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イドメネオ

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第三幕その三


第三幕その三

「その為に。死なせる訳にはいかない」
「では。これで」
 イダマンテは遂に立ち上がった。
「私は。クレタを去ります」
「去るのは私でなければならないというのに」
 イドメネオは天を見上げて嘆いた。
「何故だ。死より辛い苦しみ」
「惨い運命よ」
 イーリアは去っていくイダマンテの背を見て涙にくれる。
「私は貴方を呪います」
「王よ」
 イダマンテと入れ替わりにアルバーチェがやって来た。
「王宮の前に民達が集まっています」
「民達がか」
「そうです」
 厳かに彼に告げるのだった。
「王と話がしたいと」
「そうか。私とか」
「その先頭にはポセイドン神の祭司長がいます」
「やはりな」
 ポセイドンの祭司長と聞いて納得した顔になるイドメネオだった。
「あの海の獣はポセイドン神の僕。それならばな」
「どうされますか?」
 実直にイドメネオを見て問う。
「行かれますか?」
「行こう」
 沈みきっているがそれでも確かな言葉を返した。
「それではな」
「はい」
「私もまた」
 イーリアはそっと姿を消した。悲しみに苛まれつつ。そしてエレクトラは。イドメネオとアルバーチェのやり取りをじっと見ているのであった。
「不幸に見舞われたクレタよ」
 アルバーチェはまずこう言った。
「今海より迫る獣に脅かされています」
「私が生贄ならば」
「それもまた不幸です。今国のあらゆる場所が悲しみに包まれています」
 アルバーチェはこう言って嘆く。
「天に我等の懇願は全て退けられたのでしょうか。いえ、おそらくは」
「おそらくは?」
「誰かがおられます」
 何とか希望を見ようとして王に語る。
「我等を救って下さる神が。きっと」
「それは誰だ?」
「峻厳は寛容に譲ります。どなたかが我等に慈悲の手を差し伸べられるでしょう。さもなければこのクレタは廃墟と屍により覆われてしまいます」
「だからこそ私が」
「それはなりません」
 己が行こうとするイドメネオは制止する。
「運命でそう定められているならば、クレタに非があるのなら滅ぶべきです」
 アルバーチェはこう主張する。
「それならば最早。ですが」
「ですが?」
「今それはありません」
 はっきりと王に告げたのだった。
「それは決して。ですからどうか御自重下さい」
「しかしこのままでは」
 イドメネオはこの時クレタの者達の悲鳴を耳に聞いた。そして建物が崩れ落ちる音、獣の不気味な咆哮を。最後にイダマンテ、我が子の地の底から響く様な断末魔の声も。全て聞いたのであった。
「クレタは。このクレタは」
「宜しければ私が」
 ここで彼は自ら名乗り出た。
「生贄となりましょう。この私が」
「馬鹿な。そなたが死ぬ必要はない」
 イドメネオはアルバーチェのその言葉を止めさせた。
「そなたはまだ若い。それにクレタに必要な人材だ」
「いえ、それは王と王子様こそです」
「違う、私こそが」
「正義の神々よ」
 イドメネオに己の考えを退けられたアルバーチェはまた嘆くのだった。
 
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