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駄目親父としっかり娘の珍道中

作者:sibugaki
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第42話 生魚は醤油をつけて食べろ!

 かぶき町は江戸の町にある歓楽街として有名な町である。が、その町にあるのは何もキャバクラとかゲームセンターとかだけではない。ちゃんとした食事店も存在しているのだ。
 そして、今回はその一店舗である回転寿司店で物語が始まるのであり。




「いやぁ、此処まで来るのに相当苦労したよぉ。その甲斐もあって、この俺もついにこの小説に初登場出来たんだからさぁ!」
 とある回転寿司店にて、顔見知りと思われる男性が嬉しそうに店先に立っていた。彼こそ知る人ぞ知る、知らない人は全く知らないで有名? な【長谷川 泰造】である。因みに彼の別のあだ名が存在するのだが此処では伏せて置く事にする。
 その内分かる事だし。
「しっかし、気前良いねぇ長谷川さんよぉ。まさか俺達を招待して只で寿司食わせてくれるなんてよぉ」
「良いって事よ。銀さん達には何かと世話になってたしな。そのお礼みたいなもんさ。ところで、其処の見慣れないお嬢さん達は誰なんだ?」
 長谷川の視線が銀時達から移り変わる。現在この店内に居るのは御馴染み万事屋の四人となのはが呼んで来たスナックお登勢のお登勢とキャサリン。そして、はやてと守護騎士達である。
 恐らく、長谷川が聞いたのはそのはやてと守護騎士達の事だろう。
「あぁ、つい最近この町に来た流れ者でなぁ。家の娘の友人みたいなもんだ」
「へぇ、なのはちゃんの友達かい? それなら尚一層の事腕を振るわないとなぁ。今日は全部叔父さんの奢りだから遠慮せずジャンジャン食ってってくれな」
「おおきにな。おじさん」
 年相応の眩しい笑顔に長谷川も思わず笑みを浮かべる。こんなにハツラツとした長谷川を見るのはもしかしたら初めてなのかも知れない。
「ま、何にしても、あんた良く頑張ったねぇ。やっぱ男ってのは手に職を付けてこそ光り輝くもんだよ」
 お登勢も太鼓判を押している。それ程までに長谷川がやってきたのは皆に認められたのだ。
 思わずホロリと来そうになるのをグッと堪えつつ、長谷川はレーンを回した。回転寿司とは、このレーンの上に回っている寿司を取り、食べると言う画期的かつ未来的な食べ方なのである。
 多分……
「ところではやてちゃん。寿司って何?」
「あり? なのはちゃん、もしかして寿司知らんの?」
「うん、刺身なら知ってるけど」
 驚きの新事実であった。まぁ、父親が銀時なのだから寿司なんて食べられる筈がない。その為、江戸で、しかも銀時の元で9年間生きてきたなのはが寿司なる物を食べてきた道理などある筈がないのだ。
 その事実を知った途端、回りから冷たい目線が浴びせられる。
「銀時、あんた今までどんな育児方法をしてたんだい?」
「なのはにそんな禄でもない食生活を強いってたアルかぁ?」
「知らねぇよそんなの。只アイツが勝手に料理を覚えちまったからそれ以降はアイツ任せだっただけだよ」
「尚更駄目じゃないか。ったく、あんたなんかに任せたあたしが馬鹿だったかねぇ?」
 呆れ果てるお登勢が其処に居た。まぁ、知らないのなら知れば良いだけの話だ。幸いはやては知っているようだし、教えてもらえば良い。
「えっとな、寿司ってのはなぁ、酢を混ぜたシャリって言うご飯の上に魚介類や他の具材を使ったネタを乗せた奴、それが寿司なんや。そんで、それを醤油に付けて食べる。これが通なんやで」
「へぇ、それじゃ送ってきた相手に手紙を書かないとね」
「なのはちゃん、それは【レター】や」
「じゃ、独特の臭みがあって生で食べる人が多い食材とか?」
「それは【レバー】や」
 二人してしょうもない漫才をしていると、早速ネタを乗せた皿が回ってきた。仕切りに皆のお腹が鳴り響くのが聞こえて来る。
「は~あ、折角だから姉上も来れば良かったのになぁ」
「しょうがねぇだろ、新八。お妙の奴スナックで飲み会やるってんで来れねぇってさっきお前が言ってたじゃねぇか」
 今回お妙は仕事先であるスナックにて大客を招いての大宴会の真っ最中らしい。その為仕事から抜け出せず、今回の集合は止む無くキャンセルしたと言っている。
 そんな訳で今回お妙は登場しない。お妙の登場を心待ちにしていた読者の諸君、彼女の登場はもうちょっと後なので楽しみに待っていると良い。
 そうこうしているとネタがようやく目の前に回ってきた。握りたてと思われる光沢を放ち、艶の出た食欲をそそる上質なかっぱ巻きが流れていた。
「かっぱ巻きかぁ、これも通やねぇ」
「主、かっぱ巻きとは何ですか?」
 寿司の文化など皆無な守護騎士達にとっては何でもかんでも新鮮に見えてしまっているのだろう。四人とも回っている寿司に目が輝いている。
「かっぱ巻きってのはな、所謂軍艦巻きの一種できゅうりをネタにして巻いた物なんや。結構人気が高くて未だに残ってるんやでぇ」
「ふぅん、確かにこれ美味ぇなぁ」
 早速ヴィータが皿を取り食べ始めている。こちらからでもきゅうりのコリコリと言った音が聞こえて来る辺り新鮮なきゅうりなのだろう。
 しかし、かっぱ巻きは所詮は前座。本命はこの後必ず流れてくる筈なのだ。
 そう思い、皆の視線がレーンのスタート地点に注がれる。其処から続々と流れ出てくる、かっぱ巻き、かっぱ巻き、かっぱ巻き、かっぱ巻き、ect……
「かっぱ巻きしかねぇじゃねぇかぁ!」
 渾身の怒りを込めて長谷川に跳び蹴りを放つ銀時。それに呼応し、一部のメンバーは怒り心頭で長谷川を睨んでいた。
「何だこりゃ? かっぱ巻きAからかっぱ巻きGまで出て来てんじゃねぇか! あれか? かっぱ巻きAからGまで集まってキングかっぱ巻きにでもなるつもりか? 嬉しくねぇんだよ!」
「トロ出しぃや! ウニ、イクラも出しぃや! 何ケチッとんねん! 回転寿司なんやから気前良く出さんかいぃ!」
 銀時に続きはやてもまた怒り心頭となっていた。寿司を知っている者だからこその怒りなのだろう。そんな中、長谷川は鼻血と共に涙を流しながら震える声でこう言い放ってきた。
「じ、実は……俺、まだかっぱ巻きしか握れねぇんだ。俺、まだ寿司なんて握れねぇんだよぉ―――」
 あんぐりと、開いた口が塞がらないとはこの事だったと、この時皆は語ったと言う。




     ***




「つまりあれかい? 店を任されたってのは真っ赤な嘘で、本当は従業員皆風邪で寝込んじまったから急遽バイトのあんたに任されたってのかいぃ?」
「身カラ出タ錆デスネ。嘘ツキハ泥棒ノ始マリッテ私ノ星デハソウ言イ伝エラレテマスヨ」
「おめぇも元々は泥棒だろうが」
 とまぁ、そんな訳で長谷川が一人で店を切り盛りする羽目になったらしい。
「だが、かっぱ巻きしか握れないのであれば問題であろう? 何故貴様に店を任せたんだ?」
「握るって言ったって大概はこの寿司マシーンが勝手に握ってくれる筈なんだ。だけど、此処に来てうんともすんとも言ってくれなくて……」
 ザフィーラの問いに長谷川が頭を垂れる。相当残念な思いなのだろう。その事実に誰もが溜息をついたのは言うまでもない。
「おいおい、それじゃ寿司はどうなんだよぉ? あたし腹減ってるのにさぁ」
「私もアル! 折角晩飯抜きにしてやってきたってのにこの様はどうネ! お前を簀巻きにして食ったろうかぁ!」
 腹ペコなヴィータと神楽の目つきがかなりやばい。他でも空腹のせいか怒り心頭なやからが続出しそうだ。
「何とかしてくれよぉ銀さん。このままじゃ此処は【まるで駄目なお寿司屋】略して【マダオ】になっちまうよぉ!」
 そう、今出て来た言語。これこそ長谷川泰造のあだ名である。通称マダオ。
 簡単に言うと【まるで駄目な男】の略称である。ほかにも【まるで駄目な夫】とか【正しく駄目なおっさん】とか【全く堕落しきった親父】とかのバリエーションがあるが、どれも酷い罵倒文句である事に変わりはない。
「ま、要するにその寿司マシーンを修理出来ればえぇんやろ?」
「そうだけど、ってまさか、君が修理するの?」
「シャマル、頼むでぇ」
「えぇ!」
 いきなりバトンを渡されて困惑するシャマル。何故自分に? と言った顔をしている。
「そうか、湖の騎士であるお前なら何とか出来るかも知れんな」
「頼むぜ、シャマル」
「期待しているぞ」
「何でそんなに皆期待しているの」
 仲間の騎士達からの痛々しい期待の目に応えねばと、溜息混じりにシャマルが寿司マシーンに近づく。
 が、ベルカ時代にからくりなんてある筈がないので、修理なんて出来る筈がない。ましてやこの江戸では大概の魔法は使えない為に、治療魔法なんて上等な手段を用いれる筈がないのだ。
 無論、それは人や生き物に対して有効な手段であり、この様な無機物には余り効果的じゃないのは明白だったりする。
「しょうがない、やるだけやってみますよ」
 半ば投げ槍な感覚でシャマルは修理に取り掛かった。




     ***




 其処は、町の外れにあるひっそりと佇む小さなバー。此処では一日の疲れや心の傷を酒で癒す為にと、客がやってきては酒を飲む場所である。
 そして、そんなバーのカウンターに、一人の女性が座り、酒を飲んでいた。
 彼女もまた、心に傷を持った女性なのだろう。女の傷は男の傷とはまた違った出来具合でもある。
 女が手にしているのはかなり年代の古いバーボンである。強い酒を飲むと言う事は、それだけ心に大きな傷を持っている。と、言う事となるのだろう。
 そんな時、すっと女性の隣に誰かが座った。女は目線だけを動かし、隣に座った客を見る。
 座って来たのは男だった。彼もまた、酒で心の傷を癒しにやってきたのだろう。
 それとも―――
「随分と積極的ね。女の隣に座るなんて、ナンパのつもりかしら?」
 女は挑戦的にそう言いながらも酒を煽る。男は黙っていた。黙ったまま、マスターに注文を言う。
 マスターは頷き、慣れた手つきでカクテルを作って行く。手馴れた動きだ。マスターの手の動き、腰や体全ての動きだけでそのマスターの力量は測れる。
 マスターが女性の前に一杯のカクテルを差し出す。淡いオレンジ色のカクテルにライムのスライスが添えられた一杯のカクテルであった。
「このカクテル……まさか!」
 女性が改めて男を見る。男は只、黙って席に佇んでいた。だが、女はその男に見覚えがあった。
 そう、女はかつて、この男と淡い恋路を歩いていた事があったのだ。だが、女の両親が勝手に縁談を決めてしまい、二人は止む無く別れる事となってしまった。
 その後、縁談は問題なく進む筈だったのだが、その縁談は、相手が仕組んだ詐欺だったのだ。
 結果として、女の両親は女を捨てて夜逃げし、女はひとりぼっちとなってしまった。その傷を癒す為にこうして酒びたりになろうとした時、かつての男が来たのだ。
「す、寿司男さん」
 女が涙目になり男の名前を呼ぶ。男は無言であった。だが、言葉などなくともその目線だけで分かる。【俺がお前の傷を癒してやる。もう何所へも行くな】と、そう語っているのだ。
「寿司男さん! もう、貴方の元から離れないわ!」
 女は泣きじゃくり、男に抱き寄る。男もまた、女をその力強い両手で堅く抱き締めた。もう二度と離れないと、堅く誓い合うかの様に。
 こうして、寂れたバーで、一組のカップルが出来上がった。こんな出会いがあるからこそ、このバーには客が途切れないのだろう。




     ***




「早く修理しろおおおおおおおおおお!」
 メロドラマに夢中になってるシャマルに全員の叫びが木霊した。どうやらシャマルの妄想だったようだ。
「え? あれ、私……」
「もう良い、こんなのブッ叩け直るだろうが」
 そう言い、ヴィータが何所から取り出したのか巨大なハンマー型のデバイスを肩に担いでいた。
「ちょ、ちょっと待ってお嬢ちゃん! そんなので殴ったら壊れるからぁ!」
「ぶっ潰れろぉぉ!」
「いや、直してえええええええええええええ!」
 長谷川の叫びも空しく、ヴィータの放った一撃により寿司マシーンは天辺から粉々に砕け散り、部品を辺りに撒き散らして果てた。もう、寿司マシーンは何所にも居ない。その姿はもう見るも無残な光景となってしまっていたのであった。
「す、寿司男さあああああああああああああああああああん!」
「シャマル、それ誰や?」
 号泣しながら寿司マシーンに向かい叫ぶシャマルにはやてが尋ねる。まぁ、所詮彼女の妄想なので付き合う必要はないのだが。
「どうすんだよ! もうすぐ開店なんだぞ! これじゃ本当にまるで駄目なお寿司屋になっちまうよぉ! 俺確実にクビになっちまうよぉぉぉ!」
 情けなく泣き叫ぶ長谷川。そんな長谷川に銀時は大層溜息を吐く。
「しゃぁねぇなぁ。俺達が手ぇ貸してやるよ。その変わり、ちゃんと礼は弾めよな」
「仕方ないねぇ。接客はあたしとキャサリンでやるから、あんたらは寿司を握ってくんな」
 と、言う訳で店の接客はお登勢とキャサリンに任せ、万事屋メンバーとはやて&守護騎士達は寿司を握る作業へと移ったのであった。




     ***





 そんなこんなで店の裏方にやってきた一同。因みに作業を手伝うと言う事なので皆長谷川と同じ職人服に着替えて貰っている。しかし、よくはやてやなのは、それにヴィータのサイズがあった物だと、この時は誰もがそう思うべきだったとはこの時は語るまい。
「すまねぇなぁ皆。でも、俺より素人なお前等に寿司なんて握れるのか?」
「たかが回転寿司に其処まで完成度求めちゃいねぇよ。シャリが握れてて、ネタが乗ってりゃ誰も文句言わねぇって」
 銀時らしい考え方ではあった。まぁ、回転寿司なのだからそう言う考え方も強ち間違いではないのだが。
「長谷川、我等は寿司と言う物の作り方を知らん。かっぱ巻きしか握れんとは言え多少の事は教わってる筈だろうから、我等に教えて貰えんか?」
「あ、あぁ……見よう見真似だけど、まぁ良く見ててくれ」
 流石は回転寿司で働いているだけあり、長谷川の腕は慣れた手つきであった。シャリを適量手に取る。この時に余り取りすぎるとネタとのバランスが悪くなってしまうのでネタによって変える必要がある。そして、余りシャリを握り過ぎないのもポイントである。
 シャリを手の中に長時間入れ続けていると手の熱が移ってしまい旨味が損なわれてしまうからだ。
 故に寿司を握るというのは時間との勝負と言う事になる。
 シャリを適量握り、わさびを乗せ、その上にネタを乗せる。これで見事なかっぱ巻きの完成である。
「何でだよおおおおおおおおおおおお! 何で其処でかっぱ巻きになってんだよ! さっきまでちゃんとネタ乗せてたじゃん! わさび乗せてたじゃん!」
「駄目だぁ、俺やっぱかっぱ巻きしか握れねぇんだよぉぉ!」
 その場に蹲り泣き叫ぶ長谷川ことマダオ。どうやら長谷川はかっぱ巻きしか握れそうにない。
「それにしても、何で長谷川さんかっぱ巻きしか握れないんでしょうね?」
「先祖が三蔵法師と共に天竺まで旅したかっぱなんだろう? んな事よりもだ、これで大体の作り方は分かったな?」
 そう言い、銀時は何故かなのはの方を向く。それに釣られる様に皆の視線もなのはに向けられる。
 そのなのはと言えば、気合を入れる為なのか、はたまた只の雰囲気出しなのかは分からないがとにかくねじり鉢巻をして気合を高めていた。
「おっけぇい! 何時でも行けるよぉ!」
「うっし、頼むぜぇ」
 そう、要するに全部なのはに丸投げ。と言う事らしい。下手な人間が作るよりはましなのだろうが。
「ちょちょちょ、ちょっと銀さん! 良いのかよ? あの子に全部丸投げしちまってよぉ!」
「心配すんなって。なのはの料理の腕前はそんじょそこらの料理人じゃ足元にも及ばない位のレベルになってんだ。あいつに任しておけば万事解決だよ」
「どんだけ鉄人なんだよあのお嬢ちゃんは」
 今更ながらなのはの料理スキルの高さに驚きを見せる長谷川。そんな皆の前では、緒の凄い速さで両の手を動かしているなのはが見えた。まるで、千手観音の様に手が無数にあるように見える。
 時間からしておよそ数分だっただろう。寿司を握るには案外時間が掛かったようだが。
「ふぅ、完成したよ」
「ほぉ、お前にしちゃ案外苦戦したみたいだな」
「うん、ちょっとアレンジ加えてみたからさ」
 額の汗を手の甲で拭いながらも満面の笑みを見せるなのは。そんな彼女の力作と言うのがこれまた凄まじい出来であった。
 一面綺麗に盛られた刺身と、手作業で作られた糸大根。それに形作られたかの様に魚の頭と尻尾が盛られており、その間に刺身などが綺麗に並べられている。
 正に立派な船盛りであった。
 だが、惜しい点と言えば、今作って欲しいのは船盛りじゃなくて寿司なのだが。
「マジですげぇよ。お前更に腕前上げたんじゃねぇの? これなら充分金ふんだくれるって」
「って船盛りじゃねぇかあああああ! 何で俺が寿司握ったのに船盛りなんて作るんだよぉ! 寿司握れよ! 明らかに俺以上って言うか年齢不相応な腕前じゃねぇか! 何所の板前で修行したんだよこのお嬢ちゃんはよぉ!」
 確かに、若干9歳で船盛りを作れる事態とんでもない事なのだが。
「あれ? そう言えばはやては何所だ?」
「あぁ、主だったら其処で何か作ってるが」
 そうこうしている間にはやてもまた何かを作っていたようだ。そのはやての腕の動きもまたなのはに負けず劣らずな動きを見せていた。この二人、一体料理スキル何レベル位なのだろうか?
「うっしゃ、出来たでぇ!」
 これまた同じ様に満面の笑みで豪語する。そんなはやてが作ったのはこれまた豪勢な船盛りであった。
 しかも、盛り付けやきらびやかさはなのはのより若干上を行く。
「うおぉ! マジすげぇ! これお前が作ったのか? 下手したらなのはのより上なんじゃね?」
「ふふん、伊達に一人で料理してきた訳やないんやでぇ」
 皆からも太鼓判を押されてかなり気分の良いはやて。そのせいか無い胸を張りドヤ顔をしていた。
 だが、長谷川は余り嬉しくない表情を浮かべている。何故なら、本来作って欲しかったのは寿司であり船盛りじゃないのだから。
「むむぅ……」
 そんな折、なのはが頬を膨らませていた。どうやらはやてばかり褒められているのにちょっとだけ嫉妬心を掻き立てられたのだろう。作った船盛りを退かし、再度調理に取り掛かる。
 そして、今度はものの数秒で完成させてしまった。
「出来たぁ!」
「え? また作った……って、うおおおおおおおおおおお!」
 今度のは遥かにグレードアップしていた。その証拠にはやてに群がっていた皆が今度はなのはに群がり一斉に賞賛の声を挙げる。 
 すると、今度ははやての方が頬を膨らませる。そして、同じ様に船盛りを退かし、再度調理に取り掛かる。その結果、はやてもまた数秒で完成させてしまった。
「こっちもまた出来たでぇ!」
「え? そっちもまた作った……ってぐわおおおおおおおおおお!」
 こちらもまた凄い出来であった。なのはのよりも若干きらびやかに作っており、やはりどちらも美味しそうに出来ている。
 と、此処でなのはとはやてが互いに睨み合う。
「はやてちゃん、もしかして私と勝負する気?」
「望む所や! こればっかりはなのはちゃん相手でも負けへんでぇ!」
 互いに激しく火花を舞い散らせる。そして、同時に調理代に立ち、猛スピードで船盛りを量産し始めていた。まるで船盛りの生産工場である。
 そんな感じの勢いで次々とグレードアップした船盛りが量産されていく。
「だからお前等寿司握ってってばぁ! お願い、マジで寿司握って! 此処船盛り店じゃないからさぁ! 一応此処回転寿司だからさぁ!」
 終始泣きっ面な長谷川。そんな長谷川の背中を新八が軽く突いた。
「あのぉ、お取り込み中の所すいませんけど、二人が作った船盛り、もう全部お客様のところに行っちゃってますよ」
「え? うそおおおおおおおおおおおおおおおお!」
 泣き叫ぶ長谷川。だが、時既に遅し。なのはとはやてが大量に生産した船盛りは既に客達の下へと送り届けられていた後であった。




     ***




 テーブルの一角にて、その男は居た。彼はこの世の究極の料理を捜し求めている希代の美食家であった。それと同時に辛口評論家としても有名な人物であり、彼の【不味い】の一言で潰れた店は数知れずだ。逆に、彼が【美味い】と豪語した店は忽ち大繁盛する事で有名だ。
 そんな彼が何故か此処に来ていたのである。
「むっ!」
 その男が回転寿司のレーンの上に回っている物に目が行く。
「回転寿司の筈が、何故船盛りが!?」
 疑問は募るが興味も沸く。そんな訳で男はその船盛りを手元に置いた。まずはその外観を見る。料理とはまず見た目が大事なのだ。幾ら良い食材を使って、最高の調理方法を用いたとしても、見た目がアレではそれだけで価値がグンと下がってしまうのだ。
「ふむ、刺身を切る際に無理に切ってはいないようだな。力任せに切ってしまってはそれだけで刺身を駄目にしてしまうからな。それにこのつまの数々。どれも手作りと来ている。大抵の店では買って済ますのが殆どだが、むむぅ……これは侮れんな」
 流石の男も眉を吊り上げている。見た目だけでもかなりの高得点を得たようだ。そして、主室に刺身の一枚を醤油に付けて食べてみる。
「こ、これは! 魚本来の味が噛み締めるほどに滲み出てくる! それに金臭さが一切感じられん! 身も無理なく引かれた為に細胞の一つ一つが活き活きしており、噛んだ瞬間に弾けるように潰れる触感が溜まらん! こ、これ程の腕前に達するには最低でも30年は修行を積まねばならん筈? まさか、こんな場末の回転寿司にこれ程の腕前を持つ板前が居たのか? この料理は間違いない、これこそ職人、嫌、達人にも匹敵する程の腕前だ! 美味い、美味いぞおおおおおおおおおお!」




     ***





 この一言をきっかけに、回転寿司に怒涛の勢いで客が押し寄せて来る結果となった。その光景に一同はただただ呆然とするだけなのであった。
「す、すげぇ……あの二人が作った回転寿司が此処まで影響するなんて」
「いける! 何はともあれ、これならいける! これで俺の立身出世間違い無しだ! もうすぐ脱マダオ達成できるぜ! 有り難うよぉお嬢ちゃん達ぃ!」
 号泣しながら長谷川が叫ぶ。しかし、そんな長谷川の事などガン無視しながら、なのはとはやてはひたすらに船盛りを作り続けていた。今の二人にとってはこれを作る事だけが生き甲斐なのである。
「流石ははやてだぜ。お前んとこのなのはもやるなぁ」
「ったりめぇだろうが! 誰の娘だと思ってんだよ豆粒ドチビ!」
「誰がチビだ! 一辺ぶっ潰すぞてめぇ!」
 銀時にからかわれて怒ったヴィータを皆が必死に止める。とにもかくにも、このまま行けば今日中に売り上げが相当な額に行きそうだ。幸い材料はまだ余裕がある。こうなれば材料がなくなるまで売りまくるだけである。
 が、此処に来て問題が浮上してしまった。
「お父さん……」
「あん、どしたぁ?」
「私、もう疲れたからそろそろ寝るねぇ」
 そう、なのはが船盛り作りを飽きてしまった事だ。
「私ももう充分作ったからえぇわ。後よろしゅうにぃ」
「え? ちょっ、えええええええええええええ!」
 此処に来てこの事態であった。そう、この船盛りを作っていたのはたった二人。それも若干9歳の女の子だったのだ。今の時刻は午後11時。お子様だったらすぐにでも寝てる時間だ。
 流石に夜更かしし過ぎたのだろう。なのはもはやても職人服から普段着に着替えると、そのまま休憩所で寝てしまった。
「ど、どうすんですか、銀さん? 僕等船盛りなんて作れませんよ」
「ま、まぁしょうがねぇ。こうなったら此処から寿司にくら替えすりゃ良いんだ。」
 どの道しょうがないと言えばしょうがない。なのはとはやてしか船盛りが作れない以上寿司に戻すしかないのだ。
 幸いピークも過ぎたので客足も落ち着いている。この分なら寿司に戻しても問題はないだろう。
 だが、そうそう簡単に事態は収まらないのがお話の面白いところであり―――
「オイテメェ等! 何カ表ニ変ナ野郎ガイルンダヨ! オ前等ヲ出セッテ言ッテルンダヨ!」
「俺達を?」
 突然店側からキャサリンがやってきた。かなり慌てている。一体どうしたと言うのだろうか?




     ***




 店側に出てみると、其処には一人の男がカウンターに立っていた。鋭い眼光を持っており整った顔立ちをしている。そして、その手には無数の傷が出来ていた。その傷の数々は数年で付いた傷じゃない。恐らく数十年の間についた傷だと推測出来る。
「この船盛りを作ったのはお前等か?」
「そう言うてめぇは誰だ?」
「おやおや、この業界をやってて俺の名を知らないってのか? これでも、結構有名だと自負してたつもりだったんだがなぁ」
 銀時の問いに男はフッと笑ってみせる。明らかなキザったらしい態度に銀時が怒りそうになった時、長谷川が口を開いた。
「あ、あんた! まさか、包丁人味吉!」
「え? 味吉って、あの味吉ですか?」
 新八も驚きを見せる。
 そう、此処に居る男性こそ、店を持たず転々と辺りを歩き、有名店に勝負を挑み連戦連勝を誇る無敵の包丁人である。
 彼の名は江戸中の料理店に轟き渡っており、彼をスカウトしようと躍起になる高級料理店の数々は数知れず。しかし、その度に彼に勝負を挑み見事に惨敗した店が殆どだという。
 彼の名は味吉。その名前以外一切の素性が分からない謎多き無敵の包丁人味吉なのだ。
「この船盛り! 盛り付け方に若干幼さを感じるが、それ以外はどれも一級品の腕前を持ってやがる。こんな上等な船盛りを作れるようになるにゃ最低でも30年は修行しなきゃならねぇ。そんな上等な料理人がこんな場末の回転寿司にいる。それを聞いただけで俺の腕がブルって来ちまってなぁ。お宅の料理人と、勝負させてくんなぁ!」
(いきなりこんな展開かよおおおおおおおおおおおお!)
 一同の心の叫びであった。最悪であった。
 何故なら、この船盛りを作ったであろう達人達は現在爆睡中なのだ。恐らくテコでも起きないだろう。
 其処へ来てこの面倒くさい奴が出てきてしまった。さぁてどうするか?
「条件は今までと同じだ。俺と勝負して、俺が勝ったらこの店の看板を貰う。逆にお前等が買ったら、俺は無条件でこの店に腰を据えて働いてやる。どうだ? 悪い条件じゃないだろう?」
「ちょ、ちょっと待っててくれ!」
 タイムを掛けて、銀時達は集まる。
(おい、どうすんだよ。あんな奴相手に俺達で対抗出来るのか?)
(無理無理、相手はあの無敵の包丁人味吉ですよ! 僕等が束になって掛かったって勝てませんよ!)
 弱腰になっている新八。彼も知っているのだ。味吉の料理の腕前を。彼はかつて、幾多の強豪を打ち負かしてきているのだ。
 料理の鉄人29号と仇名す鋼鉄の料理人。料理王と名をなす料理界の帝王。他多数。とにかくとんでもない輩を彼は叩きのめしている。今この江戸で彼に対抗出来る人間は恐らく居ないだろう。
 そんな味吉が勝負を挑んできた。
(どうする。適当な理由を言って帰って貰うか?)
(いや、これはチャンスだ! 此処で味吉を店に入れたとあっちゃ俺は店の昇格間違い無し! 俺の立身出世の大チャンス。下手したら一気にかつての地位へと返り咲けるかもしれねぇ)
(夢みたいな事言ってんじゃねぇよ。相手見ろ相手を! 俺等が束になっても勝てないって相手なんだぞ! どうすんだよ?)
(確かに勝てないかも知れない。だが、例え99パーセント勝ち目がなくても、残り1パーセントの可能性に、俺は全てを賭けてみたいんだ)
(何所の伝承者だよてめぇは!)
 どうやら長谷川はやる気満々のようだ。すると、その思いに釣られて守護騎士達もやる気を見せ始めてきた。
(私も力を貸すぞ長谷川。烈火の将たる者敵に背中は見せられん!)
(あたしも手を貸すぜ。何か面白そうだしな)
(うむ、我等は主を守護する存在。だが、同時に騎士でもある。例え負け戦と言えども、戦わねばならぬときがあるのだ)
(やりましょう。私達が力を合わせれば、きっと出来ますよ)
(お前等。その前に料理出来るのか?)
 率直な疑問であった。とにもかくにもだ。此処で味吉を倒せは長谷川のスピード昇格は間違い無し。もしかしたらもっと美味しい物を奢って貰えるかも知れない。それに、仮に負けたとしても自分達には何のデメリットもない。逆に勝てばメリットがある。
 ま、ダメ元でやってみるのも有りと言えば有りだろう。
「おい、何時まで話し込んでるんだ? やるのか、それともやらないのか?」
「上等じゃねぇか。やらせて貰うぜ! お前のその挑戦。俺達が受けて立ってやる!」
「フッ、上等だ。何人でも俺は構わねぇぜ。全員纏めて捌いてやる」
 こうして、包丁人味吉対長谷川+αズの戦いが勃発した。




     ***




 上の行では強気に挑戦を受けて立っては見た物の。実際に言うと勝算はほぼゼロにも等しい。
 何せ、相手は幾多の強豪をたった一人で叩きのめしてきた無敵の包丁人。対してこちらはそんなに料理のスキルもない素人の集まり。まず勝てる気がしなかった。
【対決のテーマは船盛りだ。俺は別の厨房で作るからお前等はお前等で頑張って作りな。因みに制限時間は30分だ】
 と、言うとんでもルールをたたきつけられてきた。よりにもよって船盛りである。そんな上等な代物素人集団である銀時達に作れる筈がないのだ。
「よし、こうなったらヤケだ! 皆の持てる力を結集してあの無敵の包丁人を倒すぞ!」
「つってもよぉ、長谷川さん。俺等言っちまえば料理の素人だぜ。そんなのがあの無敵の包丁人って奴に勝てるのか?」
「個々で挑んだ所で各個撃破されるのがオチだ。此処は皆の得意分野を用いた合作で挑むんだ」
 要するに一人が一つの船盛りを作るのではなく。各々が得意な分野で互いをフォローし、最高の一品を仕上げよう。と言う魂胆なようだ。
 そんな訳で早速調理に取り掛かる訳なのだが。
「おいシグナムさん! 何やってんだよ! かつら剥きはそんな分厚くちゃ意味ねぇだろ!」
「む、すまん。どうもこの包丁と言うのは扱いが難しくてな」
 流石は料理経験ゼロなだけある。刃物系統なら得意かと思ったシグナムでさえ満足に包丁を扱えない始末であったりした。
「ちょっとちょっと、シャマルさんもザフィーラさんもバーナーで炙り過ぎ! そんなんじゃ折角の炙り出しが台無しになっちまうじゃねぇか!」
「ご、御免なさい」
「気をつける」
 こちらでは炙り系統の仕事だったようだが、どうやらバーナーの火加減が分からないらしく焦がしたり生焼けだったりと良い塩梅が出来てない。
「あ~あ~、何だよこの盛り付けはよぉ! これじゃ船盛りじゃなくてゴミの詰め合わせだよ」
「んだよぉゴラァ! こっちだって一生懸命やってんだよぉ!」
「そーだそーだぁ! マダオの癖に生意気だぁ!」
 盛り付け担当だった神楽とヴィータだが。そのセンスは最悪だったようで。
「おいおい、何だよこのつまの出来はさぁ、あんたら本当に包丁握った事あんのぉ? こんな分厚い千切り大根聞いた事ないよぉ」
「……」
「……」
 つま担当だった銀時と新八だったが、これもやっぱり経験ゼロな為に禄な物が出来てない。その為長谷川に終始怒鳴られっぱなしだったようで。
「全くもう、皆しっかりしてくれよぉ。これじゃ俺の出世が台無しじゃねぇか。もっと真剣に取り組んで貰わないと困るんだよ。分かってるの? 遊びでやってんじゃねぇんだからさぁ、もうちょっとしっかりしてくれよ!」
 呆れた顔で説教を垂れる長谷川。そんな長谷川に対し、遂に、一同の我慢の限界がピークに達してしまった。
「いい加減にしろやああああああああああ!」
 とうとう完全にぶち切れた銀時の放った飛び蹴りを皮切りに、その場に居た一同全員の激しいストンピングの嵐に見舞われる。

 何生意気言ってんだこのマダオがあぁ! 元々てめぇの為にやってんのに何でてめぇがふんぞり返ってんだ! てめぇも何か手伝え! そもそも俺等に奢らせるためだったんだろうが! 我等を愚弄するかこの駄目人間がぁ! おい、もう勝負なんてどうでも良いからこいつを題材にして盛り付けしちまおうぜ! 女体盛りならぬ親父盛りだよ親父盛り! おぉ、それは名案だな!

「ちょ、ちょっと待ってぇ! お願い、叔父さんが調子乗ってたからさぁ、御免なさい。謝るから、謝るから止めて……って、あぎゃああああああああああああ!」
 調理場内一杯に長谷川の断末魔が響き渡る。だが、その叫びを聞いた人間は誰一人として居なかったりして。




     ***




「どうでぃ、俺の船盛りは?」
 その頃、一足先に作り終えた味吉の船盛りを食べた客達やお登勢、そしてキャサリンは正に太鼓判を押している真っ最中であった。
「こりゃ、間違いなく最高の出来だねぇ。こんなのをタダで食えるってんだから今日は吉日だよ」
「生キテテ良カッタデェス!」
「ふっ、よせやい、照れるじゃねぇか」
 終始皆からの太鼓判を押されて上機嫌の味吉。すると、そんな一同の下へレーンに乗ってやってきた。どうやら長谷川達の船盛りが完成したようだ。
 挑戦的な眼差しを送り、それの到着を待つ味吉。だが、流れてきたそれを見た途端、味吉は勿論、その場に居た誰もかれもの顔が凍りついたのは言うまでもない。
 其処にあったのは、何とデカイ木の板の上に寝かされるように置かれた素っ裸の長谷川。その長谷川を中心に刺身やつまなどが適当に並べられた品物。簡単に言うなら女体盛りの類だった。
 だが、それが絶世の美女の体なら文句無しなのだが、相手は親父。それもマダオだ。しかもその盛り付けもかなり酷かったりする。
 すると、そんな長谷川が乾き切った笑顔でこちらを向いてきた。
「えと……親父盛り合わせです。どうぞ、召し上がれ」
 その言葉を耳にした途端、味吉の額に大量の青筋が浮かび上がったのが見えた。
 その途端、親父盛り合わせに向かい盛大な踵落としが決まった。

”ふざけんなあああああああああああああああ!”

 味吉のみならず、その場に居たほぼ全員の叫びであった。その後、盛られていた長谷川に対し殴る蹴る、ストンピング、箸を使ったり板で殴ったりと、とにかく暴力三昧の光景が其処にあった。
 その光景を目の当たりにした銀時達と守護騎士達は揃って青ざめながら静かに退散した。
 未だに眠っているなのはとはやてをそっと抱き抱えて店を出て行く一同。その際に、皆は揃って仲良く、声を揃えてこう叫んだと言う。

「俺、知~~らねっ!!!」




     つづく 
 

 
後書き
次回【日焼けにご用心】お楽しみに 
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