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同士との邂逅

作者:日月
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二十 詐術


「誰だっ!?そこにいるのは!?」


一人の忍者が、先ほどまで九人目の仲間が潜んでいた木へ向かってクナイを投げつける。
すると、うおうっ!?と焦った声と共に、バンダナを額に巻いた青年が現れた。

「って危ねぇーじゃねえか!?ちっと掠ったぞ、今!!」
葉陰から姿を見せた青年は酷い泣き顔で捲し立てる。周囲の者はぽかんとした顔で彼の動向を見つめた。

「ゴホンッ、……………は―はっは!!シカ三角くん!俺が来たからにはもう大丈夫………うぎゃあぁあぁ!!」
咳払いをして、子どもに向かって指差しながら胸を張った直後、青年は木の枝で足を滑らせ、地面に激突した。その拍子にビー玉のようなモノが二つ彼のポケットから飛び出す。その内の一つはコロコロと子どもの傍まで転がってきた。

痛えぇえぇ!と地面を転がる青年を、子ども―シカマルと八人の忍者達は皆が皆、(なんだコイツ)という表情で冷たい視線を投げる。
「……誰だよ、シカ三角って」
先ほどの緊張感が全てぶっとんで、ぼそりと呟くシカマル。気だるげに片足を後ろに下げると、何かがこつんと当たった感触がした。



瞬間。



「おい!ガキはどこ行った!?」
「さっきまでソコに……くそッ、この変な奴に気を取られている隙に逃げたか!?」
シカマルのいる位置と数センチしか変わらぬ場所に立っているにも拘らず、忍者達が動揺し始める。
きょとんと目を瞬かせるシカマル。まるでシカマルだけが消えたように振舞う面々に、彼は眉を顰めた。
はたと未だ地面に転がっている青年の方に視線を向ける。すると青年はシカマルに目を向けて、声を出さず唇だけで言葉を紡いだ。

〈行け〉

一般人より抜きんでいる頭脳が青年の意図を叩きだす。しかしシカマルは戸惑った。

目の前の青年はどう見ても忍びとは程遠い一般人である。それなのに下忍と言えど一応忍びの自分が逃げていいものか。

躊躇するシカマルに、青年は急かすような視線を投げてくる。その時、落ち着きを取り戻した忍者達が即座に仲間へ指図し始めた。
「まだ近くにいるはずだ!探せ……っ」
先程までシカマルに対し死の宣告を告げていた忍者が声を荒げる。その声に他の忍者が飛び出そうと腰をぐっと屈めた。


しかし急に彼らはまるで全身を縛られたようにその場から動けなくなる。


「おい、何やって……!?か、身体が動かない!?」
「また【影しばりの術】か!?」
腰を屈めた状態という少し間抜けな体勢で、忍者達は眼を忙しなく動かし周囲を見渡す。息を殺して彼らを見ていたシカマルも、その不可解な現象に眉根を寄せた。
(ど―ゆ―こった?俺は何もしてないぜ……まさか)
シカマルと同じ考えに至った忍者達が一斉に青年へ視線を向ける。彼はようやく気づいたかと得意げに口角を上げた。

「ふっふっふ…動けまい」
にや~とどちらが悪者かわからないくらいの悪人面で青年が笑う。何か眩い光が彼の拳から溢れ出ていた。


「なんだ!?この術は!?」
「この間抜け面、忍びなのか!?」
「誰が間抜け面じゃ――――――――!?」

青年をただの変な一般人だと見做していた忍者達が戸惑う。そんな彼らにツッコむ青年はどう見ても間抜け面にしか見えなかった。
呆然と直立不動の姿勢をとりながらも、シカマルの優秀な頭脳は目の前の光景に最善策を弾き出していく。

(…一般人と見せ掛けている忍びか。どこの忍びか知らねえけど、音忍ではなさそうだな。影を使った気配もないし、第一アレは奈良一族の秘伝術だ。【影真似】ではない。なにか相手の動きを止める術かなにかを使ったのか?……もし木ノ葉の援軍ならたった独りで真正面から来ない。ということは偶然この場に居合わせた忍びか。―――――とにかく、チャクラ切れの俺は足手纏い。味方なら援軍を呼んでくるのが最善だろうな)
ゆっくりとシカマルは後退る。それを眼の端に捉えた青年はこくりと頷いた。八人の忍者達はまだ動けない。


シカマルは最後に心中で(…………シカマルだっつ―の)と自分の名前を訂正すると、その場を後にした。















(ふ~、ようやく行ったか)

なかなか動こうとしない子どもに焦り、文珠を三つも使ってしまった。

一つは先ほどまで横島自身が使っていた【隠】の文珠。そして【糸】と【専】の文珠だ。
横島の拳の中の文珠が【専】、【専】と対になるように忍者を挟み向こう側に落ちているのが【糸】。そしてポケットから転がり落とした文珠が【隠】の文珠である。

子どもの傍で発動させた【隠】の文珠は、敵には視えない結界のようなものを張っている。そのため子どもと対峙していた忍者達には子どもの姿が視えていない。そして【専】の文珠を持つ自身が地面に激突した痛みで転がりながら、先に転がり落ちた【糸】の直線上になるように移動する。
【専】という文珠はそれだけでは意味を成さない。しかしながらこの字は、【糸】とその間に対象物が直線状に並ぶ事で【縛】になる。【糸】と【専】には足りない部分をその場の八人の音忍達が補ってくれているのだ。自身の世界でも一度使った手である。

尤も一人なら確実に縛れるが多数だと効くか若干横島は不安だった。しかしながら黒髪の子ども――シカマルが今まで影真似の術を掛けていたおかげで忍者達は一固まりに集まっていた。そのため彼らが並んで腰を屈めたその瞬間を狙った。文珠は横島の思索通り一固まりに集まっていた八人の忍者を[点]と判断したらしい。
音忍という[点]が二つの文珠の間に入る事で初めて【縛】の機能が発現するのだ。


今にも飛び掛からんとばかりにこちらをギラギラと睨みつける忍者達をちらりと見遣って、横島は内心溜息をつく。
子どもから自身に注意を向ける事は出来た。問題はこの後だ。
(このまま逃げられへんかな~)
拳の中で淡く光る文珠をギュッと握る。そしてそれをそっと地面に置こうとして………。


ヒュンッ!


「うどわああぁあぁ!?」
咄嗟に頭を下げた横島の頭上を手裏剣が数枚通り過ぎる。ゾッと顔を青褪めた彼は身体を屈めた拍子に文珠を取り落とした。

「……動けるようになったな。チャクラ切れか?」
「さっさとソイツを殺してさっきのガキを追うぞ」
「げっ!!」

【縛】の効果は[点]となる対象物と【糸】と【専】が直線上にならなければ発動しない。取り落としたためにその直線上から外れてしまったのだ。
加えて先ほど横島が木から蹴り落とした九人目の忍者の姿が見えない。
(さっき飛んできた手裏剣か…っ)
思えば忍者が横島の蹴りだけで気絶するはずもない。大きなミスに痛根するが、【縛】の文珠で縛られていた八人の忍者達が一斉に襲い掛かってきたため悔やむ暇もない。


慌てて【専】の文珠を拾うと【糸】の文珠をそのままに、横島は脱兎の勢いで駆け出した。














(おいおいおいおいッ!忍者ってのは聴覚もいいんかいっ)

横島が使っているのは【隠】の文珠。文珠の【専】をすぐさま【隠】の字に変えたのだ。しかし背後に迫り来る忍者達は姿の見えぬ横島の後を確実に追い駆けて来る。
実は姿を消す事だけを念じたため、足音や匂いまで隠し切る事が出来なかったのだ。同じ【隠】の文珠を使ったシカマルは曲りなりにも忍びである。匂いはともかく足音を立てず隠密に動く事は慣れている。
しかし横島は違う。忍び同様葉音すら立てず動くなどという高等な所作、できるはずもない。よってガサガサと、何の配慮もなしに走る彼の逃走経路は忍者達には筒抜けであった。


混乱するあまり一か所にじっと隠れるという手段も思い付かぬまま、横島はただ足を動かす。
尤もその場に身を潜めたとしても、相手が忍犬類を口寄せ出来る場合を考えれば逃げたほうが得策だろう。
忍犬の存在など知らないけれど、迫り来る忍び達から少しでも離れようと彼は逃走する。

逃げ足には自信がある横島だが、そこは忍び。瞬く間に距離を縮めてくる。
いくら鍛錬したところで所詮四日。そんな短時間で木から木へ跳び移れるわけがない。けれどここまで横島が逃げおおせるのはやはり鍛錬したお蔭といえる。走る速度は以前より増しているし未だ息も切れていない。一般人なら今頃首を落とされている。
しかしながらやはり忍びの足にはまだまだ到底及ばなかった。加えて彼らは大蛇丸に木ノ葉の里の地形を頭に叩き込まされている。



姿は見えずとも、確実に横島の位置を捉えている忍び達。
飛躍するクナイをサイキックソーサーでなんとか弾きながら走る彼の前に、追いついた一人の忍びが立ちはだかった。

「【火遁・業火球の術】!!」
「ぅわ、あちちちちちちっ!!??」

ゴウッと等身大ほどの炎の球が横島に押し寄せる。涙目になりながら彼は文珠を発動させた。居場所が知られている以上、【隠】の文珠を持っていても意味が無い。【隠】を【水】へ即座に変えると、炎の球に向かって投げつけた。

ジュッという音と共に煙が立ち上る。一瞬で火を相殺した文珠はすぐに消え、辺りは煙に覆われうっすらと白ばんだ。
(よっしゃ、今の内…)
コソコソと煙の中を掻い潜るようにして横島は走る。煙を抜け、未だ朦朦と立ち込める背後を振り返り、はあっと息をついた。

「助か……」
「た、とでも言うつもりか?」
ひっと喉が詰まり前方に視線を戻すと、横島の真正面に八人の忍者達が立っていた。


「【業火球の術】を相殺するとはな。どうやらただの男ではなさそうだ」
「手間取らせやがって。だがもう終わりだ」
徐々に距離を縮めながら周囲を取り囲む。忍者達の視線を一身に浴びていた横島が顔を伏せた。
観念したかとほくそ笑んだ忍者達は、次の彼の行動に対処し切れなかった。

「ああ―――――――――――ッ!!!!アレ、何だッッッ!!!!」

いきなりある一点に向かって指を指しながら絶叫する横島。突然のその行為に忍者達は一斉に彼が指差したほうへ目を向けた。


………何も無い。ただ鳥が空を旋回していた。


はっと振り向くと、既に横島は先ほどの道を引き返していた。あまりにも自分達を舐めた行動に激怒する忍者達。火遁を使った忍者とは別の忍者が印を結んだ。
「…っ、舐めやがって!【土遁・裂土転掌】!!」

地面に亀裂が奔る。ビキビキと地が呻き声を上げ、足元がぐらぐらと揺れた。突然の地割れは逃走する横島の足を挫けさせる。

「うわ、今度はなんだ!?」
横島が驚愕の声を上げるのと、忍者達が一斉にクナイを投げたのは同時刻であった。
クナイの雨が、地割れに足をとられている横島の頭上に降り注ぐ。

「うぎゃぁあぁあ!!??」
涙目で絶叫する彼の姿を遠目に見た忍者達は皆(死んだな)と思う。
しかし次の光景を視界に映し、彼らは瞠目した。


「はぁ―はぁ―……やっぱ忍者って恐ろし―な…」
クナイが地面に突き刺さっているその中心。そこには息を荒くしながらも横島が無傷で立っていた。


「何をやったんだ!?」
避けた様子もない。だが横島の周囲をぐるりと囲むようにして突き刺さっているクナイが、彼がそれらを防いだという事実を露にしていた。
驚愕を誤魔化そうと平静を装う忍者達と比べ、表面上涙目で喚く横島の内心は冷静に状況を判断している。クナイの雨も、動揺しつつストックしていた文珠で【壁】を創り、身を守ったのだ。尤も頭の奥では冷静でもやはり横島の心臓はバクバクと激しく鼓動していた。

「侮れん奴だ。気をつけろ」
「遠距離が駄目なら近距離だな…」
益々警戒し、じりじりと近づいてくる彼らの姿を視界に入れ、横島はたらりと冷や汗を掻いた。


予め生成していた文珠は五つ。【隠】【糸】【水】そして今使った【壁】にて残りの文珠はあとひとつ。
[栄光の手]とサイキックソーサーで凌ぐしかない。










右手に霊波刀、左手にサイキックソーサーを携える。その様はまるで騎士のようだったが、如何せん本人はへっぴり腰である。視線を彷徨わせる姿は自信の無さが窺え、音忍達はその情けなさを嘲笑した。

音忍の一人がひゅっと手裏剣を投げつけた。頭を下げてその手裏剣をかわす横島。そのまま彼は恥も外聞も無しにわたわたと四つん這いで這って逃げるが、先回りした音忍が横島の顎を搗ち割らんと蹴り上げた。
「うひょおっ!?」

突飛な声を上げながらもその足を仰け反る事で避ける。そのまま横へ転がる横島に向かって音忍が踵落としを繰り出した。それを回避し立ち上がった横島目掛けて、音忍の一人がクナイを数本投げてきた。
「わっわっ…ととっ」
タップダンスをするかのように横島はそれらクナイを避ける。だが避け損ねたクナイの一本が横島の左足を掠った。
「……ッ」
鋭い痛みを感じながらも、彼はサイキックソーサーを投げた。サイキックソーサーは弧を描いて、音忍達の頭上を通り過ぎていく。
「どこを狙っているんだ?」
せせら笑う音忍の頭上でバキッと音がした。その音にはっと振り向く彼らの眼に、後方の木の幹が倒れてくるのが映る。サイキックソーサーにより切断された太い幹は、重力に従い音忍目掛けて落下してきた。

「!?これを狙ったのか!」
一瞬驚愕の表情を浮かべた音忍達。しかしすぐに彼らは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「だが遅い!」
易々と木の幹を避けた音忍は、横島が立っているであろう場所に目を向ける。だがそこには既に彼の姿は無かった。
「な…待て!!」
木の幹に注意がいっている間に、横島はその場から全力疾走していた。彼の後ろ姿がまるで豆粒のように小さく見える。だがまだまだ忍びの足には敵わなかった。


急ぎ跳躍して木から木へ飛び移りながら横島を追い駆ける音忍達。あっという間に横島の頭が視界に入った彼らは手裏剣を投げつける。
「うおわ!?」
突然降ってきた上空からの手裏剣に行く手を阻まれ、横島は足を止める。再び木から跳び降りて来た音忍に囲まれ、彼はぐっと息を呑んだ。

「いい加減にしろ。どうせ逃げられやしない」
「そんなのやってみなくちゃわかんね―だろ!」

そう叫ぶなりサイキックソーサーを投げる横島。馬鹿の一つ覚えだな、と嘲笑した音忍はすっと首を僅かに動かし、それをかわす。その隙に横島は頭上に向かって[栄光の手]を伸ばした。木の高所にある枝を掴み一気に上昇しようとする。しかしそれを見越してか、音忍の一人が空に跳び上がり横島の脳天に踵落としをくらわした。

「うげっ!!」
舌を噛みそうになりぐわんぐわんと脳が揺れる。そのまま地面に激突した横島目掛けてクナイと手裏剣の雨が降り注いだ。

先ほどは一方向から跳んできたため【壁】で済んだが今度は多方向からの雨。


「ぐ……ッ」
朦朧としたまま無意識に最後の文珠を発動。【護】の文珠は横島の周囲をまるでドームのように包み込む。強固な守りの結界は降り注ぐクナイや手裏剣を全て弾いた。二度も防がれた事に驚愕しながらも忍者達は愉悦の表情を浮かべる。

「やはりコイツ、なんらかの血継限界を持ってやがる」
「生け捕りにしろ!大蛇丸様がお喜びになる」
文珠で創り出した結界を血継限界の力だと思い込んだ忍者達は、横島を逃がすまいと取り囲んだ。


[生け捕り]という単語に横島はビクリと肩を震わせる。今になって文珠を使う事をナルトが何度も何度も咎めた理由がようやく解った。こういった者達に目をつけられるのを危惧しての事だったのだ。
苦虫を噛みつぶしたような表情を一瞬浮かべ、その直後横島は【護】の文珠を握り締めたまま走りだした。


ドーム状の守りは横島が【護】の文珠を握っている限り、結界ごと移動可能。ただし結界を維持し続けるのは横島の霊能力に掛かっているので、時間は制限される。【護】の文珠の効果が続いている間にと忍者達から逃げる横島。
篠突く雨の如くザクザクとクナイと手裏剣の嵐が横島に襲い掛かる。それでも逃げる事だけを一心に考え、彼は足を動かした。

額から滴り落ちる汗は冷や汗なのか疲労したためか。そんなどうでもいい事を考えながら全力疾走する。ただひたすら走っている横島は走る速度が落ちている事に気づかなかった。




ガクンッと膝が笑う。突然横島の身体は前のめりに倒れた。集中力が切れ、横島の身を覆っていたドーム状の結界がパンッと弾ける。文珠の【護】の文字がふっと消え去った。

「う……あ…?」
ぐるんぐるんと目が回る。吐き気がし、全身から汗がどっと吹き出た。
(気持ち悪い………なんだコレ)

地面の感触を頬に感じながら、足に力を入れようとする。しかしながらまるで石になってしまったかのように彼の身体は硬直していた。


「……ようやく毒が効いてきたか」
「まぁ、これだけ走れば毒の回りも早いだろうな」
忍者達のくつくつ笑う声が遠く聞こえる。朦朧とした頭で横島は声を絞り出した。

「ど………く……?」
「気づかなかったのか?左足を見てみろ」
その言葉に、無理やり首を動かし己の左足を見遣った横島は顔を顰める。左足にはどす黒い色の切り傷がひとつ出来ていた。
(……………あの時のかっ)

先ほど投げつけられたクナイの一本が左足を掠った事を思い出す。大したことないと気にも留めなかったがまさか毒が塗られていたとは。


視界が翳む。頭を振ってなんとか身体を起こそうと腕に力を入れるが、身体は一向に動いてくれなかった。


「即効性の毒にしては時間を食ったな」
「しかし奇妙な術を使う奴だ。あのような防御、見た事がない。日向の絶対防御か?」
「なんにせよコイツは音隠れに連れ帰る。大蛇丸様にお渡しするのだ」
頭上から聞こえる声に横島はギリギリと奥歯を噛み締める。世界唯一の文珠使いと謳われてもこの世界では忍者一人に勝つことすら出来ない。冷たくなっていく指先で地面を引っ掻き、そうして弱い自分に嫌悪した。


仮に真剣に闘えば横島は忍者に引けを取らないだろう。しかしながら横島はあくまでゴーストスイーパーである。妖怪や悪霊といった人外と闘う事はあっても、人間と闘う事は皆無に等しい。だから忍者と言えど霊能力者ではない人間と闘う事に横島は戸惑っていた。

人外の者でも倒すという事に罪悪感を感じてしまう彼は、明らかに人間である忍者を倒す事に抵抗を感じ、無意識に力を抑えてしまう。それ故、何れも横島を殺す事に躊躇を感じない忍者達に対し、横島は相手も自分も傷つかずに終わらせる事を最優先とする。自身がいくら惨めに見えたとしても逃げの一手に走るのだ。現に今文珠という万能な能力を駆使しても彼は逃げる事しか頭にない。

文珠が万能と言われる云われは不可能を可能とするところである。たとえば存在そのものを消滅させるなどという理論上不可能な事が、文珠の【消】や【滅】の一文字で覆される。
簡単なモノだと【死】の一文字入れただけで相手は死に至るだろう。けれどそういった考えを横島は微塵も思い付かなかった。加えて混乱するあまり【眠】の字すら彼は考えつかなかった。

その上横島は未だに霊能力の基盤が〈煩悩〉だと思い込んでいる。守りたいと願う事こそが力の源なのだとは知らずいつも通りに霊能力を扱う故に、文珠の威力は半減。更に文珠という万能な能力にばかり甘えていた彼は忍者の基礎である体術や剣術が一切出来ない。そして一度道化を外してしまったために[横島忠夫]特有のトリッキーな動きも今やキレが無い。



ストックしていた文珠はもうない。生成することは出来るが時間がかかる。
朦朧とする頭と痺れる全身は拳に霊能力を込める事すら許さない。…………手詰まりだった。



逃げる事に夢中で気づかなかったが、今いるココが黒髪の子どもを逃がした場所だと横島は伏せたまま気づいた。
(助けようとして逆に殺されるとか…笑えねえな)
追われる原因となった黒髪の子どもを思い浮かべ、彼は内心苦笑する。汗が若干口内に入り思わず上唇を舐めた、その時。



ウオオオオオンッ!!


獣の咆哮が木立を駆け抜けたかと思うと横島の身体はふわりと浮いていた。
「ぐえッ!?」
突然襟首のあたりを引っ張られ、咳き込む彼の耳に聞き慣れた声が入ってくる。横島の目に、庇うようにして佇む男の背中が映った。

「大切な人を見守るんじゃなかったんですか、ごほ…」


首が絞まったせいで咳き込む横島の目前に、常日頃咳き込む男の姿があった。
「は…ハヤテ、さん…?」

屋敷で療養中のはずの、月光ハヤテがそこにいた。
 
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