| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

蒼き夢の果てに

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第5章 契約
  第67話 疫鬼

 
前書き
 第67話を更新します。

 次の更新は、
 7月29日 『ヴァレンタインから一週間』第25話。
 タイトルは、『夢』です。

 その次の更新は、
 8月2日  『私は何処から来て、何処に向かうのでしょうか?』第9話。
 タイトルは、『眠れる森の美少女だそうですよ?』です。
 

 
「だとすると、この一瞬一瞬の間にも患者が増えて行って居る状況は一体……」

 俺は、何処か在らぬ方向に視線を向けながら、独り言のようにそう呟いた。



 十月(ケンの月)、 第二週(ヘイムダルの週)、ラーグの曜日。
 異常事態は今から四日前の虚無の曜日に発生しました。

 本来、祝日で有るその日は、軍港で有るブレストの街にも市が立ち、近在の村々から多くの人々が訪れて来て居たのですが……。
 そこで、次々と倒れて行く市に参加していた人々。
 そして、それが異常な事態の発生で有る事が判ったのは、その一日後の事でした。

 そう。それは……。
 有る者は、猛烈な下痢と嘔吐。急速に進む脱水症状により、死亡に至る。
 また有る者は、全身に黒い痣が浮かび上がり死亡する。
 そして、先ほどの少女のように、身体中……内蔵にすら膿疱が発生。その結果、呼吸器損傷による呼吸困難などに因っての死亡に至る者。

 最初の例はコレラ。次は黒死病。つまり、ペスト敗血症。ただ、未だ肺ペストの発生は確認されていません。そして、最後の例は疱瘡(ほうそう)。……天然痘(てんねんとう)の症状。

 但し、これらの有名で、更に感染力の強い疫病が同時に発生した例を俺は知りません。
 まして、普通はそれなりの潜伏期間や軽い症状の時期が存在するはずの病が、発症した瞬間から、末期の重篤(じゅうとく)な状態。

 流石にこの異常な状況を訝しみ、この世界の医者の元に運び込まれた患者を霊視した結果、見えたのは患者に纏わり付く疫鬼(えきき)の姿。
 尚、疫鬼と言うのは、疫病を流行らせる類の悪鬼の事。
 例えば、ヨーロッパでペストが流行した際に描かれたペストを表現するがい骨に大きな鎌を抱えた姿の死に神や、疱瘡を流行らせる疱瘡神や疱瘡婆などと呼ばれる存在の事。
 確かに、疫病で突然生命を終えた者や、未だ現世に心を残して死亡した者の魂は、その死を受け入れる事が出来ずに、其処に『怨』が発生する事は有るのですが……。

 ただ……。
 地球世界でもインフルエンザなどの流行は経験した事が有りますが、其処に疫鬼などが介在する呪的な疫病の爆発的な流行など、流石に今までには御目にかかった事は有りません。
 確かに、俺が暮らして来た世界の、日本と言う国は衛生面から言っても、医療技術から言っても、世界でもトップの国。その国で簡単に死者が出続けるような疫病が流行る可能性は低いのですが、それでも……。

 このブレストの状況は異常。むしろ、何か呪的な作用が起きて居ると考えた方がしっくり来ると思います。
 つまり、疫神と言うべき存在が、このハルケギニア世界の何処かで顕現しようとしているのはないかと考えて居る、と言う事。そして、もしその考えが正しいのならば、その元を断たない限り、この状況(異界化現象)を止める手段は、現在の俺には存在しない、と言う事でも有ります。



「それで、シノブさんでも、現在の状況をどうにかする手段は持ってはいないと言う事なのですか?」

 三大疫病の爆発的な感染拡大を受けて、急遽、応援に来て貰ったケルトの魔女モンモランシーが、そう問い掛けて来た。
 その姿は、普段通りの黒のとんがり帽子に黒のマント。
 トリステインの魔法学院の制服やタイピンに魔的な意味……。ケルトの魔法的な意味が有ると思えませんから、彼女のその姿は、地球世界のケルトの魔女が円錐を模してとんがり帽子とマントを着けているのと同じ理由だと思いますね。

「疫鬼が縁の糸を辿って来て居る以上、縁を完全に断ち切る事は、俺には難しいな」

 かなり難しい顔をしているのは間違いない、俺がそう答えた。
 まして、そんな事が出来るのは運命神。俺は、そいつらの決めた流れとやらに抗う事は出来ますが、流石に万能の存在と言う訳では有りませんから。

 そう。縁が繋がっていると言う事は、それぞれの患者に纏わりついている疫鬼の正体は、その疫鬼が広めている流行り病で死亡した、患者の縁者たち。
 簡単に考えるのならば、先祖供養を怠ったが故に発生した霊障と考える事も可能なのですが……。

 ただ、それでも同時にこれだけの数の人間が、先祖供養を怠った為に霊障を受けると言う事は有り得ないはずですから。

 尚、現在は昼食後の小休止の時間。場所は臨時の疫病患者の収容施設と成った元ガリア両用艦隊司令部の置かれていた建物の部屋。
 それで、イザベラからの連絡に因ると、この異常な事態……。急に末期状態の疫病の症状を発する患者が大量に現れている、などと言う異常な事態が起きて居るのは、流石にこのブレストだけらしいのですが、しかし、ガリア国内では、それぞれ単体の疫病が発生しつつある地域は存在しているらしいので……。

 もっとも、地球世界でもペストの大流行はヨーロッパを何度も襲って居ますし、コレラはアジアではコレラ菌が発見されるまで、何年か置きに大規模な発生が確認され多くの死者を出したと歴史書では伝えられています。
 そして、この辺りの経緯は、当然、疱瘡にしても同じ。

 つまり、このハルケギニアで現在、疫病が流行の兆しを見せているのが、通常のウィルスや感染経路で広がって居る伝染病なのか、それとも、ここブレストで蔓延している疫鬼が広めつつ有る呪いとしての伝染病なのかを確かめる術は有りません、と言う事です。

「今のトコロ、集まって来る疫鬼を祓って、患者の身体に蓄積されているウィルスを駆除する。
 後は、体力を回復させてやるぐらいしか方法がないな」

 実際、ここに俺が居る限り、これから先に疫病に因る大量の死者が出る事は考えられません。
 通常の地球世界の十九世紀程度の医療が、俺の居るブレストの街では再現可能です。更に、軍港で有ると言う事は、ここは他の街と比べて魔法使いの比率も高い。
 更に、医療品や食料などの備蓄も有ります。

 つまり、疫鬼を祓えば、患者をかなりの確率で生存させる事が可能だと言う事です。

 但し、それ以上の事。……異界化の核に見当が付かない上に、このブレストの地の近辺で邪神の召喚が行われているのでない限り、現状では対症療法に終始するしか方法がないのも事実。
 まして、長引けば長引く程、患者の数は雪だるま式に増えて行き、更に、早い段階で罹患した人たちの体力が失われる事に因り、病に対する抵抗力が下がる事と成ります。

 この状況下で、現状を打開するのに必要な材料は……。

「勝負は今晩。俺の策が上手く行けば、明日からは自由に動けるようになる」

 俺は短くそう語り、そして、窓から見えるブレストの街へと視線を移す。
 其処には、秋特有の高い大空と、海から吹く風が存在しているだけの、何時ものブレストの街が存在しているだけでした。


☆★☆★☆


 ほんの少しだけずれた二人の女神が中天で地上を照らす時間帯。

 刹那、風が鳴った。
 秋に相応しくない、何故か、妙な生暖かさを感じる風。
 それは、何故か彼方から響く笛の音の様であり、そして矢張り、笛の音では無かった。

 それは、そう……。

「幽霊が嘯く(うそぶく)

 いや、それは鬼嘯(きしょう)(幽霊)が顕われる際に聞こえて来ると言われる風の音。

 俺の傍らで紫の少女と、そして、金の魔女が少し緊張した雰囲気を発した。
 いや、それは間違い。これは、緊張と言うレベルの物ではない。



 大地から。風の中から。波の間から。
 有りとあらゆる場所からぼぅと浮かび上がる顔。
 ゆっくりと。まるで大地に倒れ伏した状態から、再び立ち上がるかのような雰囲気で……。

 そして、その何モノか達が纏う淡い燐光。

 ひゅりぃぃりぃりぃぃいいぃぃぃ――――

 ひたひた……。ひたひた……と、何処かから。まるで深い地の底から聞こえて来るような足音。
 二人の女神に照らされ、更に、自らが淡い燐光を発しながらも、何故か暗い印象しか受けないソイツら。

 そう。若い男性が痘痕に覆われた身体で何処かへ。薄い光の線に従って何処かへ向かって、身体中から膿を垂れ流しながら歩んで行く。
 これは間違いなく、疱瘡神。疱瘡で死亡した人間が鬼と成った存在。

 身体中を皺で覆われた人間が、妙によたよたした足取りながら、こちらも何処かに向かって歩み行く。
 そうだ。コレラに因って死亡した人間は、極度の脱水症状に因り、皮膚が乾燥し、まるで老人の如き皺が浮かぶと言う。

 男が。女が。老人が。子供が。

 淡い光の線に導かれながら、踊るように、舞うように進む。
 ひたひた、ひたひた、と。

 泣くように。鳴くように。
 ひゅりぃぃりぃいいぃぃぃ――――

 いや、このような場面には、もっと相応しい表現が有ったはずですか。
 哭く、と言う言葉が……。

 そして――――
 ざわざわ……。ざわざわ……。

 何処かから、あそこから、そして、その虚ろな表情を浮かべた疫鬼どもから、声が。声が。声が聞こえて来る。
 怨念に染まり、生への執着が炎を上げて燃え盛るような、向こう側から届いて来る声が。
 これは忘れ去られた者が持つに至る悲嘆か。それとも、悲愁か。
 それとも、悲鳴か……。



 そう。ふたり(湖の乙女と金の魔女)が。そして、俺がその時に感じたのは慄然。これだけの疫鬼を俺たちが施した形代程度で誤魔化す事が出来るのか。
 怨嗟の籠った叫びに魂まで穢され、風に乗って漂う死臭に、酸っぱい物が喉元までこみ上げて来る。

 初めからこれだけの疫鬼が街に溢れかえって居たとは思えない。一日、時間が進む毎に疫鬼の数が増えて行ったのは想像に難く有りません。
 ましてこの街は、ごく最近に多くの住人を失っています。

 つまり、それだけ、死に近い街だと言う事でも有りますから。現在のブレスト、と言う街に関しては……。



 踊るように、舞うように。ゆっくりと跳ねるような通常の人間には不可能なスローモーションの世界の中を、重力の法則を無視した動きで石畳の道を何処かに向かって進み行く疫鬼の群れ。
 その不気味な行進に重なり、石造りの堅固な家々の間を、哭くような怨念の叫びが反響して行く。

 ひゅりぃぃいいりぃぃぃ――――

 そして、次の瞬間。俺たちが見ている目の前で、それぞれの家へと消えて行く疫鬼たち。
 あそこの商家に……。
 ここの長屋に……。

 家の大小。立派な門構えの家。粗末な四阿(あずまや)に関係なく。

 謳いながら、哭きながら……。
 踊るように、跳ねるように……。

「シノブさん」

 その時に、喜びに近い声を上げるモンモランシー。
 そう。疫鬼たちが入って行ったのは、俺たちが仕掛けた形代(かたしろ)……。呪いを患者たちの代わりに受ける紙に因り作られた人形が待つ、それぞれの家。

 刹那。家々に配置された形代たちが呪詛を受け、黒く穢されて行くのを感じる。
 しかし、其処まで。その形代から先に細く伸びる、本来のその家の住人たちの元に進み行く疫鬼たちの姿は、今のトコロ確認は出来ません。

「この程度の身代わりでも一時しのぎに成るのは確認出来たな」

 これで、明日からは形代を作製する飛霊と、疫鬼の取り憑いた患者の禍祓い(まがばらい)を行う飛霊を作って、このブレストの街の出来事に対処。
 そして、本体の俺と湖の乙女の二人でこの異界化の核を探せば、これ以上、被害が大きく成る前に、この異常事態を終息させる事が出来るはずです。

 もっとも、出来るだけ早い内にこの疫病騒動を終わらせなければ、その異界化の核の正体如何に因っては、世界的な災厄に至る可能性も高いとは思うのですが。
 まして、この街以外に大規模な疫病が広がれば、俺一人では対処が出来なく成りますから。

 結局、時間との勝負。今回の事態に関してもやや出遅れた、と言う事なのかも知れませんが。

「そうしたら、明日朝一番にそれぞれの形代を供養してから、次の行動へと移ろうか」

 俺の言葉に、無言で首肯く湖の乙女と、彼女の仕草を確認してから、俺の言葉に首肯くモンモランシー。
 そう言えば、モンモランシーの家は、何代か前までトリステインのラグドリアン湖の精霊との交渉役を務める家系でしたか。

 ならば、彼女、モンモランシーが湖の乙女の事を時折、気にするような事が有るのも不思議では有りませんかね。

 そんな事を考えながら、次の行動を頭に思い浮かべる俺で有った。


☆★☆★☆


 朝日と、さわやかな秋の風に支配された世界。
 そして、オデ河をゆっくりと流れて行く小さな船。
 その数は、一艘や二艘ではない。

 大陸に存在する河に相応しい流れで、ゆっくりと波間を大海原へと向かって進んで行く船団。その眺めは、この風習を知らない者から見たとしても興味を惹かれる物だと思える内容。

 朝の光を受けてキラキラとした輝きを発する川面を、真新しい白い帆を張った船の模型。
 その模型の船団が静々と進み行く様は、何となくわくわくして来る物でしょう。

 船のサイズは三十センチ程。疫鬼を封じた形代と供物と成る赤飯を乗せてから河に流す供養。
 尚、川に流す理由は、恨みやその他の負の感情は土にしがみつく習性が有るから。
 故に、水に流す。
 この方法で疫鬼として何モノかに操られた鬼たちを、それぞれに相応しい世界へと送る方法。所謂、送り雛や精霊流し。そして、疱瘡送りと呼ばれる供養の方法と成るのです。

 後は……。



 ゆっくりと、自らの肩の高さに上げられる扇。
 その動きに合わせて活性化した精霊たちが付き従い、俺の身体を淡い燐光にも似た光が包み込む。
 そして、俺の動きの対に成るかのように向かい合い、こちらは片膝を付いた形から俺と同じように扇を肩の高さまで持ち上げる湖の乙女。

 その時の俺の姿はと言うと……。
 身体を覆うのは白の狩衣。頭には黒の烏帽子。そして、袴に関しても無紋の白袴。
 何時ぞやの、魃姫に相対した時の日本の神職の衣装。

 片や、湖の乙女は、
 白衣に紅の袴。
 こちらの方も巫女そのものの姿。

 ゆっくりと音階を取りながら、地を蹴り、袖を翻す。

 俺が大地を軽やかに蹴る度に。
 彼女が右手の扇を大きく動かす。

 俺の扇が翻った瞬間、彼女が危なげない裾捌きで紅の袴を翻した。
 そう、その動きは正に比翼連理と言うに相応しい動き。

 その動きに合わせるかのように小さき精霊たちが活性化し、俺と、彼女(湖の乙女)の身体から。そして、二人が接している大地から。更には、傍らを流れ行く河から、淡い燐光にも似た光輝が立ち昇る。

 そう。静かに流れ行く川面に精霊たちが舞い踊り、その活性化した小さき精霊たちに因り、蒼い光の道が造り上げられて行く……。
 その蒼い光に乗って、下流の一点へと流れて行く船団。
 ゆっくりと着実に、大海(わだつみ)へと進み行くのだ。

 海の向こうに存在すると言う理想郷。観音菩薩が住むと言われている補陀落(ふだらく)の地を目指して……。

 しかし……。

 確かに、通常の穢れや恨みを流す場合ならばそれでも良い。
 但し、今回の場合は、おそらく、それだけでは足りません。



 刹那、俺と湖の乙女の動きが重なりを見せ、霊気が完全に同期を果たした。
 瞬転。世界が変わる。

 海から吹く風はそのままに。蒼穹から降り注ぐ秋の陽光も変わらず。
 しかし、何かが違う。

 それは……。
 それは、形代を乗せた船団が流れ行く先。一際、強い光を放つ場所。まるで沖縄の伝説に登場する太陽が生まれる穴にも似た光輝を発する場所が、其処に顕われて居たのだ。

 ゆっくりと、太陽が生まれる穴。いや、祖霊神が誕生すると言われる場所へと進む船団。
 そう。今回の御霊(みたま)送りは、此方の世界と、彼方の世界との境界線をこじ開け、霊たちを簡単に疫鬼として使役出来ないようにする為の処置。
 この地域は、ガリアの古い言葉で地の果てと言う意味を持って居る地域。そして同時に、河と海の境界線でも有る。
 つまり、地果て、海始まる地で有り、河と海の境界線と言う意味でも有る。

 こう言う場所でなら、境界を開き易い。

 相手がどのような存在で有るか判りませんが、これで、昨夜、捕らえた疫鬼たちが、再び、彼らの縁者を苦しめる可能性は低くなるはずです。
 流石に、同じ人間に対して、同じ疫鬼が三度祓っても、翌日には同じように憑いて居る、……と言う事を繰り返されたら、今回の騒動が、ただの呪詛ではない事が判ろうと言う物です。
 そして、もし、この方法でも尚、再び同じ連中が疫鬼として使役されていたのなら、それは、疫病神で有り、冥府の神でも有る属性を持つ、強力な神が顕現しようとしている兆候でも有りますから。

 形代を乗せた船たちが光輝の中に消えて行く。
 その度に発生する『怨』とは違う何かの閃き。

 そう。いくら操られて居たとしても。いくら自らが疫病で死した存在だとしても、全ての存在が深い恨みによって凝り固まっていた訳では有りません。
 故に哭いていましたから。すべての疫鬼たちが……。
 自らの境遇を恨み、自らを操る存在を恨み、無力な自分自身を恨む。

 そして、今、その呪縛から解き放たれた疫鬼たち。いや、解き放たれたのですから、既に彼らは疫鬼では有りません。
 御霊たちが太陽の生まれる穴。つまり、境界の向こう側へと消えて行く度に、彼らの残す思いが光と成って残されて行くのですから……。

 最後の一艘が、太陽の穴へと消え去るまで見届ける俺と湖の乙女。
 そして、この最後の船が一筋の光と成って消えた時が、次の戦いの始まり。

 今回の事件は、俺の存在その物の否定に繋がる事件だと思いますから。
 何故ならば、無理矢理、死者の魂を操るような真似を行い、
 命運が尽きていない人々を、現実を曲げるような真似をして新たな疫鬼として使役する。

 これを式神使いの俺と、仙人の俺が許す訳には行かない。

 俺は、湖の乙女を自らの視線の中心に据えた。
 彼女が微かに首肯く。

 その瞬間、蒼白い輝きを放ち続けていた向こう側への道が、輝きを失って行った。


☆★☆★☆


 以前に一度だけ訪れた事の有る屋敷。
 流石はガリア王国の王位継承権一位を示す家名。オルレアンの名を継ぐ者の屋敷で有っただけに、其処は城と言うよりは、白亜の豪邸と言う雰囲気と言った方が伝わり易い形の建物で有った。
 二十世紀末から二十一世紀初めの日本の教育を受けていた俺の目から見ると。

 そう。左右対称に広がる三階層から成る豪邸は、一階部分は二階部分からせり出したバルコニーを支える為に古代ギリシャの神殿……。まるで、パルテノン神殿のような柱が並ぶ荘重な、と表現される造りとなって居り、
 二階部分は、正面中央部のせり出した屋根。二体のガーゴイルが並ぶ屋根を支える為に設けられた一階部分の柱とは違う形の、これもまたギリシャの神殿を支える柱にも似た柱が目に着く造りとなって居る。
 そして、最後の三階部分は、この屋敷の主の髪と同じ色をした屋根と、そして、その丁度中心に存在する紋章。蒼き盾の中に白きレイブルと三本のアヤメを象った紋章を配した造りと成って居た。

 それは……そう、ガリアの王権を示すアヤメを紋章の中に示す事こそ、ガリア王族の証。

 建物全体に窓が多く、陽光を取り込み易い形となって居り、その辺りも中世ヨーロッパの尖塔を持つ造りの堅固な城をイメージさせるトリステイン魔法学院などとは違う、ガリアの建築物だと言う事が良く判る形と成って居ますね。

 その豪奢な玄関の前には、俺と湖の乙女の到着を待っていた水の精霊ウィンディーネの姿が有った。



 あの、境界を開いて疫鬼として利用されていた御霊をあちら側(彼岸)に送った後、モンモランシーに因り告げられた事実。
 今朝早く。急に故オルレアン大公夫人。つまり、タバサの母親が病に因り死亡し、それに続いてタバサも同じように、今朝方から病の床へと就いて仕舞ったのでした。
 その後、ブレストの街の事は、俺の飛霊二体と、モンモランシー。そして、彼女の従兄どのに任せて、大急ぎで旧オルレアン大公領内に有るタバサの実家へと転移して来たと言う状況なのですが。



「それで、タバサの様子は?」

 一般的な日本家屋にしか住んだ事のない俺から見ると、何故、これだけ広い玄関ホールが必要なのか判らない、吹き抜けに成った二階、三階の部分に存在するステンドグラスから差し込んで来る荘厳な光を頭上に浴びて、其処から正面に見える螺旋階段を昇り一気に三階へ。

「彼女に取り憑いて居た疫鬼はすべて祓われ、現在は水の秘薬と、私の治癒魔法に因り、容体は回復して居ります」



 一か月前。タバサの母親が急な病にて倒れた事をきっかけに実家の方に戻った彼女は、そのまま自らの母親の看病に就き、
 そして、水の秘薬をふんだんに使用し、水の精霊や、タバサの治癒魔法に因り、母親の容体は十日程で完全に回復。
 その後、母親の精神を蝕んでいる病の原因を調べる為に、タバサは水の精霊と共に症状を調べ、資料を当たり、色々と試して居たはずなのですが……。



 ドアをノックするが内部(なか)から答えが返される事もなく、そのままドアを開いて中を覗き込む俺。
 その瞬間、軽い眩暈にも似た違和感に襲われた。

 和室に換算すると十二畳ほども有るこのタバサの部屋。当然のように、この部屋の隣にはクローゼットルームも存在し、この部屋はタバサ専用の居住空間だけと言う部屋でも有ります。

 その部屋の内部の様子は……。
 開け放たれたままのバルコニーへと続く窓からは、レースのカーテン越しに秋の物悲しい風を運び入れ、
 天蓋付きのベッドに張られた薄い紗のカーテンを揺らす。

 室内に僅かに香る甘い香りは魔除けの香。
 そして、部屋の四隅に貼られた呪符。この呪符が造り上げた仙術の砦が、先ほど感じた違和感の正体。
 つまり、彼女の元に訪れた疫鬼も、彼女と繋がった縁の糸を通じて顕われた存在の可能性が非常に高いと言う事でも有ります。

 俺は、ゆっくりと紗のカーテンに覆われたベッドに近付き、その覆いを開く。
 其処には、この世界に来てから見続けて来た少女の、紅いフレームのメガネを外したあどけない寝顔が存在しているだけで有った。
 もっとも、少女の寝顔を見つめる事など、紳士としては恥ずべき行為のような気もしますが。

 微かに上下する胸の状況から、呼吸は正常。そして、眠り続ける彼女から感じるのは安らぎの雰囲気。少なくとも、悪しき夢の類に囚われている雰囲気では有りません。

「病の治療は終了して居ますが、何故か未だ目を覚ます事が有りません」

 俺に続いて部屋に一歩入って来た水の精霊が部屋の入り口で留まったまま、俺の背中に対してそう答えた。
 但し、現在のタバサが示して居る眠りが、病に因ってもたらされる眠りなのか、それとも、それ以外の理由に因る眠りなのかは判らないのですが。

 何故ならば、彼女は夜の属性を持つ存在。陽光溢れる昼間の行動は、矢張り、身体に多少の負担が掛かるのも事実。
 まして、この一カ月の間は、母親の看病やその母親の精神を回復させる為に奮闘していたはずです。

 俺が傍に居なかったから……。
 妙に意固地なトコロが有って、負けず嫌い。そんな部分が、今回は少し悪い方向に作用した可能性も少なくは有りませんから。

「それで、タバサの母親は……。最終的に、精神の状態は回復させられたのか?」

 先ずはその部分の確認から行うべきですか。
 そう考えながら、振り返って水の精霊に対して問い掛ける俺。
 まして、今朝方死亡したのなら、未だタバサの母親の死を知って居るのはごく少数のはず。そして、もし、母親が死すべき運命にない状況。天命を捻じ曲げて、何らかの呪詛に因って死亡させられた状況ならば、彼女の魂を呼び戻す事は可能ですから。

 肉体さえ、無事な状態で存在して居たのなら。

「その事なのですが……」

 かなり、言い淀むような雰囲気の水の精霊。その視線は一度、床に落とされ、其処からタバサに向かい、そうして最後に俺の元に戻る。
 この視線の動きは、事実を告げるまでの逡巡を意味している。つまり、これから告げる事実は、かなりの陰の気に包まれた事実で有る可能性が高いと言う事。

【大公夫人は、確かに正常な状態に回復なさいました】

 其処から先を、実際の言葉ではなく、【念話】で続けて来る水の精霊。
 後に続く僅かな空白。これも、感じるのは逡巡。これは、余程、厄介な内容の話に成ると言う事。

 そうして、

【タバサには双子の妹が居ます】

 ……と、短く告げて来た。

 タバサに双子の妹?
 水の精霊の【言葉】に対して、オウム返しにそう考えた後に、少しの空白。それは、あまりにも唐突な内容で有った為に、内容を理解出来なかったから。
 それに、そもそも彼女に妹が居たのなら、俺に対してはとっくの昔に紹介されていたとしても不思議ではないと思うのですが……。

 タバサが俺の事を疑って、自らの妹を紹介しなかったとは考えられないので……。

【その双子の妹とやらは、現在、生きているのか?】

 可能性として高いのはこれ。既に死亡して居る可能性。
 それに、その少女が死亡して居たのならば、今回の疫鬼に関係する事件の最中に、その存在が明らかに成る理由に対して簡単な仮説を立てる事が可能と成ります。

 但し、その双子の妹とやらに関して、実はひとつ気に成って居た事が有るのですが……。

 しかし、と言うか、矢張り、水の精霊は首を横に振った。
 そうして、

【判りません】

 ……と、かなり哀しそうな雰囲気で、そう答えた。
 そして、更に続けて、

【このガリアには、双子は不吉と言う伝承が有り、その伝承を信じたオルレアン大公が、双子の内の片方。妹の方を、夫人の実家の方に内々の内に預けて仕舞ったのです】

 それ以後の、そのタバサの妹の消息に関しては一切不明です。……と、水の精霊はそう話を締め括った。

 成るほど。確かに、双子が不吉と言う話は、この世界に限らず、地球世界にも有ったはずですから、そう珍しい迷信と言う訳では有りません。
 まして、彼女ら……。タバサとその妹が生まれた時期はオルレアン大公シャルルと王太子ジョゼフは次の王位を争って居たはずですから、その時に双子が生まれた事は、次の王位を狙う人間としては非常に問題が有る事態ですか。

 故に妻の実家。つまり、ガスコーニュ侯爵家。オルレアン大公が暗殺された後に、最初のクーデター疑惑に因り滅ぼされた家に預けた。
 但し、もし、その時にタバサの妹らしき存在が、その侯爵家に居たとしたのなら、ガリア王家がその女の子を処分したとは思えませんね。

 確かに、情報が無ければ誤って処分して仕舞う可能性もゼロでは有りませんが、ガリア王家の直系。血筋的に近い事を示す目印。蒼い瞳と髪の毛が、その少女の正体をガリア王家の一員で有る事を示すはずです。
 そして、タバサの母親の髪の毛は金髪。瞳は碧眼。王家の血筋を示す特徴を備えては居ません。

 ただ……。
 ただ、ひとつ、そのタバサの双子の妹の生存を示すかも知れない証拠……と言うには足りないかも知れませんが、可能性を示すかも知れない論拠程度ならば、今の俺は持って居ます。

 それは……。

 俺は自らの右側に立つ紫の少女と、そして、背後に眠る蒼い少女を感じる。
 そして、自らの左手首に刻まれた傷痕を……。
 そう。あの紅い夕陽に照らされた夢の世界。ショゴスに呑み込まれようとしていた少女の存在。

 あの世界は、おそらく俺の後ろで眠るタバサの夢。まして、あの世界から俺を助け出してくれたのは、間違いなく後ろに眠る少女。
 そして、其処で出会った紫の髪の毛の少女は、俺の右隣に立つ湖の乙女。

 ならば、あのショゴスに呑み込まれようとした……。俺の手を取った少女は。
 俺は、あの少女の事をタバサの、……かつて復讐を考えた時の彼女の心だと考えたのですが、後に刻まれた聖痕の状況から考えると、彼女。ショゴスの内部から助け出した少女も、現実に存在する一人の少女だった可能性の方が高いと思います。
 そう考えるのならば……。

 現在行方不明のタバサの双子の妹。
 そしてタバサの夢に現れ、その夢の世界を虚無の空間へと破壊し尽くそうとした、彼女そっくりの少女。

 ここに、何らかの関係性が見つけ出せるとも思えるのですが。

【湖の乙女。俺が、オマエさんの姿を初めて目にしたあの夢の世界。タバサの夢の世界に顕われたショゴスに囚われて居た少女は誰や?】

 判らなければ、必要な情報を集めたら良いだけ。そう考えてから、俺と契約を交わした少女へと問い掛ける俺。

 この場には、あの夢の世界に登場していた俺とタバサ以外にもう一人、登場人物が居ます。
 更に、彼女は、この件に関してはどう考えても、俺以上に知識を持って居ると思いますから。

 彼女の深い憂いを湛えた瞳に俺を映す。その瞳は普段の彼女のまま。
 しかし、彼女の示す感情は僅かな困惑。

 そして、

【あの夢の世界で、わたしは貴方の視界には入ってはいない】

 ……と、俺の予想とはかなり違う答えが返された。
 彼女と俺は、あの夢の世界では出会っていない?

 俺は、彼女。自らと契約を交わした少女(湖の乙女)を見つめた。
 そんな俺の事を、その清浄な湖にも似た愁いを帯びた瞳で見つめ返す少女。

 少し彼女から視線を逸らし、首を横に振る俺。そして、その瞬間に確信する。彼女はウソを言っていな事を。それだけは間違い有りません。

 但し、もしそうだとすると、あの時に見つけた二人。蒼い髪の少年と、この目の前の湖の乙女と同じ姿形をした少女は一体……。

 そんな思考の迷宮へと迷い込み掛ける俺。そんな俺に対して、

【確かな事は言えない。でも、あのショゴスに似た魔物に囚われて居た少女は、わたしの知って居る少女に似た固有パターンを有していた】

 何か、更に予想外の事実を【口にする】湖の乙女。
 その上、彼女の知り合いって……。

【それはもしかして、俺も知って居る相手だと言うのか?】

 もしも、そうだとするのなら、前世の俺は一体、何をしていた人間だったのです?
 この少女とは明らかに、何らかの約束を交わして居ます。彼女が言うには、例え死したとしても次の生命で必ず彼女の事を見つける、と言う約束を交わす間柄……。

 そして、それ以外でも、俺と関係の有る少女がタバサの妹として転生して来て居る可能性が有る。そう言う事なのでは……。

 俺の問い掛けに、湖の乙女は少しの空白の後、微かに首肯く。この空白部分は、おそらく逡巡。
 人間に余計な知識を与えてはいけない、と言う神界や精霊界の決まりでも有るのか……。

 いや、これはおそらく、彼女自身が先ほど口にした台詞。確かな事は言えない、と言った事についての逡巡と言う可能性の方が高いですか。
 要は、彼女自身も迷う程度の精度の情報でしかない事、と言う事なのでしょう。

 それならば、精度の低い情報は参考程度に留めて、

「それならば、次はタバサのお母ちゃんの状態を確認する。其処から始めるべきですか」

 俺は、その場に存在する二人の少女に対して、そう告げたのでした。
 背後に眠る、眠り姫を普段以上に強く意識しながら……。


 
 

 
後書き
 今回のあとがきは多少のネタバレを含む内容と成って居ります。
 それで、ようやくタバサの妹フラグの回収話です。
 もっとも、原作小説版とは登場のパターンが違い過ぎますけどね。
 まして、第32話以降、何話放置されて来た伏線か、と問われると……。

 それでは、次回タイトルは『再び夢の世界へ』です。

 オマケ。オルレアン家やガリア王家の紋章は、原作小説の形からは変えて有ります。
 大きな改変ではないのですが、ここまで物語を変えている以上、そんな細かな個所にも差異を明らかにして置いた方が良いかな、と言う程度のモノですから。

 更に、タバサの母親に関しても。彼女は金髪碧眼で、原作の蒼髪の女性とは違います。
 この辺りは、王家の直系に繋がる人間の数が少なくて、王位継承者が異常に少ないと言う事の表現です。
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧