| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

アンドレア=シェニエ

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
次ページ > 目次
 

第四幕その五


第四幕その五

 二人は手を握り合ったままゆっくりと進む。そして中庭に出た。
「行こう」
「はい」
 二人は頷き合った。
「勝利への階段を昇りに!」
 そして二人は外に出た。そこには既に護送車があった。
 足をかけた。そして乗った。
「おっと」
 シェニエはここで兵士達に対して言った。
「縄はいらないよ。私達は決して逃げない」
「そうですか」
 彼等もシェニエのことは聞いていた。だからここはそれを受け入れた。
「私は罪人ではない。彼女も」
「そうですか」
 彼等の中にはそれをわかっている者もいるだろう。だがそれは決して言うことはできないのだ。
「出発します」
 護送の兵士達を率いる将校が彼等に言った。
「はい」
「わかりました」
 二人は答えた。将校はそれを確認すると部下達に言った。
「出発!」
「ハッ!」
 兵士達は敬礼した。そして車を進ませた。
 二人はその中においても笑っていた。やはり勝利を待つ笑みであった。
 そのまま監獄を後にする。そしてそれは次第に見えなくなった。
 そこに誰か来た。馬から降りそれを見送った。
「遅かったか・・・・・・」
 ジェラールだった。彼は護送車が消えたのを見てその場に崩れ落ちた。
「俺は誰も救うことが出来なかった・・・・・・」
 動けなかった。その手には一枚の紙があった。そこにはこう書かれている。
『プラトンでさえ彼の祖国から詩人を追放した』
 ロベスピエールの字であった。それが何を意味しているかジェラールには嫌な程よくわかった。
 プラトンはこう考えていた。全ての芸術の中で詩こそが美のイデアを模倣したものであると。理想家の彼は詩こそが彼の考え美の理想をあらわしたものであると考えていたのだ。
 そのプラトンが詩人を追放する。即ち特例として認めないということだ。シェニエの助命はならなかったのだ。
「終わった。全てが」
 ジェラールはそう言うと立った。そしてその場から立ち去った。
「革命の何もかも。俺の全ては灰燼に帰した」
 それを最後は彼はジャコバン派から姿を消した。その行方を探られたが彼が何処に行ったか誰も知らなかった。
 シェニエの処刑からすぐに革命は大きな転換点を迎えた。『テルミドールの反動』である。
 これによりジャコバン派とロベスピエールは失脚した。そして今度は彼等が断頭台に向かった。
「殺せ!殺せ!」
「死神共を殺せ!」
 かって貴族達に向けられていた罵声が今度は彼等に向けられた。だがロベスピエール達はそれに臆してはいなかった。
「私達もまた革命に殉ずる。恥ずべきことはない」
 そう言って断頭台に向かった。そして彼等もかってシェニエ達がそうであったように毅然として死に立ち向かった。
 その日の午後セーヌ河に一人の男の死骸が浮かび上がった。それはジェラールであった。
 彼の懐には一通の書があった。それは遺言であった。
『革命に全てを捧げた男ここに眠る』
 最後にはそう書かれていた。彼もまた革命に殉じたのであった。
 多くの血が流れフランス革命は続いた。そしてそれは世界の歴史の大きなうねりであった。それを否定することはできない。そしてその中で生きた多くの者達の人生も。


アンドレア=シェニエ   完


                   2004・9・18
 
次ページ > 目次
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧