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少女1人>リリカルマジカル

作者:アスカ
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第三十三話 少年期⑯



「うーん、やっぱりこれは習いたいなぁ…。でもそれだとこっちは諦めないとダメだし」
「珍しいね。アルヴィンがそんなに悩むなんて」
「ちょっとな…。少年Aは決まったのか?」
「いや、俺も全然できてない」

 早めに給食を食べ終わった俺は、先ほど先生からもらった用紙を片手に持って考えている。顎に手をあてながら一緒に参照用のプリントを見るが、なかなか難しい。やっぱり先生が言っていたように、家に帰って母さんと相談した方がいいのかなー。

 俺は食べ終わった食器とデザートのゼリーの容器を隅に重ねて置き、右手で鉛筆をくるくる回してみる。それにしても学校に通うようになって早1ヶ月。今更だけど、前世の日本に比べるとかなり授業スピードが速い。学校での約束事が終わったら、すぐに授業へと入ったからな。就学年数が少ないんだし、これは油断していたら置いていかれるな。真面目に頑張ろう。


 さて5月に入り、学校では新しい取り組みが1つ増えることになる。俺たちが通うミッドチルダの学校では、初等部の内から選択授業を取ることができる。1年生ということもあり、どちらかというと必修科目の方が多いが、週の6つぐらいを自分の好きな科目として選べるのだ。あと学年が上がればさらに選択授業は増えていく。色々な系統があるから、正直めちゃくちゃ悩んでしまう。

 前世の大学生時代に、受けたい講義を自分で選択したことがあったからやり方はわかる。だから試しに自分で組んでみようと思ったんだけど、もう白旗をあげたくなってきた。正直範囲が広過ぎる。魔法学だけでも数種類。それだけでなく機械類の操作や医療のやり方、さらに次元世界の歴史に料理の作り方までまさに多種多様なのだ。

 先生からは1年生で必要な学習は必修で大丈夫だから、選択授業は自分が受けたいもの、または興味があるものを選べばいいと教えてくれた。初めてなんだからそこまで難しく考えなくてもいいとも言われたが、適当に選ぶにはもったいなさすぎる。

「ちなみに、少年Aは絶対これは取りたいとかはあるのか? メェーちゃんは遺物関係や歴史学選考らしいから、もう決まったみたいだし」
「あぁ、確かにメリニスはもう将来が決まっているって話していたしね。俺は星とか宇宙が好きだから、そういうのをとってもいいかなって思ってる」
「へぇー、そうなんだ」

 みんななんだかんだで方向性が決まっているんだなー。俺は一度選択授業の紙を机に置き、まだ飲み終わっていなかったお茶のパックを口に含む。考え事しすぎると頭がオーバーヒートするしな。適度に冷却冷却ッと。

 それならやっぱり俺は、冒険家に将来なるために必要な勉強はしておきたいかな。次元世界に関する知識や現存する生物についても知っておいた方が、楽しみを増やせるし、危険だって減らせる。ユーノさんみたいに遺跡を巡るのも面白そうだろう。

「アルヴィンも一応やりたいことは決まっているんだから、決めるのは簡単じゃないのか?」
「あー、それがそうもいかないんだよ、少年B。実は半分ぐらいは選ばないといけない科目があるからさ。残り3つぐらいじゃ受けたい授業がなかなか取れなくて」
「え、放浪関係以外で取りたい科目がちゃんとあったの?」

 なんでそこでそんなに驚かれないといけないんだよ。あとそこは放浪じゃなくて、冒険と言ってほしい。俺たちの会話に聞き耳をたてていた少年Aにも目を見開かれるし、俺ってそんなにもふらふらしてばっかりいるか?

「ちなみに何を選んだんだ?」
「基礎のベルカ語と、古代ベルカ時代の歴史。あとはサーチ関係の魔法講座」
「……え、意外すぎ。サーチ関連の魔法は、冒険で使えそうだからわからなくはないけど。……というかアルヴィンって、ベルカ時代のことに興味があったのか」
「まぁ、そんなところかなー」

 小さく笑って適当にぼかしながら、俺は用紙と再び睨めっこする。正直こればっかりは仕方がないことだよな。無限書庫は検索魔法が使えないと、さすがに手も足も出せないぐらいに大量の本がある。ミッドじゃマイナーな魔法だから、練習するにも資料が少ない。なら教えてもらえるなら教えを乞うべきだろう。

 それと俺が調べているものがベルカに関係するものだから、やはりどうしてもそれ関連の資料はベルカ文字で書かれていることが多い。さらに俺の場合、古代ベルカ時代まで遡る可能性が高い。そうなったら古代ベルカ語も範囲にいれないと進まなくなるだろう。とても自習程度でなんとかなるレベルじゃない。

 さらに調べるにしても、古代ベルカ時代の系列がわからないとまとめることすらできない。聖王――ゆりかごの時代は古代ベルカの歴史では割と最近の方で、旧暦450年ぐらいのことだ。今から約500年前の出来事で、この頃はまだ比較的に資料が残っているらしい。

 だけどそれ以前になると、それこそ年号があやふやで先史時代なんて一括りにされてしまうような戦乱の時だ。それこそ『どこどこの王様の時代の~』とか『どこどこの国が勢力を持った時代の~』とかそんな感じで載っている。

 ……うん、わかるか。その王様何年前の人だよ。国なんて作っては滅ぼされている。さすがに覇王と冥王なら、冥王の時代の方が古いみたいなのはわかる。だけど、王と呼ばれていた人はそれなりの数いたし、それを時系列順に並べるのはさすがに難しい。国とかになったらお手上げだ。ならこれも勉強して補うしかない。

 ―――あれ、おかしいな。リリカルな世界って俺の記憶では、ファンタジー要素盛り込んだ熱血美少女砲撃ストーリーだったと思うのに。なんで俺こんなにも頭を使うことをしなきゃいけないんだろう。あ、ちょっと涙が出てきた。


「なんか、気分転換したくなってきた。自分の好きなことに全力投球をしたら、この気持ちなんとかなるかな」
「アルヴィンの好きなこと? 放浪といじりと妹のこと?」
「おい、少年A。間違ってはいないけど、俺の3要素がそれってろくでもなさすぎるだろうが」
「否定できないところが逆にすごいよね…」

 確かにふらふらするのは好きだし、いじるのも面白いし、シスコンと言われたら喜ぶけどさ。本当に否定要素がないところがあれなんだけどね……。

「なんか余計落ち込んできた。……でもこういう時こそ、テンションあげていかないとまずいよな」
「いや、君の場合それぐらいが一番いいと思う」

 少年Bがなにか言っているが気にしない。だけどただ騒ぐだけだと先生に迷惑をかけてしまうし、1人ではっちゃけても面白くない。ならば先生のお役にたちながら、クラスのみんながフィーバーできる何かが必要だろう。

 現在給食の時間も佳境に入り、先生の声掛けでおかわりが始まっている。先生が1人1人に余っている給食を配っている光景を見て、俺はひらめいた。今日の給食に出ていたみんなが大好きな食べ物。俺は視線を向けるとそれが1つだけ残っていることを確認した。これは間違いなく戦争になる。それを察した俺は、すぐに行動を開始した。

「先生! 俺食べ終わったのでお手伝いしてもいいですか?」
「アルヴィン君? あら、綺麗に食べ終わったのね。給食のお手伝いをしてくれるの?」
「はい。このままだと古代ベルカ時代のような泥沼の戦いが繰り広げられるかもしれないので、阻止するために立ち上がります!」
「給食だよ!?」

 お手伝いしたいと頑張って主張した気持ちは大切だし、……とりあえずやってみる? と俺に任せてくれたので、先生のご期待に応えようと思う。俺は配膳台の前に立ち、余っていた給食をその手に取る。すると、大勢の子ども達の視線が俺の持つ物に注がれる。やはり俺の判断は間違っていなかった。獲物を狙う子どもたちの目は本物だ。


「――諸君。俺の手の中にあるものが何かわかるかね」
「デザートのゼリー」
「いつもの無口っぷりが一瞬で消えたな、少年E」

 自分の好きなものに関しては本当にハッスルするねー。そんな風に思いながら、俺は手の中にあったゼリーを転移でとばしてみせた。それにざわり、と子どもたちからざわめきが起こる。それと同時に恐る恐る少年Bが代表して手を挙げた。

「えっと、アルヴィン。ゼリーをどこにやったんだ?」
「あぁ、あのゼリーか。ただじゃんけんをするのは俺がつまらないので、ちょっと趣向をこらしてみた。だから欲しけりゃくれてやるさ……、探してみろそのゼリーのすべてを教室のどこかに隠してみた!」
「なんてことしてんだ!?」

 え、宝探しって夢が広がらね? 普通にじゃんけんで決めるよりか、はるかに楽しいと俺は思うよ。ほら、気の早い子はもう宝探し始めちゃっているし。

「そう、宝探しはまさにロマン! 受け継がれるゼリーの魅力。時代のうねりによる品種改良。子どもの夢。これらはとめる事のできないものだ。子どもたちがゼリーを求める限り、食欲は決してとどまることは無い!」
「大変だ! リトスがごみ箱をひっくり返そうとしている!」
「え、どれだけゼリーが食べたいの」
「ふっ、まだまだ甘いぜ! 宝探しならたとえ火の中、水の中、草の中、森の中、スカートの中ッ……!」
「アレックス! 今すぐランディを取り押さえろ!」
「終わらぬ食欲がお前たちの導き手ならば、超えていけ! ものがゼリーの旗のも―――」

 あれ、先生? 俺の肩に手を置いてどうしたんですか。なんでそんなににっこり笑って、俺と少年Cを連れて職員室の方に行かれようとしているのでしょうか……。あれぇー。



******



「お兄ちゃんがスライムのようになっている」
「あれは仕方がないと思うけどね」

 アリシアとメリニスは机に突っ伏している物体を見て、それぞれ感想を言い合う。時刻は放課後。帰りの挨拶も終わり、各自で下校を始めている時間である。登下校中に何かあってはまずいため、必ず2人一緒に帰るのがテスタロッサ家の約束事にある。なのでアリシアはそっと兄の様子を一瞥し、1つうなずいてみせた。

 もう少ししたら普通に復活するだろう。アリシアはそう結論付け、メリニスに心配しなくても大丈夫と伝える。メリニスも「まぁアルヴィンだから…」と実に簡単に納得した。彼女らの中での、彼の立ち位置がよくわかる会話だった。

「そういえば、アリシアって今日の宿題はどうするの。何を書くかは決まった?」
「あ、あれだよね。うーん、書きたいものがいっぱいありすぎて困っている感じかな」

 『自分の好きなものについて書いてみましょう』

 担任の先生が出した本日の宿題である。特に生き物や食べ物などと決められていないので、文字通り自分の好きなものに対しての意見や感想を文章に書けば大丈夫であろう。ちなみにこれを聞いた少年Aことアレックスが、「とりあえず放浪といじりと妹以外で書けばいいか」と呟いて、周りから共感を得られたのは余談である。


 兄の復活を待つために、友人とさよならをしたアリシア・テスタロッサ。手持ちぶさたな彼女は、宿題の内容を考えることで時間を使うことにした。とりあえず1つ1つ自分が好きなもの、と言われて思いつくものを頭の中にあげていく。

 まずは動物たちだろう。それにケーキやお菓子も好きだし、身体を動かすことや勉強も好きだ。あと学校だって好きだし、友達も好き。彼女はここまで考えてむぅ、と首をひねる。メリニスにも言ったとおり、アリシアは書けるものがいっぱいありすぎることに困っていた。

「それでも1つに絞った方がいいぞー。書きやすいし、まとめやすいからな」
「あっ、おはよう、お兄ちゃん」
「おはよう、妹よ。お兄ちゃんがスライムになっていても、まったく動じないあたりを成長として喜ぶべきか、悲しむべきか」

 何はともあれ復活した兄と一緒に、兄妹そろって帰り道を歩く。児童の下校時間の流れから少し外れているため、周りに子どもの姿はない。そんな中、海賊じゃなくて、インディさん関係でゼリー戦する方がよかっただろうか、と全く的外れなことを考えるアルヴィンを尻目に、アリシアは思い切って質問してみることにした。

「お兄ちゃんは今日の宿題で何を書くか考えてる?」
「ん? 宿題って先生が言っていたやつだよな。そりゃもちろん、放ろ―――いや。あの3要素はちょっと置いておこう。他に俺の好きなものだから…………卵かけごはんについてとか?」
「おぉ。なるほど、おいしいもんね」
「……だよな。そこがわかるとはさすがは我が妹」

 ぶっちゃけ今食べたいものがポロッと出てしまっただけのお兄ちゃん。だけど案外いけるかもと思い直し、思考を始める。もともと気分転換に、全力で何かに打ち込みたいと考えていたのだ。これは宿題なんだし、全力を注いで没頭しても悪いことになるわけがない。アルヴィンの脳内はそう結論付けた。

「そっかー。お兄ちゃんはもう決まっちゃったのか」
「確かに語りたいことがいっぱいありすぎるのはわかる。俺も卵かけごはんの素晴らしさについて語りたいが、多すぎるからな。項目ごとに分けていくのも1つの手だし、バッサリ切ってしまうことも大切だ」

 母さんに頼んで、今日は卵かけごはんを作ってもらって研究しよう、とやる気満々のアルヴィン。もともと好奇心が強く、何事にも積極的に取り組んできたアリシアとしても妥協はしたくない。ならば兄と同じように、身近に観察できる対象の方がいいだろう。

 そこまで考えて、アリシアはアルヴィンをじっと見つめる。自分が好きだと思うもので、尚且つ最も身近なもの。その答えをすぐに彼女は見つけたからだ。

「卵のとろとろ感を表現するには、絵もいれるべきか? いや、むしろここはコーラルに映像を頼んで上映会にするべきじゃないのか……」
「―――よしっ!」

 独り言をぶつぶつと呟く兄と、悩みが解決してすっきりした様子でガッツポーズをする妹。傍から見たら色々心配になる凸凹兄妹だが、本人たちはいつも通り幸せそうな様子で帰路を進んでいった。



******



「よぉー、エイカ! 繁盛しているか?」
「まぁな。……給料増えるのは嬉しいが、色々と複雑にはなるけどな」
「そう? 子どもネットワークを通じて、奥様方にアピールしたから結構話題にはのぼっているらしいよ」
「……ミッドがどこかへ行こうとしている」

 学校から家に帰り、制服から私服へと着替え終わったアルヴィンとアリシアは『ちきゅうや』に訪れていた。卵かけごはんの研究をするには、それを引き立ててくれる相棒食材の存在を忘れてはいけない! と力説したアルヴィンは食材を見に来たのである。

 アリシアはそんな兄にくっ付いてお店へと一緒にやって来た。宿題は大丈夫なのか、と不思議そうなアルヴィンにアリシアは笑顔でうなずいてみせる。なんせ彼女の宿題を完成させるには、このお出かけは必須なのだから。

「お兄ちゃんとエーちゃんって仲良しだよねー」
「はぁ? どこをどう見たらその感想が出てくるんだよ」

 呆れ顔のエイカに、アリシアは今までのことを思い出してみる。よくけんかをしたり、言い合ったりしている2人の姿。大抵はアルヴィンが色々やらかしていることが原因だが、エイカもそれなりに反撃するようになっている。それでも仲がいいと思うのは、そこに見えない信頼があるように感じるからだ。

 前にアルヴィンが転移を使えることを知らなかったエイカが、それを知った時に彼に詰め寄ったことがあった。何故そうなったのかはアリシアにはわからなかったが、2人が初めて出会った時のことで揉めたらしい。

 だけど少し時間をおくと、アルヴィンが笑いながらペコペコ頭を下げ、エイカは溜息をつきながらその頭を一発ペシッと軽くはたいて終わった。その後はいつも通りで、お互いに引き摺っている様子も全くなかった。そんな彼らの関係を表すのなら、まさにケンカするほど仲がいいである。

「むむ、これはネタに使えそうかも」

 アリシアの目がキラリと光る。改めて観察をしてみると新たな発見をすることができた。それに彼女はちょっと得した気分になる。アリシアは宿題のタイトルに『兄について』書こうと至ってから、ちょこちょこ観察をしている。結構楽しんでいるらしい。

「なぁ、妹はなんでメモ帳を片手に持っているんだ」
「調べものをする時は、これがスタンダードだってお兄ちゃんに教えてもらったから」
「……あれは、参考にしたらダメな分類の筆頭だと思うんだが」

 エイカのなんともいえない視線に、アリシアは理由がわからず不思議そうに首をかしげる。だがこの視線は、エーちゃんがお兄ちゃんを見るときによくしている目だ、ということには気付いたのであった。


「えーと、ツナ缶と鮭缶にのりだろ。あ、岩のりや味付けもおいしそうだなー」
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。これはどう?」
「お、ふりかけか。それならこっちの種類が合わせやすそうだな」

 2人は調味料や食材を売っているコーナーに立ち寄って物色していた。ちきゅうやには日本だけでなく海外のものがいくつかあるため、見ているだけで楽しめたりする。だけどさすがにそれを試す度胸もお小遣いもないアルヴィンは、無難に日本のところから探していた。

「おや、アルヴィン君と……その子が妹君かい?」
「あっ、野球のお兄さん」
「やきゅう?」

 食材コーナーの近くにあったお茶コーナーにて、アルヴィンたちはちきゅうやの常連客のお兄さんと遭遇した。仕事大好きで、同僚の方々から枯れていると20代で言わしめた彼の買い物かごの中には、山となっている紅茶パックたち。とりあえず身体的には潤っていそうだ。

「はじめまして、アリシアって言います。野球のお兄さんよろしくお願いします!」
「ご丁寧にありがとう。うーん、まぁ野球のお兄さんでいいかな。間違ってはいないから」

 少し困ったように笑いながら、あだ名呼びOKの許可を貰う。事実大量の紅茶パックの隙間から見えるのは、野球のボールやグラブオイルなどの野球用品。さらにあまりに着こなし過ぎていて違和感がなかったが、彼が着ているのはユニフォームのようだ。

 そんなアリシアの彼の第1印象は、紅茶と野球が大好きな優しそうなお兄さんとなった。ちなみにアルヴィンの第2印象が、好青年から完全に野球青年に変貌してしまったお兄さん。彼に野球を進めたのは確かに自分なので、微妙に罪悪感がよぎる。でも本人楽しそうだからいいか、と相変わらずの結果オーライ思考で納得した。


「しかしすごい野球グッズですね。試合とかもできそう」

 アルヴィンは感心しながら男性の買い物かごの中を確認する。もともと趣味がなく、幼い頃から仕事一筋だったお兄さん。そんな時初めて触れた野球というスポーツに興味を抱き、そして趣味へと昇華されたのだ。

 趣味は人の心を豊かにする。さすがに野球は地球のスポーツなので、ミッドではできないだろう。だけど、ちきゅうやで野球を観戦したり、キャッチボールぐらいなら一緒にできるかな、とアルヴィンは微笑ましそうに想像していた。

「あぁ、ありがとう。実際、今度の休みに対戦するからね」
「…………え?」

 アルヴィンの顔が今日初めて引きつった。それに気づかず嬉しそうに話を進めるお兄さん。アリシアは珍しい兄の表情を逃さずにスケッチする。各自本当に自由である。

 対戦する。アルヴィンの中でこの単語がリフレインする。今までの会話の流れから対戦内容は野球だろう。だけど野球には9人のチームメンバーと、さらに対戦する相手が必要なのだ。人数は多少減ってもできるが、少なくとも1人ではできない。それはつまり、野球ができる仲間がいたということになる。


「最初は大変だったよ。やってみようと思っても、ミッドでは野球がほとんど知られていなかったからね」

 だが、彼は諦めきれなかった。賛同者が得られるのかはわからない、成功するのかもわからない。しかし彼の持つ幸運とその執念が見事に花を咲かせてみせたのだ。同じちきゅうやの常連客から密かに攻略を始めていき、その次にその賛同者たちとともに仕事場にも浸食した。彼の武勇伝を聞きながら、アルヴィンは素で冷や汗を流した。

「ちきゅうやで、地球の日本出身のご先祖様を持つ人物と接触できたのも大きかった。彼には十代の息子さんもいるみたいで、家族みんなで積極的に参加してくれたんだ。野球のルールもご先祖様関係で知っていたみたいだし」
「そ、それでチーム作っちゃったんですか…」

 何がやばいか具体的にはわからないが、とにかくとんでもない方向に変化球が打ち込まれているのは理解したアルヴィン。なんか俺、ノリで押してはいけないスイッチ起動させちゃったんじゃね、と少し反省していた。

「わぁ、チームってなんだかすごそう」
「はは、ここまで来るのになかなか大変だったんだよ。でも、そんな時間が楽しくもあったかな。チーム名を考える時も、みんなで相談し合ったのはいい思い出さ」
「そうなんだ」
「うん。そうだ、もしよかったら君たちも野球を一緒にしないかい? 仕事場から引っ張ってきた人が多いから子どもは少ないが、きっと楽しめるよ」

 そう言って、ズボンのポケットからチームのロゴと練習場所が書かれた名刺のようなものがわたされる。2人はそれを受け取り、実に対照的な表情を取った。キラキラと目を輝かせる妹と、おい嘘だろと現実逃避したくなった兄であった。


『管理キャットファイターズ』

 練習場所は管理局本局の練習施設。そこには野球帽子をかぶったかわいらしい猫がマスコットとして描かれていた。アリシアの中で、野球とお兄さんの好感度が猫でクライマックスになった。


「あの、お兄さん。『管理』ってついていますけど、まさかお兄さんが呼び込んだ仲間の人って管理局の人じゃ……」
「ん、そうだよ。管理局のみんなで始めたんだ」

 あぁ、やっぱり。小さくつぶやかれたアルヴィンの言葉は、誰にも聞こえずに消えていった。それから少しの間、腕を組んで沈黙する。考えて考えて、アルヴィンは導き出した結論に1つうなずいた。

「……うん。頑張ってくださいね、お兄さん! 買い物する時は、ちきゅうやに団体さんで来てくれると、もしかしたら割引がつくかもしれないですよ!」
「お、商売上手だね。楽しみにしているよ」
「はい、楽しみにしていてください!」

 もう色々手遅れっぽいし、それなら売上貢献だけでも頑張ろう。野球のように投げる結論を出したアルヴィンの顔は、とても清々しかった。やけになったともいう。

 アリシアはそんな兄を見ながら、お兄ちゃんは商売上手としっかりメモをしておく。この後、なんか没頭しないとやっていられるかッ! という具合に卵かけごはんに向かって一心不乱にのめり込んだ少年。そんな執心する息子の様子を見ながら、こういうところはお母さんそっくりねー、と微笑ましそうにプレシアは卵かけごはんを作ってあげた。

 いつも通り、テスタロッサ家はやはりどこかずれていた。



******



 そして次の日。学校では昨日出された宿題の発表会が行われていた。アリシアは自分が書いた用紙に描かれてある、大きな花丸に笑みを浮かべる。彼女の発表の後、お兄ちゃんが大好きなのね、と先生に褒められたのだ。お母さんとリニスたちにも見せなくちゃ、とアリシアは幸せな気分でいた。

「ここで注目してほしいのは、新鮮な生卵の甘みに醤油のコクが最も大切であることだ。だが、確かに他にも醤油の代わりに味塩をかける場合や麺つゆなどといった最高の組み合わせもある。そうこれは、1つの可能性を追い求めることは大切だが、新たな可能性を見つけ出すことも大切だと卵かけごはんが訴えてきているんだ!」

 ダンッ、と黒板の前に立って熱弁する少年。彼の後ろには先日映像記録として撮った、様々な卵かけごはんの魅力を余すことなく公開している。あと無駄にクオリティーが高い。これを撮ったコーラルというデバイスが、師と仰ぐ誰かさんの影響であったり、マスターのおかげで向上し、趣味とかしてふっきれた盗撮スキルのおかげだろう。

「アツアツのご飯を用意し、真ん中をくぼませる。さらにそこに溶いた卵を注ぎ込み、ご飯全体へと万遍なく行き渡らせる。とろっとした黄色いじゅうたん。かき混ぜることで起こる、箸から響く軽快なリズムと濃厚な香り。まさに卵とご飯のハーモニー!」

 少年の言葉はさらに力強いものとなっていく。引き込まれるクラスの子ども達。4時間目の授業ということもあり、先ほどから鳴り響く空腹という名の合唱。そして昨日のアルヴィンのように、どことなく冷や汗を流す担任の先生であった。

「想像してみてくれ。箸で1口掻き込む。口の中に広がるそのうまさ。止まらない食欲。それはまさに至高の1品。……だが、これだけではまだ終われない。こいつには最高の相棒たちがいる。共に掻き込むことで起こるシンフォニーはそれこそ―――」

 たまたま1年生の授業を見学に来ていた校長先生は、その瞳から一滴の感動を流した。


 それから数日後、学校の給食に卵かけごはんが出るようになったらしい。

 
 

 
後書き
Q:この小説でミッドチルダがオーバーテクノロジーだとちょこちょこ押していた理由は?

A:全ては給食で卵かけごはんを実現して欲しい! という作者の願望により衛生面を克服するための伏線だった。
 
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