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一人の男

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第五章

「貴方はゲバラ総裁ですよね」
「そうだよ」
 ゲバラは気さくな笑みでモリの問いに応える。
「この国の国立銀行総裁だよ」
「それが何故ここに」
「農作業をしているかっていうんだね」
「何故ですか?国立銀行総裁ならです」
「総裁の椅子でふんぞりかえって仕事をしろというんだね」
「それは極論ですが」
 それでもだと、モリは言う。他の者達もだ。
「あの、しかし」
「ちゃんと国立銀行総裁の仕事はしているよ、けれどね」
「けれど、ですか」
「あまりね、椅子に座ってばかりってのは嫌いなんだよ」
 ゲバラは手振りも入れて笑って言う。
「それよりもこうしてね」
「農作業をですか」
「おっと、農作業を馬鹿にはしていないね」
 ここでゲバラはモリ達を咎める目で見て来た。
「まさかとは思うがね」
「はい、それは」
「ヴォストークに誓ってだね」
「そうです、ヴォストークに誓って」
 ヴォストークは共産主義を表すものだ、ハンマーと鎌だがハンマーは労働者を、鎌は農民を表す。即ちプロレタリアなのだ。
「それは」
「だといいよ、つまりね」
「そうした農作業もですか」
「毎日しているんだ」
 今の様にだというのだ。
「自分でそう決めているんだよ」
「そうなのですか」
「革命は起こったけれど終わっていないんだよ」
 まだ続いているというのだ、政権が交代してそれでハッピーエンドではないというのだ。
「こうした農作業もまたね」
「必要ですね」
「さっきも言ったけれど僕は司令官や大臣の席に座ったままなのは好きじゃないんだ」
「御自身で、ですか」
「そう、動き戦うべきであると考えているんだ」
 ゲバラ独自の考えだ、それ故にだというのだ。
「こうしてね」
「それではですか」
「うん、僕は戦っているんだ」
 今は銃は持っていない、しかしそれでもだというのだ。
「一人の男としてね」
「英雄ではないのですか?」
「英雄?」
「はい、誰もが貴方をキューバ革命の英雄だと言っていますが」
「ははは、格好いい評価だね」
 英雄と言われてだ、ゲバラはまずは笑って返した。
「それもね。けれどね」
「けれど?」
「僕は英雄と呼ばれてもどうと思わないよ」
「英雄と呼ばれてもですか」
「うん、僕は英雄じゃない」
「では何になりますか?」
「革命家だよ」
 それになるというのだ。
「そして一人の男だよ」
「一人ですか」
「じゃあ聞くけれど僕が二十メートルやそれ位の巨人に見えるかい?」
「いえ、それは」
「翼に何枚もの羽根が生えている天使にも見えないね」
 共産主義者だがあえて例えとして出したのである。
「そうだね」
「はい、そういうことは」
「そうだろう?僕はただの人間だよ」
「そしてですか」
「一人の男だよ」
 それに過ぎないというのだ。 
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