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箱の中

作者:箱中
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できごと。

 
前書き
僕、橋渡縦読は中学二年の夏休みを満喫していた。しかしまぁ、満喫といっても友達と海へいったりお祭りにいったりといった
満喫の仕方ではない。僕は一人が好きだ。誤解がないよう釈明するが決して友達がいないわけではない。学校でもみんなで喋ったり休み時間にいっしょにグラウンドで運動したり、図書館に誘われれば仲良く本を借りに行く。そのくらいの友達はいる。
だがそれでも一人は好きだ。たまに遊びにいくお誘いの電話やメールが来るがやんわりと断ってしまう。夏休みくらいゆっくりさせてくれ。と思う。
そんな訳で僕はもっぱら家で本を読みゲームをし、散歩をする悠々自適な生活をおくっていた。
僕の家は三人暮らしであとは父と母のみである。二人とも週にニ、三回帰ってくるかこないかの仕事をしているので僕はさらに一人の時間を自由に満喫できた。なので夜に散歩にいったりコンビニに行ったりは日常茶飯事であった。
だからいつものように夜に散歩をしていたがために出会ってしまった。
行き会ってしまった。
本題だ。 

 
「それ」は閑静な住宅の並ぶ一本道でまるで待っていたかのように現れた。
人型の着物のような服を着た「それ」は頭のあるべき場所には四角形が、腕の部分は木に釘を打ち付けたような腕が、少し見える足は青く透けるような足が下駄を履いているようだ。……ちなみに僕はジーパンにパーカーだ。
なぜそんな観察が出来たかということについては簡単で、確認したそのときにはその場にへたりこんでしまったからだ。
「それ」は依然その場に立っていてこちらを見ている(目がない箱頭なので見ている気がするだけ)。本当になんなんだ?人間にはとてもじゃないが見えない。こんな動物がいるなんで聞いたこともない。まさか妖怪?宇宙人?などと多少パニックになりそこまで考えたところで
四角頭が開いて中の影のようなところから
「こんばんわ。僕。」
と話しかけられた。
「……こんばんわ。」少し考えて答えてしまった。
「お?始めてだなぁこんなまともに私と会話をしてくれた人間は。うんうん。まだ子供なのに度胸というかなんというか。兎にも角にも。嬉しいことだ。礼儀ただしくもあるようだしこのような私と会話できるだけの冷静さも持ち合わせているようだ。素晴らしい!誰も彼とも会話は一瞬、いや成立さえしてないか…悲しいことだ。私はただ話がしたいだけだというのに。まぁそんな贅沢なことを言ってもられないか。罰が当たってしまうかな?ふふ。もう死んだ身だというのにまだ罰が当たるのかな?滑稽なことだ!まぁいまのところは罰が当たったことはないと思うから大丈夫だろうかな?僕はどう思うかな?」
話というか独り言がメチャメチャ長かった…
なんだこいつは?少なくとも話は通じるようだ。襲ってくる感じもしない。他の人間にも話かけた?なぜ?
ん…?死んだ身…?
「おいおい僕に聞いているんだぜ?目を開けながら気絶してしまったのかな?それに値する外見は確かにしていると一応のところ自覚はしているが悲しいなぁ。うーん本当、どうしてこんな外見に。もう少しマシな姿にはしてくれなかったのかね。いや、だがしかし…」
「…あっ…あの!」
「お?エクセレント!素晴らしい!私に話かけてくれるなんて!あぁなんて幸せなんだ私は!おっと失敬失敬。失礼したね。続けたまえ。」
「…あなたはいったい何なんですか?死んだ身ということは幽霊なんでしょうか?僕以外の人にも話かけていたんですか?なぜなんですか…?」
「あぁ素晴らしい素晴らしい素晴らしい素晴らしい!こうも聡い子供とは!さて…質問に答えてあげましょう。はい一つめ、私はどうやら君の言うとおり幽霊のようなのです。人間だったころのような思い出がありますから!しかし何処の誰かというのは分かりません…しかし男であり携帯電話がある時代に生まれ働いていたことはわかるのです!私は自分探し中なのです!ふふ。今時の若者のようですね。自分探し!いい響きだ!おっとそうです二つめ、目的は自分探しです。そのために夜、道行く人に喋りかけ、話かけ、語りかけていたのです。…がこの姿では大抵、いや全ての人に逃げられました。かろうじて通じていたような会話は『はなしかけるなぁっ!バケモノぉっ!』や『いやぁぁぁ!こっちにこないでえぇぇっ!』くらいでしたからねぇ…。あれはちょっと傷つきましたよ…。とそんなところですかね。よろしいか?」
…これは思っていた以上に『よくある』状況のようだ。もちろん漫画や小説のようなという意味でだが。
危害を加えてくる様子もない。
うん。大丈夫だ。
「じ…じゃあ!要するにあなたは幽霊で、自分が誰だったかを調べていたんですね?」
「そうなのです!非常に呑み込みが早い!君は賢い子供のようだ!」
「…ありがとうございます。」
「ふむ。それでは失礼、本題に入らせて頂こうかな。」
「はい。」
「では話そう。私は君に率直に言えば、私の人だったころの、まだ人間だったころの私に心当たりはないだろうか?ただその質問のみが私の君に対する目的であり私の目的であるのだ。どうだろうか?君。私を知らないかい?」
「いいえ。」
僕は正直に答えた。
「そうか…それは残念至極。しかし!ありがとう!私は久しぶりに人と話せて非常に!至上に楽しかった!本当に嬉しかったよ!感謝する!君と出会えて幸せだ!うん。また出会えたら是非とも私とお話してくれたまえ!もうすぐ十時だ。私は何故かこの時間にはいつも消えるのだ。そして暗くなるとまたそこにいる。ふふ。幽霊の門限かな?という訳だ。また会おう!」
「あ…さよな」
「おっと!失礼!名乗り忘れていた!いや、自分で考えて名乗っているだけなのだが。」
『私は九月楠という。』
と聞こえたときには視界からあの不気味なのっぽな幽霊は消えていた。
なんか……あっさり消えたな…
くがつくすのき?変な名前だ。しかも人が別れの挨拶しようとしたのに。っていうか本当に消えた。本当に幽霊なんだ。
僕は不思議な感覚に支配されていた。幽霊と会話をして感謝されたなんて…
大人だって誰だってこんな体験したことないだろう。すこし怖かったけど。
だがまた会えたらいいなんて、僕は考えている。
そうこれが僕の体験した奇妙なできごと。
八月七日の夜10時のできごと。
僕は怪奇でよく喋る幽霊に、
「行き会ってしまった…。」 
 

 
後書き
そう。生き在ってしまった。 
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