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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第三十五話 少年期⑱



「それにしても、夏休みまであっという間だったな」
「6月ぐらいの時は、夏休みまでまだまだ先だと思っていたのにね」
「そうだよねー」

 ちりんちりん、とちきゅうやで買った風鈴の音が家に鳴り響く。開け放たれた窓から入るそよそよした風を受けながら、現在友人たちと一緒に夏休みの宿題に取り組んでいる。今までの復習が主なので難しくないが、その分数が多いからやっかいだ。

 俺の言葉に同意を示した少年Bとアリシアは、切りのいいところまで終わったのか母さんが用意してくれたお茶を飲んで休憩している。俺も残り1問が終わったら休憩に入るかな、と鉛筆を持つ手に力をこめた。

「えっと、メリニス。この写真の生き物の名前って、ベルカウサギモドキでいいんだよね」
「おしいわね、アレックス。ベルカウサギモドキには翼はないの。あれは耳で空を飛ぶから」
「……あっ、そうか! つまりこれはベルカトビウサギだな」

 先生役であるメェーちゃん教導のもと、アレックスとランディが奮闘している。魔法の知識に関しては家族や管理局のお姉さんに鍛えられたから、俺とアリシアに一日の長がある。でも、一般教養についてはメェーちゃんが一番詳しい。さすがは『歩く本棚少女』(命名俺)。あと数年後には『歩く図書館少女』に進化すると俺は思っている。

 しかし俺もその問題解いたけど、不思議生物多すぎだろ異世界さんよ。ちなみにベルカトビウサギはまだ一般的な生き物として認知されている。ミッドチルダの南部の森にパタパタ飛んでいるらしいし、授業の時間に本物を触らせてもらったこともある。もちろん普通のウサギはちゃんといるけど。

 異世界生物は物語の中だけにいそうな生き物から、これ生物なの!? と言いたくなるようなものまで多種多様なのだ。なんせ有名どころのドラゴンやユニコーンなどの存在が確認されている世界だ。これはゲームとかの生き物がいてもおかしくないよな。というかいてほしい。

 モンスターボールとか投げてみたい。ギザールの野菜とか投げてみたい。ジャスタウェイとか投げてみたい。俺の妄想は溢れんばかりだ。おかげで異世界生物に関しては、辞典や図鑑でよく読んだからそれなりに頭の中に入っていたりする。

「ベルカウサギモドキって確か、保護対象にされていて密猟者に狙われないように管理局の自然保護隊の人が守っている動物だったよな。モドキとついている通り、実はウサギではないらしく、まだまだ研究中の生き物である……って学校では習った気がする」
「正解よ。あと主な生息場所は第61管理世界『スプールス』。その小型な体型と飛行能力を生かして、崖の隙間に巣を作ることで有名ね」
「そこまではさすがに覚えていなかった。メェーちゃんってすごいな」

 恐るべき文学少女。時々暴走してしまう時があるけど、本当に知識を集めるのが好きなんだなとわかる。彼女の話を素直に聞けるのは、デバイスを作っている時の父さんと同じように、その目がキラキラ輝いているからだろう。

 そして俺からの賛辞に頬を赤く染めて「あうあう」言っているのが面白い。めっちゃ新鮮な反応である。メェーちゃんは真っ直ぐに褒められると照れるようで、謙遜してしまうらしい。女の子組は褒めた時の反応がそれぞれ違うからちょっと楽しい。


「というか、なんでアルヴィンはそこまで終わっているんだよ。お前は俺の仲間だと思っていたのに…」
「ははは。残念だったな、ランディ改め少年C。俺が持つ人生の経験値の方が高かったというわけだ」
「俺の方が誕生日は早いはずなんだが」

 納得いかないように唇をとがらせる友人に、俺は笑顔でガンバレー、と応援を送っておく。理数は確かに苦手だが、さすがに初等部1年生の勉強でつまずく訳にはいかない。なにより経験は本当に役に立つ。異世界の生き物や生活など、みんなと同じスタートの学習はあるが、俺の場合勉強の仕方を知っているからな。教科書の見方や辞書の引き方はわかっているし、問題の出されやすい傾向に当たりもつけられる。

 なにより勉強が面白いのだ。地球にはなかった教科に、その傾向が特に強く出る。あとは社会人になったら、学生時代にもっと勉強したり、遊んでおけばよかったって大抵後悔した。だから後悔しないように、俺は積極的に取り組むと決めているのだ。

 ……だってこういう姿勢で頑張らないと、理数なんて特に手をつけようなんて本気で思わないからな。うん。


「誕生日といえば、アルヴィンとアリシアってこの前7歳になったんだよね」
「うん! 家族みんなでクラナガンの海にお出かけに行ったんだ」
「へぇー、海かー」

 少年Bの言うとおり、俺とアリシアは少し前にめでたく7歳になった。そういえば、昔どこかで『女は7の倍数、男は8の倍数』が人生の節目だと聞いたことがある。つまり妹は今年身長が伸びたり、考え方に変化があるかもしれないということか。男の成長ってなんで遅いんだ。

 横目で妹の身長と俺の身長を見比べる。7歳じゃまだそこまで大きな差はお互いにない。でも、少女Dはぐんぐん伸びたからな。今では友人の中で一番背が高い。次に高いのは少年Aになる。さっき話していた3人がその後に続き、俺とアリシアという順番だ。やばい、このままだと俺が一番下になる可能性が!?

 これは無限書庫で対策を講じるべきか、とちょっと焦ってしまった。だがふと目に映ったものに気づいて、その焦りは俺の中から消えていった。あぁ、そうだ。大丈夫、俺はまだやれる。伸びの運動とカルシウムは取っておこうと誓いながら、俺はすぐ傍にある棚に入っていたお菓子を手に取った。

「……! お菓子」
「うん、食っていいぞ、少年E。でも食べ過ぎて俺より大きくならないようにな」
「……うん?」

 俺たちが騒いでいる中、黙々と宿題に取り組んでいた少年E。こいつほとんどしゃべらないからな。しかもちんまりしているから余計に。でもそのコンパクトさに今は癒された。お礼にお菓子をやるとおいしそうに食べてくれました。



「みんな宿題が一区切りついたところで、レッツ休憩ターイム!」
「アルヴィンはさっきからずっと休憩していたじゃないか」

 そういう少年Bもアリシアとずっと駄弁っていただろうが。先ほどまで並べていた勉強道具は片づけられ、みんなで床にごろごろしている。つまり盛大に暇なのだ。

「健全な小学生7人が集まってやることが、雑魚寝とはこれいかに」
「否定はしないけど。じゃあ、何か話題とかある?」
「お、じゃあ夏らしく怖い話でもしないか。昔どっかで聞いたんだけど、ミッドチルダの海の底には謎の海底洞窟があるらしいんだ。そこには封印されたはずの古代ベルカ時代の亡霊が夜な夜な血を求めてさまよ―――」
「ピギャーー!」

 妹が暴走した。みんなで少年Cに黙祷をささげた。

「夏と言えば、もうすぐクラナガンで夏祭りが行われるよね」
「そういえばもうそんな時期になるのか」
「……出店いっぱい」
「え、ミッドってちゃんと行事らしいものがあったんだ」

 ランディを除く男連中の会話に興味を持つ。去年のこの時期は、管理局の保護施設の中で暮らしていたから、外の情報がほとんど入ってこなかった。詳しく聞いてみたら、どうやら地球でやっている夏祭りと同じような感じらしい。それは普通に楽しみだ。

「アルヴィン、ちゃんとした行事ってどういう意味? ミッドにはしっかり行事があるじゃない」
「メェーちゃん、違うんだよ。俺は地球でやっているような、みんなで騒げるやつがいいんだ。日本のクリスマスとかお正月とか節分とかバレンタインとか…」
「初めて聞いたよ、そんな行事」
「た、他世界の行事なんてよく覚えているわね」

 少年Aの感心した声と、メェーちゃんからは知識で負けた……、って感じの若干落ち込んだ声が聞こえた。アリシアがいい子いい子、と頭を撫でて慰めている。

 しかし、ミッドチルダの行事って淡泊なのが多いんだよな。5月にはゴールデンウィークっぽい3連休があるけど、あれは『新暦記念日』の休みだし。日本で8月になると戦争のことが話されるように、この3日間は古代ベルカ戦争の歴史についてやそこで亡くなった方達を悼む感じだな。一応新しい歴史の始まりとして祝うこともあるが、正直ハメ外して騒いじゃ駄目な雰囲気がある。

 他にも『聖誕祭』とかいう聖王様の誕生日を祝うお祭りがあるけど、あれもしんみりと粛々に行われているからな。聖王教会主催だから、本気度が半端ない。これは去年の秋にやっていたから見れたけど、たくさんのシスターさんたちを間近で見られた貴重な体験だ。

「あのシスターさんたちはよかったよな」
「少年Cよ。ナチュラルに話に入ってきたけど、その言葉に肯定したら俺の中の何かが失われる気がするのでスルーするぞ」
「男なんだから正直になれよ。あっ、そうだ。夏祭りには俺の師匠が店を出すからみんなも来てくれよな」

 少年Cの師匠? 初めて聞いた話に俺は頭の中に疑問符が浮かぶ。周りを見回してみても俺と同じような反応はいないみたいだ。アリシアも知っていそうだから、俺が聞き逃していただけか?

「なぁ、少年C。その師匠さんって誰のことだ? 俺の知っている人?」
「誰って、前に遊んだ時に紹介……そういえばあの時アルヴィンっていなかったか」
「そういえば、お兄ちゃんいなかった気がする」
「え、いなかったっけ」
「……あれ?」
「ほら、アルヴィンってどこにでも現れそうな気がするし」
「あぁ、じゃあ勘違いしても仕方がないか」

 よーし、お前ら。後で覚悟してろよ。油断してる背中に氷転移してやる。

「いいなぁ、アルヴィン。いないのに存在感あって」

 少年Aからボソッとつぶやく声が聞こえた。……とりあえず、聞こえなかったふりをした。



******



 あの後少年Cに説明をしてもらい、夏祭りはみんなで賑わおうと約束した。話が終わったから、「せっかくだからアイス持ってくるな」と俺は笑顔で一言声をかけて、どさくさで氷転移させて阿鼻叫喚にしてやった午前が終わった。

 それから昼食後はどうするかという話になったが、俺は行くところがあるからとやんわり断っておいた。思えばこんな風に、俺だけ抜けることがちょこちょこあったから師匠さんの話とか聞けなかったのだろう。みんなに不思議そうにされたが、個人的な用事があると言って内容は言っていない。

 俺が主に抜ける理由は3つ。1つ目は地上部隊に用事がある場合。管理局と関わりがあることを大っぴらにするつもりはないからだ。絶対に隠さないとダメだと言うほどでもないが、説明がめんどくさい。本当のことは話せないのだし、嘘をつくぐらいなら黙秘するしかないだろう。

 2つ目は無限書庫で調べ物をする場合。たぶんこの理由で抜けることが一番多い。夏休みを使えば、長い時間集中して作業をすることができる。まだまだ拙い検索魔法だけど、少しずつ出力も上がってきている。この場所も説明がめんどくさいので黙秘権を行使することになった。

 そして、最後の3つ目が今日の午後の用事に当てはまる。


「それでは問題です。俺たちの住むこのミッドチルダは、全部でいくつの地域に分けられているでしょう?」
「……確か5つだったか」
「正解。ちなみにそれぞれの地域の特徴とかわかるか」

 俺からの追加質問にエイカは目をつぶり、今までの学習を思い出しているのかシンキングタイムとなった。考え事をするエイカの指が3本立っているから、おそらく3つの地域はわかるが残り2つがなかなか思い出せないという感じか。一緒に勉強を始めてそれなりになるから癖とかも大体わかってきた。

「エイカ。とりあえず、まずはわかっている範囲で答えてもらっていいか」
「……あぁ。まずは俺たちが住んでいる中央区間。首都クラナガンがあり、時空管理局の本部があるミッドで最も発達した場所。次にミッドチルダ北部は聖王教会があり、その信徒やベルカに由来する者たちが多く住む宗教関係の強い場所。そしてミッドチルダ西部は他世界からの移住者やミッドに出稼ぎに行く人たちが住む、住宅地のような所が多い場所」
「おぉ、さすが」

 3つとも完答だな、よく特徴を覚えている。もう少しアバウトな感じで答えが返って来るかと思っていたけど、かなり詳しく概要も話してくれた。エイカって記憶力は悪くないんだよな。暗記系の問題とかすらすらできるから。ただ、なんでも丸暗記しようとするところがある。それだと、覚えきるのはちょっと大変だぞ。

「くそっ、あと2つ…」
「東側は地形に特徴があって、あと今度新しい事業も開始される。南側は管理局関連があって―――」
「あっ!」

 俺からのヒントにバッと顔を上げ、思い出した答えをまたすらすらと答えてくれた。それもしっかり合っていたので、俺は笑みを浮かべる。ただ俺の言葉できっかけを掴めたからか、エイカはちょっと悔しそう。十分よくできていると思うが、ここで慰めるのは逆効果なので、次の問題を出すことにした。

「じゃあ次、1+9+3は?」
「は?」
「1+9+3」
「え、13」
「残念、答えは一休さ―――あいてッ!」

 間違えたからってやつあたりは禁止だー。



『アル坊はどうしたいんだ』
『俺がどうしたい?』

 学校が始まって2ヶ月ぐらい経った頃に、俺はちきゅうやの店主に相談をしていた。学校が始まったことで、以前に比べてエイカと会える回数は減ってしまった。一応みんなで遊ぶときは必ず声をかけるし、俺からちきゅうやに遊びに行ったりすることで会うことはできる。でも、学校についてあまり話せない分、やはり会話の内容も減ってしまっていた。

 なぜなんだろう? そんな疑問がいくつも浮かぶのに、それを相手に向かって口にすることができない。口が悪くて、ツッコミ体質で、花に詳しくて、負けず嫌いで、面白くて……そんな情報ならいくらでも出てくるのに。なのに、俺はエイカのことを全然知らない。

 では聞くべきなんだろうか。知らないなら知ろうと思うことは間違いではないだろう。そんな風に何度も思ったけど、結局俺は何も言わずにいつも通りに振る舞った。いつもの様に笑っていた。

 聞けば相手を傷つけてしまうかもしれない。なにより聞いてどうにかなるのだろうか。そんな冷めた考えがよぎる。聞いて満足するのは、俺だけだ。話を聞いて、それで終わりじゃない。話を聞かせてもらった俺は、相手に何を返せる? 聞いて同情してやるだけ? 俺1人が聞いたところでその問題は解決するのか?

 言えば相手はすっきりするかもしれないという思いはある。だけど、むしろ逆に追い詰めてしまうだけの結果になる可能性もあった。……そんな賭けみたいな質問、できるわけがない。だけどこのままズルズルといることが、本当にいいことなのかもわからなかった。

『アル坊ってあれだろ。ネガティブなことをずっと考えていると、とことん悪い方に考えがいってしまうタイプだろ』

 店主さんにそんな感じで相談したら、帰ってきた第一声である。基本俺ポジティブなんだけど、と返すと人間波があって当然だと答えられた。変にない頭を使ってぐるぐる考えているから落ち込むんだ、と笑われる。なんだよ、エイカのこと俺の次に詳しいのはこの人だから相談したのに。

 店主さんは気にならないんですか? と不機嫌そうに俺が漏らした言葉。それに彼は一つ息をはくと、先ほどのニヤニヤした感じではない芯のおびた言葉を俺に返した。それが冒頭の言葉だった。


『アル坊が何をしたいのか。相手に何をしてあげたいのか。それは「聞く聞かない」だけが答えじゃないだろう。他にもできる方法はいっぱいあるはずだ』
『……いっぱい?』
『おう。今みたいに「誰かに相談する」というのも一つの方法だな。人間関係に二者択一の答えなんてものはない。自分で気づかないだけで、実は答えなんてものはいっぱいある』

 「俺今良いこと言った」と自慢げにあご髭をさすりながら言うから色々台無しだが、店主さんの言うとおり、確かに俺は視野が狭かったのかもしれない。

 エイカに話を聞くこと。だけど、これはそんなに大切なことなのだろうか。確かに大切なことだと思うけど、それは今じゃなければいけないのか。待つことは本当にできない?

 たぶん俺は、もしエイカから話を切り出されたのなら、迷わず聞くことができる。

『……エイカから話を待つことって逃げとかじゃないのかな。ずっと話してくれない可能性もあるし』
『ただ待つだけなら話してくれないかもしれないな。逃げにもなるかもしれない。だが―――』
『それならただ待つだけじゃない。踏み込んでくれるように、あいつにとって少しでも肩の荷が下りてくれるように一緒に頑張っていく……か』

 具体的な方法はまだ思いつかない。けれど焦っても仕方がないのはわかった。話してくれるのは、もしかしたら1ヶ月後かもしれない。1年後かもしれない。数十年後かもしれない。じいさんになった時かもしれない。そんな先まで俺は待てるのか? そんなにも長い間一緒にいられるのか? 自分に問いかけて、うなずいた。

 きっと、なんとかなるだろう。


『俺さ、本当はエイカに学校のこと色々話したかったんだ。少年Cの珍事件とか、少年Eのゼリー事件とか、メェーちゃんの本の虫がどれだけすごいかとか。あとこんな勉強していて、大変なんだぞーってさ』

 俺が悩んでいたのは、きっとそれだけの理由。最初にあった時のようなあんな冷たい目をしたエイカじゃなくて、バカだろって突っ込まれながらおかしそうに笑う友人と一緒にいたい。大概呆れられた目だけど。俺がやりたいことなんて、ただそれだけだ。

『学校のことか…。いいだろ、俺が一肌脱いでやる』
『え?』

 店主さんからさっきまでの真面目な表情は消え、いつもの様な胡散臭いおっさんに戻っていた。いいんですか、と尋ねた俺に店主さんは一言だけ告げると楽しそうに笑って店の奥に去って行った。

 俺は子どもがバカやって、笑っているのを眺めるのが楽しいんだよ、とそれだけ言って。



******



「今の答えは絶対に13だ。裏回答とか学校でそんなこと習わねぇだろ」
「ふっ、甘いなエイカ。知っていても人生の役に立たない。でも知っていたら楽しいってとある番組でも―――」
「やっぱり出ねぇんだな」

 そんな身もふたもない。

 俺とエイカは、ちきゅうやの店の奥にある部屋を借りさせてもらっている。というか店主さんたちの家のリビングとでも言うべきだろうか。ここ居住スペースだし。そしてまさか部屋の中が畳になっているとは思っていなかった。ナイス、店主さん。

 ちゃぶ台の上に俺の教科書を開き、そばには資料集や辞書などを置いている。エイカの机の前にはノートが置かれており、まさに勉強風景。午前午後と続けて勉強する俺、超真面目。みんなにはエイカとの勉強会のことを告げてもいいのだが、エイカに口止めされているので言っていない。その理由はなんとなくわかるので俺も了承している。ほら、エイカ負けず嫌いだから。

「あぁー、ちくしょう。勉強とかめんどくせぇー」
「そう言いながら結構頑張るよね、エイカって」
「お前より頭が悪いとか、人として恥ずかしいじゃねぇか」

 よし、言いたいことはわかった。店主さんの家にも冷凍庫があることを俺は横目で確認した。

「店主のやつ横暴だろ。何が『仕入れの銭勘定とか物流方面にも力を入れたいな。よし、バイトどもよ、よく聞け。このちきゅうやを盛り上げる、そして俺を楽させるためにいっぱい勉強するんだ。そしたらお前らの給料2倍な』だ。ちくしょう…」
「まぁまぁ、俺も給料2倍に踊らされたし。それなら2人で勉強した方が効率いいだろ。俺はエイカに勉強を教えることで復習できるからさ」
「……ぜってぇ、抜かす」

 俺もエイカにだけは、なんか抜かされたくない。最初は算数だけの勉強会だったが、勉強関連で学校のことを色々話すようになって、他の教科のことで俺に知識で負けたのがよほど悔しかったらしい。それからは他の教科も合わせながら勉強し、エイカはメキメキと力をつけていった。

 今では学校のことを話すことにそれほど抵抗はない。同じ勉強をするという共通点ができたこと。そこから話を繋げやすくなった。魔法の授業の話は特に盛り上がった。先生から「防御魔法を突破するにはどんな方法があるでしょう」って問題が出されたので、アリシアが「リニスのパンチです!」と真顔で答えて何故か固まった先生の顔とか。

 その後に「その証拠映像ありますけど」と言った俺に、少年Bから「これ以上燃料投下するな!」と何故か怒られた話もした。リニスってどれだけやばいやつなんだ…、とエイカが途中から話を聞いてくれてなかったけど。ちなみにエイカのトリップは、背中に箒突っ込んだら戻ってきてくれました。


「そういえば、魔法はどんな感じなんだ。そろそろ防御魔法ぐらいは習ったのか」
「エイカって魔法の話好きだよね。夏休み中、俺の魔法の教科書勝手に借パクしていったし」
「俺にもリンカーコアがあるってあのデバイスが言っていたからな」

 自分には魔力がある、そのことをエイカは誰よりも喜んでいた。最初は俺もそれを伝えたコーラルもそんなにも喜んでくれるなら、と微笑ましく祝福できた。だけど、その気持ちは少しずつ疑問へと変わっていった。純粋に魔法が使えることへの喜び。それなら俺にもわかる。だけどエイカは、たぶん違う。

「エイカは、やっぱり魔法を使いたいのか?」
「当たり前だろ。魔法が使えるのなら俺だって……強くなれるんだ」

 グッと拳を握り、うっすらと笑う友人に俺はどこかで怖いという思いがあった。魔法を使えば強くなれる。そのことは間違いではないし、強くなりたいと思うことは不思議じゃない。だから、この思いがただの杞憂であればいい。そうであってほしいと思う。

「……そっか。あぁ、習った魔法の話だっけ。一応、この前バリアジャケットがようやく完成してさ。それからちょっとだけだけど、母さんに魔法を見てもらえるようになったんだ」
「バリアジャケットって、前にお前が考えていたやつか」
「うん、ちきゅうやの常連客のお姉さんと一緒に色々考えたんだ。今度お礼しにいかないとなー。色は黒と俺の魔方陣の色と同じ藍色を使った感じのセイクリッドタイプ。サブとしてプロフェッサーとしての能力もサポートできるようには組んであるんだ」
「セイクリッド? プロフェッサー?」

 初めて聞いた単語に訝しげな表情を作るエイカ。これバリアジャケットの専門用語だからわからなくて当然だろう。俺も初めてお姉さんに教えてもらった時は驚いた。簡単に言えば、セイクリッドは防御主体のことで、プロフェッサーは援護や索敵など補助に力を入れたものである。原作でいうところの、なのはさんにシャマルさんのような補助が少し入ったような感じだろう。

 俺の現在のスタイルは、フェイトさんよりも3人娘の中ならばなのはさんよりだ。サブを入れたからなのはさんよりも若干防御力は劣っているが、移動手段のレアスキルを使って死角へと潜り込み、固定砲弾になれる。時には遊撃となって雷で攪乱することもできるし、なにより逃げやすい。

 まぁまずは敵性とエンカウントすることから避ける必要があるため、索敵は必須だったんだけどね。もしエンカウントしても、一撃で落とされないためにセイクリッドを選んだんだし。

「ふーん。とりあえず、お前がとことんヘタレであることは分かった」
「作戦名、『いのちをだいじに』なもので。だがここで俺がヘタレである、で終わるには……そうは問屋は下ろさない! なんと、母さんに教えてもらったことでついに俺は、攻撃魔法を1つ習得したのだからな!」
「え、お前がッ!?」

 そう、攻撃魔法の習得。ゲームでなら序盤の間ずっと足をひっぱっていたキャラが、攻撃魔法という存在を得たことにより一気に切り札や戦術の要に早変わりという感じだ。しかも射撃系ですよ。射撃系。

「ふはははは、ついに魔法(笑)とか、リリカルな世界なのにこんちくしょうとか思い続けてきた過去からおさらばできたのだ! 見せてやろうエイカ、これぞ俺の新しき力!! 打ち抜く閃光『フォトンバレッ―――』」
「人の家のど真ん中で何やっとるんだ、お前は」

 パシーンッ、と店主さんが持つハリセンが俺の頭に見事ハリセンスマッシュされた。さすがにコーラルがいないから、そんな大したことはできないつもりだったけど……せめて発動ぐらいはさせてくれてもいいじゃないですか! あとやめて! そのハリセン、前に家の妹が店先においてあったから面白そうにパシンパシンしていたんだぞ。これ以上俺の家族を汚染しないでくれ!!

「たくっ、音量がでかいぞ。もう少し下げろよ、アル坊、嬢ちゃん」
「すいませんでしたー。……いつも非常識やっているのは自分の癖に」
「嬢ちゃん言うな。……いつも奥さんの尻に敷かれている癖に」
「よーし、アル坊は俺のハリセンさばきがまだ見たいとみえる。あと嬢ちゃんは、後で家内におめかしでも頼んでおくか」
「何!? それはコーラルを連れてきてからやってもら―――」
「先手必勝!!」

 エイカさんストップ! ここは力を合わせて悪と戦うところだよね!? つい口を滑らせてしまった俺もあれだけどさッ!!


 それから数分後。家の中でドッタンバッタンして、俺とエイカは店主さんの奥さんに怒られました。こっそり爆笑していた店主さんは、その後ニッコリ笑った奥さんにドナドナされていきました。めでたしめでたし。

「……そういえばエイカ。今度夏祭りがあるらしいんだけど、一緒に行かね?」
「……まぁ、面白そうだから行ってもいいが」
「あと着物とか着ない? 似合うと思うけど」
「アホ」

 店主さんのことはお互いになかったことにして、その後も2人でぐだぐだおしゃべりしながら勉強しました。

 
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