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駄目親父としっかり娘の珍道中

作者:sibugaki
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第23話 時には子供でも決めなきゃならない答えがある

「よくやってくれたわね、フェイト」

 それは、予想だにしない言葉であった。
 巨大な竜巻を無事に退けた後、突如起こった落雷によりフェイトを助けてくれたクロノは重症を負った。
 その隙を突く形で、フェイトは散らばっていた残りの6個をどうにか回収する事が出来たのだ。
 しかし、全てを回収し終えた訳ではない。内幾つかは管理局に回収されてしまった。
 全部で21個ある内、こちら側にあるのは17個ある。
 残りの4個は向こうが持っている事になる。しかし、その内一つはなのはの体内にあり、未だに取り出せない状況にある。
 早く取り出さなければ手遅れになってしまうのは明白な事であった。

「御免なさい、母さん……21個全部は回収できませんでした」
「確かに、今手元にあるのは17個、全部回収出来てはいないわね……」

 再び仕置きが来るのかとフェイトは身構えた。だが、プレシアはそんな素振りを一切見せず、フェイトの頭にそっと手を乗せた。

「でも、貴方が引きつけてくれたお陰で、あの邪魔な執務官を倒す事が出来たわ。それについてはお手柄よ、フェイト」
「え? まさか、あの落雷は……」
「そう、あれを放ったのは私よ。流石は大魔導師プレシアの娘ね。私が狙い易いように執務官を引きつけて置いてくれたんだから」

 そんなつもりは毛頭なかった。あの時は只、通信モニター側に映っている銀時と口論になってただけだ。
 その時、突然落雷が発生し、咄嗟にクロノはフェイトを突き飛ばしたのだ。
 だが、そんな事プレシアには関係ない。彼女からして見れば結果こそ全てなのだから。

「あの、クロn……例の執務官はどうなるんでしょうか?」
「本来なら死んでくれてると有り難いのだけれど、まず死ぬ事はないでしょうね。私自身もそれ程魔力を消耗する訳にはいかないし、あの執務官は相当頭の切れる子みたいね。咄嗟に背中を向けて魔力結界を集中させたから、でも致命傷になったのは間違いないわ。あれでは当分動く事は出来そうにないわね」
「そう……ですか」

 それを聞き、フェイトは少し安堵した。
 どうやらクロノは死んではいないようだ。
 しかし、これで暫くの間はあのクロノが戦列に並ぶ事はない。となれば事実上フェイトに並び立つ脅威は存在しなくなったと言える。
 現状で管理局が放ったアースラ隊のメンバーの中でフェイトとまともに戦えるのはクロノ只一人だ。
 そのクロノが倒れた今、向こう側にある戦力と言えば弱体化した銀時達江戸の住人達程度でしかない。
 最早フェイトの敵ではなかった。

「さて、フェイト。残りの4個を回収する前に、貴方に頼みたい事があるの」
「な、何……でしょうか?」

 震える声で尋ねるフェイトを可愛そうに見つめながら、プレシアは不気味な笑みを浮かべつつ彼女の頬を触れながら呟くように言った。

「あの時、貴方が連れてきたお友達が居たでしょ? あの子を此処に連れてきて頂戴」
「な、なのはを……ですか?」
「そう、私の研究にはどうしてもあの子の協力が欲しいの。貴方の頼みならあの子もきっと聞いてくれるでしょうし。あの子もきっと喜んでくれるわ」

 喜んでくれる。
 その言葉を聞いたフェイトの顔がパッと明るくなった。
 またなのはに会える。それだけでもフェイトは嬉しい。
 しかも、それだけじゃなく、なのはが喜んでくれるのなら是非にでもするべきだ。
 そうフェイトは確信を持てた。

「はい! すぐに連れて来ます。待っててね、母さん!」
「えぇ、くれぐれも丁重に連れてきてね。待ってるわ」

 何時になく優しい言葉遣いだったのが、フェイトに何の疑念を抱かせない要因であったのを裏付ける。
 フェイトは飛び上がる気持ちで玉座を出て行った。思わず鼻歌を歌いたくなる思いだったのだろう。
 扉の外でフェイトの喜びの声が木霊しているのがプレシアの耳に届いていた。

「プレシア、入るよ」

 フェイトと入れ違いで今度はアルフが入ってきた。突然の出入り。ましてや全くお呼びじゃない存在にプレシアが突如眉を吊り上げる。

「何かしら? 今貴方と話している暇はないんだけれど」
「硬い事言いっこ無しさ。それより、あんた随分と丸くなったじゃないかぃ。一体何の心境の変化だってんだいぃ?」
「聞いてたのね……そう。なら隠しても無駄ね」

 深い溜息をつきつつ、プレシアは面倒臭そうに口を開いた。
 話の一部始終を聞かれた以上隠し通しても無駄だと分かった以上、下手に取り繕う必要がないと分かったのだろう。
 途端に態度を切り替えだした。

「フェイトに、以前貴方達が連れてきた子を連れてくるように命じたのよ」
「なのはをかい? それまたなんで? まさか、フェイトの遊び相手になって貰おうってのかぃ?」
「遊び相手? まさか。あの子は私の実験台になって貰うのよ」
「なっ!!」

 その言葉を聞いた途端、アルフは驚愕の顔をした。
 プレシアがなのはを連れてくるように命じた理由。それは彼女を自分の歪んだ夢の生贄にする事だったのだ。
 実験台と言っていたが、あの女の事だ。必ずなのはの命を奪う事になる。
 そうなれば、間違いなくフェイトは生きていく気力を失ってしまうことになる。
 今のなのははフェイトにとって全てに等しい存在なのだから。

「ふざけんな! あの子が、なのはがフェイトにとってどれ程大事な存在か? あんた知ってんのかい?」
「そんなの知らないわ。あの子がどう思おうと私にはあの子が……いえ、あの子の命が必要なのよ」
「あんた……初めからなのはを殺す目的でフェイトに命じたんだね?」

 アルフの両拳が堅く握られていく。怒りが体全体を突き動かしているのを感じているのだ。
 そのアルフの怒りを前にしても、プレシアはとても涼やかな顔をしていた。

「殺すなんて人聞きの悪い事言わないで欲しいわ。私は只あの子が欲しいだけよ。あの子の……全てがね」
「ふざけんじゃないよぉ!」

 アルフの中で何かが切れる音がした。
 それと同時にアルフは跳躍し、プレシアに向い鉄拳を叩き込んだ。
 堅く握られた拳はプレシアの面前で止まった。直撃するよりも前にプレシアが結界を張ったのだ。その結界は強固であり、とてもアルフで破れる代物ではなかった。

「いきなり何の真似? 使い魔の分際で私に逆らうと言うの?」
「私の主はフェイトだ! そのフェイトを傷つけるお前を、これ以上許しちゃおけない!」

 狂犬の如く牙を剥き出しにし、今にも食い掛かりそうな顔でプレシアを睨んでいる。
 そんなアルフを見て、プレシアは嘆くように首を左右に振った。

「どうやら、フェイトは使い魔の教育がなっていないようね。代わりに私が躾しなおさないといけないわね」
「なっ!」

 言葉の意味を理解した頃には既に手遅れであった。プレシアが持っていた杖を鞭の形に変え、それを撓らせてきたのだ。
 音を立てて撓る鞭がアルフの横顔に直撃する。
 しかし、その衝撃は丸太で殴られたように重かった。軽々とアルフの体は横に吹っ飛び、地面に擦れながら倒れる。

「づっ……ぐぅっ!」
「本当、何でフェイトは貴方みたいな駄目な子を側に置きたがったのかしらね? あの子もまだまだ躾が足りないようだし。帰ってきたら躾し直さないと駄目みたいね」

 呟くように言いながらも、プレシアは途切れる事なく鞭をアルフに向けて叩きつけて来た。
 それに対し、アルフは防御結界を張り鞭を防ぐ。
 しかし、鞭の一撃一撃がとても重く、受けるアルフの顔に苦悶の表情が浮かんでいた。

「ふざ……けるなぁ!」
「ん?」

 突如、おたけびをあげる。
 腹の底からアルフは叫び、一心不乱に突進した。この際鞭の一撃やニ撃は覚悟の上だ。
 今は自分の被弾よりも、あの女の顔に一撃お見舞いしたい。
 その気持ちで一杯だったのだ。
 
「覚悟しろ! この、鬼婆ああああああああああ!」
「鬼婆ですって? 失礼ね」

 撓らせていた鞭を手元に戻し、元の杖にし、握り締める。
 そしてそれをアルフの面前に翳す。
 そんな事に構わずアルフは拳を叩き込んだ。
 やはり、結界がそれを遮った。どんなに強く殴りかかっても、アルフの拳はプレシアには届かない。

「な……ぐっ!」
「一体何処でそんな汚い言葉を覚えたのかしら? つくづく貴方はフェイトの教育に悪いわ」

 突如、杖が発光しだした。その現象にアルフはギョッとしたが、既に時遅しだった。
 避ける間も無く、杖から雷撃が迸ったのだ。
 その雷撃を全身に浴びたアルフは体全体がスパークし、黒煙を巻き上げながら地面に倒れ付した。

「貴方みたいな出来損ないはフェイトの側に居ない方が良いわね。この際朽ち果ててくれた方が良いかも知れないわ」
「じょ、冗談じゃ……ないよ……」

 掠れ気味の声で言い返しながらもアルフは立ち上がろうとする。その光景がプレシアには大層目障りだったのだろう。眉を引くつかせてアルフを見下ろしていた。

「そう言えば、貴方には教えてなかったわね。私が何の研究をしているかを」
「な、何……だっ……てんだい?」
「冥土の土産に見せてあげるわ……貴方の命と引き換えにねぇ」

 そう言うと、起き上がろうとするアルフの細い首を掴み、頭上に持ち上げた。
 とても女性の力とは思えない凄まじい握力が、アルフの首に集中している。
 喉を握られ、呼吸が出来ず苦しむアルフを掲げながら、プレシアは歩いた。

「私が研究していた物。それはこれよ」

 玉座の裏にある隠し扉。それを開き、中へと入る。
 そこは一面カプセルで埋め尽くされていた。そして、その最奥にある一際大きなカプセル。その中には一人の少女が眠っていた。
 金髪の幼い少女。
 その姿は、正しくフェイトその物であった。

「フェ……フェイ……ト」
「違うわ。この子はアリシア。私の実の娘」

 淡々と、プレシアは語った。アリシアと言う子の事を。その子と過ごしていた幸せな日々を。

「アリシアと過ごしていた日々はとても充実していた。あの子は何時も、私を癒してくれた。私にとって、アリシアは全てだった。でも、あの時の忌まわしき事件が、私からアリシアを奪った!」

 憎憎しげに語るプレシア。そのプレシアの言葉を、アルフは只聞く事したできなかった。

「貴方に分かる? 愛する娘を、無残に奪われた者の気持ちが! 折角作った娘が失敗作だった者の気持ちが……貴方に分かる?」
「失敗作? それって、どういう事なんだい?」
「勿論、フェイトの事よ……あの子は私の娘じゃないわ。あの子は失敗作。出来損ないよ」
「な、何を言ってるんだよ! あんたは」
「プロジェクトF……知ってるでしょ?」

 聞いた事のない名前だった。だが、そのプロジェクトの頭文字。
 Fと言う頭文字に何故か引っ掛かりを感じる。
 一体何故?

「貴方達使い魔を超える存在を作る計画。それがプロジェクト【FATE】貴方がご主人様と呼んでいるフェイトは、その計画から作り出された、このアリシア・テスタロッサの出来損ないのクローンだったのよ!」
「そん……な……」

 目の前が真っ白になっていくのを感じた。今まで主だと思っていたフェイトがまさか作り物だったなんて。そして、プレシアの研究と言うのがとんでもない代物だったと言う事を。

「それじゃ、それじゃあんたは……なのはを使って、一体何をするつもりなんだい?」
「決まってるわ。愛する娘、アリシアを生き返らせるのよ。貴方達は気付かないだろうけど、あの子にはとても素晴らしい力が眠っている。でも、あの子じゃあの力は引き出せない。いえ、引き出す事は出来ないのよ」
「引き出す? まさか、あの子も魔力を?」
「えぇ、持っているわ。それも、とてつもない程のねぇ……稀に生まれるのよ。生まれながらにしてランクSを凌駕するほどの魔力を持った逸材が」

 信じられなかった。確かに、なのはには何か不思議な物を感じた事が何度かあった。
 しかし、それがとんでもない代物だったとは。

「でも、あの子は力を使いこなすことは出来ない。あの子はフェイトよりも純粋な子。でも、その分純粋過ぎる。純粋な心はとても純粋に力を解き放つ。そして、解き放たれた力は暴走し、世界を……次元すら歪めるほどの力になる」
「あの……あの子が、そんな恐ろしい力を持っていた……なんて」
「そう、だから管理局はそんな子を捕獲……いいえ、奴等で言う保護を行っていたのよ。その力が無意識に発動してしまわないように、隔離しておく為にねぇ」

 何時に無く不気味な笑みを浮かべながらプレシアは言った。何故、なのはが江戸に捨てられていたのか。何故、海鳴市で生まれた筈のなのはが江戸に来てしまったのかを。

「あの子が江戸と言う未開の世界に来たのは未だに謎があるわ。でも、そんなの私には関係ない事よ。あの子の内なる力を使えば、アリシアを生き返らせられる。その代償であの子が死んだとしても、それはその結果に過ぎないわ」
「あんたは……あんたは人間じゃない! あんたは、悪魔だよ! 人間の皮を被った、恐ろしい悪魔だよ!」
「そう、私は悪魔よ。アリシアを生き返らせる為なら、私は悪魔にでもなるわ。その覚悟で、今までこうして生きてきたのだから」

 聞く耳持たずとはこの事であった。
 恐らく、今のプレシアには何を言っても無駄だろう。

「さて、さっきも言ったわよね。冥土の土産に見せてあげるって」
「なっ!」
「まずは、貴方のその汚い言葉を出せないようにさせて貰うわ」

 そう言い、プレシアが手に魔力を集中させた。必死に逃れようとしたが、遅かった。
 アルフを掴んでいる首を中心に激しいスパークが巻き起こった。
 そのスパークはアルフの首を中心に放たれ、激痛を引き起こしていた。

「があああああああああああああ!」
「ついでに、貴方の魔力リンクも切っておくわ。これでもう、貴方はフェイトの使い魔じゃない。只の醜い死に損ないよ」

 電流が消え、再び黒煙がアルフの体から湧き上がる。喉を重点的に痛めつけられた為に、もうアルフは声を発する事が出来ない。
 更に、魔力リンクも断たれた為に、もう魔法を使う事すら困難となってしまった。

「もう貴方の顔なんて見たくないわ。今までフェイトの為に尽くしてきた礼として、地上に落としてあげる。其処で運よく誰かに拾われると良いわねぇ」
「プレ……シアァ」
「さようなら……醜い使い魔」

 最後にそう言い放ち、アルフの真下に転送用のゲートを作り出す。其処に向かいアルフを放り捨てる。
 力なく、手を伸ばすアルフを、プレシアは興味なさげに見ていた。
 もうお前になど興味はない。何処へでも行ってくたばるが良い。
 そう告げるように、冷たい視線が、アルフを貫いていたのだ。
 アルフの意識が途切れるその時まで……ずっと。




     ***




 なのはは何処かぎこちない感じを感じていた。
 今、彼女は地上に降りている。
 そして、かつて銀時達がお世話になった高町家の自宅に訪れていたのだ。
 無論、その隣には銀時が座っている。
 相変わらず間が抜けたような顔をしつつ鼻を穿っている。
 リビングはとても綺麗に象られており、清潔感が漂っている。それと同じように飾りつけもされており、江戸とは何処か違った雰囲気を感じられた。

「いらっしゃい。ゆっくりくつろいでいってね」
「あ、はい」

 桃子がそう言いながら温かいココアが注がれたカップを目の前に置いてくれた。
 並々注がれた茶色のココアが湯気を立ち上らせてなのはを誘っている。
 湯気と一緒にココアの芳醇な香りが鼻をくすぐる。
 周囲の目線を気にしつつ、なのははそれを手に取り、そっと啜った。
 普段自分が煎れるのとはまた違った味がした。
 美味いとか不味いとかそう言うのじゃなく、何処か懐かしく、そして優しい味であった。

「美味しい」

 一言、そう感想を述べるのがやっとであった。気がつけばなのはの頬は桃色に染まり、目が満天の星空の様に輝いているのが見えた。
 その隣で、銀時もまたココアを頂いていた。
 なのはの様な反応はせず、片手でズビズビと啜るだけである。

「落ち着かないみてぇだな」
「うん、始めて来た場所だし……」

 銀時の問いになのははぎこちなく答えた。此処に彼女を連れてきたのは銀時の提案だ。
 なのはは本来此処高町家の次女だった子だ。
 しかしそれが何らかの出来事により銀時達の住む江戸に来てしまい、それを銀時が偶然拾い、そして育て上げてきたのだ。
 本来なら、なのはは本当の家族の下へ帰るべきだ。しかし、それは銀時や高町家が決める事じゃない。なのはが決める事なのだ。
 そこで、銀時はある提案を下したのだ。
 それは、今日から3日間の間、此処高町家で過ごす事である。

「お父さんは帰っちゃうの?」
「あぁ、クロノの見舞いもあるしな」

 幸いクロノは重症を負いはしたものの、命に別状はなかった。それでも、未だに意識を取り戻さない彼を銀時は心配しているのだ。
 元々言いだしっぺだった事に責任を感じているのかも知れないし、単に玉の輿を失いたくないと言う気持ちから来るのかも知れない。
 その真相は銀時にしか分からないのであったが。

「とにかく、今日から3日間此処で生活して、それで答えを見つけてみろ。お前が、何処で暮らしたいか? 何処で生きて行きたいのか? それを見つけるんだ」
「私が見つけないと、駄目なの?」
「人生ってのはなぁ、時にゃガキの内でも決めなきゃならない答えってのがあるんだ。そして、お前にとって、それは今だ」

 何時に無く真剣な声で銀時が言った。それを聞きながら、なのははココアを啜った。
 甘い味が口いっぱいに広がったが、今はその味を楽しむ事が出来なかった。

「俺もこの家の奴等も、お前の答えには一切口出ししない。3日間の間此処で生活して、この世界を見て、どうするかは……お前が決めろ」
「うん……自信ないけど、やってみる」
「それで良い。それじゃ、3日後にまたな」

 それだけ言い残し、銀時は席を立った。
 足早になのはの元を離れ、家を出て行こうとする。
 ふと、なのはの手が銀時の着物を掴もうと伸びた。小さく細い手が銀時の着物に近づく。
 だが、その手が届く事はなかった。
 銀時の着物に触れるよりも前に、銀時がなのはの元を離れてしまったのだ。
 それから、銀時はなのはに見向きもせずに足早に部屋を出て、そのまま家を出て行ってしまった。
 後に取り残されたのは、なのはと、高町家の面々だけであった。

「えっと……短い間ですけど、宜しくお願いします」
「こちらこそ、此処が自分の家だと思って存分にくつろいでくれて構わないよ」

 大黒柱である士郎が優しくそう言った。正しく父の顔だった。
 威厳のあり、また雄雄しくも優しい父の顔が其処にあったのだ。
 なのはは、ふと自分の持っていたココアと先ほどまで銀時が呑んでいたココアを見比べていた。
 なのはのカップには、まだ半分位残っていたのに、銀時のカップには一滴も残っていない。
 全て飲み干してしまったのだ。

(私が、答えを見つけ出す……どちらの世界で生きるか……どちらの世界で過ごすか)

 9歳の幼い少女には難しい選択であった。だが、決めなければならない。
 重く圧し掛かる感情を振り払うかの様に。なのはは残っていたココアを一気に煽った。
 不思議と、その時に呑んだココアは、何処かほろ苦く感じてしまった。




     つづく 
 

 
後書き
次回【住めば都も二つあると悩みの種】お楽しみに 
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