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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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GGO編
  epilogue 得たモノ、思い知ったコト


 見上げた空が、日に日に冬の気配を纏ってなって行くのを感じる。リハビリも兼ねて運動しなければならない関係上、俺はほぼ毎日この頭上を見ているわけだが、それにしても今日の空はいつにもまして寒さを感じさせ、その上やけによく澄んでいた。

 「見れば分かるって、ホントに分かんのかよ……」

 ポケットに手を突っ込んだまま深々と溜め息をつきながら、俺はダイシー・カフェの扉を開けた。貸し切りにしてもいい、とエギルは言っていたが、正直そこまでするほどのもんじゃねえからと言ってそこはなんとか固辞した。というか、勘弁してくれといって逃げ切った。

 なにせ今回は、俺の懺悔の為の集まりなのだから。





 あの波乱の第三回BoB大会後、俺は何も語らなかった。

 大会終了間際に目を覚ました俺は、結果の順位表を見てキリトがあの男を破ってシノンを守り抜いたことが分かっていた。結局俺は『死銃』のあの力のカラクリも見抜くことは出来なかったが、その点に関してはある程度安心していた。

 こんな事態になった以上「あの男」がただ指を咥えて待ちに徹しているはずがない。恐らくすぐに何らかの手を打った……あるいは既に打ってあったのだろうし、それは先日電話したエギルとの会話でもちゃんと確認を取っていた。

 だから、深くは語る必要はない。
 ない、のだが。

 「説明してくれるよね?」
 「私も聞きたいですね。ラッシーさんが何か知っている可能性は、百パーセントです」
 「い、いや、言うほどのことはねーんだが、」

 必要が無くても、やらなくてはならないことも、世の中にはあるらしい。やはりというか当然と言うか、ツカサとミオンはしつこく食い下がってきた。いや、俺の手によって早々と退場したツカサの気持ちも、分からんじゃないのだが。

 「そうだね……んー、なんだったらリアルで聞こうか?」
 「……っ、ツカサ!?」
 「……いや、リアルはまずいだろ、普通に考えて。互いの顔も知らないし、」

 必死に逃げる俺にトドメを刺したのは、

 「では、拙僧が参ろう。拙僧が行けば一目瞭然であろうしな。そして拙僧も、弁明を聞きたい」
 「っ、こンのクソボーズ、ちょっと黙って、」
 「おっけー。じゃ、決定ね? ……オレらは明日の昼なら空いてるね、場所は都内なら大丈夫だよ? どこにする?」

 試合前の「ツカサを頼む」の約束を派手に破られた形になるハゲの一言。しっかりと便乗した優男の妙な迫力によって、俺はこうして今日のダイシー・カフェでのオフ会というか反省会というかを企画することになったのだが。

 ちなみにその時、なぜグリドースが来れば大丈夫なのか全く分からなかった。
 その理由は、来て、見て、即座に分かったのだが。





 「は、はああっ!!?」

 他に客がいるかもしれないにも関わらず、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 しかし、それも無理は無いだろう。
 なぜなら、ダイシーカフェの奥のテーブル席に座る、その集団の中の一人が。

 「ぐ、グリドースお前……ほ、ホントにボーズだったのか……」
 「ボーズではない、僧侶だ。もう少し正確に言えば修行僧の身だ……が、そこは大した問題ではないであろうな。会えて嬉しいぞ、ラッシー。貴殿は、異国の者であったのか。驚いたぞ」

 椅子の横におかれた、旧時代的な編み笠。着ている服は葬式とかでしか見ない様な立派な袈裟。足には編み込まれた草鞋を履いており、手に持ったのはなんの意味があるのかも分からない錫杖。そして極めつけは袈裟の上に乗っかった、細く形のよい見事に剃髪された頭。どっからどう見ても立派な坊さんの出来上がり、といった様子だ。

 なーにが「驚いたぞ」だ。お前が「十驚いたポイント」なら、俺は二百はいってるぞ。
 ALOの時のモモカを超えて暫定トップだ。

 あまりのインパクトにしばし固まっていると、エギルが注文を待たずに俺の分のコーヒーまで一緒に席におきやがった。やべえ、もう逃げられねえ。そしてこっちを見てにやりと笑う黒い方のボーズ、あとで覚悟してやがれ。

 「では、話を聞こう。座ってはどうだ?」
 「あ、ああ……って、え……?」

 エンストした思考を何とかかけ直して、席について、
 初めて、違和感に気付いた。

 「とりあえず、名乗るべきだろうな。拙僧は、『天道寺(てんどうじ) 宗政(むねまさ)』という。まあ、呼ぶ時は好きに呼んでもらって構わん。よろしく頼む」
 「あ、ああ、俺は、『シエル・デ・ドュノア』だ。呼ぶのはラッシー……いや、別ゲームの本アカに合わせて、『シド』のほうがいいか。とりあえず、好きにしてくれ」
 「はじめまして、シドさん。私は『花園(はなぞの) (さき)』と申します。あちらでは『ミオン』というアバターで活動しております。以後お見知りおきを」

 違和感の正体。それは、三人の比率が。

 「そしてオレが、『ツカサ』……本名は、『織塚(おりつか) 早苗(さなえ)』だ。よろしくね?」

 男女比が、男一、女二だったことだった。





 「驚いたよ? らっ……シドって、外人さんだったんだ。それに、ははっ、向こうに負けず劣らず手足長いね? まるでモデルさんみたいだね? かっこいいー!」
 「お、おお……俺も、驚いた……」

 驚いた。これは驚いたポイントで言えば、千は超えるな。
 グリドースに変わって文句なし、ぶっちぎりダントツの一位だ。

 ツカサは、肩までのショートカットを揺らした、健康的な女の子だった。体つきは細目で女性にしては長身だが、羽織った上着の下には確かな膨らみがあるし、ダメージジーンズに包まれた足も間違いなく女性のそれだ。

 「ツカサ、お前……女だったのかよ……」
 「っ! シドさん、それはっ!」

 呆然と言う俺にツカサが悪戯っぽく笑い、その口が答える前に、横から鋭く声が上がった。
 声のほうを見れば、ミオンが眼鏡の奥の目を鋭くして、キツイ視線で俺を睨んでいた。

 訳が分からずに呆然としていると、そんなミオンの肩に置かれたツカサの手が置かれる。そこにどんな意味があったのかは俺には分からなかったが、しかしミオンはツカサのほうに視線を移し、そして顔を伏せた。

 それを困ったように笑ったあと、ツカサは口を開く。

 「んー半分正解、かな? まあ簡単に言えば、性同一性障害。体は女、中身は男、ってわけだよ? ホントはもうちょっと複雑で、体の反応だったりの差はいろいろなんだけどね、まあこれだけ分かっと
けば十分でしょ?」

 そういって笑うツカサの表情は、むこうの世界の優男のシルエットとそっくりだった。

 (そういうことか……)

 確かに、言われてみればミオンはツカサの過剰なスキンシップを嫌がる様子が無かった。あれは恋人同士では無く、女同士故の気楽さだったのか。GGOで俺がツカサの体を触った際の過剰な反応は、異性に突然体を触られた故だったのか。そしてグリドースは、

 「……ふむ。まあ、拙僧は一応、大学内ではツカサの恋人ということになっている。しかし、」
 「オレはぶっちゃけ女の子の方が好きなんだよね? だけどオレ自慢じゃないけど美人だからさ、結構男寄ってくるんだよ。それがめんどくさいから、グリドースに隠れ蓑になってもらっている、ってわけ」
 「ミオンの頼み事でな。まあ、拙僧も今のところおなごに興味は無いので、この話は渡りに船であったから、問題はないのだ」

 なぜか視線で俺の問いかけを読んだグリドースが応える。続いて浮かんだ「坊さん彼女持っていいのかよ破戒僧」の疑問も、「拙僧の宗派では妻帯も許されておる」と返される。俺の心はそんなに読みやすいのか。

 「むねくん……グリドースは、大学では結構人気者……というか、人生相談に行く子が多いんです。すごく聞き上手で、なんとなく心情も察してくれるし、いろいろ力になってくれて。だから私の相談の時にもいろいろ助けてくれたんです」
 「ミオンはツカサの中学からの親友だそうでな。そして彼女は、RTS(リアルタイムストラテジー)の天才だ。それを生かして、ゲームの中だけでもツカサを「男の子」させてやろう、と相成ったというわけだ」
 「ミオンのミリオタは半端じゃないよ? 部屋とかすっごいんだから」
 「もうっ。ツカサったら!」

 すらすらと、話す三人。だが、俺には分かった。

 ここまで来るのに、三人はどれほどの苦労をしたのだろう。こうして笑いあえるようになるまでに、どれほどの涙を流してきたのだろう。ゲームの中で、「性別逆転現象」を利用して男になる、というのは、果たしていいことなのか。そして三人の関係は、どれほど複雑なのだろうか。

 しかし。

 「分かった。俺に手伝えることがあったら、何でも言ってくれ。俺も力になりたいからな」

 それだけは、すらりと言えた。
 本心から、そう思っていたから。

 そんな俺に、三人は。

 「凄い。グリドースの言った通りだね?」
 「そうですね。凄まじい心理分析力ですね。勉強でなんとかなるんですか?」
 「勉強では無い、修行の賜物だ。……さあ、ツカサ。言ってやれ」

 にっこりと笑って。

 「そう、オレ達にはオレ達の事情がある。同じように、シドにだってシドの事情があるんだよね? あの時みたいに、さ。オレ達は、それを全部話してくれとは言わない。オレ達もシドに全部を言わないように、さ。……でもね」

 しかし、しっかりと俺の目を見て。

 「シドは、「力になりたい」って言ったね? その通りなんだ。そしてそれは、オレ達も一緒。オレが怒ってるのは隠し事したことじゃあない。シドが「一人で敵に向かっていった」ことだ。それだけは、許さない。だってオレ達だって、「力になりたい」んだからね?」

 俺の胸に、しっかりとその言葉を刻んだ。





 「言われたなあ、シド」
 「おお。痛いとこ突かれたぜ……」

 あの後、三人はそれぞれ俺に条件を突き付けて行きやがった。

 ツカサは「今度何かあったら、必ず言うこと。オレ達が、絶対に力になるから」。ミオンは「『血塗れ雑技団(ブラッディ・カーニバル)』への正式な所属を。私達が共に助け合う「仲間」であることの、証を」。クソボーズに至っては「反省しろ」。馬鹿にしてんのかあのハゲ。

 だが、まあ。

 (人に頼るのって、苦手だったからなあ……)

 言われてみれば、あの世界にいた頃から……いや、ずっと前から、俺は「人に助けて貰う」のが下手だった。なんでもそれなりに自分で出来たし、出来ない時もなんとか一人でしようとするのがいつものことだった。それを、正面から否定された。

 きっつい条件に、背もたれを軋ませて天井を仰ぐ。
 そんな俺を、顔なじみの店主はどこか愉快そうに眺めていた。

 ちなみに翌日来るといっていたキリトやアスナ、リズベットと『冥界の女神』シノンからは、さっさと逃亡した。エギルは「まったく反省してねえな」と溜め息をついていたが、それは黙殺した。まあ、あいつらと会うのは、もう少し先延ばしにしても、良かろうしな。

 こうして俺のGGOは、何を得て何を知ったのか、良く分からないまま、一つの区切りとなった。
 喫茶店の窓から覗く空は、今日はえらく上機嫌に太陽を輝かせていた。

 
 

 
後書き
 GGO編、終了となります。長かった……。
 次回、マザーズロザリオ編はもう少ししてからになります。
 気長にお待ちいただければ幸いです。 
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