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Fate/Fantasy lord [Knight of wrought iron]

作者:花極四季
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誰かを想うカタチ

 
前書き
前に更新したの、いつだっけ……。 

 
木造建築特有の落ち着いた匂いが鼻孔をくすぐる。
神聖な土地らしからぬ穏やかな気質が周囲に拡がっており、水と油の関係である妖怪でさえも安心して敷居を跨げる抱擁感をひしひしと感じられる。
故に、私にとっては本来心安らげる最適な土地、なのだが――――

「さぁて、一体どういうことなのか、きっちり説明してもらいましょうか」

落ち着いた匂いは今まさに降りかかっているプレッシャーにかき消され、神聖な空気は邪念で上書きされている。それも、たったひとりの少女のせいでだ。

――――どうして、こうなってしまったのだろうか。

私をそそのかした射命丸は、卓袱台の前でお茶を啜っている。
私に威圧感を与えてくる少女は、私を部屋の隅に追いやり仁王立ちで見下ろしている。
そんな私は正座で針のむしろな体勢。

「早苗、一体どうしたというのだ。彼女も戸惑っているではないか」

そんなアウェー全開な状況で私の肩を持ってくれているのは、愛しの彼、エミヤシロウ。
ああ、やっぱる私の目に狂いはなかった。

「シロウさんは黙っていてください。私は彼女と話があるんです」

「しかしだな……今回の問題は私にも関係があるのではないか?」

「そ、それでもです!今は女同士で膝を割って話し合いをする場面なんです。出て行ってください!」

ぐいぐいと彼の背中を押し、部屋から無理矢理追い出してしまう。
鬼気迫る様子の少女に対して言葉は無意味だと悟ったのか、大人しくされるがままになっている。ああ、私の心の安息が――

「さぁて、きりきり吐いてもらいましょうか」

――笑顔とは、本来攻撃的な意味を持つとされる。
眼前の少女の笑顔は、眩しすぎるが故に根源的恐怖を煽らずにいられない邪悪さを孕んでいた。

「は、吐くって何を」

「とぼけないで下さい。さっき、彼――シロウさんに告白していましたよね?あれ、どういうことですか」

「ど、どういうことって、そのままの意味よ」

「結婚を前提にお付き合い、でしたっけ。あの反応から察するに、お互いに初対面のようですが、一目惚れですか?」

「そうよ。悪い?」

もう破れかぶれと言わんばかりに、あっさり白状する。
と言うよりも、ここではぐらかして物理的に逃げたとしても、彼女は地の果てまで追ってくる。そんな確信めいた直感を信じただけなんだけど。
……この子、怖い。私の対人スキルが低いとか、そういうのとは別のベクトルで、彼女に対して恐怖を覚えている。
それが何なのかはわからない。だけど、一分一秒でもこの状況を脱したいとだけは心の底から思っている。
下手を打てば、喰われる。人間と妖怪の立場が逆転する。
そう思わせる何かを、目の前の少女は放っていた。

「悪いとは言いません。一目惚れ結構。良いじゃないですか、ロマンチックで。私も女ですから、そういった運命を信じる女性の機微には共感できる部分はあります。ですが、相手が問題なんです」

「相手って……彼のこと?何が問題なのよ」

一目惚れである為、こちらはエミヤシロウという存在の知識は客観的にしか知らない。
故に、私の知らない、それこそ答えることすら憚れるような悪意を彼が持っている可能性を一蹴することはできない。
そういう意味で彼女は聡そうとしてくれているのかと思った、が――

「そ、それは……と、とにかく!駄目なものは駄目なんです!」

答えはまさかのはぐらかし。流石の私もそれでは納得なんか出来ない。

「何よそれ。そんなで私が納得するなんて思ってないでしょうね?」

「納得して下さい!」

訳が分からない。と言うよりも、お話にならない。

「はぁ……。私はね、一目惚れとはいえ彼を好きになったこの気持ちに偽りはないと思ってる。彼の事を知らないのなら、これから知っていけばいい。相応の覚悟でこの場所に来たつもりよ。それなのに、そんな子供染みた煙の撒き方で引き下がれる訳ないじゃない。だいたい貴方は彼の何なのよ。色恋沙汰に干渉出来るほど大層な立場って訳でもないんでしょう?」

「わ、私は……」

先程とは打って変わって困惑を隠す様子もなく視線を泳がせる早苗と呼ばれた少女。
私は悪くない筈なのに、どうして罪悪感を覚えなければならないのか。

「とにかく、私は諦めるつもりはないから」

「……分かりました。好きにして下さい」

それだけ言い残し、早苗は淀みない動作で部屋から出て行く。
そのあまりの自然さに、止める間もなくただその影の差した背中を見送る事しかできなかった。

「――はぁ、なんでこんな気持ちにならないといけないのよ」

子供な理論を軽く否定しただけで、あそこまで動揺するとは思っていなかった。
それもその筈。最初の頃と今の彼女では、まるであらゆるものが反転したかのように違うのだ。
先程まで会話していたにも関わらず、どこかで人格がすり替えられたのではないかと疑うほどの変わりよう。困惑するなと言う方が無理だ。
まぁ、彼女は人間のようだから、外見年齢から察するに多感な年頃。これぐらい普通なのかもしれない。
そう自分を納得させ、私は文を探すべく部屋を出た。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



守矢神社の敷地をアテもなく彷徨う早苗。
その姿はどこか虚ろで、儚げな印象を植え付ける。
先程まで姫海棠はたてと言い争いをしていた彼女だが、その時の高圧的な態度とは打って変わって沈んでいる。
その理由は、彼女自身分かっていない。

エミヤシロウは東風谷早苗にとって、居候であり、少し意地悪だけどとても頼りになる男性、ぐらいの認識しか持っていない、筈である。
少なくとも、関係の無い色恋沙汰に干渉して、感情を荒げる程密接な関わりがあった訳ではない。
そもそも彼女は人生の半分を我慢に費やしていたと同義の生き方を貫いてきたのだ。今更この程度の事で心乱すなんて、本来ならば有り得ない。
だが、現に彼女は、はたてとシロウが恋人同士の付き合いをする光景を幻視した瞬間、我を忘れている。
そして、理不尽とも言える筋の通っていない子供の理屈で、二人の仲を引き裂こうとした。
そんな自分を愚かだと内心罵りつつも、その行動に後悔の念は欠片も抱いていないという矛盾めいた感情が、自身を惑わせる。
表現などで用いられる、心の中にいる天使と悪魔のような心境の対立は、互いが引けを取ることなく均一な力関係で成り立っている。
逆に言えば、ほんの少しの切っ掛けでその均衡は瓦解しかねない、ということでもある。
そんな不安定な自身の心を前に、不安を隠せない。
自分なのに自分じゃないという感覚。望んで自らを偽っていた時とは違い、自分自身制御できない感覚に恐怖する。

「ここにいたのか」

独りで居たい思った矢先に掛けられる背後からの声。
振り向くと、そこには心配そうに早苗を見つめるシロウの姿があった。

「ど、うしてここに?」

予想外の登場人物を前に、思考が精彩を欠いていく。
それこそ、こんな単純な疑問すら言うのがやっとというくらいには、彼女は混乱していた。

「はたてが居間に来たにも関わらず、君は来なかったから探しに来た。ただそれだけだよ」

「そう、ですか。それだけ、ですか」

それだけ、という言葉が今は何故か針のように心を刺す。
こんなの、彼の言葉選びからすればいつものことだというのに。
当のシロウはそれ以上何も言わず、ただ静かに早苗の横に並び立つ。
言葉を交わす訳でも、早苗の顔を伺うこともせず、ただ彼女と同じ目線を辿り続ける。
その静けさが、彼女にとってもどかしく、言いようのない圧力とさえ感じてしまう。
何とかして話題を出さないと、言いたくないことまで言ってしまいそうだと、焦りを覚える。

「その、はたてさんとはお付き合いなさるんですか?」

結局、これぐらいしか話題は思いつかなかった。
タイムリーであり、今の彼女にとっての不安の根源とも言える話題故に、言葉は淀みなく紡がれる。

「ああ、そのことだが――丁重に断らせてもらったよ」

「――――へ?」

いやにあっさりと、彼は答えた。
表情を伺うも、決断に後悔も未練も感じられない。いつも通りの彼がそこにいる。

「どうしてですか?別に、付き合うぐらい問題があるようには――」

「そうだな。私は別にはたてという少女に対して悪感情は抱いていない。だが、好意があるかと言えば、そうではない。どうやら彼女は私に一目惚れした様だが、辛辣だがその都合は彼女のものであり、私には関係がない。一目惚れを否定するつもりはないが、誰かと関係を持つということは、決してなんとなくなどという軽い気持ちでしてはいけないことだと、私は考えている。故に、仮に彼女と付き合うという結果が後に付きまとうのであれば、それはきちんとした段階を踏み、姫海棠はたてを理解し、そこから好意を抱き始めて行き着いたに過ぎないだろう」

「……つまり、はたてさんにはまだチャンスがあると?」

「チャンス、というには語弊があるかもしれんが、確かにはたては私が先程の理由を告げた上で、諦めないと宣言した。それならば、私達の繋がりはまだ何も変わってはいないと言えるだろう。それこそ、フっておいて何だが、私から彼女に申し出る可能性だって無い訳ではない。未来なんて所詮不確定要素の塊だからな」

シロウとの会話を続けていく内に、早苗の胸の内にあったもやもやは、僅かにだが消え去っていた。
結局、何が彼女の不安を煽っていたのか、彼女自身理解することは出来なかった。
だが、憂いに満ちていた表情は今や形を潜め、いつも通りの笑顔を取り戻していた。
それだけでも満足だと、今は納得することにした。

「それに、仮に付き合うとしても、そこから発展する可能性が無きにしもあらずな以上、居候かつ家に金を入れていない甲斐性なしでは、相手を幸せになんか出来ないだろうしな」

「そ、そんな!シロウさんは家事とか頑張っていますよ!」

「ありがとう。だが、だからといって主夫業に専念しなければいけない環境でもないのにその立場に甘んじているのは、流石にどうかと今回の件で認識させられたよ」

「……それって、つまりどういう事なんですか?」

「そうだな。手頃な仕事でも探そうかと思う。なんだかんだでこの家に男は私だけだからな。その唯一が働いていないなどとなれば、体裁も悪かろう」

「そんなこと――」

「何、悪いようにはならないさ。その分君には家事を任せてしまうが……私がいなくとも別段問題は無かろう」

そうではない。
周囲の評価とか、そういうものはどうでも良かった。
ただ、彼と共にいる時間が減るという事実が、単純に許容できなかった。
しかし、早苗の理性的な部分がそれではいけないとブレーキを掛ける。
彼の言うとおり、この判断は決して悪い方向へ傾くことはない。
それなのに我が儘を言って彼を引き留めたところで、自己満足で終わってしまう。
彼は優しい。だからこそ、少し粘れば先程の考えを捨てて今まで通りの生活に戻ってくれるという確信がある。
でも、それではいけない。そんなことで彼を縛ったところで、誰のためにもならない。
早苗は必死に欲望を呑み込み、笑顔で答える。

「そうですね。では、これ以上は私がどうこう言う問題ではありませんね。頑張って下さい」

自分は、きちんと笑えているだろうか。それだけが不安で仕方がない。
だが、シロウは早苗の心の機微を気にする様子もなく会話を続ける。

「まずは仕事を探すところからだがな。幻想郷でどんな仕事が出来るかもいまいち分からないから、しばらくは手探りになるかもな」

「幻想郷の景気って、どうなっているんでしょう。考えたこともありませんでした」

「例の里が人間にとっての世界の殆どを占めていると考えれば、仕事場はあそこぐらいしかないだろうし、取り敢えず明日にでも向かってみることにするよ」

そこから私達はどちらからともなく居間の方へと歩き始める。
その間ずっと、早苗は偽りの笑みを浮かべていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「いやー、今日は不躾にお邪魔しまして、申し訳ありませんでした」

「いいよいいよ。お陰で面白い話も聞けたしね」

射命丸と諏訪子が玄関前で会話している。
早苗を迎えに行っている間に、諏訪子は射命丸から色々話を聞き、話題に花を咲かせていたらしい。
因みに話題のネタの大半は、例の告白の内容だったらしい。私の時はそういった話題にはならなかったのに、何故はたてと交代した途端にそうなったのか。
元より諏訪子に遠慮なんてものはないだろうから、あまり知らない相手より勝手知ったる相手の方が弄りやすかったから、自然とそういう雰囲気になったのかもしれない。
何にせよ、ご愁傷様としか言えない。
帰ってきた時、はたては涙目だったからな。どんな赤裸々な会話が繰り広げられていたことやら。

「あの、シロウ。また遊びに来てもいい?」

「私が言って良いのかは分からんが、私個人としては歓迎する所ではある。だが、いつでもここにいると言う訳ではないから、その辺りは考慮して欲しい」

「それぐらいは分かってるわよ」

会って間もない頃は敬語だったが、随分とフレンドリーになったものだ。
これが本来の姫海棠はたてなのだろう。雰囲気は凜っぽくないという第一印象だったが、もしかすると撤回することになるかもしれない。

「では、お邪魔しましたー」

「お、お邪魔しました」

天狗の少女達は各々挨拶を済ませ、空へと飛び去っていく。
その姿を見送っていると、諏訪子が話しかけてくる。

「結局、あの子とは付き合わないんだよね?」

「今はな。私が自立して、伴侶となる相手を支えられるような甲斐性を持たない限りは、ずっとこのままだろうよ」

「ふーん……まぁ、いいよ。私がどうこう言う問題でもないしね。でもさ、」

そこで言葉を区切った瞬間、圧倒的なまでの殺気に中てられる。
どす黒い、混じりけの無い悪意のみの意思。
純粋故に揺らぐことのない、絶対的なまでの殺意。
その発生源が諏訪子だということは、考えずとも分かることであった。

「――もし、早苗を不幸にするような真似をしてみろ。我が身の魂魄消滅するその時まで、お前を許さないから」

無尾目をひん剥き、視線に強制の意思を乗せ、私に叩きつける。
殺気に中てられた周囲の器物が軋んでいく。
これが洩矢諏訪子の、実力の一端だというのか。

「……無論だ。そんな無駄なことをする必要性を感じないし、彼女が傷つくのはこちらとしても本意ではない」

紛れもない本心を告げると、殺気が霧散していく。
表情は未だに歪んだままだが、一応最悪の展開だけは避けられたらしい。

「……その言葉、信じているからね」

諏訪子はそれだけ言い残し、外へと出て行く。
……正直、あれは堪えた。
単純な殺気とは違う。何というか、まるで令呪による絶対命令権を行使された時の感覚と似ていたのだ。
身体が彼女の言葉を問答無用で肯定しようと動こうとしていた。
とはいえ、動こうとしていただけで、意識を保っていれば反抗すること自体は訳ない。
問題は、あれが一体なんなのか、ということだ。

洩矢諏訪子。日本の神だということしか具体的なことは分かっていない。
日本神話に関してはあまり詳しくないから、ちょっとした情報からではどんな神だったかを知ることは出来ないだろう。
早苗に対してかなりの執心を見せているが、その程度が異常と言える。
文明の利器とも言えるネットすら使えない現状では、情報を得るにはほぼ八方塞がりとも言える状況。
あの様子では、聞けば教えてくれるとは思えない。
敵対するつもりは欠片もないが、あの様子ではほんの少しのズレで過剰反応しそうだから困りものだ。
サーヴァントとしての性能劣化も何もない、素の状態の神を相手にして、五体満足でいられる自信はない。
負けない戦い方は幾らでも思いつく。だが、仮に敵対するとしても彼女を倒すという結果に至れないのであれば、結局はジリ貧になる。
何を甘えたことを、と思う。だが、私は別に彼女を倒したくて戦うのではないのだから、当たり前だ。
それに、早苗を悲しませるつもりはないのは紛れもない本心だ。だからこそ、諏訪子と戦うことで二次災害を引き起こすような真似をするつもりはない。
とはいえ、説得でどうにかなるとも思えないし、やはり私が気をつけて彼女の琴線に触れないように立ち回るのが一番の予防策なのだろう。

「やれやれ、面倒なことになったな」

「何がですか?」

独り言を返され、思わず振り向くとそこには早苗が立っていた。

「いや、何でもない。それより、どうした?」

「いえ、さっき地震がありましたよね?家が揺れていましたし。だから物が落ちていないか確認しに歩き回っていたんです」

諏訪子の殺気は地震だと勘違いしたのか。
余波はあったが、殺気そのものは指向性があるものだったのだろう。
それもそうだ。無差別にあんなものをまき散らしていたら、早苗にも被害が及ぶ。
私でさえこれなのだ。彼女が中てられればタダでは済むまい。

「私も手伝おうか」

「あ、じゃあお願いします。私はこっちを、シロウさんは――」

笑顔で要領を説明する早苗を見ていると、彼女が起爆剤になるとはとても思えないな。
まぁ、彼女に一切の非が無い以上、知らないとはいえ彼女からすれば迷惑この上ないだろう。
私が気をつけていれば何の問題もないのだし、余程の事が無い限りは大丈夫だろう。
取り敢えずは、諏訪子のやらかした後始末に勤しむとしようか。
 
 

 
後書き
ごめんね。今まで放置しててさぁ!

ネタは浮かべど、ハーメルンの方の作品を優先的に書いている内に、リアル事情も相まって放置プレイ決め込んで今に至っています。
うん、そろそろこっちを優先しようかな……。放置した分含めて。

次回の予定では、緋想天組が出る予定。
そろそろ中の人が天子と衣玖さん成分を欲しているからだよ。性格はリメイク前と同じで通すつもり。
 
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