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ソードアート・オンライン ~無刀の冒険者~

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GGO編
  interlude 顔知らぬ人へ2

 「……君の……銃火器戦闘……そのレベルは……彼の世界でも最高峰(ハイエンド)だと聞いた……何の訓練を積んだわけでもないのに……まるで……その扱いを……『記憶していた』かのように……」
 「んー……記憶、ですか。それだったら蒼夜伯母さんとか、伯母さん付きの『神月』であるリュウさんに聞いたほうがよほど研究になりそうな気がしますがね」
 「……ふむ……姉さん達も……精神科医師としての知識はあるだろう……でも僕は……君に聞きたい……君の、異様とも言えるそうな、銃技格闘(ガン・カタ)の技術の……ことをね……」
 「……なんで、俺の戦法を知ってるんです?」
 「その答えは……君も分かっているはずだ……あのゲームが……あの玄路兄さんからの勧めなら…ヒントはあった……」

 試すように、呼白さんの目が光る。
 だが、俺はその目を真直ぐに見かえす。

 呼白さんの独特のリズムでの問いかけにペースを乱されないように意識しながら、ゆっくりと言葉の刃を斬り返す。そのあたりは、俺も薄々感づいていた部分だ。主導権を握られはしない。この人に、この霧の中に包み込むような雰囲気に、呑まれてはいけない。

 「カメさん、ですね……もっと早く気付くべきでした」
 「……正解だ……しかし……僕はその情報ルートには……興味は無い……」

 カメ爺さん。プレイヤー名、ハガネノカメ。その名前から『四神守』と『神月』を予想できなかったのは、俺の落ち度だ。玄路伯父さん、蒼夜伯母さん、母さんの朱春、そして呼白叔父さん。蒼夜伯母さんの付き人がリュウさん、呼白叔父さんの付き人が仔虎さん。爺さんがその名前を四神になぞらえているのを知っていながら、その一角である「亀」を警戒し忘れていた。

 「おおかた玄路さんのとこの筆頭『神月』、|(タケシ)さんですかね」
 「……興味は無いと……言ったはず……知らないね……」

 玄路さんを締め上げることを決意する俺だったが、言うようにそこには呼白さんは特に興味はないらしい。がさがさと崩した本を漁りながら、無表情に繰り返す動作は、実に退屈そうだ。この段階で俺は、呼びだされたから何事かと思ったが、もしかしたら本当に然程の興味があってのことではないのかも、くらいに思っていた。

 次のセリフを、聞くまでは。

 「……話を戻そう……君も……興味はあるだろう……君の父君のことに……」





 俺の親父。
 そのことは、一切の不明だった。

 なにせ母さん自身が「あった瞬間に、運命の出会いを感じた」と言っていただけだったのだ。母さんは他の兄弟三人と比べると異常な強さもトチ狂った賢さも無い(それでもブラック会社勤務を耐え抜くタフさとその環境下でも信頼できる仲間を見つけたりはできるのだが)代わりに、人を見る目は確かだ。生まれた俺が(自分で言うのもなんだが)それなりにまっとうに生きていることをみるに、多分親父もそれなりの人物だったのだろう。

 だが、玄路伯父さんから聞いた話は、そんな俺の予想の斜め上を行くものだった。

 ―――朱春がキミの親父さんを『四神守』の家に連れて来た時、当然親父はその素性を徹底的に調べ上げたんだよ。……ああ、表向きは「名家たる『四神守』の家に、どこの馬の骨かもわからん男を迎え入れることは出来ん!」ってだったけど、裏は模擬戦であそこまで親父を追い詰めた男の正体が気になったんだろうねえ? なにせモデルガン一本での接近戦で、あの親父と張りあったんだから。

 全くあの人は、聞きたくも無い様な事をべらべらと喋る人だ。

 ―――調べられた結果は、「一切不明」「隠蔽された情報のみ」。……まあでも、この段階で分かっちゃうのさ。この『四神守』の諜報部の力を以てしても調べられないってことは、恐らくは相当な秘匿事項……特殊工作兵だったり、特務部隊員だったり……この国だと、『特戦』とかかなあ? そういう出身ってコト。そりゃあ親父も娘を遣りたくは無かったろうさ。

 聞きたく、無かったことを。

 ―――そして生まれた、キミ。訓練場でのあの構え……親父さんと同じ構えを見て、ボクは確信したよ? キミには親父さんの血が脈々と流れている。それならきっと、GGO……銃器の扱いだって体が覚えているはずさ。キミの……キミだけの、「天賦の才」としてね。

 一度聞いてしまえば、聞かなかったことには出来ないことを。





 「……僕の専門分野を……知っているかな……?」

 固まった俺に、話を転換するように立ち上がった呼白さんが続ける。
 霧の向こうから聞こえる様な声が、やけに耳元に纏わりつく。

 「……一概に言われる……『専門』と呼べるような分野を……僕は有していない……それでもしいて言うなら……光遺伝学を始めとする遺伝学系統……或いは文化人類学的な側面もあるか……それに五年ほど前は……プログラミングや知能情報学にのめり込んでいたこともあったか……」

 ギシリと立ちあがったまま、ふらふらと本の森を歩きながら、訥々と語る。その声は、まるでエコーでもかけられたかのように広い研究室内に反響し、それが集まるように収束して俺の頭をピリピリとひりつかせる。

 「……僕の求めるのは、人の生きた証……今で言うなら《フラクトライト》……量子脳力学……いや、専門用語で言っても流石に通じないか……そうだな……君にも通じるような……俗世的に言うのなら……」

 一端言葉を区切って、こちらに向き直ると同時に独特の色合いをした瞳で真っ直ぐにこちらを捕える。そのあまりの迫力に俺の背筋に冷たいものが走った。言っていることは何一つ分からないのに、それでも何か、ロクでもないことに巻き込まれつつあるのだけは、直感で理解できる。

 「……『魂』……というものか……人の経験や強い思想……そして意志……記憶を繋ぎ……子孫へと……未来へと繋いでいき……その存在を大きく変質させる特殊な情報体……」

 一瞬たりとも目線を逸らさず、こちらへと踏み出す、よれよれのスーツの男。
 だがしかし、その迫力はかつて俺が味わった多くの強敵の威圧感(プレッシャー)に劣らない重圧。
 「……君はその存在の生き証人だ……親父さんのことを一切知らないのに……その体に……いや『精神』に……彼が持っていた力を宿している……それは……その引き金は何だったのか……さあ……聞かせて貰おう……」

 知らぬ間に伸びた両腕が、がっちりと俺の肩を抑え。

 「()()()()で、何をしたのかを」

 はっきりと、その魂を揺さぶった。





 結局そのあと、迫力に屈した俺は小一時間延々と喋らされた。そして親父のことはおろか、その『魂』だのフラクトなんとかだのについても一切理解することは無く(っていうか詳しくは教えて貰えなかった)、単純にモルモット扱いで執拗な聞きとりを受けただけだった。

 もし、得たモノがあるとすれば。

 ―――人の経験や強い思想……そして意志……記憶を繋ぎ……子孫へと……未来へと繋いでいき……そしてその存在を大きく変質させる……

 漠然とした、良く分からない、しかし何か記憶に残る、この言葉だけだった。

 ぼんやりと思う。俺が今、GGOの世界で振るっている、あの銃器。親父は、あんなものを振るう力を俺に引き継いで、一体何をさせたいのか。そもそもそんな力を持ってるなんて、親父はどこの何者なのか。考えても答えは出ない。

 まあ、それでも。

 俺はこれからもこうして、顔を知らない人のことを思う日を過ごすのだろう。

 
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