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駄目親父としっかり娘の珍道中

作者:sibugaki
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第31話 愛情も度が過ぎれば狂気

 目を開けば、全てがセピア色に風景が広がっていた。黄土色一色に彩られた町の風景が立ち並ぶ。
 黄色掛かった青空の下に広がるのは何所か見覚えのある古臭そうな木造の建築物が立ち並んでいる。
 見ればそれは建物や風景だけではない。その町を歩く人々もまた同じセピア色に染め上げられているのが分かる。
 その町を歩く人々の姿は、誰も彼もが着物を身につけている上に、男の殆どが自分の髪で髷を結わえており、女の殆どは髪を束ねて結んでおり、その上に櫛を挿していたりしている。
 
「此処って……もしかして、江戸の町?」

 そう、今なのはの目の前に映っているのは紛れもなく住み慣れた江戸の町であった。
 しかし、江戸の町なのは分かるのだが、それにしては何所か違和感を感じる。何故風景が皆セピア色に染められているのだろうか?
 視界がおかしくなったにしてはそんな風には感じられない。とすれば、この視界の変化は一体何なのだろうか?

「考えてても仕方ないか……家に帰ろうっと」

 このまま道のど真ん中で立ちっぱなしでも何も解決しない。それより、折角江戸の町に帰って来たのだから真っ直ぐ家に帰るとしよう。
 もしかしたら皆自分の帰りを待っているのかも知れない。
 そう思うと、自然と足取りが速くなっていた。本人は気付いていないが、今の足取りは若干走っているのとほぼ同じ位の速度だ。
 そんな足取りのまま、自分の家路へと向った。
 住み慣れた町な為に帰り道もほぼ心得ている。この町は私の育った町だ。生まれたかは分からないがとにかく、赤ん坊の頃から育った町なのだ。
 何所に何があるかは大体分かっている。
 
「あれ?」

 ふと、歩いていたなのはの足取りが止まった。
 原因は街中にある一軒の駄菓子屋であった。店内には子供が喜びそうな駄菓子やお粗末な玩具などが並べられており、そのどれもが子供のお小遣いでも買える程の値段で並べられているのだ。
 そして、その店には多くの子供達が賑わっている。此処の子供達の狙いは様々だ。
 駄菓子を買って食べたり、玩具を買って遊んだり、ドッキリマンチョコを買ってカードを集めたり、本当に様々であった。
 その駄菓子屋こそ、なのはが足を止めた理由に他ならなかった。

「この駄菓子屋……確か、かなり前に畳んだ筈なのに……」

 おかしい。そう思えたのだ。
 確か、この駄菓子屋は数年前に営業を止めて店を畳んだ筈なのだ。
 今では店の面影などなくなって、只の一軒家になってる筈であった。それが、またこうして営業を再開している。
 が、それにしては変だ。まるで、昔のままの様にも見える。
 一体何故だろうか?
 違和感を感じながらも、それを気にしないように必死に努めながら、なのはは帰り道を急いだ。
 途中で目に入る光景はなるだけ無視して、急いで帰り道を急ぐ。
 その結果、家に着くのに案外時間は掛からなかった。
 代わり栄えのない風景だ。
 昼間なのでまだ看板はないが、目の前にあるのはなのはの家を取り仕切っているお登勢がやっているスナックがある。そして、その上の階こそ、なのはの家なのだ。
 だが、見上げてみて、其処でも違和感を感じた。

「あれ? ない!」

 そう、無いのだ。本来、一階と二階の間辺りに、でかでかと「万事屋銀ちゃん」と書かれた看板が立て掛けられてる筈なのだ。
 その看板が見当たらないのだ。
 一体どう言う事なのだろうか?
 とにかく、此処は一旦家に帰る必要がある。階段を駆け上がり、二階の唯一の出入り口であるスライド式の扉に手を掛ける。
 扉はガタガタ音を立てるだけで一向に開く気配がない。
 どうやら鍵が掛けられてるようだ。

「変なの、普段は開けっ放しなのに」

 そう呟きながら、なのはは懐から合鍵を取り出し、それを使って鍵を開けて扉を開く。
 すんなりと鍵は開き、扉は少女の手で抵抗なく開かれる。
 中は全く変わってない。誰も居ない通路の奥に、これまた誰も居ない居間が見える。
 
「ただいま~」

 一言そう延べ、なのはは玄関で履物を脱ぎ、家へと入った。
 入っては見たが、やはり何所か違和感を感じる。
 しかし、この違和感が何なのかは未だに全く分からない。

「お父さん? 新八君? 神楽ちゃん?」

 本来居る筈の人達の名前を声に出しながら、部屋の中を歩く。
 だが、幾ら名前を呼んでも、声は返って来ない。誰も居ないのだろうか?
 居間には勿論、台所や座敷などを見て回ったが、其処にはやはり誰も居ない。
 一体何処へ行ったのだろうか。
 そう思っていた時、寝室の方の扉が開く音がした。どうやら寝室に誰か居たのだろう。
 振り返ると、其処に居たのは見覚えのある銀色の天然パーマを頂きに持ち、その風貌はやる気の欠片さえ感じられない。いや、居間の彼からはやる気どころか生気すらも感じられないようにも見える。
 服装は黒のシャツとズボンの上に白い着物をだらしなく着こなしている。
 紛れも無い。彼は銀時だった。なのはが父と慕い、赤子だった自分をこの年まで育ててくれた人物だ。

「お父さん! 帰ってたんだ」

 懐かしさと寂しさが入り混じった声を挙げてなのはが銀時に近づき、声を掛ける。
 だが、それに対して銀時は全く応じる様子を見せず、なのはから視線を逸らしてしまう。

「あ、あれ? お父さん!」
【あ~、まぁたやっちまったよぉ~】

 なのはの声に一切気付く様子なく、銀時は天然パーマの髪を強引に掻き毟りながら玄関までのたのたと歩き出した。全くなのはに気付いていない。まるで、初めから其処に彼女など居ないと思っているかの様に。

「ちょ、ちょっとお父さん! 無視しないでよ!」

 流石に苛立ちを感じたのか。銀時の背後に近づき、思い切り背中を叩こうと手を振るった。
 だが、その手は銀時の背中を突き抜けて大きく空振りをしてしまう。
 その拍子に自分までもが勢い余って転びそうになってしまったが、何とか堪える事が出来た。
 そして、そのお陰で知る事が出来た。此処は自分の知ってる江戸じゃないと言う事に。
 では、此処は何所なのだろうか?

【参った……本当に参ったぜ】

 そんななのはを無視しながら、銀時は玄関の扉を開き外へと出て行ってしまった。
 どうやらこれから外出するつもりなのだろう。

「あ、待ってお父さん!」

 そんな銀時を追って、なのはも外へと繰り出す。なのはが出た直後に、銀時は扉を閉めて施錠する。そこら辺はしっかりしているようだ。

「ねぇ、此処って何所なの? お父さん」
【今回こそは出ると思ったんだがなぁ……見事に全額擦っちまったよ】

 なのはの問いなど気にしないかの如く、銀時は自分の懐から安っぽい財布を取り出して中を開く。其処に見えるのは最早ゴミ位しかない。

「あぁ! またギャンブルしたんでしょ? だからあれほどやっちゃ駄目って言ったのに!」
【やべぇなぁ。これじゃ今日のおまんまがマジでやばいぞ。このままだと俺今日辺り餓死しちまうんじゃね? そうなっちゃうとマジでやばいなぁ……どれくらいやばいかと言うとマジでやばい】

 そんな事をぼやきながら、銀時は財布を仕舞い、そのまま階段へと向った。

【階段なんてかったりぃなぁ。エレベーターかエスカレーターでもつけっかなぁ。あ、でも金ねぇや】
「当たり前でしょ。そんなお金ある訳ないじゃない」

 銀時の愚痴に対しなのはが返す。帰って来る筈がないと分かっていながらも、黙っていると少し寂しいのでつい返答してしまったのだ。そんな感じで、銀時となのはは階段を降り切った。

【どっかで良い儲け話でも転がってねぇもんかねぇ~。なんつうかこう、ガバァッて儲かるような上手い話とかさぁ~。唸る位の泡銭とか一度で良いから欲しいもんだぜ】
「そんな事言って、私が仕事見つけてきたら文句言う癖に」

 銀時のすぐ後ろを歩きながら、なのはは不貞腐れていた。何時もそうだ。
 普段自分では仕事を余り探さない癖に自分が仕事を見つけてくると「面倒毎を持って来るな」と言って愚痴るのが毎度の事なのだ。
 その癖金がないと先ほどの様なことを呟くのである。

【あ~、だりぃ~。ったく、春だってのに太陽さんさんじゃねぇか。これじゃまるで夏だろうが! 熱すぎるんだよ。たまには有休とれや太陽の馬鹿野郎が。大体太陽があんな頑張りやさんだから俺の財布が逆にスッカラカンに……】
「ん?」

 ふと、愚痴っていた銀時の足が止まった。見上げてみると銀時はある一方を向いている。
 その方角と言えばお登勢の経営しているスナックの方だ。
 だが、銀時が見ているのは正確に言えば違う。そのすぐ隣、先ほど自分達が降りてきた階段のほぼ真下辺りの位置にある。
 其処には白い布で包まれた何かが置かれていた。
 此処からだと布しか見えない為中身を確認出来ない。

【何だ何だぁ? どっかのブルジョワが哀れな俺に対してお金を恵んでくれたとかですかぁ?】
「よくそんな発想出来るね」

 銀時のそんな発想力も才能の一つだと感心してしまったりする。
 だが、なのは自身その包みが何なのか知りたい。折角なので銀時と一緒にその包みを見下ろした。
 其処に居たのはまだ生まれたばかりと思われる赤ん坊が寝息を立てていたのだ。

「うわぁ、赤ちゃんだ! でも、何でこんな所に捨てられてるんだろう?」

 江戸ではこう言った捨て子は実は少なくは無い。若い男女が出既婚してしまい、そのまま産んだは良いが育てる事が出来ずにその場に放り捨てたり、遊女と客が一夜の過ちを犯してしまい生まれてしまったが、世間にばれるのを恐れてこっそりその場に置き去りにしたり等、理由は様々だがとにかく江戸の町で捨て子はそれほど珍しい物じゃないのだ。
 当然、銀時自身もそんな捨て子を見てはいたがすぐに踵を返して歩き去って行ってしまう。
 関わりたくないのだ。赤子を見れば誰もが可愛そうとは言うが、誰一人として拾っていこうとはしない。生活が苦しい現状で捨て子まで面倒を見る事が出来ないのだ。
 その結果、運よく拾ってもらう子も居れば、その場でのたれ死んでしまう子も居たりする。
 
「ねぇ、お父さん! この子拾ってあげないの?」
【見なかった事にしよう。触らぬ神になんとかって奴だ】
「そんな、そんなのって……」

 余りに無慈悲な言い様になのはが反論を言おうとした正にその瞬間であった。
 さっきまで静かに寝息を立てていた赤ん坊が突如大声で泣き喚きだしたのだ。
 その泣き声と言ったら天地を貫く程とも思われる程盛大な泣き声であり、なのはは勿論、銀時も、そして回りを歩く人たちも皆揃って耳を抑えていた。

【う、うるせぇぇぇ! なんつぅ大音量で泣くんだよこのガキはぁ!】
「こ、子供は泣くものだよお父さん! でも、確かにこの泣き声って凄く五月蝿い……」

 なのはは赤ん坊のすぐ近くなので被害がかなり大きい。しかも、全然泣き止む様子がないのだ。
 だが、銀時が赤ん坊の丁度真上に来ると泣き止む。しかし、一旦離れるとまた盛大に泣き出してしまうのだ。
 これでは銀時は赤ん坊から一歩も離れる事が出来なくなってしまう。
 そうなると、当然人々の目線は銀時に集中していく。
 その鋭い視線を感じたのか、銀時が町行く人たちの方を向いた。

【な、何だよお前等! 言っとくけどこいつは俺のガキじゃねぇぞ! たまたま其処に転がってただけだ! 断じて俺のガキじゃねぇ! 第一俺はまだ誰とも(チョメチョメ)してねぇんだ! 俺のガキが生まれる確立なんて天文学的にありえねぇんだよ!】
「だけど、今の光景を見たら誰でもお父さんが捨てたって誤解すると思うけど……」

 銀時の必死の言い訳をなのはは目を細めてそう呟いた。その後も銀時の必死の言い訳が大声で連なられた。そんな事をしていると、丁度銀時の真後ろにある建物の扉が勢い良く開かれ、其処から突如黒い影が現れた。

【朝から大音量で怒鳴り散らしてんじゃねぇよこの腐れ天パーがぁぁぁぁ!】
【そげぶぅぅ!】

 老婆の声と共に高速でとび蹴りを放ったのは紛れもなくお登勢だった。
 額には青筋が浮かんで居る事からかなり不機嫌なのは見て取れる。

「あ、お登勢さん! お登勢さんだ!」
【よ、よぉ……ババァじゃねぇか。今日は良い天気だなぁ……布団でも干そうってのかぁ?】
【下らない挨拶は良いんだよ。それよりも銀時……あんた今月の支払いはどうしたんだい?】

 どうやらお登勢にもなのはは見えないようだ。そして、今日は生憎の家賃支払日だったようだ。
 しかし、先ほどのあれを見ても分かると思うが、今の銀時の財布はスッカラカンなのである。
 なので、この後に銀時が何を言うのかはなのはでもはっきりと分かる。

【あぁ、今月の分ね。あれなら男の夢につぎ込んだからもう一銭も残ってn―――】

 言い終わる前に銀時の顔面にはお登勢の鉄拳が叩き込まれる。その光景は痛そうと思える意外にはなかった。
 なのはもまた両手で顔回りを覆って顔を歪めていた。

「あ~あ、そんな事言っちゃうから」
【要するに、またギャンブルで擦ったってんだねぇ? あんたこれで何回目なんだい! もう半年も家賃払ってないだろうが! あんたあの時の言葉忘れたってんじゃないだろうねぇ?】
【るせぇ! ねぇもんはねぇんだよ! 一々金金騒ぐんじゃねぇ糞ババァ! 金の亡者かてめぇはよぉ!】

 その後も銀時とお登勢の口論は続いた。金絡みな為かかなり意地汚く、そしてくだらなかったりする。
 だが、そんな会話の中にも気になるフレーズがあった。

「あの時の言葉……あの時の言葉って何だろう?」

 知らなかった。なのはが知らないところで、銀時とお登勢は繋がっているのだろう。
 しかし、目の前ではそんな光景など微塵も感じさせてはくれないかの如く、醜い口論が続いていた。
 そんな口論を仲裁するかの如く、再度赤ん坊が盛大に泣き出した。
 すると、口論は中断され、お登勢は赤子を見下ろし、それを抱き上げる。
 銀時はその赤子を何所かのアベックが捨てて行ったから放っておけと言い張るが、お登勢はその赤子を抱き抱えて店の中へと入って行ってしまった。
 その際に、銀時にも飯を奢ると言い、その言葉に乗っかるように銀時もまた店の中へと入って行った。
 それに続き、なのはも店の中へと入る。見れば、何時の間にか用意された宇治銀時丼を頬張る銀時と、赤ん坊に哺乳瓶でミルクを与えているお登勢の姿があった。

「わぁ、呑んでる呑んでるぅ! よっぽどお腹空いてたんだなぁ、この子」
【案外様になってるじゃねぇか。あれですか? 女ってなぁ年を取るとそう言う類のことが上手くなるのかぁ?】
【放っとけ! 女はこれ位の年になると色々と他人にゃ言えない過去の一つや二つ位出来んだよ。しかし薄情な親も居たもんだねぇ。こんな可愛い赤子を捨てるなんざぁ。世も末だよ】
「本当だよねぇ。一体誰が捨てたんだろう。この子を」

 お登勢の言い分になのはは腕組みして頷いた。一体何処のアベックが捨てて行ったのだろうか。もし分かったら見つけてとっちめてやろう。
 そうなのはは思えた。
 だが、今ははそんな事よりも、この子をこれからどうするかだ。
 なのはがそう思うよりも早く、お登勢がそれを切り出してきた。
 無論、その標的は目の前に居る銀時であるのは間違いない。何せ、他に誰も居ないのだし。
 そして、これまた当然の如く銀時はそれを拒否した。面倒くさがりの塊である銀時がそんな面倒な事を引き受ける筈がないのだ。

【冗談じゃねぇよ! そんな面倒毎御免だぜ! 他当たってくれ】
【あぁ、そうかい。折角半年分の家賃の支払いとその飯代をこの子の育児でチャラにしてやろうと思ってたんだけど、残念だねぇ。ま、あんたも忙しいって身なんだし、無理強いはしないけど……】
【しゃ、しゃぁねぇなぁ。其処まで言うんだったら引き受けてやろうじゃねぇか。丁度俺も暇だったしぃ。ガキの子守なんて朝飯前だしぃ。俺主人公フラグ立ちまくりだからそれくらい軽くこなせるだろうしぃ】
「お父さん、下心丸見えだよ」

 なのはのツッコミが炸裂した。無論、そのツッコミを返してくれる人間など誰も居ないのは承知の上なのだが、何故かツッコミを入れずには要られないのが現状だったりする。
 とにもかくにも、この赤ん坊を銀時が面倒見る事になったのにはなのははホッとした。
 そんななのはを他所に、銀時とお登勢はその赤ん坊の名前を決めるべく、四苦八苦しているのが見えた。
 どうやら、赤ん坊を包んでいた布から紙切れが落ちてきて、其処に名前が書き連なれていたようだ。
 
【なのは】
「え?」

 そして、その名前の中に自分の名前があったのを知り、なのはは驚いた。
 更に、その名を聞いた赤ん坊が笑い出したのだ。再度銀時がその名を呼び、赤ん坊は更に上機嫌になる。

【どうやらこの名前が気に入ったみたいだな。うし、今日からお前はなのはだな。しかしなのはねぇ……偉く変わった名前だな】
【まぁ良いじゃないのさ。それより、しっかり育てるんだよ! もしこの子をほっぽりだした日にゃぁ、今までの分のツケ纏めて払って貰うからねぇ。腎臓なり金玉なり売っぱらって貰うからそのつもりでしっかり面倒みな!】
【わ、わぁったよ!】
「ど、どう言う事? 何でその赤ん坊の名前が私なの?」

 全く以って疑問だった。何故、目の前の赤ん坊の名前が自分の名前なのだろうか。
 ふと、なのはは店内を見回してみた。
 良く見ると、店内には本来居る筈の猫耳を持ったごつい顔のキャサリンが見られない。
 それに店内も幾つか見当たらない箇所もある。
 カウンターの後ろにある酒棚の酒の種類も少ない。
 一体どう言う事なのだろうか。
 その疑問が解決する間もなく、なのはの視界は歪に歪んで行き、やがて完全な闇となり目の前を支配していった。



     ***




 再びセピア色の風景が目の前に映る。見れば、其処は風呂場だった。
 風呂場に居るのは銀時とまだ赤ん坊のなのはだ。裸にひん剥かれた赤ん坊のなのはが風呂桶の中に入れられて銀時に優しく体を現れている。その後ろではお登勢が険しい顔で銀時を見下ろしているのが見えた。
 どうやらなのはをお風呂に入れているようだ。

【良いかい、丁寧に洗うんだよ。卵を傷つけないように洗うような感覚で丁寧に綺麗に洗ってやりな】
【一々注文の多いババァだなぁ。言われなくてもやってるだろうが】

 愚痴を零しながらも、銀時はそれはそれは丁寧になのはの体を洗っていく。男で、しかも未婚で始めての為か、その動きはとてもぎこちなく感じる。
 しかし、赤ん坊のなのははとても気持ち良いのか終始上機嫌であった。

【ちぇっ、人の気も知れねぇで呑気なこったぜ】
【グチャグチャ言ってないでさっさと体を拭いてやんな。風邪引かす気かい?】
【わぁってるよ!】

 口を尖らせながら、綺麗な布でなのはの体を拭いていく。そして、それが終わるとそっと抱き上げようとする。
 が、それを嫌がるかの様になのはが銀時の手から逃れて再び桶の中へと飛び込んでしまったのだ。

【あ、てめぇ!】

 驚愕の顔をする銀時の目の前で赤ん坊であるなのははとても楽しそうに桶の中で暴れまわっている。どうやらよっぽど桶の中が気に入ったのだろう。
 しかし、それを見ていた銀時は大層不機嫌だったのは言うまでもない。

【このクソガキィ! ちったぁ俺の苦労を考えやがれバカヤロー!】

 思わず大声で怒鳴ってしまった。すると、ピタリと赤ん坊の動きが止まり、今度は打って変わって大声で泣き喚きだしてしまった。
 相当今の銀時の怒声が怖かったのだろう。

【何泣かせてるんだい、この腐れ天パーが!】
【しょうがねぇだろ? 折角拭いてやったのにまたずぶ濡れになるんだもんさぁ! 寧ろ今は俺の方が泣きてぇ位だよ!】
【ウダウダ言ってないでさっさとなのはをまた拭いてやりな! このままだと本当に風邪引くだろうが!】
【分かった、分かりましたよぉ!】

 前では赤ん坊が盛大に泣き喚き、後ろではお登勢が大声で怒鳴りつける。
 板挟みになった銀時は泣きたくなる気持ちをグッと抑えながら、必死に再度赤ん坊を拭く作業を行い、今度は足早に風呂場を後にするのであった。




 またしても光景が移り変わり、今度は台所に銀時とお登勢の姿がある。そして、居間の方では終始赤ん坊がかんしゃくを起こしている。
 どうやらお腹を空かしているようだ。
 だが、お乳の出る人間など居ない。無ければ作るしかないのだ。
 そのせいで苦労しているようである。

【えぇっと、おいババァ! 粉の量はこれ位で良いのか?】
【あぁ、それ位で良いよ。それを人肌位の温度のお湯で溶かしな。そうすりゃ赤ん坊のミルクの完成だよ】
【へいへい、人肌の温度ねぇ】

 口ずさみながら銀時は哺乳瓶にお湯を注いでいく。蓋をして良く溶かし、それを片手にお登勢に近づく。

【出来たぞ、ババァ】
【ほぅ、どれどれ】

 銀時から哺乳瓶を受け取り、それを逆さにひっくり返す。
 哺乳瓶の丁度乳首の部分から出来上がったミルクが一滴零れ落ち、お登勢の手首近くに落ちる。
 その温度を感じた後、お登勢の表情が鬼の顔の様に一変した。

【これの何所が人肌だバカヤロー! 熱湯じゃねぇかこりゃぁ!】

 どうやら相当熱かったのだろう。垂らした方の手を必死に振り回しながら銀時の顔面を蹴り飛ばす。
 蹴られた銀時はそのまま後方へと吹き飛び床に激突してしまった。

【だってしょうがねぇじゃん! 人肌って言ったって俺分かんないんだしさぁ!】
【これから赤ん坊育てる親がそんなんでどうすんだい! 覚えられないってんなら体で覚えろこのくそったれがぁ!】

 その後、無抵抗の銀時を殴り倒すお登勢の姿が見られた、その間も、終始赤ん坊は泣き続けていたのだが。




 今度は、部屋に赤ん坊一人しか居ない。銀時の姿もお登勢の姿も見られない。
 あれからそれなりに時間が経過したのか、赤ん坊は既にハイハイまで出来るようになっており、部屋を縦横無尽に駆け回っている。
 外の方で慌しい足音が響く。扉が勢い良く開かれ、其処から現れたのは銀時とお登勢の二人だった。

【本当なのかい? なのはが言葉を喋ったってのは?】
【あぁ、確かに言ったんだよ! 間違いねぇ】

 二人共揃って大慌てだった。そして、そのままの足取りで歩き回っているなのはの前に姿を表す。

【お、おいなのは! 俺だよ、お父さんだよ。さっきみたいにもう一度呼んでみろ】

 ぎこちない言葉遣いで銀時が呼びかける。すると、それに反応したのか赤ん坊が銀時を見上げながら小さな口を振るわせた。

【パ……パン……パ】
【うおおおおおおおおおおおおお! 喋った! 見ろよババァ! 本当に喋ったんだぜぇ!】
【あぁ、嬉しいねぇ、子供の成長ってなぁ早いもんだねぇ】

 銀時は歓喜の余り両手を天に向かい振り上げており、お登勢は口を手で覆い涙目になっていた。
 すると、今度はお登勢の方に向かい口を振るわせる。

【バ……ババ……ァ】

 どうやらお登勢のことを言ったのだろう。しかし、それを聞いた途端、お登勢の中にあった先ほどの感動は遠い宇宙の彼方へと消え去っており、変わりに激しい怒りが銀時に向けられていた。

【てめぇこの腐れ天パー! てめぇが一々人の事をババァババァ言うもんだからなのはがそう覚えちまったじゃないのさぁ! 一体どうしてくれんだいこのクソッタリャァァァ!】
【知らねぇよ! そんなの俺じゃなくてなのはに言えってんだよぉ!】

 銀時の弁解も空しく再度、お登勢の手により銀時はフルボッコにされるのであった。




 幾年か時が経った後なのだろうか。既に赤ん坊は二本足で立てるようになり、言語もまともな位になっている年頃になっていた。
 外見からして恐らく3歳位にはなってるのだろう。
 そして、今見える光景ではそんななのはと銀時の二人が布団にくるまって寝息を立てていた。
 同じ部屋では寝ているのだが布団は別々だった。
 銀時が何回か寝返りを打ち、その度に変な寝言を口ずさんでいる。
 その隣で、なのはは突如目を覚ます。バッチリと目を開き、天井を見上げる。
 天井に見える木の模様がどうやら気になってしまったようだ。
 再び眠ろうとするが、その度に目を開いてしまう。小さな子にありがちな恐怖関連だろう。
 
【ねぇ、お父さん】
【んぁ?】

 若干震える口調でなのはが銀時を呼ぶ。それを聞き、一回で目を覚ました辺り、銀時も眠りが浅い時だったようだ。
 
【一緒に……寝て良い?】
【何で?】
【だって、一人だと怖いんだもん】
【おいおい、ガキじゃねぇんだからよぉ。女ってのは3歳過ぎたら大人の階段登る準備しなきゃならねぇんだよ。恐怖に負けない図太い神経を作る為にも一人で寝なさい】

 明らかな言い訳であった。そう言い放ち、再び寝に入ろうとする銀時の耳に聞こえて来るのは、恐怖に必死で格闘した末に、半泣き状態になり始めたなのはのすすり泣く声だった。
 流石にそんなのを聞かされた日には銀時も強気では言い返せない。
 深く溜息をついた後、面倒くさそうに口を開いた。

【勝手にしろ】
【うん!】

 とても嬉しそうな声で返事をした。その後、枕を持ってなのはが銀時の布団の中に潜りこんでいく光景を最後にその場面は終わった。




 今度は自宅ではなく、外の光景であった。
 映っているのは銀時と5歳位に成長したなのは。そして少し強面の商人達であった。
 
【それじゃ、頼むよ銀さん】
【あいよぅ、そんかわしそっちの方もしっかり頼むぜ】

 どうやら万事屋の仕事のようだ。
 どんな依頼かは分からないが商人から察するに荷物関連なのは理解出来る。
 しかし、そんな客を前にして、なのはは少し怖がっていた。どうやら商人の顔が相当怖いのだろう。
 銀時の後ろに隠れてその小さな手は彼の白い着物をしっかりと掴んでいた。
 その商人の目がなのはに留まる。

【おや? その可愛い子は誰だい? もしかして銀さんの子とか?】
【ま、そんな感じだな。つっても拾い子だけどな】
【へ~、そうなのかい。名前は何て言うんだい?】
【なのは】

 ぶっきらぼうにそう答える銀時。商人はなのはに興味深々であった。
 だが、見られてるなのはは溜まった物じゃない。怖くて仕方なかったのだ。
 どうやらこの頃のなのはは少しだけ怖がりで甘えん坊な面があったようだ。

【宜しくねぇ、なのはちゃん】
【ひっ!】

 商人が笑いながら近づくと、なのはは反対に完全に銀時の後ろに隠れてしまった。例え笑ってても相当怖かったのだろう。

【ありゃりゃ? 怖がらせちゃったかな?】
【ったく、だからババァのところで留守番してろって言ったのに、すんませんねぇ。こいつまだガキんちょなもんで】
【いやいや、可愛らしいじゃないですか、将来が楽しみですなぁ】
【へいへい、せいぜいお宅のご期待に沿えるような子にしてみますよ】

 皮肉掛かった返し言葉をした後、怖がるなのはの手を引き、銀時は仕事へと向った。それを最後に、映像はまた切り替わっていく。




 今度は何所かのファミレスの光景であった。其処で銀時となのはは食事を楽しんでいた。
 銀時は毎度の如く甘い物が好きだと言うのでチョコレートパフェを食べている。
 その向かい席で、なのははお子様ランチを美味しそうに食べていた。

【お父さん、あんまり甘い物食べ過ぎるの良くないよ。この間だってお医者さんに止められてたでしょ?】
【良いんだよ。俺ぁ好きなもん食って太く短く生きるつもりなんだしよぉ。それに、パフェなんて週1で食うようにしてるから問題ねぇしさ】
【そう言う問題なのかなぁ?】

 銀時の返答に若干首を傾げながらも、それを気にしようとはせずに、再び食事を楽しむ。既に粗方の食事を終えており、後は最後に取って置いたプリンを食べきるだけである。
 銀時も既に食べ終わっており、後は奥に残っているチョコソースをこそげ取るだけであった。
 正にそんな時であった。
 目の前でお盆を持って歩いていた少年が突如転んだのだ。
 見れば、そのすぐ横のテーブルでは茶虎柄の体毛をした豹が数名座っていた。
 チャトラ星の大使だろう。その大使が足を引っ掛けて少年を転ばせたのだ。
 めがねを掛けた何所か冴えない感じの少年であった。
 少年が床に零したミルクを必死にふき取ろうとする。が、その時後ろから偉そうな中年親父が少年の髪を掴みあげて罵声を浴びせていた。
 なんとも見るに耐えない光景であった。
 その光景を間近で見せられたせいか、なのはは持っていたスプーンを置いてしまった。
 食欲が失せたのだ。あんなのを見せられたんじゃ食べる気も失せる物である。

【ったく……】
【どうするの?】
【しゃぁねぇなぁ】

 面倒臭そうに銀時は立ち上がる。そして、少年の方しか見ていない中年男を見下ろした。

【おい】
【あぁ?】

 銀時に呼ばれて見上げた時には既に手遅れであった。その時、中年男に映ったのは木刀を振り下ろしている銀時の姿であった。
 木刀は中年男に直撃し、そのまま床に伏せさせてしまった。
 それには例の大使達も黙ってはいない。そそくさと席から立ち上がり、銀時を見るなり喚き散らし始める。

【ギャーギャーギャーギャー、喧しいんだよぉ。発情期ですかぁコノヤロー。こちとらなぁ、てめぇらのせいで週一でしか食べられねぇパフェ台無しにされて……】

 再び木刀を構える。一呼吸置き、そのまま一足に飛んだ。

【イライラしてんだよぉぉぉぉ!】

 最後に一言そう叫び、そのまま一閃した。それは一瞬の内に片がついてしまった。
 一瞬の出来事が終わった後、数名の大使達もまた、中年男達と同じように床に倒れ付してしまった。
 その光景を見ていた少年はただただ唖然とするだけであった。
 そんな少年の肩をなのはが叩く。

【え? 何!?】
【これ、料理の代金ね。お釣りは迷惑料って事でね】

 そう言ってなのはは少年に二人分の料理の代金を手渡した。
 くずすのが面倒だったのだろうか。それとも少年の手際の悪さを既に見ていたからなのか。理由は定かじゃないが若干多目に手渡した後、銀時の後に続いて出口に向った。

【店長に言っておけ、味は悪くなかったってさ】
【ごちそうさま。美味しかったよぉ】

 そう言い残した後、銀時となのはは店を出て行った。そして、それとほぼ同時に映像もまた消え去り闇が支配していった。




     ***




 流れるように映像が映し出された後、回りは闇で支配された。
 全ての映像を見終わった後、なのはは今までの光景が何なのか察する事が出来た。今まで見てきたのは言うなれば過去。
 それも自分自身の過去の記憶だったのだ。
 自分が生まれて江戸に捨てられてからの日々が赤裸々に見せられたのだ。
 だが、一体何故?
 そして、此処は何所なのだろうか?
 回りには何も見えない。全てが黒一色で支配された闇の世界だ。

「此処は、何所なんだろう?」
【此処は貴方と私の精神の世界だよ】
「誰?」

 誰かの声が響いた。何所か聞き覚えのある声だった。すると、まるで幽霊が現れる形でぼやけながら光が姿を表した。
 その光は、やがて形を成して行き、やがては人の姿になっていく。
 其処に映ったのは一人の少女であった。金色の髪をした自分と同じ位に見える少女だ。

「フェイト……ちゃん?」
【違うよ。私の名前はアリシア。フェイトは私の妹……に、なるのかな?】

 若干悩みながらも目の前に居る少女、アリシアは答えた。
 彼女が言った自分と彼女の精神世界と言うのは気になるが、それ以上に彼女は一体何者なのだろうか。
 その疑問がなのはの中にはあった。

「でも、フェイトちゃんにお姉さんって居たなんて聞いてないよ」
【うん、だって……私はもう死んでるから】
「死んで……る?」

 更に謎を深める結果となってしまった。つまり、目の前に居るアリシアは既に故人と言う事になる。では、何故彼女が自分の目の前に居るのだろうか。
 
【私は、ずっと昔に母さんが行ってた実験の影響で死んでしまった。でも、母さんは私を生き返らせようと色々な事に手を染めて行った。中にはやっちゃいけない事にまで……フェイトは、その過程で出来てしまった悲しい妹。母さんに愛されず、ただただ命令のままに動く悲しい私の妹】
「フェイトちゃんが……どう言う事なの?」
【御免ね、今は詳しく話してる時間がないの。このままじゃ、母さんは取り返しのつかない事をしてしまう】
「取り返しのつかない事?」

 時間がない。取り返しのつかない。話が見えてこなかった。一体アリシアは何が言いたいのだろうか。
 必死に話を繋ぎとめようと試みるがやはり駄目だった。
 情報が少なすぎるのだ。

【母さんは、私を生き返らせるために君を使おうとしてる】
「私を?」
【君の中には私達と同じ、ううん、それ以上の魔力が備わってる。それに加えて、君の体内にあるジュエルシード。それを使って私を生き返らせようとしている。つまり、君を生贄にしようとしているの】

 悲しみに満ちた目でアリシアはそう告げた。このままでは、なのはと言う存在は消され、変わりにアリシアと言う存在がこの世に再度現れる事になると言うのだ。
 しかし、それをアリシアは良しとしていないようだ。

【なのはちゃん、私のお願い……聞いてくれない?】
「何?」
【貴方の体と力、そして心を……私に貸して】
「良いよ」

 即答であった。それには流石のアリシアも驚いたらしく、その場でこける動作をしていた。

【へ、返答早すぎ! もうちょっと悩んでも良いんじゃないの?】
「平気だよ。だって貸すだけだもん。それにね、私はお父さんや新八君、それに神楽ちゃんと同じ万事屋の一員なんだ。だから、困ってる人の頼みは何であれ聞いてあげるのが万事屋のお仕事なんだよ」
【よ、万事屋?】

 なのはの言い分に若干意味が分からず困り果てるアリシア。そんなアリシアを気にする事なくなのはは話を続けた。

「それにね、友達のお姉さんが困ってるんだから、その頼みを聞いてあげるのは当然だよ」
【友達……フェイトは良いお友達を持ってるんだね。ちょっぴり羨ましい】
「勿論、アリシアちゃんも大事な友達だよ。だって、こうして知り合えたんだからね」
【有り難う。とっても嬉しいよ】

 とても嬉しそうにアリシアは微笑んだ。そうして見るとやはり彼女はフェイトに似ている。もし、もし生きているアリシアに出会えたとしたらどんな性格だったのだろうか。
 しかし、今となってはそれを知る術はない。
 何しろ彼女は既にこの世に居ないのだから。

【なのはちゃん、私と一緒に母さんを止めるのを手伝って! これ以上、母さんを間違った道に進ませたくないの!】
「うん、一緒にプレシアさんを止めよう! 私も一緒に止めてあげるから」
【有り難う。なのはちゃん】
「一事が万事。お金さえ貰えれば何でもこなす。頼まれればなんでも解決する! それが、私達万事屋のモットーだからね。アリシアちゃんの頼みはちゃんと引き受けるよ」

 満面の笑みで胸を張り、自信満々な感じでなのはは答えた。彼女にとって、万事屋の一員と言うのはそれ程までに自信を持てる誇りなのだろう。
 万事屋の一員として仕事が出来る事に凄い喜びを感じているのが見て取れた。

【有り難う。なのはちゃん……私の意識がある時に出会えたのが君で……本当に良かった】

 それを言い残したのを最期に、アリシアの体は眩い光となった。その光は無数の粒となり、なのはの回りを飛び回る。
 ある程度飛び回った後、無数の光の粒は一斉になのはの体の中へと入っていく。
 その度に、なのはは感じ取った。アリシアの心と、自分の心が重なり合うような感覚を。
 自分の中に、別の人の魂が入り込んでくる感覚を感じたのだ。
 そっと、自分の胸に手を当てながら、なのはは決意を固めた。
 プレシア・テスタロッサを止める。これが、アリシア・テスタロッサから受けた依頼。
 そして、初めて自分でこなす依頼。これが、なのはにとって初めての万事屋の仕事となったのだ。

「見ててね、アリシアちゃん。アリシアちゃんの依頼、絶対に達成してみせるから」

 その時のなのはの顔は、とても強く、そして凛々しく見えた。まるで、何も知らない初心な子供から一段上へと成長したかの様にも見える。
 そんな時、周囲の闇が徐々に光へと変わって行くのが分かった。
 闇が晴れて行くのだ。そして、それと同じように、自分の意識が光の中に溶け込んでいくのが理解出来た。




     ***




 目の前に浮かぶ二つのカプセルを見て、プレシアは不気味な笑みを浮かべていた。
 その中に居るのはアリシア、そしてなのはだ。
 
「アリシア、もうすぐ母さんと会えるわ。そして、やり直しましょう。失った時間を、二人で取り戻しましょう」

 その顔は最早理性の大半を失っていると言っても良い状態であった。
 ただただ、愛娘を生き返らせる事に人生の大半を使ったツケ。それが今なのだ。
 だが、プレシアはそんな事全く気にしてはいない。彼女にとってアリシアを生き返らせる事こそが全てなのだから。
 やがて、目の前のカプセルに変化が起こり出した。
 互いの体が発光しだしたのだ。どうやら、お互いの精神がリンクし合った兆候のようだ。
 プレシアの顔が更ににやついていく。計画は順調だ。
 後はこのままなのはの体が光の粒子へと変わって行き、全てがアリシアへと流れ込み、最終的になのはの全てがアリシアの物となりアリシアは再び目を覚ます。
 これがだめでもその時は手に入れたジュエルシードを用いて別の手段を講じるだけだ。
 手段は多い方が良い。その為のこの第一段階なのだ。
 互いの発光は益々強くなっていった。後は、無事にこの光景が終わるのを待つだけであった。
 しかし、そんなプレシアの前で異変が起こった。
 本来計画していたのとは違い、アリシアの体が逆に光に包まれだしたのだ。
 そして、その光が徐々になのはに向かい流れ出していく光景が映っていたのだ。

「な、何故? 何でこんな事が起こってるの? 有り得ない、こんな筈はないわ!」

 慌てて装置を止めようと操作しだす。だが、装置は全く命令を聞かない。その間も、光はなのはへと流れていく。アリシアの体が徐々に薄くなって行きだした。

「止めて! アリシアを奪わないで! 私の、私のアリシアを連れて行かないでぇ!」

 最早成す術がない。カプセルにすがりつきながらプレシアが叫んだ。
 だが、その声も空しく、遂にはアリシアの体は全て光の粒子となり、その全てがなのはの中へと流れ込んでしまった。完全に同化してしまったのだ。
 これは予想していた。違うとすれば、同化する相手が違った事位だ。
 ガクリと膝を落とし、プレシアは項垂れた。しかし、それも一瞬の内だった。
 再度立ち上がった瞬間、その顔は憤怒の色に染め上げられていた。

「よくも、よくも私のアリシアを……」

 ピシリッ!
 なのはを閉じ込めていたカプセルに亀裂が入る。その亀裂は瞬く間に全体へと広がって行き、粉々に砕けるのにそれ程時間は掛からなかった。
 カプセルが割れる事により、晴れて自由の身となったなのはが目を開く。
 見れば、自分の今の姿はお粗末な白い布地の服を着せられてるだけであった。
 まぁ、裸一貫よりはマシだ。
 朦朧とする意識をどうにか正気に戻したなのはが見たのは、憤怒の顔を浮かべるプレシアその人であった。

「プレシア……さん」
「よくも、よくも私からアリシアを奪ったわね。この小娘!」

 怒りを露に、プレシアは杖をその場から取り出し横一文字に振るった。
 咄嗟になのはは前方へと跳躍し、それを回避する。地面に転げながら態勢を立て直した時、背後ではプレシアが杖を片手に迫ってくるのが見えた。

「プレシアさん、話を聞いて下さい! もうこれ以上自分やフェイトちゃんを傷つけるのを止めて下さい!」
「黙りなさい小娘! 貴方が私のアリシアを奪った。こんなにまで愛していた私のたった一人の娘を、私の唯一の生き甲斐を……お前は無残にも奪い去ったのよ! 許さない、お前だけは、絶対に許さないわ!」

 憤怒を通り越して、其処には憎悪さえも感じ取れた。その奥にあるのは、アリシアに対する深い愛情であった。
 だが、その愛情は本人に対してはそうだろうが、他人に向けられた場合時としてそれは恐ろしい凶器にもなる。
 そして、今正にそれがなのはにとっての凶器でもあった。

「何故? 何故お前が其処に居るの? 本来なら、アリシアが私の目の前に居る筈なのに……なんでお前が私の目の前に居るのよ!」

 今度は杖に稲妻を収束させる。周囲から稲光が発せられ、それが杖に集まっていく。
 ある程度集まった光をそのまま一直線になのは目掛けて放った。
 
「わわっ!」

 咄嗟に横飛びでそれをかわすなのは。しかし、その直後には既に次の発射準備は終了していたのだ。
 
「あっ!」
「お前にはもう用はないわ。私の目の前から消え去りなさい!」

 憎しみの篭った声で言い、そのまま何の迷いもなくその一撃を放った。
 今のなのはにそれをかわす暇などない。光の速さで迫ってくるそれがなのはを貫くのにそうそう時間は掛からない。
 目の前が激しくスパークした。
 思わずなのはは目を瞑る。両手を交差して顔の前に置く。
 こんな事をしても無駄だ。憎悪の光はそんな腕ごとなのはの体を焼き尽くして行き、黒こげの灰に変えてしまう。
 不思議と痛みを感じなかった。
 疑問に思ったなのはが目を開いてみる。
 目の前にはうっすらとだが何かが張られているのが見えた。
 それは楕円状の膜だった。その膜が自分の周囲を覆っていたのだ。
 どうやら、その膜が自分を守ってくれたようだ。

「それは、魔力結界!?」
「魔力結界……そうか、アリシアちゃんが!」

 なのは自身魔法の経験はない。当然魔力結界など張れる筈がないのだ。アリシアがサポートをしてくれたようだ。なのはは、ふと自分の中に居るアリシアを感じた。
 一緒にプレシアを止めよう。
 その約束を心の中で復唱し、プレシアを見る。

「その目は何? そんな脆弱な結界を張れただけで、この大魔導師プレシア・テスタロッサに勝った気でいると言うの?」
「私は、貴方に勝つ気なんてない。ただ、貴方を止めるだけです。それが、アリシアちゃんから頼まれた依頼だから!」
「下らないわ! 死人が何を言うと言うの? 迷い言を言いたいのならあの世で言いなさい!」

 再度魔力を収束させる。再び先ほどの光を放つつもりのようだ。
 だが、その直後であった。二人の丁度間部分にあった二枚式の扉が突如勢い良く破壊された。外側から何か強い力で吹き飛ばされたのだろう。
 二人の視線が其処へ向けられる。黒煙が立ち込める中、煙を払う木刀の一閃が見えた。
 
「あ、貴方は!」

 プレシアは驚愕した。其処に居たのは本来此処に来る筈がないと思っていた面々だったからだ。
 そして、なのはにとってその存在はとても心強く、また頼もしい存在達であった。

「どうもぉ、万事屋銀ちゃんでぇっす! 売られた喧嘩を買いにやってきましたぁ」

 木刀を肩で担ぎ、間延びした口調を並べながら、坂田銀時を筆頭とした万事屋メンバー。そしてフェイト達の姿が其処にあった。
 今、此処に21個のジュエルシードを巡る壮絶な戦いの終焉を締める最期の戦いが火蓋を切ろうとしていたのであった。
 果たして、次元世界の命運は? そして、アリシアの願いは叶うのか?
 それを決める為、侍は魂と言う名の刃を振るい、その侍の魂を受け継いだ少女は真っ直ぐ前を見据える。
 その先にある答えに向かい、ただ歩く為だけに。




     つづく 
 

 
後書き
次回【本当の強さとは諦めの悪い事】お楽しみに 
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