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トリスタンとイゾルデ

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第一幕その七


第一幕その七

「それだけです」
「逃げるわけではないですね?」
「アイルランドの不思議な術のことは知っています」
 トリスタンはイゾルデの言葉に応えるようにしてこのことを話しだした。
「薬のことも」
「それが何か?」
「だからこそ受けましょう」
 ブランゲーネがここで差し出した黄金の杯を受け取った。渡すその手が震えているのも見えていたがあえてそれは無視するのだった。
「償いの誓いの為に」
「受けられるのですね」
「トリスタンの名誉は最高の忠誠」
 イゾルデに応えて今また告げた。
「そして苦痛は大胆な反抗と心の偽り」
「だから受けられると」
「予感の夢、永遠の悲しみの唯一の慰め」
 さらに話す。
「今名誉の為に忘却の妙薬を恐れることなく飲み干しましょう」
「欺瞞は許されません」
 イゾルデもまた言う。
「半分は貴方が」
「はい」
「そして半分は私が」
 イゾルデは今度はこう言う。
「飲みましょう」
「わかりました。それでは」 
 二人は見合ったまままずはトリスタンが杯の中にある酒を飲んだ。彼が半分飲むとその後でイゾルデが杯を受け取って飲んだ。飲み干し杯がブランゲーネの手に戻るその間二人は動きを完全に止めていた。それから次第に身震いしだして見詰め合い。まずはイゾルデが口を開いた。
「トリスタン」
 彼の目をじっと見ていた。その黒い目を。
「イゾルデ」
 そしてそれは彼も同じだった。黒い瞳を見ていた。
「不実にして優しき人」
「至高の人」
 二人はそれぞれ言うのだった。
「今私は心に従うことに」
「なろうとは」
 見詰め合いながら言葉を交えさせる。しかしここで。
「着いたぞ!」
「コーンウォールだ!」
 甲板の方から声がする。
「万歳!万歳!」
「王に栄光あれ!」
「姫様、着きました」
 ブランゲーネは忠実な従者としてマントを持ってイゾルデに近寄った。
「ですから。これを」
「トリスタン様」
 クルヴェナールもまた部屋に来た。
「王が来られています。花嫁を迎える喜びにあふれて?」
「誰がだ?」
 だがトリスタンはイゾルデから名残惜しそうに視線を離してからそのクルヴェナールに問うた。
「誰がいるのだと」
「王です」
 クルヴェナールは素直に答える。
「王ですが」
「どの王だ」
「何を言われるのですか?」
 クルヴェナールには今の主の言葉の意味を察しかねたがそれでも答えるのだった。
「この声を御聞きになれば」
「万歳!万歳!」
「マルケ王万歳!」
「伯父上が・・・・・・」
「あの呼び声は一体」
 イゾルデもまたトリスタンから名残惜しそうにトリスタンから視線を離してブランゲーネに対して問うた。
「何ごとなの?」
「姫様、何を」
 ブランゲーネはいぶかしむ顔でそのイゾルデに問い返した。
「何を仰っているのですか?」
「私が飲んだのは苦しみのない湖の中へ向かう妙薬の筈」
 イゾルデは己が仕込んでいた魔術の薬のことについて考えた。
「けれど。どうして」
「まさか。その妙薬とは」
 ブランゲーネは恐る恐るその薬について考えた。
「死への誘いのものではなく愛への」
「トリスタン・・・・・・」
 もう薬のことは考えられずトリスタンをじっと見詰めた。
「私は」
「イゾルデ・・・・・・」
 そしてそれはトリスタンも同じだった。彼もまた熱い目でイゾルデを見て離れない。
「私もまた」
「私は生きなければならないの?」
 今にもトリスタンに倒れかからんばかりに語る。
「このまま苦しい光の中で」
「企みの喜び」
 トリスタンもイゾルデを今にも抱き締めんばかりになっていた。
「欺瞞の生んだ幸いよ」
「万歳!万歳!」
「コーンウォール万歳!
 熱く、それでいで苦しく辛い目で互いを見る二人。しかし今船はコーンウォールに着いたのだった。光が二人を迎えるが彼等はその光を忌々しげに見るのだった。
 
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