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東方攻勢録

作者:ユーミー
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第二話

地獄 裁判所


正面には裁判官が座るであろう、豪華なテーブルと座椅子がその存在感を漂わせている。

外の世界で言う弁護士や検事が座るような場所はない。一般市民が座るような傍聴席も設けられてはいない。

ここは地獄の裁判所。死んだ生物たちの魂が、今までの罪をかけて生涯最後の裁きを受ける場所だ。どれだけ死人のことを知っていようが、どれだけ死人のことを愛していたであろうが、それを見届けることなどできない。

そんな部屋の中央で、俊司はその時をひたすら待ち続けていた。


「それでは、死人『里中俊司』の裁判をこれより開廷いたします」


目の前では、緑の髪をした少女が神々しさをだしながら、進行を進めていた。


「今回担当の閻魔『四季映姫』です。よろしくおねがいします」

「よろしくおねがいします」

「では、まず死人が生涯でおこした罪を確認しておきましょう」


そう言って、映姫は隣に座っていた秘書官らしき死神とアイコンタクトを取る。すると、死神はだまっていちまいの紙を取り出すと、何も言うことなく映姫に手渡した。


「ふむ……幼少時代のことは別として……暴行罪・傷害罪そして……殺人罪」

「……」


映姫が言っているのはこの世界に来てからの犯罪だ。たとえ戦争だったとしても、犯罪は立派な犯罪。正当防衛が適用されるわけでもない。

それにここは地獄の裁判所。別に服役を行うとかの話でもないのだ。そこのところは、俊司も覚悟だけはしていた。


「幻想郷を守るための活動として、猛威をふるったのは認めましょう。ですが、最後の殺人罪に関しては己の邪心が引き起こした出来事ですね?」

「はい。俺自身のせいです」

「いさぎがよいですね。自分の罪が分かっているのはいいことです」

「……」


裁判にかけられているというのに、いやな顔一つせずただ前をみる俊司。そんな彼をみながら、映姫はふと溜息をもらしていた。


「反論……しないんですか?」

「えっ?」


突然の出来事にポカンとする俊司。映姫は一度コホンと咳払いをすると、話を続けた。


「ここに来るものはどれだけ善人であっても、一度や二度反論をしてきます。どれだけ反論してこようとも、私たちが下す結果には無関係ですが」

「はい。ですから反論はしません。それに……」

「それに?」


映姫がそう聞き返すと、俊司は一呼吸おいて話し始めた。


「ここで何を言っても……犯してしまった罪にかわりはありませんよね」

「……」

「なら、それをきちんと受け止めて、罪を償うのが道理だと思うんです。違いますか?」

「いいえ。それは正しいことだと思います。なら、なぜあなたはそう思うのですか?」


映姫がそう言うと、俊司は一瞬表情を濁した。返答に困ったのだろう。

映姫にとっては期待外れだったのか、一度溜息をついていた。なにか明確な答えを希望していたのだろう。映姫は仕方なしに話を戻そうとする。

だが、それよりも先に彼が口を開いていた。


「……答えなんているんですかね?」

「えっ?」

「俺にはそう思えるような理由はありません。ですが、そう考えることに意味はいらないと思うんです」

「……」

「……間違ってますか?」


彼の反論は映姫にとっては予想外だった。彼の考えは、決して間違っているわけではない。だが、本当に素で思っていること自体が予想外だった。

だが、それこそが彼女の求めている結果でもあった。


「……ぷっ……ふふっ……あははっ」


あれだけの神々しさを放っていた映姫は、急に笑い始めていた。

あまりの出来事に俊司はおろか、そばに立っていた死神ですら目を丸くして驚いていた。映姫は数秒間静かに笑った後、少し表情を和らげて俊司を見ていた。


「やはり、八雲紫があなたを選んだんのは正解だったのかもしれませんね」

「えっ?」

「話を戻します」


急に表情を戻した映姫は、再び神々しさを出し裁判を再開した。


「罪状をすべて確認しました。ただいまより死人『里中俊司』の判決を、閻魔『四季映姫・ヤマザナドゥ』より下します」

「……」


場内は一気に緊張感であふれかえった。

だが、俊司は何も恐れていなかった。『天界・冥界・地獄』いずれかの世界に魂を送られるだけ。判決を聞いたところで、たどる未来はそう違いはない。まっすぐとした目のまま、判決を言い渡されるのを待っていた。

そんな少年をみた映姫は、一呼吸間を開けるとゆっくりと口を開いた。


「すべての罪状と功績を元とした結果、死人『里中俊司』を冥界送りとします」

「……」


冥界送り。幽々子が管理を行っている世界に送られることが決定した。

俊司は顔には出していなかったが、内心はホッとしていた。誰だって地獄行きにはなりたくない。


「冥界で……来世を待てってことですね」


思わずそう口走っていた。

だが、それを聞いた閻魔はとんでもないことを言いだしていた。


「いいえ。誰もそのようなことは言っていませんが?」

「……えっ?」


またしても、場内を緊張感があふれかえった。

冥界送りなら、来世を待つのが正しい内容。だが、それを下したはずの映姫はそうではないと言い張っているのだ。


「何をおっしゃってるんですか!? 映姫様!」


さっきまでなにもしゃべっていなかった死神も、思わず声をあげていた。


「私が下した判決を言っているだけです。それ以外になにもありません」

「しっしかし……」

「裁判を妨害する気ですか?」

「……すいません」


死神を黙り込ませたところで、映姫は話を続けた。


「三図の川を渡る際、船の上で何を見ましたか?」

「えっと……俺の死体……ですか?」

「そうです。理由もなくこの場に死体を持ってくる訳がないでしょう?」

「はあ……」


状況が飲み込めない俊司。だがそんな彼をおいて、映姫は話をどんどんと進めていった。


「幻想郷の状況は我々も把握しています。それゆえに、あなたを失うのは惜しいというのも把握済みです」

「はあ……」

「勝手ではありますが、あなたの死体は先ほどこちらの手で封印させていただきました」

「はあ……って、ええ!?」


映姫の一言に、その場にいた全員が声をあげて驚いた。

だが、それにも関らず映姫はなんの反応もなくその場に座り込んでいる。周りの死神全員が驚いているのを見ると、すべて彼女の独断で行っていることだろう。

あまりにも大胆な行動に、俊司は何も言えずにいた。


「何をおっしゃってるんですか! 映姫様!」

「言葉通りです」

「それは分かっています! ただの死人の死体を持ってきた挙句……封印を施して何を行おうとしてるのですか!!」

「それは簡単です」


そう言うと、映姫は再び俊司のほうを向いた。


「里中俊司、あなたには亡霊になっていただきます」

「ええ!?」


またしても、俊司は目を見開いて驚いてしまった。

彼女はただ単に自分が下した判決を言ってるだけなのだろうが、周りの人は展開が飲み込めずにただただ呆然としてしまっている。

それでも、彼女は話を続けていった。


「あなたには幻想郷を守るという使命を与えます。普段は冥界の白玉楼にて雑務をこなしていただき、異変が起きれば解決に出向いていただきます」

「……」

「それが、今回私が下したあなたへの判決になります。よろしいですね?」

「え……あ……はい」


なにも状況が飲み込めないまま、俊司は無意識に返事をしていた。


「では、これにて死人『里中俊司』の裁判を閉廷いたします」


映姫はそう言うと、立ちあがって一礼したのちその場を後にした。


「……なにが起こったんだ……?」


一人残された俊司は、ぼそっと呟いてその場に座り込んでいた。















地獄 裁判所廊下にて


「よろしかったのですか! 映姫様!」

「なにがですか?」

「あのような判決ですよ! あんな例外のような判決を下しては何を言われるか……」

「私はあの判決が最善だと考えていますが?」

「ですが!」

「四季映姫」


死神と言いあっていると、さきほど廊下で映姫を引き留めていた男が近寄ってきた。

死神たちはその男を見ると、スッと一礼したのちその場をそそくさと去って行った。


「なぜあんな勝手なことをした?」

「幻想郷にとっても、我々にとっても有益であると考えたからです」

「根拠は?」

「彼によって幻想郷は大いに改善されています。なら、このまま来世を待ってもらうよりかは、協力してもらう方がいいと判断したまでです。判決を覆す気などありません」


何の悪気もなくしゃべる映姫。男は再び溜息を洩らすと、真剣な顔をして話し始めた。


「協力したのは?」

「部下の小野塚小町です」

「わかった。両名とも、しばらく頭を冷やしていろ」

「謹慎処分ということですか?」

「無期限のな。以上だ」

「わかりました。では、しばらくお暇をいただきます」


映姫はそう言って一礼すると、再び歩き始めた。


「まったく、彼女の能力としては裁判官として有能だというのに……あの性格だけはなぁ」


男は去っていく映姫を見ながら、再び愚痴をこぼしていた。















地獄 映姫の自室


「ふう、持ち物もほとんどいりませんし……これでいいでしょう」


謹慎処分を言い渡された映姫は、地獄に設けられている自宅とはちがう自室でなにか準備を行っていた。


「あとは……」

「映姫様!!」


映姫が何か言おうとした瞬間、鎌を持った死神が勢いよくドアを開けてはいってきた。


「遅かったですね小町。あと、ノックを忘れてますよ」

「すいません……じゃなくて!謹慎処分ってなんなんですか!」

「言葉通りです」

「それは分かってますけど……」


小町は不服そうな顔をしたまま話を続ける。


「あたいは映姫様に言われたことをやっただけなんですよ?」

「あたりまえです。それが協力したということですよ」

「それはそうですけど……」


いまだにふてくされたままの小町。映姫はそんな彼女を見ながら、ただただ溜息をついていた。


「まったく、わかったのなら早く準備をしなさい」

「はい? でも謹慎なんですよね?」

「そうですよ。ですが、『どこで』と言われましたか?」

「……」


映姫の言ったことが分からず小町は一瞬ポカンとしていたが、その意味を把握した瞬間、小町の表情は一気に明るくなっていった。


「なんだぁ。それならそうと早く行ってくださいよ! 映姫様!」

「あなたの理解力がないだけでしょう?だいたいあなたは……」

「あーはいはい。では準備してまいります!」

「あっ! こら小町! 話は終わっていませんよ!!」

「それはまた今度で!!」


小町は何か危機感を感じたのか、そそくさとその場を後にする。

映姫はそんな彼女を見て溜息をついていたが、同時に軽い笑みを浮かべていた。
 
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