「なに・・・あれ?」

フェイトのつぶやきにゲオルグは首を横に振る。

「判らないよ。 でも、襲ってくるなら倒すだけだ」

フェイトが頷くのと同時に、巨大な猛獣がゲオルグ達に向かって走ってきた。
その前足にある鋭い爪は真っ赤に染まっていた。

(アイツが研究員たちを殺したのか・・・)

ゲオルグは右手に持ったレーベンを強く握りしめる。
その表情は怒りに燃えていた。

「フェイトさん!」

「うん!」

ゲオルグの声にフェイトが応え、2人は猛獣に向かって地面を蹴った。
ゲオルグは地表近くを、フェイトは天井近くまで飛び上がり進む。
フェイトよりも一歩早く猛獣の足元にたどり着いたゲオルグは、
猛獣の前足を狙ってレーベンを振るう。

《マスター、下がってください! 右です!》

レーベンの声に反応して、ゲオルグは慌てて跳び下がる。
その一瞬のち、巨大で鋭い爪がゲオルグの立っていた場所をなぎ払った。
ゲオルグが右に目を向けると、先ほど現れたのと同じ猛獣がもう一体立っていた。

「くっ・・・フェイトさんっ! 一旦下がって!」

今まさにバルディッシュを振りおろさんとしていたフェイトにゲオルグが叫ぶ。
が、フェイトも新たな猛獣が現れたことに気付いたのか攻撃を中断して、
ゲオルグの隣へと舞い降りる。

「ゲオルグ、どうするの?」

「分隊の中距離系攻撃ができる人達に援護してもらって、僕らで1体ずつ叩こう」

「了解。 どっちから?」

「左からいこう」

「了解。 じゃあいくね」

フェイトは短く言うと、2体の猛獣のうち左側の1体に向かって飛ぶ。

「フェイトさんと僕の援護射撃をお願いします。 僕らは左側の1体から
 かかりますので右側の1体をけん制してください。 お願いしますね」

一方ゲオルグは後方の分隊員たちに指示を出すと、フェイトに続いた。
先行したフェイトは猛獣の首を狙いバルディッシュを大きく振る。
だが猛獣側も黙って見ているだけでは無論なく、前足を振り上げると
その鋭い爪をフェイトに向かって振りおろす。
フェイトは自らを引き裂かんと迫る巨大な爪による一撃をバルディッシュで
受け止める。
が、猛獣の力に押されフェイトの身体は壁面に向かって飛ばされて行く。

「フェイトさん!」

ゲオルグはフェイトを受け止めるべく急いで向きを変え、フェイトが飛ばされて
いく方へと向かった。
自分よりもわずかに小柄なフェイトの身体を全身で受け止めると、
ゲオルグはフェイトに声をかけた。

「大丈夫? フェイトさん」

「うん。 ありがとね、ゲオルグ」

「どういたしまして。 じゃあ僕は行くよ!」

フェイトを後ろから抱きとめるようにしていたゲオルグは、
フェイトに向かって微笑みかけると、その手を離して猛獣に向かって飛ぶ。

「レーベン。 ツヴァイシュラーゲンでアイツの首を切り裂けるかな?」

《今のマスターの力では無理です》

「カートリッジを使えばどう?」

《2発ロードでなんとか》

「わかった。 カートリッジロード、ツヴァイシュラーゲンで左側のヤツの
 首を落とすよ」
 
《了解です》

レーベンはそう返答すると、2発のカートリッジのロードしてその身に
ゲオルグの魔力による刃を纏わせる。
ゲオルグは魔力の刃によって2回りほど大きく見えるレーベンを振りかぶると
猛獣の首元に向かって振りおろした。

レーベンの刀身が猛獣の首に食い込み、どす黒い血液がその傷口から噴き出す。
ゲオルグはその飛沫をところどころに浴びながらレーベンの刃を進め、
猛獣はその痛みに咆哮をあげる。

(行けるっ!)

ゲオルグはその口元にわずかに笑みを受かべ、レーベンを握る手に力を加えた。

「ゲオルグっ! 危ない!」

背後から届いたフェイトの叫び声に、ゲオルグはハッと顔を上げた。
直後、眼前に迫った毛むくじゃらの尾によってゲオルグは弾き飛ばされる。

(くそっ!)

不甲斐ない自分自身への悪態を心の中でつきながら、ゲオルグは空中で
その体勢を立てなおす。
猛獣の方へ目を向けるとゲオルグが切りかかった方の猛獣は首から血を流しながら
苦しげに身を降り乱していた。
そのすぐ隣ではもう一体の猛獣が尻尾を振り上げた状態でゲオルグの方に
鋭い目を向けていた。

(もう一体がフォローに入ったのか!?)

飛ばされた勢いのままゲオルグは分隊員たちの真上で壁に足を付けて
その勢いを吸収する。

「皆さん! けん制攻撃はどうしました!?」

「すいません。 放ってはいるのですが、敵の動きが早くて・・・」

ゲオルグが真下にいる分隊員たち向かって声をかけると、
分隊員の一人がすまなそうに応える。

「数は必要ありませんから、よく狙って撃ってください。
 敵の気を引いてもらわなくては、あの猛獣を倒すのは難しいですから」
 
「はいっ! 次は当てます。 任せてください!」

「お願いしますね」

ゲオルグはそう言って眼下の部下たちに向かってニコッと笑うと、
壁を蹴って先ほど斬りつけた方の猛獣に向かって再び飛ぶ。
ゲオルグが分隊の部下と話している間、ゲオルグを弾き飛ばしたもう一体の猛獣と
攻撃の応酬をしていたフェイトがゲオルグの隣にやってきた。

「ゴメンね。 私一人じゃあの獣を倒すのは難しそうだよ」

「大丈夫だよ。 もともと2人で1体を相手にする予定だったんだから。
 さっき僕が傷つけた方なら弱っていると思うからそっちから片付けよう。
 僕は左から行くから、フェイトさんは右からお願い!」

「うん、わかった!」

ゲオルグのフェイトはお互いに頷き合うと、左右に分かれて進む。
ゲオルグが傷を付けた猛獣は、その首からどくどくと血を流しながらも
その巨大な頭をもたげて、接近するゲオルグの方に鋭い眼光を向ける。
その目は怪しく輝きゲオルグの顔をねめつける。
ゲオルグが猛獣に対して左に回り込んで接近すると、猛獣は前足を振り上げ
ゲオルグに向かって振りおろす。

《マスター!》

「判ってる!」

ゲオルグは眼前に迫る猛獣の爪をレーベンで受け止める。

「フェイトさん、攻撃を!」

「うんっ!」

ゲオルグが猛獣の爪を受け止めながらフェイトに声をかけると、
フェイトは大きく頷きながら短く応える。
だが、そのフェイトの後方には無傷の猛獣が迫っていた。

《Sir!》

「大丈夫だよ、バルディッシュ」

バルディッシュからの呼びかけにフェイトは明るい声で応えた。
その直後、何発もの魔力弾が飛来し猛獣の身体に命中する。
猛獣には大したダメージとはなっていないようではあるが、数瞬その動きを
止めたことで、フェイトは傷を負った猛獣への攻撃圏へと飛び込む時間を得た。
フェイトが魔力弾の飛んできた方向に目を向けると、それぞれのデバイスを構えた
B分隊の射撃系魔導師達の姿が目に入った。

(ありがとう)

フェイトは心の中で感謝の言葉を唱えながら、ハーケンフォームのバルディッシュを
頭上に振り上げ、自身の体重を叩きつけるようにその刃を猛獣に向かって
振りおろした。

黄金色の刃は猛獣の首にあるゲオルグがつけた傷と全く同じ場所に突き刺さり、
猛獣の頭をその胴体から切り離した。
小型車ほどもある巨大な頭がゴトリと落ち、胴体のほうは切り口から血噴き出しつつ
崩れ落ちた。

ゲオルグとフェイトはB分隊の隊員たちの前に降り立つと、残ったもう1体の
猛獣の方を向いて身構える。

「さあ、もう1体もやるよ」

ゲオルグの声にフェイトは頷く。
2人は猛獣に向かって飛び上がると、先ほどと同じように左右に別れる。
その中央を切り裂くように分隊員たちが放った魔力弾が猛獣に向かって飛んでいく。
猛獣は巨体に似合わぬ俊敏さでほとんどを避けることには成功したものの、
数発をその顔面に食らい動きが鈍くなる。
そのスキを見逃さず、フェイトが攻撃を加える。
だが、その傷は浅く猛獣は激しく暴れる。

「ゲオルグっ!」

「うん!」

通路の高い天井近くまで飛び上がっていたゲオルグはフェイトからの声に応えると、
天井を蹴って猛獣の頭部へと向かう。
猛獣に高速で接近しながらじっと猛獣の顔面を見つめていたゲオルグは、
その額に奇妙な光る物体を発見する。

(あれ? あれって・・・)

ゲオルグは奇妙な既視感にとらわれ、一瞬自失に陥る。

《マスター!》

だが、レーベンの声で我に返ったゲオルグは、そのレーベンを振るい
猛獣の頭蓋に突き刺した。
ゲオルグによって脳を一突きにされた猛獣は瞬時に絶命しドサリとその巨体を
地面に横たえた。

猛獣からレーベンを抜き放ち、地面に降り立ったゲオルグは安堵の息を漏らす。
微笑を浮かべて近づいてきたフェイトと手を合わせ、満面の笑みを浮かべた。

「やったね、ゲオルグ」

「うん。 フェイトさんのおかげだよ」

そしてゲオルグは分隊員たちの方へと歩を向ける。

「みなさんもよくやってくれました。 負傷者はいませんね?」

「はい。 全員無傷です」

そう答えるルッツも笑みを浮かべていた。

「それはよかったです」

そう言ってもう一度にっこりと笑うゲオルグであったが、しばらくして
先ほど覚えた既視感を思い起こし、真剣な表情に戻る。

「分隊長? どうしたのですか?」

「いえ、少し・・・」

急に表情を変えたゲオルグに怪訝な顔をするルッツに対してそう答えると、
ゲオルグは自分が頭部を突き刺した猛獣の亡骸へと歩み寄る。
その額には怪しく光る一粒の宝石のようなものが埋め込まれていた。
それを目にしたゲオルグは、半年前に経験した捜索任務を思いだした。

「これって、ひょっとして」

そう呟いて絶句するゲオルグにフェイトが歩み寄る。

「ゲオルグ、何かあったの?」

「うん・・・。これ見て」

そう言ってゲオルグは宝石を指差す。

「これって・・・。この宝石みたいなのがどうかしたの?」

「実は、これと同じようなものを前に見たことがあるんだ」

「そうなの? それって・・・」

フェイトに問われ半年前の研究所捜索任務とその時に出くわした巨大生物、
そしてその研究所で行われていた研究について話すと、フェイトは苦い表情を
浮かべる。

「生物実験・・・」

そう呟いたフェイトは地面に目線を落とす。
表情を曇らせたフェイトの肩にゲオルグは手を置く。

「どうしたの、フェイトさん?」

ゲオルグに声を掛けられ、フェイトはハッと顔を上げる。

「う、ううん。 なんでもないよ」

首を横に振りつつそう答えると、フェイトはその顔に微笑を浮かべた。

「ところで、この後はどうするの?」

「ん? ああ、そうだね・・・」

そう尋ねられ、ゲオルグはフェイトの様子を不思議に思いつつも
これからの行動について考えを巡らせる。
1分ほど腕組みして考え込んでいたゲオルグは、考えをまとめ終えると
分隊員たちの方へ身体を向ける。

「この隔壁の奥はまだ調査できていませんし、研究員の生き残りがいる可能性も
 残っていますから、調査を継続します」

「了解」

分隊員たちの返事に頷くと、ゲオルグは隔壁にある小さな扉をあけた。
そこは、これまでの荷物搬入用通路とは異なりむせ返るような血の匂いが
全く漂っておらず、天井から床に至るまでが真っ白に塗装された空間だった。
いくつもの装置が立ち並ぶ中を歩いて行くと、ひそひそと何かを話す声が
ゲオルグの耳に届く。

[ゲオルグ]

フェイトからの念話にゲオルグはフェイトの方を振り返る。
そのフェイトは黙れ、と言わんばかりに右手の人差指を立てて口元にあてていた。

[今の、人の話し声だよね]

[そうだね。ひょっとすると生き残った研究員かも。探してみよう]

ゲオルグはハンドサインで分隊員たちに2名は自分に、2名はフェイトに同行し、
残りは待機するよう伝えると、奥へと進む。
研究員たちのためのものなのか、机が並ぶゾーンに近づくとガタっと何かが
床に落ちる音がした。
音のした方へ歩いて行くと、机の下に頭を抱えて座り込む白衣を着た2人の
研究員らしい女性を発見する。
ゲオルグがそのうちの1人の背中に手を置くと、女性の肩がビクっと大きく震え
怯えに満ちたその眼がゲオルグの姿を捉えた。

「いやっ! 殺さないで!! お願い!」

ゲオルグを見た女性はそう叫ぶと、肩を振るわせながら奥へと後ずさろうとする。

「安心してください。 僕らはあなたがたを救出に来た管理局の魔導師です」

「管理局の? じゃあ、わたしたちは・・・」

「ええ、もう大丈夫ですよ」

ゲオルグがそう言ってニコッと笑うと、白衣姿の女性はもう一人と目を見合わせると
抱き合って涙を流し始めた。





しばらくして女性たちが落ち着いたころ、ゲオルグは2人に事情を聴くことにした。

「それで、一体何があったんですか?」

ゲオルグが尋ねると、2人はお互いの顔を見合わせてから首を横に振った。

「よくわからないんです。 いつも通りに仕事をしてたらいきなりものすごい
 音がして、なにがあったんだろうねって2人で話をしてたら、えらい人が
 突然やってきて避難しろって連れだされて、ここに居ろって」

「ということは、別の部屋からここに連れてこられたんですか?」

ゲオルグが尋ねると女性たちがこくんと頷く。

「はい。 これまでこんなところに来たことないです」

「私もです。 こんなところがあるなんて全然知りませんでした」

「そうですか・・・」

ゲオルグは口ぐちに言う女性たちの言葉を聞くと、わずかに表情を曇らせる。

(この人たちは、あんまり研究所の中枢には関わってなかったみたいだな・・・)

「あなたたちはどんな研究に従事してたんですか?」

自分のものではない声で発せられた質問に、ゲオルグはパッと顔を上げる。
そこには厳しい表情で質問するフェイトが立っていた。

「あの・・・、わたし達は研究員じゃないんです」

「えっ!? だって、その白衣・・・」

女性の回答に意外そうな声を上げたフェイトが、わずかに身を乗り出して尋ねる。
女性たちの方はそんなフェイトに気圧されたのか半歩ほど後ずさりつつ、
自分たちが羽織った白衣をつまみあげる。

「これは、一緒に避難してきた男性の研究員の人が寒いだろうからって
 着せてくれたんです」

「その一緒に避難してきた人たちはどうしたんです?」

ゲオルグがフェイトのあとを受けて尋ねると、女性たちは揃って首を横に振った。

「わかりません。 途中まではここで一緒に居たんですけど、途中で外の様子を
 見てくるからって出ていって帰って来ないんです」

「そうですか・・・」

それでは恐らく生きてはいまい。そう思ったゲオルグは暗い表情でうつむく。

「分隊長、この後はどうしますか? そろそろ作戦終了の予定時刻ですが」

ルッツにそう問われゲオルグは顔を上げると、フェイトの肩を軽くたたいた。
肩を落として目線を下に向けていたフェイトは顔を上げた。

「フェイトさん。 この後はどうする?」

「えっ・・・私?」

目を丸くしてそう言うフェイトに向かってゲオルグは頷く。

「ここから先はフェイトさんの専門領域だからね」

「そうだね。ちなみに、ゲオルグはどうしたいの?」

「僕? 僕はもう少しこの研究所について調べたいかな。
 さっき倒したヤツも気になるし」

「そっか・・・私もこの研究所が何をしてたのかは気になるかな」

「じゃあ、もう少し調査を続けようか?」

ゲオルグが訊くとフェイトはこくんと頷いた。

「ですが、こちらのお二方は早めに連れ出した方がいいのでは?」

ルッツの意見を受けてゲオルグは数秒間考える。

「それもそうですね。 では調査は僕とフェイトさんでやりますから、
 1人は残って付き合ってください。
 曹長は残りの隊員とそこのお2人を連れて一旦シャングリラへ」

「了解しました。 では、クリーグを残しますので。 いいな、クリーグ」

「はい、了解です」

ルッツに問われクリーグは大きく頷いた。

「では、ルッツ曹長以下9名は救助者2名を連れ艦へと帰還します」

「お願いします」

ルッツがゲオルグに向かって敬礼し、ゲオルグに答礼を返す。
そして、ルッツに率いられてB分隊のほとんどが去って行った。

「さてと、それじゃあ調査を始めましょうか」

ゲオルグが明るくそう言うと、2人は首を縦に振った。





研究室内部の資料やデータの調査に向かったフェイト・クリーグと別れ、
ゲオルグはついさっき自分たちが倒した猛獣の死体の前に立っていた。
フェイトが首を切り落とした方の死体の周りはどす黒い血が池のように
なっていたため、ゲオルグは自分自身で脳を貫いた方の死体を調べていた。

巨大な頭のところに歩み寄ると、ゲオルグは額の部分に目を凝らした。
そこには親指大の宝石のようなものが埋め込まれていた。

「やっぱりあったな・・・。レーベン」

《なんですか?》

「この宝石みたいなものをスキャンしてくれる?」

《了解しました、マスター》

ゲオルグが待機状態のレーベンをかざすと淡く光る。
しばらくそうしていると、レーベンの光が消えレーベンが声を発する。

《終了しました、マスター》

「何か判ったことはある?」

《この石はこの獣の脳と直接リンクしているようです。
 そして、この中にはとてつもない量の魔力が封じられています》

「とてつもない量?」

《はっきりしたことは言えませんが、魔力量だけで言えばSランクの魔導師にして
 100人分以上は軽く》

「なんだって!? そんなのロストロギアレベルじゃないか!?」

ゲオルグはレーベンの言葉に驚き、ついつい大きな声を上げてしまう。

《というより、ロストロギアそのものではないかと》

「ロストロギアそのものって・・・」

《この石の反応は古代ベルカ時代に兵器のエネルギー源として使われていたものと
 一致します。 恐らく間違いありません》

「回収できるかな?」

《可能です。この生物はすでに死亡していますので、脳とのリンクもすでに
 断ち切られています。 物理的に取り出す分には問題ないはずです》

「わかった。 じゃあやってみるよ」

ゲオルグはそう言うと、レーベンを再びセットアップし宝石の側に突き立てる。
そして宝石をほじくりだすようにして死体から切り離すと、自分の掌の上に
宝石を乗せた。

「この中にそんな莫大なエネルギーが入ってるなんて・・・」

《そんなものですよ》

レーベンの軽い口調に呆れたのか、ゲオルグは小さくため息をつく。
そのとき、奥の方からゲオルグの方に向かってくる足音が響いてきた。
ゲオルグが目を向けると、フェイトとクリーグが小走りで向かってきていた。

「私たちはだいたい調査を終えたけど、ゲオルグのほうは?」

「僕の方も終わったよ。 それで、フェイトさんの方は何か収穫はあった?」

ゲオルグがそう尋ねると、フェイトは暗い顔でうつむく。

「うん。 この研究所が何をしていたのかはつかめたよ」

「じゃあ、なんでそんなに暗い顔をしてるのさ?」

ゲオルグが首を傾げながら尋ねると、フェイトはちょっとね、と小さく言って
研究所の出口に向かって歩き始める。
フェイトからは何も聞き出せないと判断したゲオルグは、そのあとを追いながら
クリーグに小声で話しかける。

「クリーグ士長。 いったい何を見つけたんですか?」

「すいません。俺もフェイトちゃんの手伝いをしてるだけだったので、
 詳しいことは判りません」

「そうですか・・・」

ゲオルグはそう言うとフェイトの背中を追った。
フェイトに追いつくとその肩に手をかける。
足を止めたフェイトは首から上だけで振り返る。

「なに?」

「奥で何を見つけたのか教えてよ」

「・・・ゴメンね。戻るまで待ってほしいな」

フェイトは小さくそう言うと、目線を前に戻して足早に進み始めた。
ゲオルグは一定の距離を保ってフェイトの背中を追った。

 
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