魔法少女リリカルなのは~その者の行く末は…………~
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Chapter-2 Second Story~sorrowful and graceful……that occurrence~
number-16 She one's deterination
前書き
彼女の決意。
この場合は、高町なのは。
下校途中の通学路で、燐夜がいじめっ子たちに対して放った殺気を察知した高町恭也。
街中でそんな物騒な気を放ったことに怒りを覚えていたが、燐夜からの突然の申し出により、そんな気がそがれた。
昔のことは水に流して、仲よくしていかないか――――。
この申し出は、恭也にとって衝撃的なものだった。あの時に散々怪我を負わせたのに、まだそうやって仲を取り持とうとすることに。
恭也は、あの時の自分の判断は間違いではなかったと自信を持って言える。しかし、それが英断であったとは言えない。
疫病神。
確かに恭也は燐夜に対してそう言った。
それはしょうがないことなのだろうか。燐夜が、高町士郎に拾われて一週間か、二週間で士郎は事故だか、仕事でけがを負ったんだか。
人間、いつ何が起こるか分からない。突然、病でぽっくり逝ってしまうこともあるかもしれない。いつもは慣れている筈なのに、ミスしてしまうかもしれない。
そして、たまたま士郎が仕事をミスして重体を負ったのだ。本当にたまたま、偶然。
それを当時の恭也は、歪んで捉えた。それは今も変わることなく、そのまま抱き続けている。
けれども、次に聞いた一言が恭也に先ほどよりも衝撃を与えた。
――――なのはが泣いていたんだ。それ以上の理由がいるか。
己が愛する妹が泣いていた。
その事実を知って、驚いた。それと同時に、自分の妹のごくわずかな変化も見抜けなかった事が悔しく思えた。
どうして、なのはは家族には元気であることを装うのだろうか。どうしていつもと変わらない自分を演じていられるのだろうか。幼い頃からそんなことをしてきていたようだが、やはり例に漏れず見抜けない。
だから、その悔しさもあって条件を付けた恭也。その条件の裏に隠した自分の想い。それが一瞬で見破られそうになったけど、何とか誤魔化した。
まあ、実際は誤魔化せてはいないのだが。
そうして二人は高町家へと向かった。
◯
「えっ!? 燐夜君!」
恭也が玄関先の引き戸を引くと真っ先になのはが出迎えてくれた。――――自分の兄である恭也そっちのけで。どうやら、なのははまだ、燐夜が海鳴市に帰ってきているとは知らなかったようで、驚き半分、嬉しさ半分といったところのようだ。
なのはが自分ではなく、どこの馬の骨とも知れない奴を信頼していることに悔しさと悲しさを滲ませながら、家の奥へ行って道場のカギを取ってくる。
鍵を持って玄関先に来ると、さらに恭也に追い打ちをかけることがあった。
なのはは、家ではほとんど笑顔を見せることはない…………恭也の前では。父である士郎、母である桃子は、毎日見ているそうだ。妹である美由希だってたまに笑顔を見せてくれると言っていた。では、自分は……?
そう考えていると、心の内に何かふつふつと沸き立つものがあった。これが嫉妬なのだろうか。恭也は、自分よりも年下の奴に嫉妬しているのか。
「おい、行くぞ」
「ああ」
なのはとの話を途中で斬って先を行く恭也の後ろをついていく燐夜。
そして、二人がこれから何をするか気になってしょうがないなのは。そんななのはは、燐夜の後ろから二人の後をついていった。
向かう先には、高町家にある道場。
中へ入ると剣道場で見るようなものが所々に置いてあり、この中にいる者の意識が自然と引き締められる。
いつもは気怠そうにして心なしか背中が曲がっていた燐夜も、背筋を伸ばしていた。やはり燐夜も武術を嗜む身、きちんとするべきところはきちんとやっていた。
「そこに並んでいる様々な種類の武器の中から選ぶといい。そちらに並んでいる防具もつけてもいいぞ」
あからさまに上からものを言う恭也の性格は5年前と全く変わっておらず、怒りは覚えなかったが、呆れた。
まだ、そんなに過去のことを根に持っている恭也の心の小ささに燐夜は声を荒げて笑ってやりたいが、またそんなことをしてあいつが切れるのが目に見えている。それもまた面白くはあるが、情に流されたあいつではなく、冷静沈着なあいつと戦ってみたいという気持ちの方が、燐夜の心の中で勝っていた。
心が高ぶるのを直接感じながら、壁際にずらっと並んでいる様々な種類の武器に目を向けた。だが、燐夜はその中で悩むことなく真っ直ぐにその武器のもとへ向かい、手に取った。
その武器の見た目は、一言でいえば長い、だ。
日本刀の形を模したその木刀は、打ち合うには向いておらず、どちらかと言えば一撃で相手をのしていく。そう言うものだ。
長さは燐夜の二倍はあるだろうか。今の燐夜の身長は、小学5年生にしては高めの155センチ前後である。
「お前、それにするのか? だったら俺も、ずいぶんと馬鹿にされたな」
憤慨したような恭也の言い草に、燐夜は今度こそ怒りを覚えた。
自由に選べと言ったのはそっちではないか。そう言っているからこっちは、自由に選んだんだ。それなのに、あいつはケチ付けやがった。
そう燐夜は思った。恭也は、もとよりそのつもりで言ったらしい。そんな意味があいつの態度から見て取れる。
武器を選んだ燐夜は、道場の後ろ側の方に立った。恭也は、真ん中あたりに立っている。
恭也は、四方どちらにでも行けるが、燐夜は、5歩下がれば壁にぶつかる。位置取りを間違えたのか。それとも何かしらの意図があってその場にいるのか。
恭也には、図り切れなかった。
「…………おい」
「なんだ」
向かい合う二人。
空気が張り詰め始めた中、燐夜が恭也に話しかけた。
「命の保証はできないからな」
「何をいきなり……!」
恭也に自分の命を守るように忠告した後、燐夜は、木刀に柄に手をかけ目を瞑り、構えた。
恭也は、そのただならぬ変化に寒気を感じた後、自らの武器である小太刀を二本、構えた。
…………。続く沈黙。
この様子を道場入口でひそかに見ているなのはは、気が気でない。
いつ動き出すか分からない緊張感。空気が重く張りつめ、体に重くのしかかる。ここにいるだけでこの圧力。魔法戦でそう言う戦いはしてきたが、やはり一線を規すこの二人が相対するとそれだけで違う。
「…………っ」
なのはにとって、この時は息をするのさえ憚られた。
「……ふっ」
先に動いたのは恭也だった。
この重い空気に耐えられなくなったのか、それとも先手必勝の一手を取ったのか分からなかったが、なのはの目ははっきりととらえた。恭也が先に動いたのを。
恭也にとって先に動いたのは、あまりいい一手とは言えなかった。
相手の構えは明らかに居合の構えなのだ。しかし、体勢を崩すことなくずっと同じ構えを続けている燐夜に一つの恐怖を覚えたのだ。恭也は気付かなかったが、カタカタと手が震えていた。
恭也は、常人の目では捉えることのできない速さで燐夜に接近していく。
そんな恭也を見たなのはは、とっさに体が動いた。
「逃げてっ! お兄ちゃん!!」
「――――!」
そして恭也もまた、勝手に体が動いたのだろう。
すぐに足を止め、バックステップで距離を取ろうとした。だが、その行為さえもなのはにとっては遅く感じた。
「だめぇっ!!」
このなのはの叫びも無意識のうちに行ったことなのだろう。
ただ、今回だけはそれが正解だった。
実は恭也は気付かなかったが、燐夜がすでに動いていたのだ。
鞘なしの居合の構えから、一気に最高速度まで持っていき、相手を一刀のもとに切り捨てる燐夜のオリジナルの技。
――――我流、九星一白、一刀真空裂破。
当たると体の内から内臓を破壊していくらしいが、こればかりは確かめようがない。
なぜなら、これを食らったものは例外なく死んでしまっているからだ。勿論、管理局所属ということもあって、人には使っていないが。
真空の名の通り、振り切った後には真空波が起こるのだ。
今回は、なのはに言われて燐夜は何とか当たる直前のところで木刀を止めることが出来た。そのかわり、腕を若干痛めたが。
しかし、真空波まで止めることはできなかった。そもそも、振った時点で真空波が発生してしまっているのだからたちが悪い。
真空波は、恭也が持っていた防御のために交差されて出されていた二本の木刀を真っ二つにして、恭也も吹き飛ばした。
「ぐはっ……」
真空波の勢いを相殺できるわけもなく、壁に叩きつけられた恭也。
幸い受け身を何とかとっていたため、全身の打撲で済んだ。しかし、全身が痛みを訴えている。今日一日は安静にしておいた方がいいだろう。
痛む体に鞭をうって自室へと戻って行った。
一方燐夜は、先ほどの技の代償をもらっていた。
一刀真空裂破は、極限まで脱力した状態から一気に全身に力を漲らせ、音の速さを超えて相手に斬りかかるという技なのである。
だが、今回は相手の動きに合わせて腕の身を動かした。ここまでは何ら問題はない。
しかし、燐夜はなのはの声に反応して音を超えた速さで恭也に襲い掛かる木刀を無理やり止めたのだ。その反動が来ないわけがない。
もはや、右腕はしばらく使えないかもしれない。右腕は悲鳴を上げて軋んでいる様にさえ思える。
全く力が入らない。
「燐夜君……」
「……如何したなのは。お兄ちゃんのもとへ行かないのか?」
なのはは、静かに首を横に振った。
そしてただ真っ直ぐに燐夜の瞳を見つめる。怯えでもなく、恐怖でもなく、明確なる決意を持った瞳で。
「今の試合を見て、燐夜君がどれくらい強いのか分かった……」
なのはが胸に手を当て、目を瞑り、一つ一つ言葉を紡いでいく。
不思議と自然に話を聞くことが出来た。普通、人の話を半分に聞いて、煙に撒いてしまうのが一番なのだが、なのはの決意のこもった声にそんな不遜な事はできなかった。
「今の私じゃあ、魔法の力があっても燐夜君の背中に追いつくことはできない。けど、いつか、いつかきっと燐夜君を守れるようになってみせるの!」
――――これがなのはの決意。
その小さな体に宿した大きな決意。今のなのはにとってはその決意は大きすぎるものだ。けど、けれども、それがなのはにとってはちょうどいいのかもしれない。
燐夜はそう思うと、口元に小さく笑みを浮かべた。
そして、なのはに言い放った。
「それはそれは。それなら俺もお前を守ってやるよ。この命にかけても、な」
「ふえっ!? そ、そそそ、そんなにいきなり言われても……」
――――困るよー。
顔を真っ赤に染めた後、小さな声でそう言った。
その後に、どこからともなく二人の間で笑いが起こった。
含みのある笑いではなく、ただ純粋な笑い、笑顔。ふたつ歳がはなれていても、心が一つだった。
◯
「燐夜ぁっ!!」
なのはと燐夜は、あの後道場から離れて翠屋に来ていた。
どうやら、あの時なのはと遭遇したのは、たまたま先に学校の荷物を部屋に置き、また翠屋に戻るところだったらしい。
そしてなのはに続いて燐夜が奥から翠屋に顔を出したところで、いきなり名前を呼ばれて声のした方に向くと抱きしめられていた。
燐夜の視界には、金髪しか映っていない。金髪の髪であるアリサは目の前でいきなり起こったことに目を白黒していた。となると抱きしめているのは……
「久しぶりだな、フェイト」
「……うん」
半年もの間会えなかったことでこのような行動をとってしまったのだろう。
見ると、燐夜が影になってよく分からないが、頬が若干赤らんでいる。恥ずかしさからだと思う。
燐夜の隣では、なのはが嫉妬からかフェイトをじっと見ていたが、すぐに羨ましそうな視線に変わった。
今日はちょっと特殊ではあったが、おおむねいつも通り。
これからも続いていくのだ。この団らんとした日常が。
だが、まだ誰も気づいていなかった。
平穏を壊す足音は、すぐそばに近づいていることを。いや、もうなのはとフェイトは事件として認識していた。
『魔導師襲撃事件』
そして、なのは自身が被害者であったのだから。
それでも、燐夜はこの事件に巻き込まれて、中心人物になるとは思いもしなかったのである。
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