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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第五十二話 ハイネセン混乱




帝国暦 490年  6月 25日   ハイネセン   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



「ところでエル・ファシルはどのような政体を採るのです?」
「その事も問題の一つだよ……」
「戸惑っていますか」
俺が問い掛けるとレベロは顔を顰めた。

「ああ、連中は今の政体をあまり変えたくないと思っている。エル・ファシル公爵をどう取り込むか、迷っているのだ。知事の兼職とするかそれとも独立した役職とするか、その場合知事と公爵の関係、議会と公爵の関係をどうするか……、公爵を議会が選ぶ、或いは知事が任命するなどという意見も有る」
やっぱりなあ、そうなるか。帝国の事を考えれば採るべき政体は見えてくるんだが、難しいか……。

「半大統領制しかないと思いますよ」
「私もそれは言ったんだが……」
「国民投票で公爵を選ぶ。そして公爵は議会第一党から知事を選ぶ。公爵は外政を担当し内政は知事が責任を持つ」
俺の言葉にレベロが溜息を吐いた。

「知事は反対しているよ。権力の分散もそうだが何よりも頭を押さえられるのが嫌らしい」
「だったら公爵になったら良いでしょう」
「ローエングラム公に頭を下げるのはもっと嫌らしい」
話にならんな、お山の大将でいたいって事だろうが。そんな事は許されないって事が分からんらしい。

「エル・ファシル公爵領は他の貴族領の模範になるべき存在なんです。それを理解してもらわないと」
「どういう事かな、それは」
俺の言葉にレベロとファーレンハイトが訝しげな表情を見せた。ファーレンハイトはしょうがないけどな、レベロまで首を傾げるってのはいただけない。同盟のトップなんだからもう少し考えてくれないと。

「専制君主制というのは君主の暴走、無関心をどれだけ抑えられるかで政治が安定します。帝国で言えばエル・ファシル公爵はその役割を果たす装置の一つです」
「まあそうなるな」
だからエル・ファシル公爵は帝国第一位の貴族であり民主共和政も許されている。特別な存在なのだ。

「帝国の統治で今後問題になるのは貴族領でしょう」
「貴族領?」
「ええ、貴族領です。リップシュタット戦役でかなりの貴族が没落しました。しかし生き残った貴族も少なくありません。彼らの領内統治に関しては基本的に何の抑止力も無い。今後暴政が行われる可能性が高いのは帝国の直轄領より貴族の私有地でしょう」
レベロが“なるほど”と言いながら頷いた。ファーレンハイトも頷いている。

「ローエングラム公の改革が進めば領民達も政治に対して関心を持つはずです。当然ですが自分達の意見を統治に取り入れて欲しいと言いだすでしょう。その時見本になるのがエル・ファシル公爵領なんです」
「君は貴族領に議会制民主主義を取り入れようというのか?」
おいおい、何喜んでるんだよ。眼が輝いてるぞ。ファーレンハイトが顔を顰めているだろう。

「そうじゃありません。議会制民主主義を取り入れろなどと言っても皆拒否しますよ。何らかの形で領民の意見を統治に取り入れても問題が無い、貴族達にそう思わせる事が必要だと言っているんです。そのためにもエル・ファシル公爵領では善政を行う必要が有ります」
「……そういう事か」
不満か? レベロ。

「貴族達がエル・ファシル公爵領の真似をするのか、それとも別なシステムを作るのかは分かりません。ただ領民の意見を取り入れても良い、そう思わせなければ貴族領の統治は貴族の恣意に翻弄されるだけです」
レベロが唸っている。

貴族が内政担当者を任命し内政を委ねる、或いは諮問機関のような物を作り統治にその意見を取り入れる。方法は色々あるだろう、大事なのはあくまで自分達が最終的な権力を持っていると貴族達に思わせる事だ。そうでなければ彼らは消極的、いや拒絶するだろう。そう思わせるためには半大統領制が良いのだ。公爵が内政担当者を任命する、その形が良い。

いずれ貴族も気付くだろう。領民の意見を取り入れた方が失政が有った場合、貴族が負う傷は小さいという事に……。領民達から一方的に責められる事、不満に思われる事は少ないはずだ。権力を領民に委譲する以上責任も領民に負わせることが出来る。そこに気付けば積極的に領民の意見を統治に取り入れるはずだ。


「上手く行きますかな、頭領」
「さあどうでしょう、上手く行って欲しいとは思いますが」
まあ上手く行くだろう。レベロはエル・ファシル説得の目処が出来た所為だろう、俺達を機嫌良く送り出してくれた。というわけで俺とファーレンハイトは最高評議会ビルの廊下を歩いている。

「頭領も苦労が絶えませんな」
「戦争よりはましですよ、ガンダルヴァで戦って分かりました。あんなのはもう二度と御免です」
「それはそれは」
ファーレンハイトが苦笑している、護衛の人間もだ。

この廊下、あまり気分は良くない。結構人が通るのだが誰も俺達とは視線を合わせようとしない。今も一人顔を背けて通り過ぎて行った。気持ちは分かるがね、そう露骨に避ける事も無いだろう。頭に来るな、嫌がらせに能天気な会話でもしてやるか。

「ファーレンハイト提督は結婚はしないのですか?」
「また突然に……、気が付けば三十を過ぎていましたな。心の何処かで戦場で死ぬかもしれない、そんな気持ちが有ったのかもしれません」
最初は苦笑、次はしんみりとした口調だった。そうだろうな、周囲には夫を亡くして悲しんでいる未亡人とかいるだろうしそういうのを見れば結婚には二の足を踏むだろう。

「今後は結婚する人が増えるかもしれませんね」
「そうですな、平和になれば戦死を心配する必要も無い。小官も少し考えてみますかな」
「そうですね」
うん、和やかな空気だ。ほのぼのする。また一人来たな、若い男だ。お、礼儀正しいな、随分と前から脇に避けてる。他の奴は避けないんだけどな。

「誰が一番最後になるでしょう」
「さあ、ロイエンタール提督ですかな」
「ローエングラム公かもしれませんよ」
「なるほど、そうかもしれませんな。しかし、それは困る」
また笑い声が起きた。そうだよな、困るよな。皇帝が独身では。

脇に避けた男を通り過ぎようとした時だった、馬鹿が……。
「頭領!」
ファーレンハイトが叫んだ。若い男が腕から血を流して蹲っている。足元にはブラスターが落ちていた。撃ったのは俺だ。足元のブラスターを蹴って男から遠ざけると護衛の一人が急いで拾い上げた。若い男が顔を上げて恨めしそうに俺を見た。相変わらず顔色が良くないな、こいつ。

「ファーレンハイト提督、誰か人をやってレベロ議長を呼んでください」
護衛の一人が慌てて議長の執務室に戻った。二人の護衛が男を取り押え残りは皆ブラスターを構え周囲を警戒している。良いね、良く訓練されているらしい。周囲には遠巻きに人が集まり始めた。こちらを見ながら何かを話し合っている。
「頭領、これは? 一体何が有ったのです?」

ファーレンハイトに説明しようとした時、騒ぎが起こった。遠巻きに見ていた見物人を押しのけ制服を着た男達、軍人ではない、警察関係だろう、五人程が俺達に向かって近づいてきた。
「どうした、何が有った」
先頭の男が声をかけてきた。五十は超えているように見える初老の男だ。

「卿は誰だ?」
ファーレンハイトが尋ねると男は胸を張って
「この最高評議会ビルの警備責任者だ」
と答えた。そしてもう一度“何が有った”と問いかけてきた。視線は若い男を捉えている。

「その男が私を殺そうとしたのです。そのブラスターでね」
俺が目線で若い男と護衛が持っているブラスターを示した。警備責任者が唸り声を上げる。
「その男はこっちで預かる、ブラスターもだ。あんたにも話を聞かせてもらう」
偉そうだな、この野郎。

「その必要は有りません。この男は帝国で預かります」
「何だと」
俺が拒否すると警備責任者が顔を真っ赤にした。
「口封じをされては困るのでね」
俺の言葉にファーレンハイトが鋭い目で男を睨んだ。おやおや、警備責任者は今度は青くなって“どういうことだ”なんて言っている、忙しい奴だな。

バタバタと音がしてレベロがやってきた。
「どうした、何が有った」
「ああ、この男が私を殺そうとしたんです。議長は御存じでしょう、この男を」
「どういう意味だ、……見た事が有るな、いや私は君を殺そう等と考えてはいない。……しかし、見た事が有る……」
レベロが困惑している。薄情だな、こいつを忘れるなんて。

「アンドリュー・フォークですよ、議長。思い出されましたか?」
「アンドリュー・フォーク! あの男か!」
レベロが声を上げた。厳しい目でフォークを見ている。ファーレンハイトが妙な顔で“何者です”と訊いて来た。

「アンドリュー・フォーク准将。かつて同盟軍が帝国領に侵攻した時、作戦参謀としてあの馬鹿げた侵攻案を立案した人物ですよ。そして内乱が起きた時にはクーデター派の一員としてクブルスリー本部長を暗殺しようとした。間違ってもこんな所に居る人間じゃないんです」

皆が沈黙した。居ないはずの人間が居る、その意味を考えているのだろう。
「議長、フォーク准将と警備責任者はこちらで預からせていただきますよ。色々とこの二人には訊かなければならない事が有りますから」
レベロは無言だ。こちらの護衛兵が警備責任者を取り押えようとすると抵抗した。彼の部下もそれに同調する。面倒な奴らだ。

「いい加減にしてもらえませんか」
俺が注意すると抵抗は止めたが不満そうな表情を見せた。
「どれほど不満が有ろうと我々は勝利者で貴方達は敗北者なのだという事を忘れないでもらいましょう。我々を怒らせれば当然だが報復は苛烈な物になる。宜しいかな?」

ようやく大人しくなったか。フォークと警備責任者の二人を連れて今度こそビルを出た。レベロには身辺に気を付けろと注意しておいた。地球教か、或いは主戦派か、レベロを殺して帝国に罪を擦り付け混乱させる、そう考える可能性が無いとは言えない。

地上車に乗り込むとファーレンハイトが“良く分かりましたな”と話しかけてきた。フォークは失敗したんだ。他の人間が俺達から顔を背けて通り過ぎる時にあの男は脇に控えて道を譲る姿勢を示した。その方が俺を狙いやすいと思ったのかもしれんが、あれは軍人の作法だ。長年染み着いた作法が自然と出た、そんなところだろう。妙だと思って顔を見ればフォークだと分かった。あれが無ければ俺を殺せたかもしれない。

まあフォークは道具だろうな、何も分かっていないだろうから情報源としての価値はあまり無い筈だ。誰かがフォークを手引きしてビルの中に入れた。レベロは以前から俺と会いたがっていたからいずれは俺がビルに行くとそいつは予想していたのだろう。

俺が最高評議会ビルに行くと連絡したのは今日だ。手回しよく準備したところを見るとかなりの地位にある人間が絡んでいる可能性が有る。問題は警備責任者だな。彼が来るのは早すぎたしフォークを見ても何の反応も示さなかった。何らかの形で知っていただろう。何処かで関与しているはずだ。これを機にハイネセンでも大掃除が出来ればいいんだが……。



帝国暦 490年  7月 10日   ハイネセン   コンラート・フォン・モーデル



ハイネセンのTV番組って反乱軍の言葉さえ分かれば結構楽しい。アニメもそうだけど歌謡番組とかも十分楽しめる。連続ドラマはちょっとストーリーが分からないけど単発の二時間もの、映画とかサスペンスドラマなら大丈夫だ。僕だけじゃない、司令部の人間は皆見ている。帝国のTVって娯楽が少ないんだよ。面白い番組が無いんだ。

このあいだはハイネセンに潜入した帝国のスパイを追い詰める反乱軍の軍人を主人公にしたスパイドラマが有ったけどドキドキしながら見てしまった。帝国の軍人が格好いいんだ、美男子で頭が良くて抜け目なくて、でも反乱軍の女性と相思相愛になって苦しんでしまう。そんな彼を反乱軍の軍人が執拗に追いかけるんだ。

こっちも格好いいんだ。顔は平凡なんだけど執念っていうか少しずつ少しずつ帝国のスパイを追い詰めて行く。何ていうか演技に迫力が有るんだ。最後は帝国のスパイは入手した情報を帝国へ送ることに成功する、任務達成だ。でも本人は捕まってしまう。取り調べで女性の事を訊かれるんだけど利用しただけだって答えて終わる。その時がすごく良い、無表情なのに手だけはギュッと握られているんだ。見終わった時は皆で良かったなあって言った。本当に良かった。

ここ四、五日ハイネセンのマスコミは大騒ぎだ。地球教が弾圧されその関係者が捕えられている事を大きく報道している。それだけじゃない、反乱軍の政府関係者、軍関係者、警察関係者の中にも取り調べを受けたり自殺した人間がいると報道している。

切っ掛けは頭領の暗殺未遂事件だった。地球教の人間が反乱軍の人間と組んで頭領を暗殺しようとした。暗殺の対象は頭領だけじゃなかったらしい。ローエングラム公、キルヒアイス提督、それに驚いたことにレベロ議長も暗殺の対象者だった。皆驚いている。連中はとにかく帝国軍と反乱軍を混乱させたかったらしい。宇宙の統一なんて受け入れられなかったみたいだ。

帝国だったらこんな情報はなかなか報道されないけど反乱軍って違うんだよ。朝のニュースに昼のニュース、それと夜のニュース、色んな時間帯で報道してくれる。だからTVの前に居るだけで色んなことを知ることが出来るんだ。皆、これは便利だって言ってる。

ファーレンハイト提督に聞いたのだけど頭領が暗殺されそうになった時、提督が傍に居たらしい。でも何が起きたのか一瞬分からなかったそうだ。頭領と歩いていたら男が蹲っていて足元にブラスターが落ちていた。それを見て暗殺未遂事件だって分かったって。

頭領になんで事前にファーレンハイト提督に言わなかったのかって訊いてみた。護衛も居たんだしその方が安全だと思ったんだ。でも頭領はその方が危険だって言った。通路だから隠れる場所が無かったし気付かれたら不必要に怪我人が出るって。知らぬ振りで近づいて撃った方が危険が少ないって。

溜息が出ちゃったよ、冷静なんだもん。頭領って射撃も得意なんだ。その事を訊いたら軍人時代はあまり上手じゃなかったけど海賊になってからは随分と練習したって言ってた、今は結構上手だって。僕も射撃は上手じゃない、少し練習しようかな。頭領が教えてくれたら嬉しいな。

帝国軍は撤収するまでもう少し時間がかかるみたいだ。今回の暗殺未遂事件から分かった陰謀を完全に潰すらしい。それでも今月一杯ぐらいでハイネセンを発てるみたいだ。そろそろ帝国が恋しいよ、皆元気でやっているかな……。



 
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