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ちょっと違うZEROの使い魔の世界で貴族?生活します

作者:うにうに
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本編
  第53話 入学準備もトラブル続き 前編

 こんにちは。ギルバートです。免税期間が終わってしまいました。何とか赤字を許容範囲に収める事が出来たので良かったです。そして私は、トリステイン魔法学院入学準備の為、仕事の引き継ぎ等で大忙しです。それはそれで構わないのですが、入学前にどうしてもやっておかなければならない事があります。

 ……そう。私の固有武器の作成です。

 これから厄介な敵と相対する事になる(可能性が極めて高い)ので、信頼のできる武器を絶対に手に入れておきたいのです。そしてそれには、父上と母上の模擬戦で認めてもらわなければなりません。それなのに……

「ギルバート様。大丈夫ですか?」

「……なんとかね」

 そう言いながら起き上ると、黒髪のメイドがタオルを差し出してくれました。

「ありがとう。シエスタ」

 そのタオルと受け取ると、汗まみれの顔を拭きます。先程まで母上と模擬戦をしていたのです。

「ッゥ」

 母上に打たれた左腕が痛み、思わず声が漏れてしまいました。そんな私を黒髪のメイド……シエスタが心配そうに見ています。

 何故彼女がここに? と思うかもしれませんが、彼女は私専属のメイドをしているからです。彼女を魔法学院に連れて行く布石ですが、専属にすると言った時周りから白い目で見られました。っと、それよりも早く治療した方が良いでしょう。痛みも煩わしいし。

「カトレアの所へ行きます。体を拭く準備を……」

 自分で直した方が早いのですが、何か理由を付けて会いに行っておかないと後で拗ねられますからね。

「かしこまりました」

 彼女は軽く一礼すると、足早に去って行きました。

「もう少しなんだけどな……」

 空を見上げながら、思わず呟いてしまいます。先程の模擬戦もそうですが、あと一歩の所で如何しても勝てません。

 模擬戦でもらっているハンデは、父上と母上が魔法を一切使わないと言う物です。こちらも攻撃系の魔法は使用禁止ですが、支援・妨害系を一つだけ使う事が出来ます。ちなみにディーネは、私達が開発したウォークライを使用して勝利しました。

 注 ウォークライ ギルとカトレアが開発した水のラインスペル。術者本人の身体能力向上……と言うより開放する魔法で、人体のリミッターを緩和もしくは無効化する。一度発動すれば、効果時間が切れるか解除まで放っておける。発動中に別の魔法も使用可能だが、使い過ぎると筋肉痛でまともに動けなくなる。加減を誤ると体を壊す事になる。当然だが、習得訓練には多大な苦痛が伴う。トライアングルクラスの水メイジが、2人以上補助に入らないと危険。

 ただでさえ恵まれた身体能力を、この魔法でブーストして押し切った形です。(余談ですが、この魔法とアイス・バニッシャーを教えてから、魔法ありの模擬戦でもディーネに手も足も出せなくなりました)私も同様の魔法を使っているのですが、元の身体能力がディーネに劣るのが問題です。そうでなくとも父上と母上は、同じ手が二度も通用するほど甘くないのです。それを飛燕剣などの技で穴埋めして、あと一歩と言う所まで来ているのですが、そのあと一歩を埋める事が出来ないのです。

 ……如何にかするには、何か別に手を考えなければなりませんね。

 そんな事を考えながら、体を拭きカトレアの所へ向かいました。



 突破口が見えないまま2ヶ月も過ぎてしまいました。唯一救いと言えるのは、引き継ぎが進み訓練に時間を割ける様になった事です。

「とは言ってもなぁ……」

「あまり根を詰めるのも良くないわよ」

 私がぼやいていると、カトレアがそう声をかけて来ました。

「煮詰まっているなら、一度気分転換をしてみては如何かしら?」

「……そうですね」

 ここ最近のパターンでは「このままデートにでも……」と言う流れになります。それも良いかもしれませんが、結果として良い案が全く浮かんでいません。カトレアにも気を使わるだけなので、別の方法で気分転換した方が良いでしょう。

「少し趣味に走ってみましょうか」

「へっ!?」

 カトレアは私から距離を取り、警戒をし始めました。何故でしょう? ティアとレンもカトレアの後ろに避難しています。

「しゅ 趣味って…… 何をするつもり?」 

 こいつ等は、私の趣味を何だと思っているのでしょうか?

「ちょっと剣でも打ってみようかと」

「けっ けん!?」

「い 嫌じゃ!!」

 何故かカトレアの顔が引きつり、ティアはカトレアの後ろに必死に隠れます。レンも怯えていますね。

「如何したのですか?」

 尋常じゃない様子に、本気で心配になり聞いてみました。

「う うろこ 鱗を毟られるのじゃ」

 そう呟きガタガタと震えるティアを、カトレアがかばう様にしています。あれ? これって如何言う事ですか?

「ぎ ギル。いくらなんでも」

「ち 違いますよ。固有武器以外で、ティアの鱗は使いません。安心して下さい」

「やっぱりまた毟られるのじゃ!!」

 ティアが悲鳴を上げました。私の反論は「固有武器なら使います」と言った様な物……失言です。カトレアは非難する様な目で私を見ると、ティアとレンを抱え部屋から出て行ってしまいました。後で聞いた話ですが、加治場にいる私は相当怖いらしいです。

 如何してこうなった?

 まあ、とりあえずカトレア達の事は置いておくとして、趣味と言うか……実験の為に剣を打つ事にしました。実はディル=リフィーナにて、秘印術について少しだけ学んだのです。この知識を、このまま腐らせる手はありません。

 そして、秘印術とこの世界のルーンを上手く組み合わせれば、属性剣を作る事が出来るはずです。

 魔法が使える私が使うにはイマイチかもしれませんが、魔法が使えないサイトなら大きな武器となるでしょう。

 挑戦するのは火・水・風・土の四属性……いえ、土属性は厳しいので除外した方が良いですね。単純に属性を纏わせるだけでも、他の属性は使い手から精神力を集めて放出するだけ(水だけは周りから水分を集める凝縮)なのに対して、土は纏わせる物質の探知→理解して変化と採取→形成となります。ある程度の強度を確保する為とは言え、形成まで持って行くのは秘印術やルーンで再現するのが困難なのです。出来たとしても使用場所が限定されて、実戦では役立たずとなるでしょう。

 それ以外に使えそうな属性は、雷と氷……位でしょうか?

 この実験の成果を基に、火・水・風・雷・氷……五属性の剣を作り、サイトには使い分けさせるのが良いでしょう。

 あとサイトに必要なのは、ガントレットとグリーブですね。主原料にミスリルを使用し、重要な部分にはタングステン・ベリリウム合金を使います。拳・肘・膝を使った格闘戦を意識しつつ、武器を持っての戦いに本領を発揮するデザインにします。最初はサイトも重いと文句を言われるかもしれませんが、原作のサイトは防具を使わなさすぎなので、無理にでも使わせた方が良いでしょう。地味にルーンを隠す目的もあります。

 他にもマリヴォンヌに作成を依頼した、チェンジ・カード(衣服装備品収納・瞬間着替えのマジックアイテム)も早く作ってもらいたいですね。

 何時の間にか生産者(マッド)モードに入っているのに、この時は自分でも気付いていませんでした。皆がこの状態の私を、マッドギルと呼ばれてるのを後で知りました。心の中でルアーか!? と、突っ込みを入れた私は悪くないと思います。(そう言えば、こっちに来てから釣りをしてないな)



 サムソンとパスカルを巻き込み、昼夜も忘れてトンカントンカンやっていました。

 やっている事は簡単で“金属にルーンを刻みこみ折り返す”この一言で済みます。この繰り返しによって、金属自体に属性を付与するという技法です。その金属を鍛造して剣の形にし、その後制御の術式(ルーン)を組み込みます。保険として宝石を緊急避難経路として使い、魔力のオーバーロードで剣にダメージが行かないようにします。

 もう分かると思いますが、実験には成功し試作最終型(ロングソード)を作っている所です。自分でも予想外な程、順調に事が運びました。

 柄と鞘が完成すると、サムソンとパスカルと連れて外へと出ます。

「さぁ、楽しい試し打ちの時間ですよ」

 私がそう宣言すると、サムソンとパスカルが拍手をしながら歓声を上げます。歓声と言っても、2人だけなので寂しいですが……

「よし。行きますよ」

 私が宣言して試作最終型(ロングソード)魔力(せいしんりょく)を込めると、剣の周囲がバチバチと言い始めました。試作最終型の属性は雷です。

 そして十分なイメージを込めながら、5メイル先の訓練用案山子に向かって剣を振りおろしました。

 すると剣から雷球が飛び出し、案山子にあたるとバチバチと数秒帯電し焦げ跡を残しながら霧散します。

「せ 成功だ!!」

「やった!!」

 サムソンとパスカルが、嬉しそうに声を上げます。私もついつい笑みがこぼれてしまいました。出力を調整して峰打ち(みねうち)(正確には刀剣の側面でたたくので平打ち(ひらうち))すれば、スタンガンやスタンロッドの代わりにもなる優秀な武器です。

「試作品にしては上手く行きましたね。処分するにはもったいないから、配下(うち)のメイジに褒賞として渡すのも良いかもしれません」

 私がそんな事を呟くと、突然パチパチと手を打つ音が響きました。その発生源を探すと、以外と近い場所に女が1人居ました。

「見事だ。本当に素晴らしい」

 我々を称賛しながら近づいて来ますが、私達にはそれ所ではありません。私の事を広められると、強欲な馬鹿貴族の横やりで動きを封じられかねないのです。よく見ると女はトリステイン騎士の格好をしていますが、所々動きやすく改造されていて杖らしき物を持っていません。そしてその足運びは、生粋の剣士を連想させました。

 女……騎士……それにこの容姿。ひょっとして……

「おっと……失礼。そちらが警戒するのも無理は無い。まだ名乗っても居ないからな。私の名前はアニエスだ。アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン」

(やっぱり。何故彼女が此処にいる? 連絡を受けて居ませんよ。それにこの状況では、原作キャラとは言っても迂闊に信用するのは危険か)

 そんな事を考えながら、彼女の情報を頭の中で整理し始めます。

 父上とディーネが王都へ行っていた時期に、一部の貴族派がアンリエッタ姫を襲撃する事件が起きたそうです。それを防ぎシュヴァリエに任じられた事で、彼女の名は一気に名が知れ渡りました。そして父上とディーネは、何故か詳しい事を話してくれません。何故か嫌な予感がして来ましたね。

 それは置いておくとして、如何考えても彼女が此処に居る理由は無いはずです。確かファビオの情報では、トリステイン魔法学院でアンリエッタの護衛をしているはずですが……。

「私は名乗ったのだ。そちらの名前を伺っても……」

「失礼しました。私はギルバート。ギルバート・ド・ドリュアスです」

「やはり……な」

 何がやはりなのかと思えば、この黒髪が原因でしょう。それよりも……

「ミス・ミラン。この場への立ち入りを、許可した覚えはありませんが?」

 問題はそこです。別荘ならば、貴族の立ち入りを制限している場所は特にありません。しかしここは本邸近くの隊舎……いや、規模からすれば軍舎と言って良いでしょう。当然領軍の機密(主に私関連)もあり、それなりの警備を敷かれています。場合によっては、王家とドリュアス家の関係にひびを入れる事になりかねません。

「すまない。案内役が居たのだが、(はぐ)れてしまってな。困っている時に稲光を見えたので、来てみたのだ」

 嘘ですね。ドリュアス家が選出した案内人に、そんな間抜けは居ません。……居ないはずです。

「案内人の名前を教えていただけますか?」

「ディーネ嬢だ」

 お仕置き決定ですね。それよりも、普通にしていてディーネがそんなドジを踏む訳ありません。と言う事は、すきを突いて逃げて来た可能性が高い……まあ、どちらにしろアニエス(こいつ)には警戒が必要ですね。せめて目的だけでも割り出さないと、いざという時に対応出来ないかもしれません。

「では、本邸までお送りしましょう」

 これ以上ここに居て欲しくはありません。早々に退場願いましょう。

「サムソン」

 そのまま試作最終型(ロングソード)を渡し向き直ると、彼女の視線から属性剣が気になっているのが分かりました。目的はドリュアス製の剣か? いや、それならば正面切って依頼すれば良い。彼女の立場なら、アンリエッタや陛下から口添えももらえるはずです。家の心証を悪くする様な危険を冒す訳がありません。

「さぁ、こちらです」

「ああ」

 本邸に向かって移動を促すと、彼女は素直について来ました。そのまま無言で半ばまで移動した所で、沈黙に耐えかねたのかアニエスが口を開きました。

「少し聞いても良いか?」

「なんでしょうか?」

「先程の剣にか……」

「当家の機密となります。お答え出来ません」

 バッサリと断っておきます。ここであいまいな返事をすれば、すきを見せる事になりかねません。

「……そうか」

 会話が途切れた時に、こちらに走って来る人が居ました。

「ギル。ミス・ミランも……良かった。にげ……逸れたので心配していました」

 ディーネです。何を言い掛けたのでしょう? この娘は……。まあ、それは置いておくとして、僅かですが眉間に少し皺が寄っていますね。と言っても、私の笑顔を見て直ぐに青くなりましたが。この態度で“アニエスがディーネのすきを突いて私の所へ来た”のは確定と言って良いでしょう。

 現状でトリステイン王家は、ドリュアス家との関係を悪化させたくないはずです。反意を疑われているなら話は別ですが、それもありません。王家との関係は良好……と言うか、王家とドリュアス家は反目する理由が無い言って良いでしょう。王家は貴族派に対抗する為の配下を失う事になりますし、一方でドリュアス家は、陛下から認められている特権を失えば、領地経営が傾くのは目に見えています。公が無ければ私となりますが、陛下と父上の関係も良好と聞いています。

 と言う事は、他の貴族の差し金かアニエスの独断と言う事になります。

(現時点では判断する材料が足りないな。アルビオンの内乱で、諜報部の目を外に向けすぎたか。正しく“後悔先に立たず”ですね。今回は反省しておきましょう)

 そんな事を考えながらアニエスをディーネに預け、そのまま父上の居る執務室へと向かいました。

 コンコン

「入れ」

「失礼します」

 執務室では、父上が書類仕事に精を出していました。私が入室しても、その手が止まる事はありません。昔と比べるとだいぶ慣れましたね。その一方で母上は、一瞬だけ恨めしそうにこちらを見ました。そんな目をされても手伝いませんよ。

「父上。聞きたい事が……」

「なんだ?」

「ミス・ミランが、立ち入り禁止エリア……私の工房付近に侵入しました」

 そこで初めて父上の手が止まり、私の方を見ました。

「彼女の目的は今のところ不明です。他の貴族が関与している可能性も皆無ではありません。父上の方で何か情報を掴んでいませんか?」

 私はこの時、最悪“アニエスが本邸に来た理由”と“軍舎付近の見学理由”が分かれば良い。程度に考えていました。

「う うむ。まぁ な」

 何故か言い淀む父上。これは何かありますね。と言うか、分かりやす過ぎです。

「……それより、ミス・ミランの処遇は如何したの?」

 そこに母上が割り込んで来ました。父上をフォローしたと言うより、純粋にそちらの方が気になった様です。

「本人は“案内人と逸れて迷っただけ”と言っていたので、ディーネに預け客人として対応しています。彼女の立場が分からない以上、下手に何かする訳には行きませんから」

 言葉尻に“何故私に連絡しなかった?”と、非難を含ませておきました。父上が顔を顰めます。

「連絡しなかったのは、済まなかった。……ちなみに、その判断で問題無い。ミス・ミランは、アンリエッタ姫の紹介で来ている。保養の名目で来ているので本来なら(・・・・)別荘に滞在してもらうのだが、彼女に“優秀なドリュアス領軍を見学したい”と言われて、断り切る事が出来なかったのだよ」

 工房にこもる私の邪魔をしたくなかったのでしょうが、余計な気のまわし過ぎと言わざるおえませんです。しかし、それ自体は攻められませんね。それにアンリエッタの紹介なら、要請を断り辛いし下手な嫌疑をかける訳には行かないのです。そう言った意味では、危なかったです。

「……それから、彼女の行動に心当たりがある」

 ほう。聞かせてもらいましょうか。

「アルビオンの一件で、ディーネを連れ王都へ行った時の事だ」

 って、何故そんなにへこんでいるのですか? 父上。



---- SIDE アズロック ----

 ドリュアス領から騎獣を飛ばし、その日の内に王都に着く事が出来た。アルビオンへ向かったギルバートが心配だが、今は信頼して任せるしかないだろう。

 私のグリフォン、ディーネのペガサス、エディとイネスのヒポグリフを、騎獣舎に預ける。ペガサス関係のトラブル(盗難も心配だが、未だペガサスは聖堂騎士専用の騎獣と公言する者が居て、それ以外の者が所有していると教義を盾に取り立てようとする)が心配なので、今晩の内に安全な獣舎に移さなければな。それより……

「ディーネ。気が逸り少し飛ばしてしまったが、体調は本当に大丈夫か?」

 先程同じ質問をしたのだが、念の為もう一度聞いておく。

「大丈夫です」

 答えは先程と変わらなかった。顔色が若干すぐれないが、足取りはしっかりしている。今すぐ倒れる様な事は無さそうだが、無理をさせる事もないだろう。今日は私とエディで王宮へ行き、ディーネは明日以降に参上させれば良い。

「イネス。ディーネを宿屋に送った後に、騎獣達を安全に預けられる場所を確保し移しておけ。私とエディは王宮へ行く」

「「はい」」

 ディーネが不満そうな顔をしているが、文句は言って来なかった。自分の体調は、自覚しているのだろう。

「イネス。頼むぞ」

「はい」

 イネスの返事を確認すると、私はエディを連れて王宮へと向かう。

 予想通り王宮は、喧騒に包まれていた。

「ドリュアス侯爵だ。何故ここに」

 そして私が参上した事を、いぶかしむ貴族達が居るのは仕方がないだろう。そんな貴族達を無視して、陛下の下へと急ぐ。そして受付に謁見を申し込むと、そのまま別室へと通され、間をおかず陛下と3人の衛士が入室して来た。

「陛下。この度は……」

「前置きは良い。ドリュアス侯爵よ。そなたが此処に来たとうい事は、何かしらの情報を掴んでいるからだろう」

 何この期待。何処まで伝えるか決めてないから、まだ話せる事は殆ど無いのだけど……如何しよう。

「残念ながら多くは分かっておりません」

「そうか」

 陛下の顔が落胆に染まる。

「現時点で、私が確認している事をまとめると……」

 私は一息つくと、続けて分かっている事を羅列するように口にした。

「モード大公とその臣下の死を確認しました。大公に妾と庶子が居た事は事実です。大公邸襲撃時にエルフが目撃されました。そして、今回起こった襲撃の黒幕は、貴族派と神官である事。……更に、奴等がエルフの死体を確保している事と、その死体を証拠として大公がエルフと姦通したとされている事です」

 私がそこまで口にすると、陛下は頭を抱えてしまった。

「ドリュアス侯爵が報告すると言う事は、その情報は確定と見て良いな。王都に入ってきた情報では、エルフの事しか分かっていない。そしてそれを知った貴族派の馬鹿共が、それをネタに余の……王家の発言力を削りに来ている。それだけでも頭が痛いのに、過激な者達が血族である余やアンリエッタまで背信者だと吹聴しているのだ」

 そこまで口にした後に「弟の死を悼む事も出来ぬのか」と、本当に小さな声で呟いた。本音がこぼれたな。

 それよりも“弟がエルフと姦通した”と言うスキャンダルの方が問題だ。このスキャンダルを利用し、陛下にまで背信者のレッテルを貼ろうとしている。そしてそれを大義名分(いいわけ)にして、強行手段に出る者が居ないかが心配だ。

「となると、陛下やアンリエッタ様の警護は……」

「当然、増員している」

 陛下が一瞬だけ、後ろに控える衛士を見る。

「しかし、娘の護衛が問題でな。そうでなくとも、あの娘には窮屈な思いをさせているのだ。出来れば同性の……それも同じ年頃の護衛が居れば良いのだが」

 それは仕方がないだろう。烈風のカリンの影響で女性士官は増えたが、“護衛任務に見合う実力がある事”“信用のおける者である事”“いざという時は身を盾に出来る者である事”と言う三つの条件を加えると、残念ながら皆無と言うほかない。ならば、陛下の心労を少しでも減らすには……

「ならば、家のディーネを護衛に着けていただけないでしょうか?」

 ディーネに軍務を教える心算だったが、こうなっては仕方がないだろう。ディーネの実力は、陛下も良くご存じのはずだし、別荘でアンリエッタ姫の護衛経験もあるので問題無い。

「良いのか?」

「はい。ディーネの実力なら、問題は無いでしょう。それに私は大公とエルフの関係が、捏造でないかと疑い調査を命じておきました。結果は数日中に報告が上がるでしょう」

「おぉ。よろしく頼むぞ。ドリュアス侯爵」

「お任せください」

 あれだけの威厳を誇っていた陛下が、今はまるで気弱な老人の様だ。弟の死に弱気になっているのだろうが、早く以前の陛下に戻ってもらいたい。

 私はこの時本心からそう思っていたが、まさかディーネを付けた事を後悔する羽目になるとは思わなかった。



 翌日ディーネを連れて王宮に参上すると、貴族達に囲まれる羽目になった。こいつ等の目的はディーネだ。

 美人に成長した事もあるが、温泉の効果で肌も恐ろしく綺麗だ。それだけでなくディーネが、ギルバート特製の戦装束を身に纏っている事が、この状況に拍車をかけている。

 ベースとなっているのは、戦闘に邪魔にならない青いドレスなのだが、このドレスにはミスリル糸を布に加工した物を使っていて、それだけでも魔法や斬撃を殆ど通さない優れ物だ。その上にミスリル製のプレートメイルを着こんでいるが、大胆にパーツを削除しスピードの減衰を最小限に抑えてある。

 ギルバートは“運命の騎士王コス”とか言って笑っていたが、その意匠は見事としか言い様がない。他にも少し大胆な赤いタイプ(大胆過ぎると、ディーネに殴られデザインを修正していた)と、儀礼(見た目?)重視の白いタイプがありどちらも見事な出来である。

 そんなディーネの姿に当てられたのか、結婚だ婚約だと五月蠅くてかなわない。何より失礼が無い様に丁寧に断るのが面倒くさい。

 誰かと適当に婚約させてしまっても良いのだが、ディーネには問題があって外に嫁に出せないのだ。その問題とは、この娘……と言うか、家が筋金入りの始祖ブリミル嫌いである事だ。もし外に嫁に出せば、問題になるのは確定……カトレア嬢は家に染まっているのでギルバートは大丈夫だが、アナスタシアにも同様の問題がある。

 ……娘2人が下手に嫁に出せない。頭が痛い問題だ。

 そんな親の悩みも知らすに、ディーネは絶賛ご機嫌斜め中だ。イライラするのは分かるが、対応がぞんざいになるのはいただけない。話しかけてるく貴族はまだまだいるが、陛下に呼ばれている事を理由に話を切り上げる。

「ディーネ。落ち着きなさい」

「はい。お父様」

 多少落ち着いたが、余りゆっくりしない方が良いだろう。

「ディーネ。やる事は分かっているな?」

「はい。アンリエッタ姫の護衛……そして、話し相手になる事ですね」

「そうだ。これから姫の護衛隊長と顔合わせをする。彼女は平民らしいが、軍で実績を上げ魔法が使えない不利を覆した女傑と聞く。当然叩き上げの軍人と言う事になる。そう言った者は……」

「護衛に割り込んだ形になる私に不満を持つ。……ですね」

「そうだ」

 流石に理解が早い。エディとイネスも後ろで頷いている。日頃から領軍の面子と接しているから、その手の人種に慣れているからだ。この分なら、上手くやってくれるだろう。

「着いたぞ」

 昨日陛下と謁見した部屋だ。まだ約束の時間ではないが、部屋の前には既に番の者が立っている。彼に軽く黙礼をしノックする。

「入れ」

「失礼します」

 イネスとエディを外に待たせ、ディーネと二人で部屋へと入る。やはり先に陛下が来ていた。

「お待たせして申し訳ありません」

「良い。まだ約束の時間前だ」

「ありがとうございます」

 頭を上げると、昨日の衛士達だけでなく一人の女性騎士が居た。彼女が件の護衛隊長だろう。

「アズロック・ユーシス・ド・ドリュアス。ディーネ・ド・ドリュアスを伴い参上しました」

「うむ。ドリュアス侯爵よ。大儀である」

 陛下が大きく頷き、ついで女性騎士の方へ視線を向ける。

「私がアンリエッタ姫の護衛隊隊長を務めさせていただいているアニエスです。ドリュアス侯爵のお噂は、かねがね伺っております。今日はお会いできて光栄です」

「陛下から君の事は伺っている。なかなかのやり手と言うじゃないか」

「恐縮です」

 アニエス嬢は謙遜して見せるが、なかなか大きな成果をあげている。それは、昨今の政争で取り潰された貴族達への対応だった。諦めの悪い貴族達のやる事は決まっている。財産を持っての国外逃亡か、無謀なクーデターを起こすかだ。彼女は、それら貴族達を拿捕鎮圧の指揮を執ったのだ。叙爵の話も上がったらしいが、彼女が平民でありメイジでもない事から見送られたと聞いている。

 おっと。落胆している場合ではないな。

「私の娘のディーネだ。この子がアンリエッタ姫の護衛に参加させてもらう」

「よろしくお願いします」

 ディーネが頭を下げる。それだけで、アニエス嬢の表情が少し柔らかくなった。どんな娘を押し付けられるか、内心で戦々恐々としていたのかもしれない。

「……と言っても、護衛とは名ばかりの話相手だがな」

 そう言って笑ってやると、ディーネは不服そうな顔をした。それを見た陛下とアニエス嬢が、つられて笑い出す。

「一応、領内で亜人・魔獣・盗賊の討伐経験はあるし、当家の別荘でアンリエッタ姫の護衛経験もある。足を引っ張る様な事は無いので、よろしく頼む」

「了解しました」

 アニエス嬢は、笑顔で了承してくれた。

---- SIDE アズロック END ----



 何故そこで話が止まるのでしょうか?

「父上。続きは?」

「……済まん。陛下とアニエス嬢に、アロンダイトの製作者がばれた」

「……

 …………

 ………………はっ?」

 想定外の発言に、理解が追いつきませんでした。と言うか、話しが飛びすぎです。

「アズロック。その話、私も聞いてないわよ」

 どうやら母上も知らなかったようです。

「ディーネを預けて3日目の夜に、ギルバートから報告が届いたのだ。それを伝える為に陛下の下へ向かったら、王宮内が騒がしかった。その理由はアンリエッタ姫が襲撃されたからだった。幸い姫は無事だったのだが、その代わり……」

「そこからなんでばれるのですか!?」

 そう言うと、父上は目を逸らし黙ってしまいました。

 この様子では、このまま父上を問い詰めても無駄に時間がかかりそうです。それよりも、もう1人の当事者を問い詰めた方が良いかもしれません。

(ティア。今すぐディーネを執務室に連行して下さい)byギル

(えっ!? あるじ?)byティア

(事情説明が面倒なので、《共鳴》の発動を許可します。ディーネは客人の相手をしていますが、カトレアに引きついでもらいなさい。……早く)byギル

(お 応 分かったのじゃ)byティア

 念話を終えると、直ぐに《共鳴》が発動しました。ティアとカトレアが、迅速な対応をしてくれているのが分かります。そしてほんの10分程度で、ディーネが執務室に連行されて来ました。

 ディーネ。何故そんなに青い顔をしているのですか? まぁ、そんな事は如何でも良いです。

「何故ここに連れて来られたか分かっていますね?」

 ディーネが、力無く頷きます。そして僅かに逡巡した後、口を開きました。



---- SIDE ディーネ ----

 お父様と別れた後、私はアニエス殿と共にアンリエッタ姫と挨拶をしました。

「お久しぶりです」

「ディーネ。あなたが来てくれて、とても嬉しいわ。ご家族は元気?」

「はい。みんな元気にしています」

「そう。良かったわ。アナスタシアは……」

「はい。頑張っていますよ。あれから……」

 そのまま雑談が始まってしまいました。嬉しそうに話すアンリエッタ姫に、アニエス殿も最初は黙っていましたが、半刻も過ぎた所でいい加減痺れを切らしたようです。

「そうそう。あの時は……」

「姫様」

「あっ。ごめんなさい。話しが止まりませんでしたわ」

 余ほど話に夢中になっていたのか、我に返った姫がアニエス殿に謝ります。しかしその顔には、年相応な笑顔が浮かんでいました。

「いえ。こちらこそ、お話をさえぎってしまい申し訳ありません。これからディーネ嬢と、護衛に関する打ち合わせをします。彼女は姫の一番近くで護衛してもらう事になると思います」

 おしゃべりは、その時の楽しみに取っておいてくれと言う事ですね。

「まあ。それは楽しみだわ。楽しみに待っているわ」

「はい。失礼します」

 笑顔の姫と別れ、連れて来られたのは練兵場だった。まあ、予想通りではある。

 そして隊員の一人が、刃引きしたロングソードを持って来る。

「悪いが、これから一緒にやって行くのだ。そちらの実力は把握しておきたい」

 しかし私の分が無い。まさかとは思うが……

「そちらは腰の物を使え」

 やはり。侮られているな。アロンダイトを使ったら、実力も何もないと思うのだけど。そんな事を思っていると、アニエス殿が先に切りかかって来た。

「行くぞ」

 私は大きくバックステップしながら、居合の様に鞘からアロンダイトを引き抜く。

「ッ!?」

(黙っていなさい)

(はい。マスター)

 驚いたアロンダイトが声を出しそうになるが、それを無理やり黙らせる。もしインテリジェンスソードである事がばれれば、ギルを怒らせる事になりかねないからだ。それは避けたい。

 それにこれ以上の攻撃は無い。現にアニエス殿は、その動きを止め自分の手にあるロングソードを見つめてる。

「まさか、これ程とは……」

 ロングソードは刃の中程から先が、綺麗に無くなっていた。私が斬り落としたからだ。言うまでもないが、斬鉄は一流の刃と一流の使い手を揃わないと起こり得ない。まして対象が動いているとなると、その難易度は更に跳ね上がる。

「文句のつけようがないな」

 そう言うと、切り落とされた刃先を拾い、先程ロングソードを持って来てくれた隊員に廃棄を頼む。

「実力は認める。流石はアズロック様の娘だ。次は護衛の配置について詰めるぞ」

「はい」

 その後開かれた会議では、別荘の護衛経験を生かす事が出来た。私も多くの事を学ぶ事が出来たが、アニエス殿の部隊はメイジ居ないので、私の意見は大いに参考になった様だ。それが良かったのか、彼女達に認めてもらう事が出来た。お父様の存在もあるだろうが、この信頼は私が実力で勝ち取った物だ。この縁は大切にして行きたい。



 この三日で私とアニエスは、互いの名を呼び捨てにする間柄になっていた。彼女の部下達とも良好な関係を維持出来ている。今は、今日の護衛任務のミーティングが始る所だ。何時もならそれほど時間がかからないのだが、今日はそうもいかない事情があった。それと言うのも……

「既に一部の者は知っていると思うが、先程上から今晩の舞踏会は中止しないと通達があった。……そしてその舞踏会には、陛下と姫様も参加される。当然と言えば当然だが、今までの護衛と比べると難易度は一気に跳ね上がる。今から、その対策を話し合おうと思う」

 私を含め隊員達が顔を顰める。モード大公の件があってから、そう言った催し物は不謹慎として全部中止になっていたのだ。

「何故そのような事に……」

 隊員の一人が思わず呟く。これはこの場に居る者達の総意と言って良いだろう。

「モード大公にエルフの妾が居ると言う情報が、貴族達の間に広まり過ぎた様だ。加えて今の自粛ムードが、貴族達にとって面白くないのだ。ハッキリ言ってしまえば、“そんな異端者に気を使い自分達の楽しみを邪魔するな”と、言う事だな」

 アニエス。ぶっちゃけ過ぎです。皆も青筋浮かべない。この程度でキレて居たら、先に皆の血管が切れてしまいますよ。……それよりも私は、“どうやって陛下を言いくるめたか?”の方が気になります。

「まあ、冗談はそこまでだ。舞踏会でのフォーメーションを決めるぞ」

 半ば以上本気だったくせに。空気を読んで突っ込まないけど。

「今回の舞踏会には、マリアンヌ様は欠席される。行き帰りの馬車は、陛下と姫で別の馬車を使う。それから……」

 アニエスは幾つかの注意事項を口にし、そのまま会場の見取り図を取り出すと、フォーメーションの打ち合わせを始める。そして最終的に会場では、私とアニエスがアンリエッタ姫に付き添い、他の者達が会場の警備を固める形となった。

「以上だ。何か質問はあるか?」

 手を挙げる者は居ない。質問は無い様だ。

「では解散とする。今日は舞踏会があるとは言え、それ以外はいつも通りだ。手を抜くんじゃないぞ」

「「「「はい」」」」

 隊員達は、それぞれの持ち場へと散って行く。

「さて、如何しますかね」

 このままアンリエッタ姫の所へ向かおうかとも思ったが、その前に舞踏会に向けて一度装備の点検をしておこう。この短期間でアロンダイトにガタが来る事は無いが、それと汚れは別物だ。何度か使ったので、一度洗浄しておいた方が良いだろう。

 作業服に着替えた私は、王宮内にある軍舎の兵器保管庫に併設されている用具室へ向かう。そこには武具のメンテナンス用の道具が常備され、メイジの下級士官や平民士官が武具の手入れをするのに利用しているのだ。

 私は砥石等が置かれているエリアを通り抜け、武具用の洗浄水槽の前まで移動した。そしてアロンダイトを鞘から抜き、分解を始める。

(マスター。また洗浄ですか?)

(ええ。今夜は舞踏会での護衛ですので、見た目でなめられない様にしておいた方が良いですから)

(必要ないと思いますが?)

(やるべき事はやっておくべきです)

 アロンダイトの反論が無くなったので、そのまま作業に没頭する。分解したパーツを、洗浄層(ギルとマリヴォンヌ設計のマジックアイテム。王族の護衛から話が広がり売りだした。俗に言う超音波洗浄機)に投入。洗剤を入れ魔法で水を満たすとスイッチを入れる。本来なら剣の手入れは、油を塗布した布で磨くのは普通だ。だが《固定化》が掛かっている物は、油で刀身を保護する必要が無い。目に見えるごみや汚れが落ちたら、水槽から取り出し水分をある程度拭き取る。そして“ギル特製のアルコール溶剤”を付けた柔らかく清潔な布で、表面を傷つけないように磨くのだ。

 そこまで作業が進んだ時に、不意に声をかけられた。

「ディーネ。装備のメンテナンスか?」

「はい。私の方は、組み立てれば終了です。アニエスもですか?」

 後ろからアニエスが見ている様だが、私は振り返る事無く作業を続ける。こういった作業は、何かに気を取られると失敗してやり直しになる事が多いからだ。やがてアロンダイトが組み上がり、私の作業は終了した。

「見事な物だな」

「ありがとうございます」

 アロンダイトを褒められて、私も悪い気はしない。

「その剣もドリュアス領産だろう」

「はっ!?」

 突然振られた話に、私は否定しそびれてしまった。タイミングを見て、否定しておかなければ……。

「私のロングソードもドリュアス領産なのだよ。大枚はたいて、トライアングルクラスの土メイジに《固定化》と《硬化》をかけてもらっている」

 そう言いながらアニエスは、剣を分解し次々に洗浄層へ投入して行く。茎部分(タング)に、ドリュアス領産である証の印と通しナンバーが確認できた。そのナンバーから、生産開始初期の物だと分かった。

「水を汲みに行く手間が省けたよ」

 元々アロンダイトに汚れは殆ど無かったので、水槽内の水はその透明度を維持していた。続けて使っても何の問題もない。

「アニエスの剣は、初期に造られた物ですよね」

「ああ。貴族や愛好家に知られる前に買えたのは僥倖だったよ。今同じ剣を買おうとしたら、値段は数倍……下手をすれば数十倍は出さなければ買えない」

 そう言って笑うアニエス。しかし次の言葉は、全くの予想外だった。

「確か、サムソンとパスカルだったか」

「へっ!?」

 思わず変な声が出てしまいました。アニエスが何故その名を知っているのですか?

「ドリュアス領に行って新たな技術を学び、更なる躍進を遂げた様だな。剣を扱う者として、良い剣が出来る事は何よりも嬉しいよ」

「……サムソンとパスカルの名を何処で?」

 そう質問するのが精いっぱいでした。

「ああ。結構有名な話だぞ。バカ領主が、サムソンの娘を手篭めにしようとして逃げられた話は……。暫くしてから、彼ら独特の特徴がある武具が出回れば誰でもわかるだろう。彼らの武具を愛好していた者達は、ドリュアス領産の武具を見て歓喜したと言う訳だ。私もこの剣を、何度売ってくれと頼まれた事か」

 嬉しそうに話しながらも、決して手を止めないアニエス。洗浄が終わり水槽から剣を取り出すと、サムソンとパスカルが打った剣の特徴を律義に教えてくれた。アロンダイトまで引き合いに出されたので、今更否定しても滑稽なだけだと思い知らされたのだった。



 舞踏会は無事に終わった。アンリエッタ姫の護衛で、終始彼女の後ろに控えていたが、やたらと話しかけて来るボンボンが多くて護衛し辛かった。護衛任務を妨害する敵として、切り捨ててやろうかと何度思った事か……

「疲れましたね」

 ついそんな弱音が漏れる。

「まだ帰りがあるぞ。むしろここからが一番危険だ」

 アニエスに喝を入れられる。その通りなので素直に頷いておく。

「先ずは陛下の馬車が先に出て、姫様の馬車はそれに続く形となる。先頭から中程までは、陛下の護衛を務める衛士隊が固める。我々は予定通り、馬に乗り後列に付く。ディーネは姫の馬車に同乗してくれ」

 アニエスの指示が飛び、隊員達はそれぞれの配置に着いて行く。

「姫。こちらです」

 私はアンリエッタ姫をエスコートして、馬車の中に導いた。本来なら男がする仕事なのに……。こんな事ばかりしていると、ギルにヅカキャラとか言われそうだ。(以前一度言われて、ボコボコにした記憶あり)乙女である私に、男前と言う評価は甚だ不当だと断言する。

「ディーネさん。如何なされたの? 少し怖い顔をされているわ」

「いえ。なんでもありません。少し嫌な事を思い出しまして……」

「詳しく聞かない方が良いかしら?」

「そうしてもらえると助かります」

 笑顔を見せるアンリエッタ姫に、私の陰鬱とした気持ちが晴れて行くのを感じた。最近の彼女は伯父の死に加え、居るかも分からない襲撃者に怯えて、王宮の奥に閉じ込められて居たのだ。久しぶりに外に出れたと考えれば、この様な舞踏会でも気晴らしになっただろう。馬鹿男の多くを、私が引き受けた形になったのも大きい。

「姫。そろそろ出発する様ですよ」

「その様ですわね」

 座席に座ると、直ぐに御者が出発を告げる。馬車が動き出してからは、先程の舞踏会の事が話題となった。ほんの僅かな瞬間とは言え、彼女本来の笑顔を見れたのは良かったと思う。護衛中に笑顔が見られなかった訳ではないが、何処か影があったから。

 舞踏会が開かれたのは、モード大公邸襲撃事件が収束し始めたから。と、言う風に見えるのだろう。実際にアンリエッタ姫を始め、多くの貴族達はそう判断している様だ。陛下が舞踏会開催を了承したのは、この辺りが理由なのかもしれない。いや、これでは理由として弱いな。となると、異端者である弟を切り捨て、無関係だとアピールする必要があったか。邪きょ……狂信者(ブリミル教徒)は、本当に救いがない。

 そんな事を考えていると、爆音と共に馬車が急停止した。

「きゃっ!!」

「何事!?」

 転倒しそうになったアンリエッタ姫を抱きとめ、警戒しながら覗き窓から外を見ると、陛下が乗っている馬車から煙が上がっていた。どうやら、車輪付近に火の魔法が着弾した様だ。このままでは焼かれると判断したのだろう。陛下が馬車から脱出し、数名の護衛と共にこちらへ逃げて来ている。

 周りの様子を確認するが、敵は前方に居る数名のみ。他に隠れられそうな場所もない。燃える馬車がブラインドになっているので、敵は未だ馬車を攻撃している様だ。こちらに被害が出たのは、不意打ちによる最初の一撃のみで、それ以外は衛士隊が完全に防いでいる。

 余りにもお粗末な襲撃だ。敵は素人か。これなら問題ない。

「錬度も数も衛士隊の方が数段上です。すぐに終わるでしょう」

「ほ 本当?」

「はい」

 私が断言すると、アンリエッタ姫の顔から悲壮感が消えた。

 ……それほど時を置かずに、外の争う音は消えた。襲撃犯は取り押さえられ、今は衛士隊とアニエス達が周りの警戒を始めている。

「先に馬車を降ります。もう少し我慢して下さい」

 覗き窓越しに陛下を心配する姫に、飛び出さないように注意する。そこにアニエスが駆け付けて来た。

「姫に怪我は?」

「ありません」

 私も馬車の外に出て警戒するが、新たな襲撃者は居ない様だ。

 やがて一人の衛士がこちらに来て「もう大丈夫ですよ」と宣言する。その言葉を待っていたとばかりに、アンリエッタ姫が馬車の外へ飛び出した。

「お父様!!」

 この時油断が無かったとは言わない。だが、まさか衛士隊の中に裏切り者が居るとは思わなかった。

「おい!! おまえ。何をしている!!」

 最初に気付いたのは、裏切り者の一番近くにいた衛士だ。しかし、その声が響いたのは、魔法の完成と同時だった。

 発動した魔法は、エア・カッター。狙いは陛下。射線上には誰も居ないので、誰かが盾になる事は不可能。当然、防御魔法も間に合わない。

 そこまで判断出来た所で、私はアロンダイトの鞘を陛下に向かって投げていた。

「守れ!!」

 私の叫びと共に、鞘に仕込まれた《障壁》が発動する。

 結果は……土埃の所為で、直ぐには確認出来なかった。だが、それを気にしている余裕はない。裏切り者の次のターゲットが、アンリエッタ姫だからだ。私とアニエスが裏切り者と姫の間に割り込み、自分の体を盾にする。事態が事態なので、アロンダイトの魔法吸収能力を使うのも仕方がない。

「エア・カッター」

 私が構えると同時に、裏切り者の魔法が完成する。

 ……だが魔法は私達をそれて行った。よく見ると、裏切り者は数メイル離れた位置に転がっている。ウインド・ブレイク等の魔法で吹き飛ばされ、気絶したのだろう。狙いがそれたのは、撃つ瞬間に魔法を当てられたからか。

「助かった……様だな」

 アニエスの口から、そんな言葉が漏れる。今の魔法を生身で受ければ、先ず助からない。私の装備なら死ぬ事は無いだろうが、それも露出した頭にあたらなければの話だ。魔法の直撃など、間違っても受けたくは無い。

 姫に怪我がない事を確認すると、陛下の下へ行くと言うのでついて行く。どうやら陛下の方もご無事の様だ。

 ようやく一段落つける。安心した所で、先程助けてくれた人が気になり周りを見渡す。すると一人の衛士が、こちらに軽く手を振っていた。訓練所で何度か見かけた事があるが、名前が分からない。それを見たアニエスが……

「あれはワルド子爵だな。彼の魔法に助けられたのか」

「ワルド子爵? 《閃光》の?」

「ああ。そのワルド子爵だ」

 確かワルド子爵と言えば、熱心なブリミル教徒として有名だったはずだ。それを思い出すと同時に、彼への興味は消え失せた。ハッキリ言って関わりたくない。たが、助けてもらった事に変わりはない。礼は言っておきたいが、今は状況が状況なので軽く黙礼するに止める。

 衛士隊のリーダーから、次々と指示が出されて行く。裏切り者が出た事から、汚名返上に必死になっているのだろう。

 馬車がダメになってしまったので、陛下はアンリエッタ姫の馬車に同乗する事となった。馬車の護衛は衛士隊が務め、襲撃者と裏切り者の処理は、衛士一名とアニエス隊(+私)が担当する。やはり魔法が使えないアニエスの隊は、こう言う時に割を食う事になる。

「ミス・ドリュアス」

「はい」

 突然陛下に呼ばれて何事かと思ったが、その手の中にアロンダイトの鞘があったので要件は直ぐに分かった。同時にアロンダイトが抜き身である事に気付き、流石に不味いかとも思ったが、鞘が陛下の手にあるので開き直る事にした。

「大義であった。そなたが居なければ、余は生きては居なかっただろう」

「勿体なきお言葉です」

 私が頭を下げると、鞘を差し出してくれたので受け取り剣を納める。これから私は、アニエスと一緒に裏切り者の後始末が待っている。

「ディーネ」

 その場を辞そうとした所で、アンリエッタ姫が不安そうな声をだす。衛士隊に裏切り者が出たので、私達が離れる事に不安を感じたのだろう。気持はよく分かる。しかし、今は不味い。今最優先でやらなければならない事は、何を置いても安全な場所に退避する事だ。処分等は、その後で良い。そう思った所で、先に陛下が口を開いた。

「アンリエッタ。不安なのは分かるが、今は護衛を……」

「マスター!!」

 それをアロンダイトの叫びで中断させられた。その声で振り向くと同時に、空中に巨大な火炎球が現れる。なんて事は無い。裏切り者は、もう一人居たのだ。

「陛下!!」

 衛士達が騒ぐが、もう遅い。火炎球は、既に放たれている。トライアングルクラスの魔法使いが、渾身の力を込めて放ったであろう魔法だ。この威力なら、《障壁》ごと目標を焼き尽くす事が出来る。しかしそれは、この場に私達が居なければの話だ。

 私は無言でアロンダイトを抜き……

 火炎球へと投げた。

「マスター!! それは無いですぅ――――!!」

 アロンダイトが、情けない声を上げならが飛んで行く。だがその効果は絶大だった。

 火炎球にアロンダイトがぶつかると、その炎の大半が消失する。喰いきれなかった炎も、何も無い地面に降り注ぎ消えた。

「ば バカな!! だが、もう一発うて れ ッ!?」

 こちらに“防御手段がもう無い”と思ったのだろうが、残念ながらそれは不可能だ。周りの衛士達が、それを許す訳がない。何よりも、私が再び(・・)鞘から引き抜いたアロンダイトが、それを許さない。

「マスター。投げるのは酷いです。ここは格好よく、火炎球を切り裂く所でしょう」

「嫌ですよ。髪が焦げます」

「そ そんな……」

 私達がそんな言い合いをしている間に、もう一人の裏切り者は衛士達に拘束された。私の手に戻ったアロンダイトを見て呆然としていたので、拘束自体は至極簡単だっただろう。

「陛下。姫。裏切り者を……」

「ヒッ」

 報告に来た衛士に怯え、アンリエッタ姫が私の後ろに隠れてしまう。流石に二人続けてともなると、陛下と私も姫に何も言えなくなってしまった。そして陛下が大きくため息を吐くと、その口を開いた。

「衛士隊の半数を、裏切り者の処理にまわせ。残りは引き続き護衛をするように。アニエス隊は、アンリエッタの護衛を続けよ」

 その指示に不満を持つ者もいただろうが、流石に失態がこれだけ続けば文句も出ない。それよりも問題は、残っている馬の数だ。幸い姫の馬車に繋いであるユニコーンは無事だが、衛士達の馬は魔法攻撃に驚いて、その多くが逃げ出してしまった。

「陛下。姫。馬車へお乗りください。私とディーネが馬車に同乗します」

 アニエスも含め四人では、かなり狭いが仕方がないだろう。御者席は無理やり詰めて三人乗せ、覗き窓の前には二人乗りの馬で衛士が見えない様に目隠しする。そして残る馬を衛士達に提供し、私達の周りを衛士達が固める形にした。そして外の指揮は、衛士隊のリーダーに任せる。

 伝統ある衛士隊に最大限配慮したのだ。アニエスとしても、ここで恨みは買いたくないのだろう。それに花型である衛士隊に借りを作るのは、決して悪い事では無い。……と言うのは建前で、アニエスが衛士隊を指揮しようとすれば、反発から何が起こるか分からないからだ。

 出発の準備が整い、馬車は動き始めた。後は……

「ディーネ。その剣について聞かせてもらいたいのだが……」

 ほら。やっぱり。《障壁》《魔法吸収》《帰還》の三つの力を見せてしまいましたから。これは陛下の前で、根掘り葉掘り聞かれるな。

---- SIDE ディーネ END ----



「それから如何なったのです?」

「幸い無事に王宮にたどりつく事が出来ましたが、アロンダイトがドリュアス領産である事がばらされ、そしてサムソンとパスカルの名も陛下と姫に知られてしまいました」

 そこまでされて、良く現状維持まで持って行けましたね。感心してしまいます。

「如何すれば良いか分からなかったので、私は“私の独断では話せない”の一点張りで通しました。そこに父上が来てくれて……」

 ディーネが父上の方を見ます。

「続きは私が話そう。アロンダイトの製造にサムソンとパスカルが関与しているは、陛下にも確信されてしまった。ここで下手な隠し立ては、陛下の信頼を損なう事になりかねないのは分かるな?」

 私は頷きながら……

「そしてその事が漏れれば、サムソンとパスカルを“(表向きは)国によこせ”と言う貴族が出て来る」

 父上は頷きました。

「私もサムソンと交わした盟約は知っている。私は如何しても陛下やアニエスに、その事を内密にしてもらう必要があった。だから……」

「私の名前を出した」

 父上は頷きました。

 サムソン達を守るのは、貴族としてドリュアス家が結んだ盟約です。それを破る訳には行きません。ならば、製作者の要が私であるとバラし、私が嫡子である事を前面に立てるしか無かったと言う訳ですね。王家も功がある家を、ぞんざいに扱う訳には行かないですから。

「口止めの方は……」

「衛士隊の口止めは大丈夫だ。裏切り者の件を無かった事にする代わりに、沈黙するように陛下が釘を刺した。もちろん裏切り者は、適当な理由を付けて家ごと処分された。ちなみに襲撃者拿捕の手柄は、アニエス隊の方にまわされたがな」

 衛士達からすると、良い事無しですね。まあ、“裏切り者を出した”と言う醜聞よりマシか。

「アニエス達の方も問題無いです。陛下から直接口止めされましたから。私の方から、事前に口止めもしておきましたし……」

 なら、対応としては問題無かった事になります。むしろ陛下を味方につけられたので、そう悪い状況でもありません。問題は今更アニエスが何故来たかですが、それも大体予想が付きます。






 さて、如何しましょう? 
 

 
後書き
何時も遅くなり申し訳ありません。最近の書け無さは、尋常じゃありません。
モチベーションを維持するには、本当に如何したら良いのでしょうか?
せつない問題です。

長くなり過ぎたので、前編後編に分けました。

ご意見ご感想お待ちしております。 
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