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ソードアート・オンライン ―亜流の剣士―

作者:チトヒ
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Episode2 黒衣の剣士



抜き身の片手剣を肩に担ぎ、草むらから姿を現したキリトが怪訝な表情で周囲を見回す。
しかし、状況を把握しかねたかのように首を一つ捻ると口を開いた。ただ、すぐには言葉が発せられない。

再びめぐった目線がハズキ、アカリ、ジョニーを順に捉え最後に俺とPoHを見据えた。昨日街で会ったことをキリトは覚えているだろうか?

「えっとだな、もう一回聞くけど。何してるんだあんたらは。誰か答えてくれないか?」

もしここでうまく状況をキリトに説明出来れば助かるかもしれない。最前線でもトップレベルだと名高いキリトだ。オレンジ二人(正確にはグリーンとオレンジ)相手にも俺のように引けは取らないだろう。

口を開きかけた俺をPoHが短剣で制しながら立ち上がった。

「簡単なことだ。このカイトとかいう犯罪者プレイヤーに俺とそこのジョニー、二人が教われた。だから俺達は反撃して今に至る。ただ生憎俺の仲間はこいつのずる賢い罠に嵌まってオレンジプレイヤーにされちまったけどな。Do you understand?」

実に滑らかな口調でまるで真実のように、PoHが事実と真逆のことを言う。嘘だ!と叫びそうになった俺の顔がPoHに踏まれる。計算してのことなのか、俺が踏まれているのはキリトからはちょうど見えない。

PoHの言ったことを吟味していたのか、しばしの沈黙の後、キリトが言葉を発した。

「じゃあ、その子はどうしたんだ?」

その子、がアカリを指していることは明白だ。アカリがうまくやってくれれば、と情けないが考えていると恐々といった様子でアカリの口元が動いた。
しかし、またしてもPoHがそれを邪魔する。

「その娘がこいつらに襲われそうになってたのを助けたんだ。そうだな、ジョニー?」
「その通り!なっ、チビちゃん?」
「やぁっ…!」

ワシワシとジョニーに頭を撫でられアカリが悲鳴とも取れる声を上げる。自分でも意識せぬまに奥歯を噛み締めていた。いろいろ遡れば、俺がでしゃばらなければこんな状況にはならなかったのだ。アカリを見つけたのが俺でなくキリトのようなやつだったらこんなことには…。


後悔ばかりの俺を余所に話は進む。

「…その子、嫌がってるように見えるぞ」
「そりゃ。男二人掛かりで乱暴されるところだったんだからな。人に対して怯えもする」
「なら、離してやれよ」

キリトの言葉に判断しかねたようにジョニーがこちらを見る。正確にはPoHを、だが。

「…ジョニー、離してやれ」
「…へーい」

ジョニーから解放されたアカリが小走りで数歩こちらに歩み寄る。だが、それで停止し惑ったようにキョロキョロした後、怯えていた表情を一変させ、意を決したようにキリトの元に駆け寄った。

キリトがしゃがみ込みアカリと視線を合わせる。

「君、大丈夫か?」
「……あ、あのっ!」

そこまで言ったアカリが再び視線を泳がせる。かろうじてPoHのブーツ越しに見えるアカリは俺とPoHを交互に見ているようだった。

「えっと…その……」

決意していた表情を崩し、今にも泣き出しそうなアカリが懸命に言葉を紡ごうとする。その聞き取りも難しいだろう言葉に真剣にキリトが聴き入っている。俺も地面とブーツに両耳を塞がれている状態だが、《聞き耳》をさっきからずっと発動しているのでなんとか聞こえる。

恐らくアカリは今、真実をキリトに伝えようとしているのだろう。しかし、それと同時に真実を言うことで俺がどうなるのかも気にしているんだろう。

「…君の言葉で、聞かせてくれないか?」

優しくキリトが言った。それがアカリの感情の堰を切ったのだろう。不意に大粒の涙を流しながらアカリがキリトのコートにしがみついた。

「カイトさんっ!何も悪いことしてませんっ!だから、あのっ…たすけてくださいぃ~っ!」

涙のせいで鼻声で絶叫に近く懇願したアカリの言葉を聞き終えたキリトは宥めるようにアカリの頭に手を置くと立ち上がった。

「…任せとけ!」

そう力強く言ったキリトとPoHが正面から対峙しているような形になる。PoHが呆れたような声を発する。


「おいおい、まさかそんなガキの言葉を信じるのか?信じて俺達を悪だと見なすのか?」
「少なくとも、この子が一番この状況を客観的に見てたはずだ」
「So bad…。仕方ないな……。ジョニー、やれ」
「イエッサー!」

先ほどと同じように限りなく自然な流れでジョニーに攻撃命令が出された。飛来したナイフがアカリを庇うように立っていたキリトの右肩に突き刺さる。それと同時にPoHの足が俺から離れた。キリトに接近するPoHを後ろから見た俺は、今になってやっとさっき気づく間もなくPoHに距離を詰められた理由を悟った。

PoHの動きは素晴らしく《自然》なのだ。俺のようにフルダイブに慣れていないプレイヤーはいくら自然に動いているつもりでも感覚のどこかに微妙にズレが生じているものなのだ。それが、腕の動きが意識とコンマ何秒ズレているとか視界の情報が意識しないとフォーカスされない等にしても、どこかしらの動きに違和感として顕れるはず。しかし、PoHにはそれが感じられない。つまり、PoHの強さはステータスではなく、フルダイブ慣れしたその動きということになる。それでは、レベルがほぼ同等だとしても多少上だとしても俺が負けるのは必然だったわけだ。

そうこう難しいことを考えているうちにPoHがキリトに肉薄した。ジョニーがキリトに刺したナイフがハズキに投げたものと一緒ならば、恐らく今キリトは《麻痺》を起こしているはずだ。だとすると、キリトはPoHの短剣にただ打たれるのみである。

せめて、一撃全損だけはやめてくれよ。と自分の紙装備は棚に上げていかにも薄いキリトの装備を心配した。
今にも心臓に突き刺さりそうな程短剣が肉薄したとき、辛うじて俺が気付ける動作でキリトが動いた。

キンッ!

と小さな金属音が一つしたかと思うと、宙を舞った短剣が根元までジョニーの足元の地面に突き刺さった。

納剣していたはずのキリトがPoHに剣を向けていた。


「いい動きだな」

さっきまで饒舌だったPoHが何も言い返さない。剣を跳ね上げられた状態のまま固まっている。こちらから表情は見えないが、俺と同じくキリトのとてつもなく《自然》な動きに驚いているのだろう。

しかし硬直していたのもほんの一瞬。すぐにバックステップで距離を取りジョニーの横に立つ。
ギラギラ光る自身の得物を地面から引っこ抜くとあからさまに怪訝な雰囲気でキリトを見つめる。その横でジョニーが喚く。

「おかしいだろ!俺が投げた麻痺毒のナイフはちゃんと刺さってるのに、なんで動けるんだよ!」
「…さっきまでそこの草むらの奥で麻痺毒の特殊攻撃を持ったMobを狩ってたんだ。だから耐毒ポーション飲んでたんだけど、その効果がまだ残ってたみたいだな」
「誰かと違ってひどくLuckyみたいだな」

誰か、とは間違いなく俺のことなんだろうがそんなことどうだっていい。希望が見え出した。…ただ、それでもなお2対1の状態だ。

「…どうします、ヘッド。俺達二人掛かりなら…」
「いや、ここは引くぞ」

意外な言葉がPoHから出た。俺の見立てだとキリトとPoHは同格。だとすればそこにジョニーが加わればキリトが不利なはず。

同じことを考えたのか、なおも食い下がろうとするジョニーをPoHが声もなく制した。

「まだ、その時じゃあない」

それだけ言うと自分はすぐに踵を返した。それに渋々付き合うようにジョニーも草むらに姿をくらます。

二人が完全に立ち去るのを《索敵》あたりで見届けたのだろう。キリトが背の鞘に剣を納め、肩に刺さったままだったナイフを抜いて投げ捨てながら俺に歩み寄った。

「立てるか?…って足が片方ないのに立てるわけないか」

キリトに引っ張ってもらってなんとか上半身だけを起こす。解毒用らしきポーションを差し出したキリトが「いや、これじゃないな」と呟いた。

「あのっ、それ貰えますか?」

キリトの後ろにくっついていたアカリがそう言った。すんなりポーションがアカリに渡り、受け取ったアカリはトテトテとハズキに歩み寄った。

アカリがしようとしていることを悟った俺は焦ったが、動けないからどうしようもない。俺の歯痒くて仕方ないような顔をキリトが不思議そうに見る。

俺の視線の先でアカリが栓を抜いた瓶からハズキの口に液体を流し込んでいた。しばらく静寂を続けた後、ポーションが効いたのだろう、ハズキが起き上がった。
冷や冷やしながら見ていたが、ハズキの頬を伝う大粒の涙を見て《聞き耳》で聞くのを止めた。遠目で見てもお互い謝りあうような仕種を見せた後ハズキは立ち去り、アカリは俺の横に来た。

「…仲直り、出来たんだな」
「…はいっ!」

満面の笑みのアカリとは対照的に疑問だらけといった顔のキリトには街に戻りながら説明することにする。

…そういえば、オレンジになったマーカーはどうしたらいいんだ?

結構深刻な問題だ。加えて、また一つ失念していた。PoHの言った『社会的に抹殺』の意味について…。


 
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