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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第八章 望郷の小夜曲
  エピローグ 終わらない夜と迫る悪意

 
前書き
 エピローグ……短くてごめんなさいm(_ _)m。 

 





 ―――我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ―――


 


「―――ふん、どうやら元の鞘に戻ったようだな……しかし、あれだけの力を持ちながらメイジの道具になることを望むとは……わたしには信じられないな」

 『コントラクト・サーヴァント』の詠唱が終わり、月明かりの下で口づけを交わす二つの影を、遠く森の奥で見つめる二つの視線があった。
 視線の内の一つ。黒いマントで森の闇に紛れるアニエスが、身を隠す木に背を預けながら隣に立つ影に視線を向けると、訝しげに眉を寄せた。

「ん? どうしたんだ? 彼が主の下に戻るのはあなたも納得していた筈だが―――何故そんな顔をしている」

 アニエスの視線の先、月光を反射させキラキラと煌めく白いワンピースのような服を着た少女―――セイバーは左手に剣の鞘を握り締めながら振り返る。

「そんな顔? 私の顔がどうかしましたか?」
「……いや……何でもない、気のせいだったようだ」

 振り返ったセイバーの顔には笑みが浮かんでいた。
 目尻が下がり、口の端が曲がっていることを笑っていると言うならば、確かにそれは笑みと言えるだろう。
 確かに月光に照らされるセイバーの笑みは、完璧な形に整っており、それはまるで仮面のように美しい笑みであった。
 ……それが例え、背筋が凍る程と冷ややかなものであったとしても……鞘を握る左手にぶっとい血管が浮き出ていても……。
 冷ややかな風を纏いながら完璧な笑みを向けて来るセイバーに、冷や汗を流しながら顔を背けたアニエスが、慌てて士郎たちに視線を移動させる。視線を移動させた先には、無事に『契約』が出来たのか、ルイズに左手を見せている士郎の姿があった。
 差し出された左手を両手で握ったルイズが、満面の笑みを浮かべながら士郎に何やら話しかけている。そんな時、突然背後からルイズを押しのけて三人の少女たちが士郎に抱きついた。地面を転がるルイズを尻目に三人の少女が士郎に抱きつき、何やら口々に話しかけては頬や額、時には口に自らの唇を押し付けている。士郎は三人の少女たちに拘束されるように抱きつかれている為か、遠目から見ても明らかに動きが鈍い。必死にまとわりつく少女たちを落ち着かせようとしているが、どうやら効果の程は期待できないようだ。
 ますます混迷を深める士郎たちの騒ぎを呆れた顔で見ていたアニエスだったが、背後から感じる寒気が倍増したのを感じたことから、恐る恐ると背後を振り返ると。
 
「―――ッッ!!? ちょ、ちょっと待てっ!?」

 隠れているのも忘れて大声を上げた。

「お、落ち着けッ!」
「退いて下さいアニエス」
「いや、退けるわけないだろっ!」

 両手を広げたアニエスが、セイバーの前に立ちふさがる。
 強ばらせた顔のアニエスの視線の先には、先程と変わらない完璧な笑みを浮かべたセイバーが―――右手に抜き身のデュランダル(絶世の名剣)を握りしめて立っていた。
 
「一体何をするつもりだっ!!」
「何を? 何もするつもりはありません。ただ……」
「た、ただ……」

 ゴクリと喉を鳴らす。

「少し話しをしようかと」
「話し合いをするのに剣が必要かっ!?」
「交渉と戦争は似ているものです。そして交渉と話し合いは似ているものです」
「全然違うっ! 落ち着け! 今お前は混乱しているだけだっ!!」
「いえ、十分落ち着いています」

 顔を左右に振るセイバー……相変わらずその顔には冷たい笑みが浮かんでいる。
 しかしアニエスには見えていた。
 金色の髪が掛かるその白い額に、太い血管が浮かんでいる事に。
 ここで止めなければ、陛下に悲しい報告をしなければならないと確信したアニエスは、決死の覚悟でセイバーの前に立ちふさがるが、その足はじりじりと後ろに、士郎たちの方に向かって下がっていく。

「待て! 頼むから剣だけは鞘に収めてくれ! 剣は流石にヤバイ!!」
「大丈夫です。ちゃんと落ち着いていますから。だからそこを退いて下さい」
「退けるわけないだろっ! いいから落ち着けっ! 剣を収めろっ!!」

 冷や汗を流しながら必死にセイバーを落ち着かせようとするアニエス。
 絶対に退かないという意思がこもったアニエスの様子に、セイバーは足を止めると小さく溜め息を吐いた。
 足を止めたセイバーに、アニエスの顔にホッとした顔が浮かび―――。

「ワタシハジュウブンニオチツイテイマスヨ?」
「嘘だッ!!」

 ルイズたちの長い長い夜は終わったが、アニエスの長い夜は……まだ始まったばかりだった。










「っ、は、ぁ…はぁ……は……っあ……く、あ、あれほどの化物だったなんて……信じられない……何なんだあいつは」

 月明かりも届かない森の奥で、シェフィールドが木に手を当て肩を上下に激しく揺らしている。
 全身から吹き出る汗によりローブはグッショリと濡れそぼっていた。
 息が落ち着くと、木から手を離すと背中を預けずるずると地面に座り込む。

「っ、あの男はやはり只者ではなかった。ガンダールヴなんて関係ない。本当に何者なのよ……っ、そう言えば……」

 未だに肩を上下させながら、背にした木に後頭部を付けると枝葉で隠れた空を見上げる。

「あの男、あの弓を何処から取り出したの? ……魔法? でも、そんな素振りは見えなかった……一体……」

 暫くの間黙り込んでいたシェフィールドだったが、小さく息を吐くとゆっくりと立ち上がり傍に立つ男に声をかけた。

「合流する前に奪いたかったのに……仕方がないわね。ワルド、今度は一緒にいくわよ。あなたが囮になってあの男を引き付けなさい―――例え死んでもね」

 冷酷に言い放つシェフィールドの言葉に、泥だらけのローブを被ったワルドは何も言わず微かに頭を下げ頷いた。
 ワルドが頷くのを確認したシェフィールドは、その場から離れようと足を動かそうとした時、苦しげに歪んでいた顔がパアッと華やいだ。

「ジョゼフさまっ!」

 一瞬にして喜色に染まった顔だったが、直ぐにそれは萎れる。

「っ、すみませんっ! 『秘宝』を奪えずに引き下がってしまうなど……弁解のしようもなく……っ! な、何故ですかっ! わたしはまだやれます! 必ずや『秘宝』を奪ってみせ―――あの小娘を使うのですか? いえ、しかしそれは……確かに有効とは思えますが……分かりました」

 虚空に顔を向け一喜一憂するシェフィールドは、悔しげに唇を噛み締めるとガクリと力なく頭を下げた。
 のろのろと顔を上げると、傍に立ち尽くすワルドに顔を向けず声をかけた。

「っ、今は下がるわ。付いてきなさい……良かったわね、どうやらあなたの寿命が延びたみたいよ」

 シェフィールドがゆっくりと歩き出す。
 その後ろをワルドが黙って付いて歩く。

「それがあなたにとって良かったかどうか分からないけど……ね」

 森の奥に向かって歩き出したシェフィールドたちの姿は、直ぐに森の中に満ちる闇に食われるように消えていく。
 
 シェフィールドたちの姿が消えた森の中に、微かな虫の音だけが響き渡る。
 
 まるで幻のように消え去ったシェフィールドたちがそこにいた痕跡はただ一つ……。
 
 ……夜露に濡れた地面に残る、小さな足跡だけ……だった。

  
 

 
後書き
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