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エターナルトラベラー

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第九十話

深夜、俺達はキャスターが居ると言う言峰教会へと足を進めた。

城からはかなりの距離が有る為に、駐車場は破壊から免れていて無事だったロールスロイス・シルヴァーセラフを俺が運転、イリヤを助手席に座らせ、二人を後部座席へと座らせると目的地へと車を走らせた。

後部座席の二人はこんな高級外車は乗りなれないのか縮こまっていたが、まぁ分からなくは無い。

丘の上にひっそりと建つ教会は、夜の闇を纏い、神々しさよりも今は禍々しく感じられる。

車は往来の広間で降り、教会へ皆が無駄だろうに無言で音を立てずに進む。

打ち合わせはすでに終わっていた。

後は実行するだけだ。

前方に俺達に対峙するように紅い英霊が現れる。アーチャーだ。

「まったく、あの魔女の嗜虐趣味も大概にしてもらいたい所だ。あれほど私がセイバーに令呪を使い、チャンピオンのマスターを3人で狙えと念を押したというのに、中でお楽しみに耽るとはな…確かに、あの高潔なセイバーを汚してやるのは余程嗜虐心をそそるのだろうよ」

と呆れるようなポーズをしてみせるアーチャー。

その言葉にまだセイバーが完全にキャスターに支配されていないと安堵する士郎と凛の二人。

彼らの計画ではセイバーが敵の手に完全に落ちていたらマズイのだ。

「セイバーはどこに居るっ」

士郎がアーチャーに詰め寄る。

「教会の中だ。助けに行くのだろう?行きたければ行けば良いさ」

「なっ!?」

「私は見てのとおり、怖い奴の相手をしなくてはいけない身でね。君達の作戦通りなのだろうが、よくもチャンピオンを連れてこれたものだよ」

と何処か感心している様でもあった。

「行きましょう、衛宮くん」

凛が先にアーチャーの横を通り過ぎる。その表情は伺え知れないが、何かに耐えているようだった。

「あ、ああ…」

どうして良いか戸惑っていた士郎も、今はセイバーが大事と横を抜ける。

「全く凛にも困った物だな。せっかくキャスターから逃がしてやったと言うのに自分から戻ってくるとは」

どこか眩しそうにアーチャーが呟く。

「さて、門番を仰せつかったのでな。幾ら勝ち目が無いとは言えここを通す訳には行かない。すまんが付き合ってもらうぞ」

「あきれた。アレだけ痛めつけられてまだチャンピオンとやるつもりなの?いいわ、チャンピオン。やっちゃいなさい」

とアーチャーの挑戦を受けるイリヤ。

命令されては逆らい辛い。

「了解した、マスター」

俺は前に出てバリアジャケットを展開し、ソルを握るとイリヤを遠ざけただけじゃ安心できないので影分身をして現れたソラにイリヤを任せた。

「複数に分裂するサーヴァントか…だがその分その存在は劣化するはず…と言う事は」

まだ勝機が有ると思ったのか、黒塗りの洋弓を現し、矢を番えると、こちらを鋭く狙いを定めた。

『ロードカートリッジ』

減った分の魔力はカートリッジを二発ロードして賄うと準備は万全だ。

「行くぞ、チャンピオンっ」

アーチャーの宣言で戦いが始まる。

一射で幾条もの矢が撃ち出されたのでは無いかと思われるほどの速射技術で幾条もの矢が俺に向かって駆ける。

それも計算されたように打ち払っても回避しても俺を囲い込むような彼の射はまさにアーチャーの真髄と言う所だろう。

『ディフェンサー』

「くっ…」

避けるでも打ち払うでもなく、防御魔法で防がれた事で予定が狂ったのか、アーチャーの苦々しい呟きが聞こえた。

『アクセルシューター』

ガードした時にそのバリアを避けるように一度大きく外側へと誘導した後にアーチャーに6発のシューターが走る。

対魔力がCもあれば避けるまでも無い攻撃だが、アーチャーは対魔力が低いのか避けずに自分の矢を当てる事で相殺しようと撃ち出した。しかし、こちらは誘導弾。六個のうち四個は打ち落とされたが残りの二つがアーチャーを襲う。

「ちぃっ!」

ゴロリと転がってその二つを回避すると、更に二射打ち出してアクセルシューターを全て相殺し、更に二射を此方に放ちバリアでけん制させるとすぐさま駆け、射では対抗できないと悟ったのか、その手にはいつの間にか白と黒の夫婦剣が握られていた。

アーチャーは素早く俺の側面へと回り込むと、バリアの横から俺へと迫る。

「はっ!」

二本の剣が走る。それをソルで受けると甲高い剣戟の音が響き渡った。

キィンキィンと甲高い音を鳴らしてまるで剣舞のように打ち合う俺とアーチャー。

すでに幾つ彼の剣をその手から弾き飛ばしただろうか。その度に彼の手には虚空に新しい剣が現れ握られている。

投影魔術。武器の複製に特化した彼には魔力が続く限りその武装に上限は無いのだろう。

魔力によるブーストで筋力、耐久、敏捷のステータスにプラス補正が乗っている俺と、素のステータスのままのアーチャーとでは地力が違う。

アーチャーのクラスは基本的に宝具特化のサーヴァント特性を持つ者が多く、目の前の彼もその基本に漏れていない。

そもそもが剣を主体とするクラスではないのだから時間と共に俺が押し始めるのは自明の理だ。

だが、アーチャーは押されながら何かを歌うように呟いている。

剣と剣がぶつかる剣戟の音に阻まれて聞こえないが、彼の口はしっかりと何かを呟いていた。

「“―――unlimited blade works.”」

打ち合いから逃れるように距離を開けたアーチャーが呟いた最後の言葉。その言葉だけは耳に残り、その瞬間、世界が一変した。

何処までも続く赤色の荒野。空には製鉄所を思わせるような歯車が回り、地面には墓標のように数え切れないほどの名剣、魔剣が突き刺さっていた。

アーチャーの切り札。固有結界・無限の剣製である。

「え?うそ…これって固有結界じゃないっ!どうして弓兵であるアーチャーがこんな物を…」

魔術の心得のあるイリヤが驚愕に染まる。

すっと指揮者のように手を上げたアーチャー。その指揮に従う様に無数の剣は地面から解き放たれ、空中に静止すると、此方に刃先を向け、指揮者の合図を待っている。

「剣技は君の方が優れているだろう。魔術の扱いも私とは天と地ほどの差が有る。防御も堅牢で並大抵の攻撃では抜けないだろう。…しかし、この無限の剣に貫かれて果たして無事で居られるか?」

アーチャーの手が振り下ろされると、待ってましたとばかりに剣が射出される。

いつかのギルガメッシュのような攻撃だが、すでに存在する分その展開速度が段違いに速い。

すぐさま地面を蹴って射線上から離れると今まで居た所へ無数の剣が突き刺さる。

逃げる先にも剣は雨のように弾幕の雨を降らせ続ける。イリヤとソラを見れば、アンリミテッドディクショナリーを盾に飛んで来る宝具を飲み込んで耐えているのが見えた。

アーチャーも先ずは俺のほうを優先するようで、イリヤ達へはけん制程度だ。

逃げる俺に、アーチャーは一部の隙も無いように大量の剣を降らせる。

正面から来る剣の嵐を前に、追い込まれてしまった俺。だが…

『あたしが変わります』

身の内から声が掛かるや否や俺はすぐさま体の制御権を手放した。

そして軽やかな声でこの歯車が軋みを上げる紅い荒野を塗り替える魔法の言葉が紡がれる。

『ゲームマスター(理不尽な世界)』



いつか金色のアーチャーの攻撃を防いだようにわたしを担ぎ上げたチャンピオンの女性は大きな口の付いた本で大量に降ってくる宝具の数々を飲み込んでいく。

前の時も思ったけれど、この口の中は何処に繋がっているのだろう?

こちらはけん制程度しか襲われていないが、いつもの彼の方には大量の宝具が宙を駆け襲い掛かっているのが横目に見える。

彼はそれを何とか避けているが、流石にあの物量だ、いくら彼でも心配になる。

そんな時、いつもの様にまた彼の姿が変わる。

銀色だった彼の鎧は真紅の竜鎧へと変わっていた。

彼と交代した彼女は現れるや否や迫り来る無数の剣の嵐の前にいきなり黒い城壁のような物を現した。

ドドドーンと言う音を立ててアーチャーが撃ち出した無数の剣はその城壁を粉砕するべく殺到するが、その城壁はビクともしない。それどころか…

『Immortal Object (破壊不能オブジェクト)』

着弾した城壁に何やら奇妙な画像が空中に浮き上がり、何かを警告しているようにも見える。

「破壊不能?」

その文字が示すかのように現れた城壁はアーチャーの攻撃で微塵の揺るぎも無く無数の剣を跳ね返し続けている。

「と言うより…」

あの彼女を中心として、円を描く様に紅い荒野の剣の墓標のような世界が変貌し、石畳がしかれ、振り返れば大きな黒い城が見えている。

アーチャーの固有結界内を侵食するかのように彼女はそこに新しい世界を描き出している。

これはアーチャーの固有結界に自分の固有結界をぶつけて相殺させている?

二つの世界の境界線がはっきりと見て取れる。

「なっ!?まさか私の固有結界内で新しく現実を侵食していくだと…っ」

アーチャーもまさか固有結界内で新しい世界を創造されるとは思わなかったのだろう。動揺が窺える。

あー…、うん。その動揺は分かるよ…

自分の奥の手が同種の様な能力で封じられているんだものね…もう驚きを通り越してチャンピオンの理不尽さには呆れるわ。

矛と盾の矛盾の実戦ははてさてどちらに軍配が上がるのか。

今の所アーチャーの攻撃で城壁が破られる気配は無い。それどころか広がるチャンピオンの石畳がアーチャーの世界をじわじわと侵食していく。

「くっ…」

不利を悟ったアーチャーからくぐもった声が漏れたかと思うと、アーチャーは投影されている宝具を一斉に爆発させ、城壁の破壊を目論んだ。

閃光が辺りを包み、一瞬わたしはその視界を奪われる。

閃光が止むと、城壁は健在であったが、見渡す限りの紅い荒野の世界は消えていた。

「な、何?」

次いで石畳の世界も薄れて行き、夜の教会へと戻ると、いつの間にか男の姿に戻ったチャンピオンがわたしの側へと駆けつけてきていたようだ。

さて、それは良いのだけれど、アーチャーは何処に行ったのか。辺りを見渡したが彼の姿はなくなっていた。

「アーチャーは?」

と、わたしはチャンピオンに問いかける。

「教会の中だ。逃げられたな」

「なっ、逃げた?追いかけなさい、チャンピオン」

「…了解」

わたしの命令で男のチャンピオンは今わたしを抱きかかえている彼女に護衛を任せると教会へと駆けて行った。

先行した彼を見送るともう一人のチャンピオンにも命令する。

「わたし達も行くわよ」

「…わかった」

短く了解の声を上げた彼女に連れられてわたしも教会の中へと移動したのだった。




中に入るのとアーチャーの気配が遠ざかっていくのは同時だった。

それでも現場で何があったのか確かめるべく教会の奥へと進めば、立ち尽くしている士郎とセイバーの姿があり、一人の成人男性が槍で貫かれでもしたのか出血多量で死んでいるだけで、アーチャーはもちろんキャスターと凛の姿も無かった。

どうやらキャスターは討たれたらしい。

「なっ!?チャンピオンっ!」

セイバーが俺の姿を見て直ぐに士郎を庇うように剣を向けた。

「待て、セイバー。チャンピオンは俺達を助けてくれたんだ。今は敵じゃないよ」

それでも剣を下ろさないセイバーの選択は正しい。

確かにアーチャーの討伐と言う役割は果たしていないが、同盟はセイバーの救出、キャスターの討伐までだ。

その二つが達せられた以上、サーヴァントとマスターは聖杯戦争では倒すべき敵であろう。

一触即発と言う時、上からソラを伴って階段を下りてくるイリヤの姿があった。

「あら、凛は何処へ行ったのかしら?それとアーチャーも」

「な、サーヴァント…それにどこと無く意匠が似ている防具は…シロウ、あれもチャンピオンのサーヴァントなのですか?」

「あ、ああ。チャンピオンは分身できる能力を持っているようだ」

「なるほど。確かに分身する宝具をもつサーヴァントは以前にも居ました」

それだけ言うとセイバーは納得したようだが、さらに警戒レベルを上げた。

「それで、お兄ちゃん。アーチャーとリンは何処に居るのかしら?」

「アーチャーの奴は遠坂を攫ってアインツベルンの城へと逃げた。あいつはどうしても俺を殺したいようだった。遠坂は人質として連れて行かれただけだ」

「は?なんでアーチャーはそんな事を?」

イリヤの疑問に答えるように口を挟んだのはセイバーだ。

「わかりません。彼がなんであのような暴挙に出たのか…」

「いや、俺は何となく分かる。だから、これは俺がやらなければならない事だ」

「意味が分からないんだけど…いくらボロボロだとしてもわたしの城を勝手に使われていい気はしないわ」

士郎の自分だけが感じる何かは他者にはわからず、それとは関係なくイリヤが憤慨する。

イリヤはここでセイバーを仕留めると言う事はせずに、まずは自分の居城に立てこもる不届き者を成敗するべく振り返った。

「待ってくれ。城へ帰るなら俺達も連れて行ってくれ」

俺と彼らは敵同士だと言うのに、自分がやらなくてはと言う自己中心的な何かが彼を突き動かしているのだろう。

一時的には協力したとしても大局的には敵であるマスターにそのような事を言うとは…

イリヤは少し考えた後答えた。

「いいわ、シロウ。丁度乗ってきた車もあるし、シロウが来るって言うなら乗せていってあげる」

「イリヤスフィール、私も同乗させていただきたいのですが」

シロウは連れて行く、でもセイバーは連れて行くとは言っていない。これで当然のように同乗しようとしたらそれは常識を疑う。

「いいわ。セイバーも特別に乗せていってあげる。ただし、道中の戦闘は禁止よ」

「はい。心得ています」

と言ったセイバーは先ずは信頼を示さなければと武装を解いた。

それを見て俺も警戒レベルを下げソラの影分身を解いた。


夢を見ている。

またチャンピオンの夢だ。

アインツベルンの居城へと戻る道すがら、エンジン音すらしないシルヴァーセラフの乗り心地はは最高で、ついうとうとしてしまったのだ。

その夢で彼は自分の能力の全てを失って焦っていた。

魔術も忍術も使えないそこはおかしな法則が支配する剣の世界。…ううん、これはゲームの中だ。

ただ、何処までもリアルで、現代日本では起こりえないほどに人の命が簡単に消えていく悪魔のゲームだ。

彼はやはりそこでもめげずに戦い抜いていく。生き残ると言う思いが彼を動かしているのだろう。

彼は何処までも自分の身を守る為に動いている。力をつけようとしたのもその為だ。

弱ければ奪われる。そんな原初の常識を彼はその世界の誰よりも理解していたのだ。

戦って、戦って…この世界の彼…いや、彼に限らず、この世界に巻き込まれた人は戦う事が日常であり、戦わない者は搾取されていた。

この世界からの脱出を目指して何人がその命を失っただろう。

ある日、その世界の人々から活気が消えた。なにか大きな不安が人々へと浸透したのだろう。

彼は、その世界で出会った変わった人柄の人たちと、その空気を変えるために映画を作り始めた。

ぼうっと眺めていた私はハッとして目の前のそれを見る。

映画の内容は奇伝ファンタジー。

七人のマスターが七騎のサーヴァントを駆って戦い抜くバトルロワイヤル。

聖杯戦争。

物語の視点はシロウで、彼がセイバーを召喚し聖杯戦争に巻き込まれて行く。

あ、あれは…わたし?

現れた茶色の髪の少女だが、その衣装はわたしが身につけているものに似ていた。

彼女が使役するのは銀色の騎士…では無く、大柄の男だった。

ギリシャの大英雄、ヘラクレスだと、そのわたしの役の少女は言う。

ゲームシステムの派手な演出もあり、バーサーカーのクラスで呼び出されたヘラクレスは天下無双の怪力で暴れ周り、セイバーを追い込む。

しかし…セイバーを倒す寸前にシロウが庇いに入り、自分が大怪我を負った。

なに…それ。

と、わたしも、わたし役の彼女も呟く。

訳が分からないと言う感じで、止めをさせたのに振り返り、彼女は去っていった。

大怪我を負ったシロウはいつの間にか治ったらしい。

不死の呪いでも掛けてあるかのような治癒速度だった。

物語は進む。

わたしに誘拐されたシロウを助けにやってきたセイバー達はアーチャーを囮に逃げる。

これはわたしも記憶しているが、アーチャーを倒し、追い詰めたはずのセイバーに逆にバーサーカーは倒されてしまった。

それでわたしの聖杯戦争は終わり。

後は聖杯の器としての役割だけ。

結局最後は攫われたわたしは小聖杯として起動し、辺りに厄災を振りまいた。

そう、厄災だ。

聖杯が汚れている?

この世全ての悪と言われるアンリ・マユの影響を受けてそれは汚染されていて、聖杯はすでに辺りを呪うだけのものに成っていた。

それをどうにかする為に現れるシロウとセイバーを待ち構えるのは監督役の神父と金色のサーヴァント…ギルガメッシュ。

この二人を打倒し、小聖杯として起動するわたしをシロウが助け出した後、セイバーが聖杯によって現れた災厄を振りまく孔をエクスカリバーで破壊して聖杯戦争は終了した。

これが聖杯戦争の結末。

いや、一つの顛末だった。

もう一つ、彼らは物語を作り始める。

主人公は変わらないし、その、聖杯を破壊すると言う結末は変わらない。しかしその過程が違うIFの物語だ。

その物語でのわたしはもっと酷かった。

アインツベルンの城を襲いに来たギルガメッシュにより目を潰され、その後に聖杯であるわたしの心臓を抜き取られて絶命してしまった。

最強を誇るバーサーカーはギルガメッシュの宝具の前になす術も無く12の命を奪い尽くされた。

その結末にわたしはぞっとする。

あんな結末は嫌だ…わたしは生きていたい。

たとえそれほど長く生きられなかったとしても、それでもわたしは生きたい。

映像を見終わったわたしは、いつの間にか高い山々の頂に居た。

そこには彼の姿は無く私以外誰も居ない。

いや、わたしの後ろに一人大柄の男が控えていた。

この山は彼の原風景なのだろう。

風が吹く。

その風に誘われるようにわたしは後ろを振り返った。

「ヘラクレスね。…本来わたしが召喚するはずだったギリシャの大英雄」

バーサーカーのクラスで召喚された彼は本来なら言葉を交わすほどの知能など持ち合わせては居ないだろう。

しかし、今の彼は穏やかな表情を浮かべている。

「ああ」

「あなたがあのチャンピオンをわたしに遣わせたの?」

「呼ばれた時に偶然彼らが通りかかったのだ。通りかかった彼らを私が強引に掴み、サーヴァントの殻に押し留めた。結局バーサーカーと言うクラスには押し留められぬ存在であったがゆえ狂化は免れたようだが」

「でもそれもおかしいわ。だってチャンピオンはクラススキルを全て持って現れた。であるならば、狂化も持ち合わせてなければおかしい」

「それは私が引き受ける事で彼から奪った。狂化などせずとも彼らは強いだろう」

奪ったと言う割には話が出来るのは此処が彼の心情世界だからだろうか。

「ええ。ギルガメッシュを倒した今、チャンピオンが倒せないサーヴァントは居ないわ」

「ああ。そうだな」

「だけど…ねぇ、あれを見せたのはあなた?」

あの映画を。

「いや、私ではない。が、驚いている。このままではイリヤは…」

「ええ、災厄をばら撒く器になってしまうわね」

「………」

わたしが軽口のように言うとヘラクレスは黙ってしまった。

「どうして彼がこんな物を作っている記憶があるのか、それはわたしにも分からない。だけど、この世界がそうとは限らないわ」

平行世界の運営と言う魔法で考えれば、あの映画が二本作られたように、そうでない結果の世界も有るのだから。

「続けるのか、聖杯戦争を」

「ええ、まだどうなるか分からないし、それがわたしの…ううん、アインツベルンの女の役目だもの」

お母様だってその運命に準じた。汚染されていると言う証拠がまだ無い以上私達は止められない。

そう言えば、とわたしは気になった事をヘラクレスに聞いてみる。

「あなたがわたしの召喚に応じてくれたのは何故?サーヴァントは少なからず聖杯に叶えて欲しい願望があるもの。…チャンピオンは事故みたいなものだから自分の望みは無いって言っていたけれど、あなたは?」

「わたしの目的はイリヤを守る事だ。君が聖杯戦争を生き残り、幸せになってくれればそれ以上の望みは持ち合わせていない」

「ふーん」

「それもおそらく叶う。チャンピオンがうまくやるだろう。私の望みは叶った…」

と囁くとヘラクレスは霞となって消え、この高原の風景も消え去った。

そろそろ起きる時間だ。

…起きた私はいつもどおりに出来るだろうか。

それほどまでに今日得た情報はわたしを動揺させる。

でも、きっと大丈夫。

むんっと力を入れると意識が覚醒し始めた。



さて、キャスターの討伐が終わったと言うのに、アーチャーの暴挙により俺達は教会を出てUターン。直ぐにアインツベルンの居城へと戻る事になった。

ロールスロイスを走らせ、破壊されたアインツベルンの城へと戻るとエントランスの上から赤い外套を翻しながら降りてくる赤い弓兵の姿があった。

「おいっ、遠坂は無事なのだろうなっ!」

いきなりケンカ腰に士郎がアーチャーを問い詰める。

「奥に転がして有る。まったく、一人で来ると言う機転を利かせて欲しい物だ。セイバーにチャンピオンまでも引き連れてくるとは…いや、ここは彼女達の居城なのだから当然と言えば当然だが」

「リズとセラはどうしたの?」

士郎の問いをはぐらかしたアーチャーにイリヤがさらに問い詰める。

「ふむ…あのホムンクルス二人は凛と同様屋敷の奥に監禁している。助けに行っても良いが、俺とそいつの戦いは邪魔しないで貰おう」

自分の問いには答えられなかったが、今の答で凛の所在を知った士郎がセイバーに言う。

「セイバー…わるい、遠坂を助けに行ってもらえないか?」

「なっ?シロウ、あなたは一人でアーチャーと戦うつもりですかっ」

「ああ。あいつは俺が倒す。セイバーは手を出さないでくれ」

「くっ…しかしっ!」

「セイバーのマスターは今は遠坂だろう。マスターの命を優先すべきだ。俺は大丈夫だから。あいつを倒し、後から行くから先に行っててくれ」

「くっ…ご武運を」

と言うとサーヴァントの役割を果たすべくアーチャーの横を素通りし、凛の救出へと向かう。

「君達はどうするのだね?私としてはセイバーに付いて行ってもらいたいのだが」

邪魔をするなとアーチャーは言っているのだろう。

「そうね、邪魔にならないように見ているわ。あなたの正体はなんとなく分かるもの」

「…そうか。…すまないな、イリヤ」

「いいえ、弟の面倒を見るのはいつも姉の役目だもの。仕方ないわ」

「はは…そうか」

アーチャーは何が嬉しいのか笑って見せた後、獰猛な視線を士郎に送った。

俺は邪魔になら無いようにとイリヤを抱えて二階へと移動し、見下ろす形で観戦する。

戦いは無骨な剣と剣のぶつかり合いだ。

英霊エミヤ。それがアーチャーの真名。

衛宮士郎の未来の可能性。

自分をすり減らすまでに狂信的に人々を救った彼の最後の願い。

その全てを否定して、自分による自分の殺害。それによる抑止力からの脱却だ。

しかし、それはいかなる事をしてもこの世界の法則で生きている彼らには抜け出せない。

一度迎え入れられたその魂は二度と開放される事はないのだから。

だからソレはただの八つ当たりにも等しく、彼の癇癪を士郎は自分のことのように感じ、しかしそれでも否定する。

最後は士郎の我がアーチャーを圧倒し、彼の剣に刺し貫かれてアーチャーは消えていった。

過去の自分から、自身の回答を貰って。

コツコツと音を立てて凛がエントランスへと階段を下ってくる。その脇にはセイバーが従っていた。

「アーチャーは…」

呟いた凛に答えたのは士郎だ。

「行ったよ。…大丈夫だ。あいつはあいつなりの答えを得たようだったから」

「そう…」

互いに多くは語らない。だが、それでも十分だったのだろう。

凛はしばらく現状を受け止める事に時間を使うと、此方に向かって視線を上げた。

「確か、同盟はキャスターとアーチャーを倒すまでだったわね。…どうする?ここでもう一戦やる?」

「なっ…遠坂っ!」

好戦的な凛を諌めようとする士郎だが、ここは凛が正しい。

彼女は正確に自分の立場を確認し、どうするのかを此方に委ねたのだ。

出来ればここで戦いたくないのだろうが、それは弱みであり、付け込まれる要素だ。

「いいわ。今日は見逃してあげる。チャンピオンも消耗しているしね」

「はっ、よく言うわよ。彼ならば後10戦しても消耗とは無縁でしょうに」

と言い返す凛だが、実際は10戦は出来ない。カートリッジに限りがあるからだ。

凛も無限では無いと思っているだろうが、その可能性を捨てきれないのだろう。

「帰りは送らないわ。せいぜい歩いて帰るのね」

「ええ、ええ。送ってもらわなくても結構よ。行きましょうセイバー、衛宮くん」

「あ、ああ…」
「はっはい…」

有無を言わせない遠坂の一喝で正面玄関から去っていく3人を見送った後、俺達は結局途方に暮れる。

「そう言えば、お城は破壊されたままだったわ…さすがにこれほどの破壊を元に戻すのは不可能だし…」

と言ったイリヤは何の気なしに俺に聞く。

「ねぇ、チャンピオンの魔術で直らないかしら?わたしは暖炉の無い部屋で寝る事はイヤよ」

イヤよと言われても…

「出来なくは無いよ」

「それじゃあ…」

「とは言え、大量の魔力を消費する。これほどの物だ、カートリッジの一本は覚悟してくれ」

「うっ…残りは何本なの?」

「21本だ」

何だかんだで20本以上はすでに使っているのだ。無駄遣いは…

「ならまだ大丈夫ね」

無駄遣いはしたく無いが…マスターの命令なら仕方ない。

カートリッジをロードしてクロックマスターを行使。城の破壊前まで時間を戻した。

「わ、一瞬で元通り。どうやったの?」

「時間を戻しただけだ」

「さらっと言ってのけるけど、それを触媒も陣も使わずに出来るあたりチャンピオンは異常よね。まぁ今日は寝室が元に戻ったのだから気にしない事にするわ」

と言うと、奥から現れたリズとセラを連れてイリヤは寝室へと戻った。

今日は本当に慌しい日だった。一日で二戦もするとは今まで無かったのではないか?

疲れたと俺は霊体化し、疲れを癒すのだった。
 
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