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沖縄料理

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第一章

                       沖縄料理
 梶谷良馬は学生運動に参加していた、当時はその全盛期だった。
 やたらと厳しい過激なスローガンが大学の中に溢れていた、経済侵略だのベトナムだのそうした言葉ばかり書かれていた。 
 その中でだ、彼もこう言って憚らなかった。
「人民は解放されなくてはならない!」
「ああ、そうだよ」
「その通りだよ」
 彼の同志達もその言葉に同意して頷く、皆ヘルメットに覆面とゲパ棒で武装して機動隊達に向かう民主主義の闘士のつもりでいる者達だ。
 彼はそのいきり立った感じの眉と一重の強い目で語る、髪はこの時代にしては珍しく横を短くし上を長くさせた黒髪だ、唇は引き締まり一八〇程の長身はすらりとしてジーンズがよく似合っている。
 その彼が右手を力瘤にして彼等がセクトと呼んでいる場所の会議室で席を立って力説していた。
「七十年安保は失敗したがな」
「まだ沖縄があるな」
「あの場所に米帝の基地があるぞ」
「もうすぐ沖縄は日本に返還される」
 良馬はこのことを言う。
「だがそれでも米帝の基地は残るからな」
「あの基地を潰すか」
「そうするか」
「俺は沖縄に行く」
 良馬は仲間達に言い切った。
「そしてだ」
「あの基地を潰すんだな」
「平和の為に」
「ベトナムへの空爆はあの基地から出撃しているんだぞ」
 これはその通りだ、北ベトナムへの空爆は沖縄から出撃するB-52が行っていた、そこからベトナムまで飛んでいたのだ。
「それならだ」
「あの基地だな」
「まずは」
「ベトナムに平和を」
 良馬は言った、強い声と目で。
「そしてアジアにもだ」
「それを脅かす米帝を倒す闘士になるか」
「今以上に」
「ああ、行って来る」
 こう言ってだ、彼は沖縄が日本に返還されるとすぐに沖縄に入った、そこで就職し部屋も借りるという徹底ぶりだった。
 沖縄に根を下ろして戦うつもりだった、実際に彼は現地の同志達と知り合い彼等と共にアメリカ軍の基地の前でしきりにデモや抗議活動を行った、そのやり方は本土にいた頃と全く同じものだった。
 だが彼は基地の正門の前で活動を続けながら周囲を見てふと気付いた、その気付いたことは何かというと。
「おかしいな」
「おかしい?」
「おかしいって何がだ?」
「いや、俺達は動いているが」
 それでもだというのだ。
「人民は動いていないな」
「沖縄の人民はか」
「彼等はか」
「東京にいた頃は沖縄の人民が今にも立ち上がろうとしているという雰囲気だったと聞いていたんだがな」
 実際にその話を聞いて来たという意味もあった。
「それがな」
「ああ、沖縄の人民か」
「彼等か」
「まさかと思うが米帝の犬になったのか?」 
 眉を顰めさせ運動家そのままの言葉を出す。
「人民全員が」
「いや、人民はまだ勇気を持っていないだけだ」
 同志の一人が言った。
「彼等はまだ米帝に立ち上がる勇気を持っていないだけだ」
「それだけか」
「俺達がまずこうしてな」
 今の様に彼等が言う立ち上がった行動をしてだというのだ。
「人民に見せるんだ」
「そしてか」
「ああ、俺達が人民を啓蒙するんだ」
 この同志は自分が気付かないうちに上から目線で語っていた、周りもそのことに全く気付いてはいない。 
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