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銀河英雄伝説~その海賊は銀河を駆け抜ける

作者:azuraiiru
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第五十話 地ならし

帝国暦 490年  6月 25日   ハイネセン   エーリッヒ・ヴァレンシュタイン



惑星ウルヴァシーの防衛戦から一カ月半、俺は今ハイネセンに居る。一昨日ハイネセンに着いた。俺だけじゃない、ウルヴァシーにはルッツを残し殆どの提督がハイネセンに来ている。ルッツもハイネセンに来たがったんだがお留守番だ。あとでお土産でも買って渡してあげないと。彼には随分と世話になったからな。

あの戦い、正式名称はガンダルヴァ星域の会戦になるらしい。ラインハルトはそう命名するようだ。もっとも参加者達は勝手に名付けている。大決戦とかインチキ戦争とかだ。大決戦と名付けたのは帝国側、インチキ戦争は同盟側の兵士が名付けた。まあ気持ちは分かるけどね、嘘吐きと言われている様な感じで必ずしも面白くは無い。

後始末は結構大変だった。鹵獲艦を帝国領に送ったり捕虜を運ぶ輸送船を手配したり容易じゃ無かった。鹵獲艦は五万隻近く有るんだ、こいつの扱いは気を付けなければならない。原作みたいに奪われたなんて事になったらとんでもない事になる。ワーレン、アイゼナッハの二人がフェザーン経由でオーディンに運んでいる。土産はこいつ等の分も要るな。ワーレンは子供がいるし、アイゼナッハは奥さんが居る。その分も必要だろう。それとカールとフィーアの分、黒姫一家の分も要る。あとでメモにまとめておかないと……。

鹵獲艦は多分武装を解除して商船にして払い下げるか、あるいはスクラップにして再利用するのだと思う。同盟の建艦技術を調査するために使うのも有るかもしれない。払い下げならウチも手に入れよう、商船はいくらあっても良いからな。実は一隻だけ艦を頂いている。ブリュンヒルトをロストしてしまったからね。何時までもシュヴァーベンに居候はちょっと辛い。元々の乗組員達が窮屈そうだ。と言う事でユリシーズを頂いた。ハイネセンまではユリシーズで来たんだ。

皆はヒューべリオンが良いとかリオ・グランデに乗りたいとか言ってたけどそんなことをしたら同盟の軍人達が傷付くだろう。ヒューべリオンもリオ・グランデも武勲艦だ。それを艦が無いから使わせろなんて俺にはとても言えん。その点ユリシーズはトイレを壊された戦艦だからな、使ったってそんなに怒る事は無い筈だ。

文句を言い出したのは帝国側だった。どういうわけかユリシーズがトイレを壊された戦艦だって知ったらしい。乗りたくないとか言い出すからユリシーズはトイレを壊されても生き残った目出度い武勲艦だと言って説得した。実際、アムリッツアで生き残ったのは大変な名誉の筈だ。俺は嘘を吐いてはいないし皆も納得した。もっともこの説得に半日費やしたが……。

一昨日、改めてラインハルトにガンダルヴァ星域の会戦の経過を報告した。メルカッツが作成した戦闘詳報を提出し口頭で報告した。ブリュンヒルト喪失の件も説明した。ラインハルトはちょっと哀しそうな表情をしたが已むを得ない事だと言ってくれた。

意外とサバサバしてると思ったが本人はこれを機にブリュンヒルトをもう一度造る気のようだ。ラインハルトなりに改造したい部分も有るのだろう。まあ総旗艦だし戦争も無い、一隻ぐらい費用度外しで作ったって文句は出ないだろう。皇帝の座乗艦でもあるのだ。

ブリュンヒルトが出来上がるまで一時的に帝国軍総旗艦はマーナガルムになる。ラインハルトは結構マーナガルムが気に入ったらしい。ということで俺はしばらくユリシーズを使用する事になった。いずれ俺の艦隊はメルカッツの艦隊になる。ブリュンヒルトが出来上がったらマーナガルムはメルカッツの旗艦になるだろう。

ブリュンヒルトの件を除けばラインハルトは頗る上機嫌だ。何と言ってもガンダルヴァ星域の会戦を終わらせたのは自分だと言う自負が有る。誰にも負けなかったと満足なんだろう。子供っぽい自負心だが上機嫌なんだ、大目に見ても良い。

レベロとの話し合いも悪くなかったようだ。レベロはエル・ファシル公爵領の提案を受け入れる事で合意した。彼は初代エル・ファシル公爵になるが直ぐに選挙を行ってエル・ファシル公爵を選び直すそうだ。戦争に負けたからな、国を滅ぼしておいて公爵とはどういうことだという批判も出るだろう。已むを得ない事ではある。その辺りも含めてラインハルトと調整済みの様だ。

問題はエル・ファシルと同盟市民にどう説明するかだが、それについてはレベロが今エル・ファシルの自治政府と極秘に話し合っているらしい。同盟は降伏したが今後の事は帝国と同盟政府で交渉中という事で伏せている。内容が発表されれば一番問題なのは人間の移動だろうな。エル・ファシルは人口三百万程度の有人惑星だ、同盟市民が移りたいと言っても限界が有る。その辺りをどうするか……、まあ知恵を絞ってくれ。

レベロが俺と会いたがっているらしい、後で奴の所に行かないと……。恨み言の一つも言われるんだろうな、愚痴も……。しかしその程度は聞いてやらないとな、結構俺の所為で苦労してるんだから。少しは労わってやるか……。でもなあ、俺を労わってくれる人間は何処に居るんだ?

さてと、そろそろラインハルトの執務室に着くな。ラインハルトの執務室はホテル・ユーフォニアにある。原作だとロイエンタールが新領土総督府を開設したホテルだ。ちなみに俺の居住部屋もこのホテルだ、俺だけじゃなく他の高級士官もここに居る。一カ所にまとめた方が警護し易いからな。その分警備は厳しい。

執務室にはラインハルトの他にヒルダとシュトライトは居たがリュッケは居なかった。
「良く来たな、私に話が有るとのことだが」
「はい、少々ご相談を」
「卿が何を言い出すか不安でもあるが楽しみでもあるな」
御機嫌だな、ラインハルト。ヒルダとシュトライトもリラックスしている。話しやすい状況だ。

「ヴァンフリート星系の事です」
「ヴァンフリートか……」
ラインハルトが困惑した様な声を出した。ヒルダとシュトライトもちょっと困っているな。やはりヴァンフリートは問題だ、放置はできない。

「ヴァンフリート星系は同盟から黒姫一家に譲度されました。つまり法的には帝国領の一部とは言えない状況です」
「そうだな」
眉を顰めている。まあ俺がラインハルトの立場でも眉を顰めるだろう。宇宙でこんなあやふやな土地は他には無い。

「自由惑星同盟が滅びた事で同盟との間で結んだヴァンフリート割譲条約は効力を失いました。条約で禁止した第三者への譲渡は可能でしょう。帝国政府へ進呈しますので改めて我々の所有を認めて欲しいのですが」
「なるほど、一度帝国領として編入しろというのだな」
「はい、まあ色々と投資もしていますので差し上げる事は出来ませんが……」
ラインハルトが苦笑を浮かべた。

「そうだな、それではこちらも気が引けるというものだ。フロイライン、貴女はどう思う」
「頭領の提案を受けるべきかと思います」
この二人、相変わらず男女の柔らかさというか温かさみたいなものは感じない。やっぱり結婚は無理かな、これは。

「ではオーディンに戻り次第手続きをするか」
「いえ、出来る事なら新帝陛下の戴冠式での御祝いの品として黒姫一家から献上したいのですが」
ラインハルトが一瞬目を見張って笑い出した。ヒルダ、シュトライトも笑っている。

「その上で私から卿に下賜するか。……卿は演出が上手だな。新王朝の門出に相応しい祝いの品だ。その案、使わせてもらおう」
「有難うございます」
戴冠式に領地を献上する、そしてそれを改めて下賜する。新帝即位に花を添えるだろう。形式だけだとか煩く言う奴も居ないはずだ。新皇帝と黒姫一家の絆の強さを表す事にもなる。

「それともう一つお願いが有るのですが……」
「何だ?」
「イゼルローン回廊の事ですが銀河統一後は全面開放を御考えいただきたいのです」
嫌がるかな?

「その事、私も考えていた」
あれ? 考えていた?
「卿の考えを分からぬではない、新領土と帝国領を経済で結びつけようと言うのだろう」
「……」

「回廊を開けば危険は有るだろう、民主共和政という思想が帝国領に入って来ることになる。だが帝国も改革を進めている、成果は十分に上がっている、負けるとは思わない」
「公平な税制度と公平な裁判、ですか」
ラインハルトがゆっくりと頷いた。自信が有るな、統治者として自分のやっている事に手応えが有るのだろう。悪くない、実際帝国の住民はラインハルトの改革によって救われているのだ。怯えて閉じるよりはずっといい。

「回廊を閉じるより開いた方が帝国が得る利は大きいと私も思う。特にエル・ファシルはイゼルローン回廊から近い、エル・ファシルを帝国本土と結びつけることが出来れば……」
「安全保障の面でも効果は大きいと思います」

ラインハルトが大きく頷いた。ヒルダやシュトライトも不安そうな表情を見せていない。この問題は結構話し込んでるな。妙な感じだ、原作だと経済に関してはラインハルトもヒルダも疎い感じなんだがな。この世界だとそういう風には見えない、俺の所為か? だとすると良い方向に向かっていると言える。

「今すぐというわけにはいかぬ。ケスラーの考えも聞いてみたい。だが基本的には開放の方向で進めたいと思っている」
「有難うございます」
ケスラーは駄目だとは言わないだろう。それにラインハルト本人が開放の意思を持っている、多分大丈夫だ。

今日はスムーズに進むな。ついでだ、例の件も話しておくか。ラインハルトに人払いを頼んだ。ちょっと妙な顔をしたが受け入れてくれた。ヒルダとシュトライトに一礼した。二人が部屋を出て行く。
「で、話とは」
「グリューネワルト伯爵夫人の事です」
「姉上か……。どういう事だ?」
困惑だな、俺とアンネローゼは接点が無い。不審に思っているようだ。

「このままお一人にしておかれるのですか?」
「……」
「お若いのですし、お一人ではお寂しいのではないかと思うのですが」
「……それは……、姉上を結婚させろという事か?」

益々困惑だな。多分ラインハルトはアンネローゼを姉とは思っても女とは思った事が無いんだろうな。十歳で離れ離れになったから大事なお姉ちゃんのままなんだ。時間が止まっている。

「しかし、姉上からは好きな人が居るとは聞いた事が無いが……」
お前は子供か? 全くこれだから……。
「伯爵夫人は後宮におられました。夫人のお立場では言い難いのではないでしょうか?」
ラインハルトが唸った。しかしなあ、どうもピンと来ない、そんな感じだ。

「それに閣下が皇帝として即位されれば伯爵夫人は唯一の皇族という事になります。良からぬ事を考える人間が出るかもしれません」
「良からぬ……。姉上を利用する、いや姉上と結婚して皇族に連なる事で利益を得ようという事か!」
顔を顰めている。不愉快そうな口調だ、大分怒っている。

「或いは閣下を暗殺しようとするかもしれません」
「……」
おいおい、俺を睨むなよ。有り得ない話じゃないだろう。
「伯爵夫人のお傍には夫人を護るしっかりとした人が居るべきだと思うのです……」
ラインハルトが二度三度と小刻みに頷いている。俺に視線を向けてきた。

「卿の言う事は分かる。しかし姉上に無理強いはしたくない、相手の男にもだ」
「分かっております。これまで伯爵夫人は随分と御苦労をなされました。御幸せになっていただかなければ……。私が結婚を勧めるのもそれを思っての事です」
「そうだな、姉上には幸せになって貰わなければ……」

しんみりした口調だ。お前の良い所だよ、ラインハルト。ただの権力亡者ならアンネローゼを殺すか、道具として利用することを考えるだろう。だがお前はアンネローゼだけじゃない、相手の男の事も考えている。オーベルシュタインなら弱点だと言うだろう、だが俺はそうは思わない。

人を思い遣る心が有って初めて善政が生まれると思う。統治者には必要な心だ。トリューニヒトなんかには欠片も無いだろう、オーベルシュタインと組んだら似合いのコンビだっただろうな。トリューニヒトならオーベルシュタインに汚れ仕事をさせておいて平然と知らぬ振りをしたはずだ。

「キルヒアイス提督が伯爵夫人を想っているという事は有りませんか?」
「キルヒアイス? ……キルヒアイスが姉上を?」
ラインハルトが首を傾げている。俺も鈍いがこいつの鈍さは俺の遥か上を行く。素直に感心するよ。

「伯爵夫人にとって身近な男性というとキルヒアイス提督です。キルヒアイス提督も恋人はいらっしゃらないようですし……」
「……キルヒアイスが姉上を?」
駄目だわ、同じ言葉を繰り返している。こいつの頭の中ではアンネローゼは十五歳でキルヒアイスは十歳のままなのかもしれん。

「もちろん私の勘違いという事も有ります。しかし、もしそうでないなら閣下は反対なのでしょうか?」
「いや、そうではない。ただ姉上からもキルヒアイスからもそんな感じは受けなかったから……」
お前なあ、皇帝の寵姫が好きだなんて言えるか? フリードリヒ四世の死後はお前に遠慮してたんだろうが。おまけにアンネローゼは年上だしキルヒアイスは平民だぞ。簡単にラブラブなんてなるわけ無いだろう。

「お二人と親しい方は居ませんか? 出来れば共通の友人が。それとなく確認してもらった方が良いと思うのですが」
「二人の友人か……。そんな人物が……、いやヴェストパーレ男爵夫人がいたな、夫人に頼めば良いかもしれない……」
ホッとしたような声だ。ようやくここまで来た。覚えの悪い犬に芸を仕込んでいる様な気分だ。

「それは良い方が居られたようで」
「ああ、オーディンに戻ったら頼んでみよう。それにしても姉上とキルヒアイスか……」
まあこれで何とかなるだろう。あとは上手くやってくれ。実際、アンネローゼを一人にしておくのは危険だ。ラインハルトとヒルダが結婚するかどうか、不確定だからな。最悪の場合はアンネローゼが女帝でキルヒアイスが女帝夫君という事になるだろう……。



 
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