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とあるβテスター、奮闘する

作者:らん
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裏通りの鍛冶師
  とあるβテスター、手を握る

世の中には予想外の不幸もあれば、予想外の幸運もある。
そんなごく当たり前のことをこれほどありがたいと思ったのは、生まれて初めてかもしれない。
これが普通のゲームだったなら、たかがゲームで大袈裟だと自分でも思っただろう。
だけど、そのゲームに自分の自分の命が懸かっているとなれば話は別だ。

僕は日本人にありがちな無神論者で、神様やら仏様といった存在は基本的に信じていない。
だけど、今日ばかりは。
今日この時、このタイミングで彼らのパーティが通りかかったことに対してだけは、いるのかどうかもわからない神様に感謝したい気分だ。

「俺、生きてるよな?生きてるよな、なぁ!?」
「うんうん、りっちゃんは生きてるよー」
広間から無事に生還し、もはや涙目なのを隠そうともしないリリアと、相槌を打ちながら頭を撫でるシェイリ。
そんな二人の様子を眺めながら、窮地を凌いだことに安堵の胸を撫で下ろした。

実際のところ、結構危ない橋を渡ったと思う。
あのタイミングで彼らが通りかからなければ、シェイリかリリア、どちらかの武器耐久度は限界を迎えていたことだろう。
僕は事実上戦力外だったし、予備の武器だけであの大群を相手にすることができるとは思えなかった。
平時はほぼ無人のこのダンジョンで増援に恵まれたこと自体、かなりの幸運だったと言える。

「危ないところをありがとう。えっと……クラインさん、で合ってた?」
「おうよ。でもって後ろの連中は全員、オレのギルド『風林火山』のメンバーだ」
「それじゃ、改めてありがとう、クラインさん。お陰で助かりました」
「気にすんなって。間に合ってよかったぜ」
加勢してくれたことにお礼を言うと、パーティリーダーの男性プレイヤーは何でもない事のように笑った。

風林火山。確か、最近になってフロアボス攻略に加わったギルドだ。
ギルドマスターのクライン───ツンツンと逆立った赤毛に悪趣味なバンダナを装備した曲刀使いの姿は、僕もボス攻略の際に何度か見かけていた。
金壺眼に長い鷲鼻、むさ苦しい無精髭。加えて日本の戦国時代に使用されていた武士鎧のような装備を身に纏った姿は、その顔立ちも相まって野武士か山賊のような印象を受ける。
パーティメンバーは彼も含めて全員が20代前半から半ばといったところで、恐らくは社会人のみで構成されているギルドなのだろうと思う。

「おめぇさんはアレだろ?ボス攻略の時にいたよな?」
「……えっと、はい」
「やっぱそうかあ!いやぁ、そのフードで顔隠した姿、どっかで見たことあると思ったんだよな。オレの記憶に間違いはなかったってわけだ!」

───どうしたものかな……。

気さくに話しかけてくるクラインに、僕は迷ってしまう。
ここで彼と親しくして、いいのかどうか。

ボス攻略の作戦会議などといった場面で、どうやら知り合い同士だったのか、彼がキリトと話しているのを見たことはある。
だけど、そういった時。僕は決まって、遠くから眺めているに留めた。

途中参加の彼らは、きっと知らない。
第一層攻略の時、僕が何をしたのかを。

「ボス戦で投げナイフ使う奴なんて他にいねぇからよ、珍しくて記憶に残ってたんだよ」
「そう、ですか……」

───やっぱり、関わるべきじゃない。

この様子だとクラインは僕の名前はおろか、《投刃》の噂すら知らないのかもしれない。
だったら尚更、僕のような人間が親しくなるわけにはいかない。

キリトと話している時の様子や、こうして本人と直接対面してみて、クラインが人との間に壁を作るような人間じゃないということはわかった。
キリトやアスナ。エギルにディアベル、リーランド。
あの攻略戦に参加し、僕の行動を目の当たりにしても尚、友好的に接してくれる人たち。
攻略組全員を敵に回す覚悟だった僕は、そんな彼らに感謝してもしきれない。

きっと、クラインのような人は。
例え僕の素性を知ったとしても、こうして気さくに笑いかけてくれることだろう。
……でも、だからこそ。
彼らには、知らないままでいてほしい。

彼らの中には、僕のような元オレンジがいるわけでもない。
リリアのように、訳ありプレイヤー相手に商売していたわけでもない。
本当の本当に、僕のような人種とは縁のない人たちなんだ。

だから。
何も知らない彼らにまで、『殺人鬼と仲良くしている連中』というレッテルを張られるようなことになるのだけは、何としても避けなければならない。

「ところでおめぇさん、名前は何ていうんだ?」
「………」
どう、するべきか。
幸いなことに、彼らの加勢のお陰もあって、本来の目的だった鉱石は既に入手済みだ。
わざわざこの不人気ダンジョンに訪れた目的を達成した以上、もう僕たちがここに留まる理由はない。
命の恩人である彼らに不躾な態度をとらず、尚且つ必要以上に親しくならないように、この場を切り抜けるには───

「……ユノくん、名前聞かれてるよー?」
「──っ!?」
「また考えごとー?だめだよ、人と話してるときはちゃんと聞かなきゃ」

───シェイリ……?

正直に名前を名乗るべきかどうか考えていた僕の思考は、突然割り込んできたシェイリによって強制的に中断させられた。
思ってもみなかった彼女の行動に、僕は困惑してしまう。

「ごめんねー。ユノくん、たまにこういうことよくあるんだ」
「おいおい嬢ちゃん、それじゃ頻繁にあるのか時々なのかわかんねぇよ」
「あ、そっかー!」
「ははっ、面白れぇ嬢ちゃんだな!オレはクラインってんだ、よろしくな」
「よろしくね、クラインくん!」
「く、クラインくん!?おいおい、勘弁してくれよぉ!」
年上でも構わずにくん付けで呼んでしまうシェイリに、風林火山のメンバーたちの間で笑いが沸き起こる。
相変わらず初対面の人間相手でも自分のペースを崩さないところは、もはや彼女の長所ともいえるかもしれない。

……だけど。

「わたし、シェイリ。こっちはりっちゃん。リリアっていうんだよー」
「ばっ……!?」
「リリア……?そりゃ、こっちのイケてる兄ちゃんの名前か……?」
「そうだよー?」
一見、いつものマイペースっぷりを発揮しているだけだ。
でも、何だろう。何か違和感がある……。

「ク、クソガキィィィ!いきなりばらしてんじゃねーよ!」
「えー?りっちゃんはりっちゃんだよー?」
「……、あー……えっと。なんだ、その……、変わった名前…だな?」
「気ぃ使ってくれなくて結構だよ畜生ッ!どうせ俺は哀れなネカマ野郎だよぉぉぉ!!」
気まずそうに目を逸らすクライン。
真っ赤な顔で絶叫するリリア。
いつも通りのシェイリ。

そう。いつも通りだ。
僕にとってはもはや見慣れた光景。別段、違和感を感じるようなことは何もないはずだ。

……それなのに。僕は一体、何が引っかかってる?
今までだって、こういうことはあったじゃないか。

シェイリと知り合ってから今日に至るまで、こういったことはそれこそ何度もあった。
一番記憶に残っているのは、第一層のボス攻略会議が初めて開かれた時だ。
パーティ編成も具体的な役割の分担も決め終わって、あとは解散するだけといったタイミングになって、シェイリが初めて口を挟んだ。
一瞬で場の空気を凍らせたシェイリに、僕も肝を冷やしたっけ。

だけど、あの時のシェイリの発言は結果的に間違ってはいなくて。
空気が読めていないように見えて、たまに的確なことも言うんだなぁなんて、僕は密かに感心して───

───あれ……?


「そうすっと、ユノってのがおめぇさんの名前なんだな?」
「──えっ?あ、えっと、はい……?」
と、何かに気付いたような気がした瞬間。
クラインが突然話題の矛先を戻してきたため、僕は咄嗟に反応ができなかった。

「おいおいどうした?おめぇさんの名前だよ、名前。ユノで間違いないんだろ?」
「そう、ですけど……」
「シェイリにリリアにユノだな。おっし、覚えたぜ!」

───ああ、まずい。

適当に話を濁して、この場を去るのが最善だったはずなのに。
そうすれば、彼らは余計なことを───《仲間殺し》なんていう人間が攻略組に紛れ込んでいることを、知らずに済むというのに。
顔と名前を、覚えられてしまった。

「いやー、最近になってようやくボス攻略に参加できるようになったのはいいんだが、オレの知ってる顔がキリの字ぐれぇしかいなくてよぅ。正直不安だったんだよなぁ」
こうなってしまった以上、彼らは遅かれ早かれ、《投刃のユノ》の噂に辿り着く。
……辿り、着いてしまう。

「しっかし、攻略組ってのもすげぇもんだな。嬢ちゃんみてぇな小さい子までいるなんてよ。ボスと戦うのが怖かねぇのか?」
それを知った上でも、クラインは僕を避けることはしないだろう。
他のプレイヤーから後ろ指をさされようと、キリトたちのように分け隔てなく接してくれることだろう。

でも、だから。
だからこそ、僕は関わっちゃいけなかったのに。
なんだって、シェイリは。よりにもよってこのタイミングで、僕の名前を出してしまったんだ。
彼女は一見空気が読めてないように見える、けど───?

───けど?

けど、何だ?
一見空気が読めてない、けど?
実は本当に読めてない?

───いや、違う……。

彼女は一見空気が読めてないように見えて、本当に空気が読めてないなんてことは一度もなかった。
本当に空気が読めていないなら、アスナやキリトとの関係が良好になっているはずがない。
あの攻略会議の時だって、場の空気を凍らせたのは事実だ。
だけど、あの場の誰もが考えてもいなかった『ボスのデータが変更されている可能性』に、いち早く気付いていたようにも思える。

……そうだ、気が付いた。
ついさっき感じた、違和感の正体。
彼女は空気が読めていないように見えるけど、本当に無神経なことは決して言わない。
だからこそ、僕はシェイリのマイペースさに振り回されつつも、それを不快に感じたことは一度たりともなかったんだ。

だったら、さっきのは。
空気が読めていないなんてことはないはずのシェイリが、わざわざこのタイミングで割り込んできた理由は。
それは、もしかすると。

───シェイリ、君は……。


────────────


「まー、なんにせよアレだな。こんな所で会ったのも何かの縁だろ」
そう言って。
僕に向かって、右手を差し出してくるクライン。
何を求められているのかくらい、流石に僕だってわかる。

「オレ達はこれからもボス攻略に参加するつもりだからよ。同じ攻略組同士、仲良くしようぜ、ユノ」
握手。
簡単に、それでいて効果的に、相手に対する好意を示すための動作。

「………」
その──手《好意》を。
僕は、受け取っていいのだろうか。
受け取る資格が、《投刃のユノ》には、あるのだろうか。

あれだけ啖呵を切っておいて。
あれだけ悪意を振りまいておいて。
何も知らない相手からの好意を、のうのうと受け取っていいのだろうか。

「ユノくん」
「……うん、わかってるよ」

僕は、その手を、

「よろしく、クラインさん」
「おうよ!」
クラインの手を、握り返した。
好意を、受け取った。
彼を巻き込むことを、承知の上で。

「───うっし、フレンド登録も問題ナシだ」
「ありがとうございます」
「あー、それとな。敬語とかそういうお堅いのはなしにしようぜ。オレのことも呼び捨てでいいからよ」
「……、わかったよ、クライン」
「おう!よろしくな、ユの字!」
こうなってしまえば、完全に相手のペースだ。
僕が何としてでも近寄らせるまいとしていた距離を、クラインはあっという間に縮めてしまった。

まったく、もう……。
誰かと関わることなんて、極力避けようと決めていたはずなのに。

「──そんじゃ、オレたちはここに残るぜ。こないだ新しいスキルが出てよ、武器を新調するために鉱石が必要なんだ」
そう言って、クラインは通路の奥───既にリポップしたゾンビで一杯になった広間を見据えた。
どうやら、彼らの目的も僕たちと同じだったらしい。
偶然にも同じ物を同じタイミングで取りに来て、そのお陰で僕たちは命拾いしたというわけだ。
……本当に、感謝しないとね。

「前にアルゴが言ってた。カタナだっけ?」
「おう、ずっと曲刀使ってたらいつの間にかな。でもってカタナの入手方法は今んとこ、ここの奴が落とす鉱石から作るしかないんだと」
カタナスキル。
第十層迷宮区のモンスター『オロチ・エリートガード』が使用するスキルで、βテストの最終層が第十層までとなった原因ともいえるスキル。
そして、第一層のコボルド王が使ってたあれ。
そのせいでディアベルが死にかけたり、元βテスターが疑われたりと……僕にとっては少しばかり嫌な思い出のあるスキルだ。

……と、個人的な感情はさておいて。
アルゴの話によると、曲刀を使い続けることによってカタナスキルが出現することが最近になってわかったらしい。
所謂エクストラスキルと呼ばれるもので、それまで敵専用だと思われていたカタナスキルを、晴れてプレイヤー側も使用できるようになったというわけだ。
ちなみに、エクストラスキルの中でも全プレイヤーから一人しか習得できないスキル───ユニークスキルもあるのではないかという噂もあるものの、今現在においてそれを習得したというプレイヤーの情報はない。

とはいえ。現段階での入手方法がこれしかないというのは、なんとも難儀な話だ。
僕たち三人が死にかけたあのゾンビの大群を、彼らだけでもう一度相手にしなければならないということなのだから。

「……大丈夫なの?」
「ま、6人もいりゃ何とかなるだろ。そもそも、ここに三人で挑むのなんておめぇさん達くらいだぜ。普通なら入る前に怖気付くだろうし、いくらなんでも無謀ってもんだろうよ」
「う……」
耳が痛い。
図星なだけに言い返せないのが余計に悲しくなってくる。

「そんなわけで、おめぇさん達は早く戻ったほうがいいと思うぜ。ここもいつ敵が湧いてくるかわかんねぇしよ」
「……、そうするよ」
本当なら、今度は僕たちが彼らの手伝いをするべきなのだけれど。
生憎なことに、こっちはもう三人とも限界近くまで消耗してしまっている。
そんな状態の僕たちが残ったところで、むしろ足手まといになってしまうだろう。
ここはクラインの言う通り、大人しく街に戻るのが最善の選択だ。

「じゃあ、僕たちはこれで。手伝えなくてごめん」
「いいっていいって。次からはあんま無茶するんじゃねぇぞ!」
「……うん。ありがとう、クライン!」
「クラインくん、またねー!」
「ま、生きて戻ってきたら特別に俺様が武器を作ってやってもいいぜ。そんじゃな!」
最後にもう一度。今度は余計なことは考えずに、心からの感謝を伝えて。
僕たち三人は、街へと戻るために転移結晶を掲げた。


────────────


こうして。
僕たち三人は、無事にラムダの裏通り───リリアが露店を構えていた路地裏へと戻ってくることができた。
大変な思いをしたせいか、まだ数時間しか経っていないというのにこの治安の悪い裏通りを妙に懐かしく感じてしまう。

「いつもの場所だ……俺の知ってるラムダだ……!リオ、兄ちゃん生きて帰ってこれたぞ……!」
定位置に到着するなり、リリアは誰かの(恐らくは妹さんだろう)名前を呼びながら涙ぐんでいる。

「りっちゃん、よかったね~」
「……ほんと、一時はどうなるかと思ったよ。クラインたちには感謝しないとね」
そんなリリアの姿を眺めながら、思い思いに一息つく僕たち。
何だかんだで、最近の中では一番のピンチだったかもしれない。
おまけに相手はゾンビだらけで……うっ、だめだ、思い出すのはよそう。肉料理が食べられなくなる……!

「……と、ところでリリア、武器のことなんだけど───」
「俺、頑張った…頑張ったよ……!」
「………」
あの光景を心の奥底へと無理矢理封じ込め、何とか本題に入ろうとしたものの。
どうも、リリアの様子がおかしい。

「なぁ、俺頑張ったよな、なぁ……?オマエもそう思うだろ?」
ひょっとして、スイッチ入っちゃった感じですかね……?

「りっちゃーん?呼んでるよー?」
「この調子で、きっと……いや、絶対生きてオマエのところに帰るからな……!待ってろよ、リオ……!」
あ、これはだめだ。
完全に自分の世界に入っちゃってる感じだ。
きっと僕たちの言葉は耳に入っていないに違いない。

「……。仕方ない、一度出直そうか。当分戻りそうもないし」
「そうだねー」
「リオ……!リオぉぉぉ……!お兄ちゃんこれからも頑張るからな……!」
「………」
正直に言おう。ドン引きだった。
というか……ひょっとしてこの人、死線を潜る度にこうして自分の世界に浸ってるんだろうか。
それは流石に、ちょっと……。

「……ほ、ほら、行こうかシェイリ。落ち着いた頃にまた来よう、ね?」
「はーい」
……ま、まあ、安心した途端に感極まっちゃうことって誰にでもあるよね、うん。
24歳の男が妹の名前を呼びながら泣きじゃくる姿はちょっと……いや結構気持ち悪いけれど、それだけ彼は妹想いってことだよね!
なんだか言葉の端々に危険な匂いを感じるけれど、それも彼が妹想いだからこそと思えば目を瞑れ───

「だからリオ、帰ったら結婚してくれ……!」
「それはやめろ!」
───なかった。
訂正しよう。この男は危険だ!


────────────


「……はぁ。リリアってシスコンっぽいなとは思ったけど、まさかあそこまでとは……」
自分の世界に引き籠もってしまったリリアを路地裏に放置(一応待ち合わせ時間の指定はしたけれど、どうせ聞いていないだろう)し、僕とシェイリはひとまず宿屋への道を歩き始めた。

ラムダの裏通りは相変わらず閑散としていて、いつまたあのゴロツキたちが現れてもおかしくはなさそうだ。
もっとも、わざわざ僕が一人になるのを待っていたことから鑑みるに、二人以上のプレイヤーを積極的に襲うつもりはないみたいだったけれど。
そんなことを考えながら、二人並んで裏通りを歩いていく。

「りっちゃんはりーちゃんのことがだいすきなんだねー」
「……りーちゃんって、リリアの妹さんのこと?」
「そうだよー?りおだから、りーちゃん!」
静まり返った裏通りに、シェイリのソプラノトーンの声がよく響く。
いつの間にやら、彼女の中ではリリアの妹さんにまで渾名がついていたらしい。
リリアがりっちゃん、妹さんがりーちゃん。ややこしくない?

「りっちゃんはあんなに頑張ってるんだもん、きっとりーちゃんに会えるよね?」
なんだか見てはいけないものを見てしまった気がしてゲンナリしている僕に対して、シェイリはやっぱりマイペースというか、楽しそうというか。
そんなところが羨ましくもあるんだけどね。

「ん、そだね。このゲームがクリアされれば、リリアは───いや。僕とシェイリだって、向こうで待ってる人に会えるはずだよ」
「……、そうだよね~」
ん?
何か今、シェイリの様子がおかしかったような───

「ねぇねぇユノくん。クラインくん、いい人だったね」
「……え、あ、ああ。そうだね、いい人だった」
……いつものシェイリ、だよね?
気のせい───だったんだろうか。

「命の恩人だってこともあるけど……それよりも、ああやって誰とでも仲良くなれる人は羨ましいかな。僕、こんな性格だからさ」
「ユノくん、友達すくないもんねー?」
「っ!?そんなことはないッ! ……はず……」
いや違うんだ僕は友達が少ないんじゃなくてあえて作らないってだけであってそもそも僕みたいな奴が友達なんて作っていいのかどうかわからないっていうか大体僕なんて仲間殺しで元オレンジで投刃で───

「あ」

───っと、そういえば。
一番肝心なことを、まだ聞いていなかった。

「……ねぇ、シェイリ」
「なーにー?」
「君はさ、あの時どうして───」

───どうして、僕が逃げられないようにしたの?


────────────


思えばおかしかった。
最初は、いつものマイペースが発揮されただけかと思っていた。
だけど、シェイリの性格からしてそれはない。
この子は空気が読めていないように見えて、実は細かい気配りもできる子なんだ。

そんなシェイリが。
あの第一層のボス攻略戦以来、“人前では僕のことを名前で呼ばない”はずの彼女が。
あえてクラインの前で、僕の名前を呼んだ理由。

「んー?」
「大丈夫、怒ってないから。でも、理由だけ教えてほしいな」
「……、そっか」
それはきっと。
僕が人との関わりを避けようとすることを察して、その上で尚、彼との繋がりを持たせようとしていたんだろう。
だから、あのタイミングでわざと僕の名前を呼んだ。
クラインと必要以上に関わるまいとしていた僕に、交友関係を持たざるを得ない状況を作り出した。
顔と名前を憶えられてしまった以上、彼の性格からして否が応でも友好的に接してくることは想像に難しくない。
あの時シェイリが割り込んできたことで、僕が考えていた逃げ道は全て塞がれてしまっていたというわけだ。

───だけど、どうして。

どうしてシェイリは、そうまでして僕とクラインに関わり合いを持たせようとしたんだろうか。
それが、僕にはわからない───

「ユノくんはね、怖がりだと思うなー」
「……怖がり、というと?」
「わたしの時もそうだったけど、自分はこうだからーとか、巻き込んじゃうからーとか。いろいろ、考えすぎだと思うな」
「………」
そう──なんだろうか。
僕は、考えすぎなんだろうか。

でも、そうでもしないと。
僕は僕が思っている以上に、周りの誰かを不幸にしてしまうかもしれない。
僕と関わってしまったことで、僕の知らない時間、僕の知らないところで、誰かが傷ついてしまうかもしれない。
だって、僕は。

「だって、僕は───」
「《仲間殺し》、だから?」
「──っ!!」
「あのね。前にも言ったと思うけど、それはベータの───体力がゼロになっても、人が死ななかった頃のお話だよね。今とは違うよ」
そうだけど。
そう、なんだけど……!

「あの時は、たまたまそれが槍玉に挙げられちゃっただけ。だってユノくん、今は誰も傷つけてないもん」
「で、でも……」
「ユノくんが思ってるほど、周りはユノくんのことを人殺しだなんて思ってないよ。みんな、薄々わかってきてると思う」
確かに僕は正式サービスが始まってから、プレイヤーを攻撃したことは───人を殺したことは、一度もない。
あの件に関して、キバオウや一部のプレイヤーたちからは敵意を向けられるものの、他のプレイヤーたちからあれこれ咎められるようなこともない。
だけど……それで許されるだなんて、思っていいのだろうか。

あの時、僕がやったことは、間違いなく全プレイヤーに対する敵対行為だ。
アバターが消滅すれば現実世界でも死ぬというこの世界で、仮初いえども他者に殺意を向けた。
その瞬間、僕はこの世界を、現実世界の僕としてではなく《投刃のユノ》として生きていくことを決めた。
かつてのSAOの世界で、レアアイテムに目が眩み、パーティメンバーを皆殺しにして逃げ出した───そんな、仲間殺しのオレンジとして。
殺人鬼と呼ばれることも、見ず知らずの相手から敵意を向けられることも構わない。
それら全てを受け入れた上で、この子を守ると決めたんだ───

「あの時ユノくんがしたこと、やり方はちょっと乱暴だったかもしれないけど、間違ってるとは思わない。守ってくれるって言ってくれたのもうれしいし、わたしもユノくんのことを信じてるよ。でもね───」
僕の目を真っ直ぐに見ながら、シェイリは言う。
いつかのように、硬く、真面目な雰囲気を纏いながら。
僕は……目を、逸らしてしまう。
僕を真っ直ぐに見つめる女の子と───シェイリと、目を合わせられない。
いつもなら、簡単にできることなのに。

「これから関わろうとする人まで遠ざけるのは、ちょっと違うと思うな。《投刃》だから、元オレンジだから誰とも仲良くしちゃいけないだなんて、そんなのおかしいよ」
「だ、だけど!僕と関わったら──」
「ユノくん」
無駄だとわかっていながら。
彼女の言っていることが間違っていないとわかっていながらも、無駄な抵抗をしようとした僕の言葉を。
他でもないシェイリの声が、遮った。

「……僕に関わったら、みんなまで敵意を向けられる。みんなまで、辛い思いをする」
それでも僕は、無駄な抵抗を続ける。
目を逸らしたまま、僕は言う。
……だけど、違う。
キリトが、アスナが、エギルが。僕のしたことをあの場で見ていて、それでも尚、友好的な関係を築こうとしてくれている彼らが。
『おまえと一緒にいると、こっちまで辛い思いをする』だなんて、いつ、一言でもそんなことを言った?

「クラインだって、本当のことを知ればきっと後悔する。僕みたいな奴と関わらなければよかったって───」
これも、違う。わかってる。こんなものは、僕の勝手な思い込みだ。
彼と少し話してみれば、誰にだってわかる。クラインは、そんなことで人を嫌ったりするような人間じゃない。
自分の友人に殺人の容疑がかけられたら、周りが何と言おうと、最後までその友人を信じるような───そんな、超のつくようなお人よしタイプだ。

「クラインくんは、そんなこと言わないよ。キリトくんもあっちゃんも、ディアベルくんもエギルくんも、りっちゃんだって。そんなこと言わないでしょ?」
「……うん」
そんなことは、僕だってわかってる。
クラインだけじゃない。キリトもアスナもエギルも、立場上の都合があるであろうディアベルですらも、何だかんだと僕の身を案じてくれている。
超がつくほどの、笑ってしまいたくなるくらいのお人よし。

そんなみんなだから───だから?

そんなみんなだから、どうなんだろうか。
そんなみんなだから、僕は彼らを遠ざけているのか。
そんなみんなに、みんなの存在に、感謝しているのに?
一緒にいてくれて、こんな僕にも分け隔てなく接してくれて、それが嬉しいのに?
それは……矛盾、してないか?

「僕、は……」
僕は、一体何がしたいんだろう?
嬉しいはずなのに、人と関わり合いを持ちたいと思っているのに、関わらないようにしている。
そんな、矛盾した行動を取ってしまう理由は。
それは───

「ねぇ、ユノくん。怖がっちゃだめだよ」
「……こわ、がってる?」
「うん。あの時からユノくん、人と関わるのを怖がってるもん」
「あ……」

───そう、か。

みんなのことが嫌いなわけじゃない。だけど、遠ざける。
みんなと関わり合いを持ちたい。だけど、持ちたくない。
そんな、矛盾した行動を取っていた理由。
自分でも気付かなかった───否、考えないようにしていた。

僕は───怖かったのか。

僕と関わってしまったことで、彼らまで周りから後ろ指をさされてしまうことが。
僕の知らない時間、知らないところで、彼らが辛い思いをして。
僕と関わらなければよかったと、彼らに思われてしまうことが。
それが、怖かったんだ───


「怖がっちゃだめ。このままだと、ずっとわたし以外の人と関われなくなっちゃうよ?」
僕は──それでも構わないと、思っていた。
他の誰を敵に回そうと、何があろうと、この子だけは守ると決めたから。
そう思って、あの日から今日まで生きてきた。

「もし、わたしがいなくなったら。ユノくん、ひとりになっちゃうよ?」
それなのに、なんで。
どうしてそんなことを、言うんだろう?
僕が、このまま誰とも関わりを持たないようにしていたとして。
もしも──万が一にでも、シェイリが何らかの理由でいなくなってしまったとしたら。
その時、僕は一人だ。
彼女以外の誰とも関わりを持っていないのだから、当たり前といえば当たり前なのだけれど。

───だけど。

だけど、それがどうしたというのだろう。
現に今、こうして僕の前にはシェイリがいる。
夢でも幻でもなく、シェイリという一人の人間が、僕の目の前にいる。
それだけで、僕は戦える。他の誰を敵に回そうと、何を切り捨てようと。《投刃のユノ》として、この世界を生きていくことができる。

───なのに、どうして。

どうして君は、そんな───


「ひとりは……さみしいよ」
「っ!!」

その言葉に、ハッとなって。
僕は逸らしていた目を、シェイリへと向けた。
彼女がどういう顔をしながら、そんなことを言ったのか。
それを……確かめたかった。

「──と、いうわけで!ユノくんはもっとお友達を作るべきだとおもうんだよー!」
……だけど、僕が目を向けた時にはもう遅くて。
いつものふにゃりとした笑顔を浮かべたシェイリと、目が合った。
さっきまでの、重くて硬い雰囲気は。彼女の顔のどこを探しても、見当たらなかった。

「ね、ユノくん。いっしょにがんばろー?」
「………」
そう言って、シェイリは笑う。
いつも通りの、彼女の笑顔。
いつ通りの───はずだ。

「……、努力、する……」
「うんうん、えらいえらいー」
だけど、そんな彼女の笑顔が。
いつか突然、僕の前から消えてしまいそうな───そんな気がしたのは。

「……ね。手、繋ごうか」
「いいよー?珍しいね、ユノくんから言ってくるなんて」
「たまには、ね……」
僕の思い過ごしで───あってほしい。 
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