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ラ=トスカ

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第三幕その三


第三幕その三

「こんな物まであるのに!」
 服を手に取り扇と一緒に見せつける。
「服?じゃあ話が早い。確かにそれもマルケサのものだよ」
「やっぱり!」
 トスカは更に激昂する。だがカヴァラドゥッシは相変わらず冷静である。
「話は最後まで聞いて。これを着ていたのは彼女じゃない」
「えっ!?」
 今度はトスカがキョトンとした。
 「これを着ていたのは彼女のお兄さんだよ。そこにいるアンジェロッティだ」
「アンジェロッティって・・・・・・。夕刻にサン=タンジェロ城を脱獄されたというアンジェロッティ侯爵!?」
 トスカはこの時ようやく自分と恋人の他に部屋にいる人物に気がついた。トスカが自分の方に顔を向けるとアンジェロッティは一礼した。
「じゃあ・・・・・・」
 次第に落ち着きを取り戻してきた。そして事態を把握してきた。
「そうだよ。サン=タンドリア=デッラ=ヴァッレ教会に逃げ込んでいた時に会ってね。今この邸に匿っているのさ」
「まあ、そうだったの。そうだったら早く言ってくれれば良かったのに」
 トスカの顔が急に晴れやかになった。
「君を巻き込むまいと思ったからね。後で話すつもりだったけれど」
「御免なさい、マリオ。貴方を疑った私を許して」
 そう言って恋人の胸に顔を埋めた。
「マリオ、貴方は素晴らしい人よ。自分の命を賭けて御友達を助けるつもりなのね。そんな人を疑うなんて・・・・・・。嫉妬深い私を許して。私は貴方の愛が無くては生きられないの」
「フローリア・・・・・・・・・」
 カヴァラドゥッシもトスカを抱き締めた。
「アンジェロッティは今夜ここにいてもらい朝にはローマを脱出してもらう。僕もヴェネツィアに発つまでここに潜んでいるつもりだ。フローリア、君も怪しまれないように自分の家に帰るんだ。そしてあの街で落ち合おう」
「そんな、暫く会えないの!?」
「仕方無いさ。僕も暫くあの絵をほったらかしにするのは忍びないが君まで危険に晒すわけにはいかない」
「けれど貴方が捕まらないか・・・・・・心配だわ」
「僕の事は心配無用さ。ここは誰にも絶対に見つからない。それにしても・・・・・・・・・」
 アンジェロッティが着ていた服と共にトスカの手にあった扇を取った。
「この扇が君を嫉妬に狂わせたのか。罪な扇だな」
 右の親指と人差し指で持ち苦笑しながら見ている。
「御免なさい・・・・・・・・・」
 トスカも反省している。完全にしょげていた。
「いいよ、済んだ事だ。多分教会に落ちていたんだろうけどどうしてこの扇を手に入れたんだい?僕が教会を出た後またあそこへ行ったの?」
「いえ、頂いたのよ」
「誰に?マルケサは今ローマにいないと聞いたし侯爵でも情友のトリヴェルディ子爵でもないみたいだし」 
「スカルピア男爵よ。何か思わせぶりな口調だったけれど」
「スカルピア!?」
 カヴァラドゥッシとアンジェロッティに雷が走った。その時外から多くの声がした。
「御主人様大変です。大勢の人が戸を叩いています」
 従僕の一人が駆け込んできた。
「やはり!」
 カヴァラドゥッシは外の者達が何なのか瞬時に理解した。そしてすぐに動いた。
「チェッコ、悪いが時間を稼いでくれ」
 チェッコと呼ばれた従僕はすぐに部屋を出て行った。
 次はアンジェロッティの方へ向き直った。すぐに友へ言った。
「追っ手だ、もう時間が無い。すぐに井戸を使って逃げてくれ」 
「判った」
 頷きすぐに服を手に取り窓へ向かった。
「元気でな」
 振り返らずにカヴァラドゥッシが言った。
「ああ、また会おう」
 そう言うとアンジェロッティは窓から消えた。風が入って来た。風に吹かれた窓は大きく開かれたがその反動で音を立てて閉じられた。
「そんな、私のせいで・・・・・・」
 トスカは顔を真っ青にしオロオロとしている。窓と扇をきょろきょろと見、手も身体もガタガタと震えている。
「心配する必要は無いよ、君は悪くない」
「けど・・・・・・・・・」 
 恋人の暖かい言葉にもトスカは震えている。
 扉が開かれる音がした。廊下をドスドスと大勢の者が大股で歩く音がする。そしてその音は次第に扉へと近付いて来る。
 扉が開かれた。警官達が入って来た。蝋燭の炎に照らされた黒い制服を見ただけでトスカは気を失いそうになった。
 警官達はトスカとカヴァラドゥッシを取り囲む様に部屋中に散った。トスカはカヴァラドゥッシの左腕にしがみつき必死に意識を保とうとしている。また廊下を歩く音が近付いて来た。そして岩山の様な男が部屋に入って来た。
 スカルピアだ。アッタヴァンティ侯爵を伴っている。後にスポレッタとコロメッティ、そしてスキャルオーネを引き連れている。蝋燭の炎がその顔を下から照らし出している。 
「こんな夜中に何の用だ?」
 カヴァラドゥッシがスカルピアに問うた。冷静かつ毅然とした態度を崩さない。
 
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