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アイーダ

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第四幕その二


第四幕その二

「全てを貴方に。祖国も玉座も命を」
「私は祖国もファラオも裏切ったのです」
 やはりラダメスはそれも受けなかった。
「その私にとって残されたのは死だけ。アイーダの待っているあの世界に行くだけです」
「アイーダは生きています」
 アムネリスは彼に告げた。
「生きているのですか」
「はい。戦いの中でエチオピアに逃れ今は兄王のところにいます」
「そうだったのですか」
「アモナスロ王は死にましたが」
「死んだのは王と兵士達だけ」
 アムネリスはそうラダメスにまた告げる。
「彼女は無事だったのです」
「わかりましら」
「ですから」
 それを話したうえでまた言う。
「ここは弁明を」
「そうじゃ」
 またランフィスが言ってきた。心から心配する顔で彼に声をかけるのであった。
「そうすれば命も名誉もそのままじゃ」
「将軍、ですから」
「それさえわかればいい」
 しかしラダメスはここで穏やかに笑うだけであった。全てを悟り見極めたかのような達観した微笑みがそこにあるだけであった。ラダメスは最早満足していた。
「最早悔いはない」
「悔いはない!?」
「ではそなたは」
「はい」
 驚いた顔で蒼ざめるアムネリスとランフィスに告げる。
「最早救いは必要ありません」
「死が救いだと言いたいのだな」
 ランフィスは険しい顔でラダメスに問う。
「そなたは」
「そう捉えて下さって結構です」
 顔を見上げてランフィスに返す。
「それで」
「もうすぐ裁判だ」
 ランフィスはそれでもラダメスに言う。
「それでもいいのだな」
「私には何も残っていませんので」
「大神官」
 アムネリスと兵士達は彼にすがってきた。頼れるのは彼しか残ってはいなかった。
「貴方の御力を」
「御願いします」
「わかっている」
 ランフィスは険しい顔のまま彼女達の願いに頷いた。
「だが。それでも」
「難しいのですか」
「この者が何も言わなければな」
 彼は歯を噛み締めて述べる。最早何もかもが苦しく、重い空気に満たされてしまっていた。ただ一人、ラダメスだけは。彼は無言でそこに立っているだけであった。
「では行こう」
 ランフィスはラダメスと兵士達に告げた。
「いいな、裁きの時間だ」
「はい」
 ラダメスはそれに頷く。そうしてその足で祭壇の中に入る。アムネリスはその彼を壊れそうになる顔で見送っていた。空は暗くなり暗雲で満ちてしまっていた。
「ああ、もうすぐ」
 祭壇の中へ入っていく神官達を見て声をあげる。彼等が裁判官を務めるのだ。
「どうして逃げないの、何故弁明しないの」
 ラダメスに対する言葉であった。
「そうすれば助かるのに。どうして」
「王女様」
「こちらでしたか」
 そこに侍女達が来た。そうして主の周りに来た。
「あの方がもうすぐ」
 アムネリスは彼等に顔を向けて言う。
「このままでは」
「ですが」
「裁判の場に入られるのは裁判官の方々と裁かれる者だけ、ですから」
「それでも私は」
 アムネリスは神殿を見やる。行きたいがどうしても行けなかった。侍女達が懸命に彼女を止めていたのである。それで動くことができなくなっていた。
「神々よ」
 神殿の中からランフィス達の声が聞こえてきた。裁判の前の詠唱である。
 
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