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ラ=トスカ

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第三幕その六


第三幕その六

「まあ落ち着いて下さい。アッタヴァンティ侯爵夫人がここにおられなかったという事実は確かに解かりました」
 その言葉にトスカはホッとした。だがスカルピアは口の端に邪な笑いを作って言った。
「確かに侯爵夫人はここにはおられなかった。だが彼女の兄はどうか?」
 その言葉にトスカは戦慄を憶えた。驚きが顔に浮き出ようとするが慌てて無表情の仮面を被りそれを覆い隠した。
「よく考えれば彼女も彼女の兄も子爵とは幼なじみ。しかも侯爵は子爵と同じジャコビーニ、充分考えられる事ではある」
「侯爵夫人もそのお兄様もこの邸にはおられませんでした」
 トスカは強く頭を振って言った。だがそれに対しスカルピアが返したのは冷笑であった。
「ほほう、果たして最後までそう言い切れますかな?」
「え!?」
「スキャルオーネ」 
「はっ」
 スキャルオーネが部屋に入って来た。
「どうだ、子爵は何か仰ったか?」
「いえ、一言も」
「そうか」
 笑った。岩石の様な顔に悪魔の笑みが浮かび上がった。
「伝えよ。もっとやれ、とな」
「分かりました」
 あえてトスカに聞こえる様にはっきりと、そして大きな声で言った。スキャルオーネは敬礼し部屋を後にした。
「無駄です、あの人は何も知りません」
「そうですか、残念ですな」
「どうしたら御理解して頂けるのでしょう?その為には嘘をつかねばならないのでしょうか?」
 萎れるトスカ。だがスカルピアはそのトスカを見て更に笑った。
「その必要はありません。ですがもし貴女が本当の事を仰れば苦しい時を短くする事が出来ます」
 その言葉にトスカはハッとした。
「苦しい時!?何がですか?あの部屋で一体何が・・・・・・・・・」
「法は守らなければなりません」
 わざと素っ気無く言った。
「それは・・・・・・」
 トスカの問いにスカルピアは先程の笑みと共に答えた。
「何、大した事ではありません。子爵は手と足を縛られ、こめかみには鉤の付いた輪が嵌められ椅子に座られているだけです。もっともこちらの質問にお答えして頂けないと輪が締められそこから血が噴き出るのですがね」
「そんな・・・・・・・・・」
 トスカの顔から血の気が完全に引いた。スカルピアはそれを見て心の中で笑った。
「だが貴女なら彼を救う事が出来ます」
「う・・・・・・・・・」 
 トスカの目の前が急に暗くなった。部屋を出る時の恋人の言葉が脳裏に響く。だが今の彼の姿を想像しただけで胸が潰れそうになる。
「さあ、どうします?全ては貴女次第ですよ」
 何か聴こえたように感じた。それは恋人の呻き声だった。
「わ・・・・・・・・・わ・・・・・・・・・」
 出ない。声が出ない。声にしたくとも声にならないのだ。
「わかり・・・まし・・・・・・た・・・・・・・・・」
 テーブルの上に崩れ落ちた。それを見届けスカルピアは席を立った。
「コロメッティ」
 名を呼ばれコロメッティが入って来た。
「解いてやれ」
 ちらりと崩れ落ちているトスカを見下ろしつつスカルピアは言った。コロメッティは敬礼しつつ問うた。
「全てですか?」
「そうだ」
「解かりました」
 再び敬礼しコロメッティは退室した。スカルピアはトスカに歩み寄り覆い被さる様に彼女に顔を近付け問うた。
「あの人に逢わせて・・・・・・」
「駄目だ」
「そんな・・・・・・」
「真実を」
 トスカから離れ再び問う。トスカは身体を起こした。スカルピアは睥睨する様にトスカを見下ろしている。扉が目に入った。立ち上がり駆け寄ろうとするがその前にスポレッタが立ちはだかった。
 力無く崩れ落ちた。だが扉に顔を付ける事は出来た。
「マリオ」
 恋人の名を呼んだ。暫くして声が返ってきた。
「フローリアか」
 恋人の声を確認出来少し安堵した。
「大丈夫、ねえマリオ、大丈夫?」
 扉越しに必死に声を掛ける。
「僕は大丈夫だ。落ち着くんだ、いいね」
「ええ、けど・・・・・・」
「いいね」
「はい・・・・・・」
 トスカはそう言って扉にもたれかかった。スカルピアはその後ろへ音も無く近付いて来た。
「ふむ、まだ言わないか。スキャルオーネ」
 扉の向こう側へ話し掛けた。
 
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